第二十七話『屍体だって夢を見たい』

 あれ、わたしは何をしてたんだっけ。

 確か魔境にレベル上げに来てて、それから…それから?


 っ!そうだあの蛇!


「…どこ、ここ」


 全てを思い出して起き上がると、そこは辺り一帯焼け焦げて開けた土地に変貌していた。


「うっ、眩し…」


 蛇も既にいなくなっている。それに遮る木々がなくなったせいか日差しがやけに鬱陶しい。


 みんなはどこだ…?生き残っていたはずの23人の勇者やアリス、エレンさんの姿がどこにも見えない。


「…なんだこれ」


 開けた場所の中央部には、巨大な肉の塊が鎮座していた。

 そっと触れてみる。若干暖かく、触れると微かな拍動を感じられる。


 生きているのか?でも命の光は特に反応を示していない。なんだ?言いようのない不可解さと恐ろしさが頭を刺激する。




---ドクン




「っ⁈」


 一際大きな拍動が巨大な肉塊を揺らす。

 堆く積もった肉の山の頂点から、花が開くようにして螺旋状に肉が裂け、肉塊の中心だった場所から人型のナニカが顕れる。


 


 肉で出来た花弁の中へと踏み入る。ぶにぶにしていて歩き難い。中央部にいるソレを抱き上げる。


 ソレは眩く輝く純白の頭髪を持ち、その四肢には赤黒い紋様が刻まれている。その姿を見るだけで形容し難い嫌悪感が湧き上がる。


 わたしは直感した。




 コイツが、コイツこそが…魔王だと。


 ソレの顔にかかっていた髪を手で払う。この顔、どこかで見た覚えが…


「あ、ルークさん…と、黒野くん?」


 間違いない。微かにではあるが目元とかの顔立ちがルークさんと黒野くんに酷似している。




「『鑑定』、『黎明』」




種族:イモータルキマイラLv.なし

名前:なし


【異能】

悪虐非道ノートリアス

閾エ蜻ス逧?↑谺?髯・


【スキル】

魔王

変形

軟体

捕食

吸収

剛性

変身

隠密

偽装

統率

無限再生

並列思考

高速演算


【称号】

魔王




 妙な表示のされ方だな。レベルの表記が無くなっている。




「う…」


 目醒めようとしている。


「…ここで、殺そうかな」


 魔王が、瞑っていた瞳を開ける。オッドアイだ。片方は今しがた溢れた血液のような色、もう片方は吸い込まれそうなほどの黒。




「僕、魔王になりたかったんだ。お母さん」


 無理だ。殺せない。たぶんこいつは、わたしの『慈悲』のせいで産まれたバグ。わたしが慈悲の発動中にダウンしたから、中途半端に蘇生してしまった。黒野くんの面影が残っていることから、恐らくは暴走して…取り込んでしまったんだろう。勇者たちも、全員。だから種族がキメラなんだろう。




「君の名前は…『ユーベル』だ」




 ユーベルはその端正な顔を歪め、心底嬉しそうに嗤った。あぁ、やっぱりコイツは…魔王だ。




「せいぜい魔王として自由に生きて、わたしの知らないところで死んでくれ」




◆◆◆




「初めまして、さっきの蛇たちの親玉かな?」


「左様。下っ端と言えど余の大切な眷族じゃ。仇は…む?貴様、何処かで会ったことはあるか?」


「は?新手のナンパ?蛇から誘われても嬉しくもなんともないんだけど」


「そのナンパとやらが何かは知らんが…あぁ、貴様あの時の肉の塊じゃろ。感じる異様な嫌悪感が同じじゃ」


 失礼なやつだなぁ。いきなり嫌悪感とか言われても、僕に心当たりはないんだけど?


「お主、魔王じゃろ?昔、悪魔由来の魔王に一度会ったことがある。まぁそやつはお主ほど馬鹿げてはおらんかったがな」


「へぇ、僕の前任の魔王かぁ…てかお前ら、いつまで殴り合ってんの?戻ってこい」


 まだいがみあっている眷族達を僕の体に戻させる。変にダメージが蓄積したまま戻したせいで若干違和感がある。こうなったのもコイツのせいだ。


「なんじゃその眼は?余と戦る気か?あんな感じで登場しておいてあれじゃが、余が魔王とやり合う理由がない。むしろ存分に暴れ回って…あの円卓どもに吠え面かかせてやってほしいものじゃ」


「円卓ってなんだよ」


「ふむ、最近生まれたのなら知らんのも無理はない。折角だし教えてやろう。円卓とはとある統治組織の名称でな、余の知る頃から変わっていなければ7人で構成されておる。構成員はそれぞれ異なる役割を持っており、罪を犯した者を裁く役割から事象の記録まで多岐に渡る」


 なるほどね。いわば秩序サイドの元締めって感じか。いいねいいね、そんなのがいるなんて俄然やる気が湧いてくる。


「それで、余としてはあわよくばお主にその円卓を壊滅させて欲しいのじゃよ。円卓の内の1人、『罪咎を糾す誅罰』は特にじゃな。ヤツは断罪と封印を担当しており、余が全力を出せぬのもそいつのせいなのじゃ…そういうわけで、ここでお主と戦りあうつもりはない。とっとと何処かへ行って力をつけ、早よう円卓を壊滅させておくれ」




「は?さっきからスルーしてたけど、結局闘わないの?それはダメだよ…そっちに理由が無くても、僕たちにはちゃ〜んとした理由があるからね」


「何じゃと?」


「その城を僕に譲れ。僕らが魔王としてやっていくための大きな一歩…居城の確保の為にも、ここでおめおめと帰る訳にはいかない」


 目の前の大蛇の機嫌が目に見えて悪くなる。


「はぁー…小僧、彼我の実力差も見抜けぬようでは長生きは出来ぬぞ?」


「バカ言わないでよ。僕らは退屈に長生きするよりも、夢を追って早死にしたいんだ。安寧を求めて足踏みするような一生は、僕らには長すぎる」


「愚かよな。だが嫌いではない。そこまで言うなら戦ってやろう。だが、決して後悔するなよ?」


「もちろん」


「ならばよい。『旱』」


 初手から全力か。触れただけで体が灼ける光線が、僕の頭上から幾重にも重なって降り注ぐ。


「まだ終わらんぞ!『渦血流・環』!」


 あまりの光量に、何が起こったのか全く分からないが、僕の体は瞬く間に切り刻まれる。

 だけど、その程度じゃ僕は死なないよ?


「いいねいいねぇ!最高だ!君の退屈な生の最期なんだ!もっと火力アゲてこうぜ!」


「生意気を!」


「『炎魔』」


 我が身を灼き、煉獄の業火を身に纏う。


「さぁ、生前葬といこうか」

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