Day.23どうにもあたしはストローのように空っぽなのだ

 その日の最後の授業はオトと一緒で、二人であくびを噛み殺しながらノートを取っていた。


「オト、この後用事ある?」


「ないよー。冷蔵庫空っぽだからごはんどうしようか悩んでるの。初ちゃん一緒にどう?」


「行く行く」


 そこからもう小一時間あくびを続けて、なんとか寝ることなく地域史管理の授業を終えた。

 止まらないあくびを噛み殺しつつ学校を出た。

 時間的には17時で夕方なのに、空はまだまだ昼間の明るさだ。



「オトって普段自炊?」


「んー、自炊かなあ? 正確には他炊かな」


「なんそれ」


 他炊???

 あ、わかった。


「三沢くんに作ってもらってるの?」


「ピンポーン」


 意味わかんないな