第二十六話『旱魃』
「ルークさん⁈」
早々にルークさんが脱落するのはまずい。いくらダメージの分散ができるとはいえ、あれを完全に無傷とはいくまい。
助けに行きたいけどこのデカブツが許してくれない。
「だー!もう!うざったいなぁ!」
「ほれ、はよ助けに行ってやらんと余の眷族にどんどん殺されてしまうぞ?ほらまた1人…」
全然ダメージを与えられてる感じがしない。さっきも思いっきり殴ったのになんともなさそうだ。
『混沌の魔角』をフル活用した不意打ち。レベルが上がったことで単に感覚をシャッフルするだけじゃなくて刺激を受容した方向も自在にできるようになった。
具体的に言うとさっきやったみたいに下からの音を上から聞こえたと誤認させたり、そもそも感知系のスキルの反応した方向も反対向きに認識させたりもできる。
これに偽装とかを組み合わせるとさぞウザいことになるだろう。
だけど全然火力が足りない。魔法でなんとかなるか?
いや、こいつには魔法耐性が備わってる。
物理にも魔法にも強いとかどうなってんだよこいつ…!
「来んのか?それじゃ、余から行かせてもらうぞ。『渦血流』」
ダウトの全身から赤色の液体…血が滲み出て来て、その巨大な体の周りを渦を巻いて高速回転する。
「あ、やばいかも…!」
危機感知が頭の中に全力で警鐘を鳴らす。
刹那、周回する血の輪が拡がって体上下に切り裂かれる。
ギリギリで透過が間に合わなかった…!
即座に無限再生を発動し、体を再生するが一気に距離を詰められて弾き飛ばされる。
「痛っった…くはないな。うざったい!」
「これを喰らってもその反応か…これ、余の必殺技なんじゃがの」
何か、何かないか?こいつにダメージを与えられそうな手札…
「あ、これ行けるかな?『空絶』」
あ、無理そう…!発動に魔力を持って行かれたところで魔法が止まった。
たぶん空間の切断面を設定するためには指定した空間に大きすぎるものが入っていてはいけないのだろう。発動条件を満たせなかった…いや、ちょっと待て?
「『暴虐』かーらーの!『空絶』」
『暴虐』の真髄、発動条件のキャンセル。
ダウトもやばそうなのを感じ取ったのか回避しようとするが間に合わない。おそらく内臓が詰まっているところにクリーンヒットし、その巨体が綺麗に両断される。
大量の血を噴き出して斃れ伏すのを見て周囲に張っていた天蓋を解除し、勇者達の所へと向かう。
「おまたせ!死んだヤツらを一ヶ所に集めておいて!」
「ルシア!恩に着るわ!」
まずは邪魔な蛇を一掃して、それから犠牲者を蘇生すれば万事解決だ!
高く跳躍し、全ての蛇を視界に収める。
「『暗黒槍』…『連撃』!」
『暗黒魔法』の初期魔法、『暗黒槍』に『連撃』を乗せて大量の槍を発射する。
魔法は全て的確に蛇の頭を撃ち抜き、絶命させる。
「ルシアさん、すご…!」
「よし!全員纏めて…『慈悲』」
⬜︎◇⬜︎
やっぱりルシアさんはすごい。
僕らが苦戦していた蛇を瞬殺して、死んだ8人…夜陰くん、寒空くん、鳴島くん、雨宮さん、雪見さん、江ノ島くん、それからルークさんを生き返らせようとしている。
カフカさんはなんか「格」の違いをなんとく意識させられる雰囲気があるけど、こんな親しみやすくフレンドリーな人で身近に感じるからこそ畏敬の念が湧く。
8人を包む光が一際強まった。そろそろ蘇生が終わるのだろうか--
「ルシアさん!危ない!!」
「へ?」
赤黒い鞭が視界を覆い、辺りを包んでいた光ごとルシアさんを吹き飛ばす。
「『旱』」
白色に輝く何条もの光線がルシアさんが飛んで行った方向に向かって降り注ぎ、深林を焦がす。
瞬時に発火し、熱気と焦げ臭い匂いが漂ってくる。
「はー、痛かったのう。まさか真っ二つにされるとは…」
「なんで…お前はルシアさんが倒したんじゃ」
「あやつはルシアという名なのか?『心眼』でも名前だけモヤがかかったように見えなくての…それで、なぜ生きてるのかじゃったな?簡単なことよ、流れ出た血液で離れた体を引き寄せて再生したのじゃ」
話している間にも光線は降り続け、ルシアさんが戻ってくる気配はない。
まずい…このままだと、全員死ぬ。
クラスのみんなは防御ができる異能を持った人に守って貰おうとしたり、木に登って隠れたりしているが…たぶん、無駄だろう。
「お?なんじゃ小僧。余を止めるつもりか?死を早めるだけじゃぞ…まあすぐに全員同じところへ送ってやるから、安心するといい。そういう管理体制だけはしっかりしとるからの」
「『没入』…!」
現状で1番強いアバター、ルシアさんを再現したものを身に纏う。
「ほう?奇怪な術じゃな。あの小娘の真似事か?あやつも既に余に負けたのじゃぞ?」
僕はまだ、ルシアさんが死んだとは思っていない。彼女が戻ってくるまで時間を稼ぐだけでいいんだ。
木々に遮られていたはずの日光がいやに鬱陶しく体に照りつける。
「死ぬ準備はいいか?…おい、さっきから無視するでない。流石の余も傷つくぞ」
「あ…ごめん、なさい?」
痛い。
いつのまにか大木に打ち付けられており、アバターも解除されていた。
「死んでおらんのか?結構本気で殴ったんじゃが…」
怖い。異能がなければ、僕は今の一撃で死んでいた。僕のアバターはシールドのような役割も出来、致命的なダメージを負ってもアバターが解除される代わりにダメージを帳消しにできる。
一撃で、あの速さで、僕は死んだ。
無理だ。こんなバケモノ、勝てるはずない…!
「心が折れてしもうたか?他の若造達とは違って立ち向かってきたのは立派だが、力の差が分かっていたのなら最初から逃げるべきだったな…あぁ、余が天蓋で覆っておったからか」
巨大をくねらせ、大蛇がにじり寄ってくる。
「ひ…!」
「そんなに怯えるな、痛いのは一瞬だけじゃぞ〜。そこまで怯えられると余が酷いことしてるみたいじゃろ…いや、酷いこと自体はしておるか」
赤黒い、2対の目を持った顔が近づいてくる。
僕を食べる、つもりなのか…
「⁈なんじゃ⁈」
死んだ8人の遺体が急激に膨張し、ひとつにまとまっていく。
「こコぉ、ドこな乃?」
「ええぃ、気味の悪い!『旱』!」
「ぎイャぁあぁアあァ!」
肉塊のバケモノが、幾重にも重なった醜い絶叫をあげる。
どんどん膨らんでいく肉が強烈な光線に焼かれ、ひどい臭いが辺りに充満していく。
「オ腹ぁ、すスすぃタァ!」
「う、うわぁぁぁぁぁぁ!」
クラスメイトの1人が肉塊から伸びた腕に掴まれ、大きく開いた異形の口腔内に放り込まれる。
「な、なんなんじゃ⁈」
大蛇はどんどん膨張していく肉塊に怯えたのか、光線の照射をやめて逃げていく。
「こ、これで逃げられる…!」
「オまぇも、い゛タダきまァす…」
「え?」
いきなり、何本もの腕が僕の方に伸びてきて顔や体を無理矢理に掴む。
「い、嫌だ…!死にたくない!」
「ダイじョオぶ、シななぃかラ」
「え…?」
僕は大きな口に呑み込まれ、意識を手放す。
脳内で不安の渦が逆流し、昏い愉悦へと、変わっていった気がした。
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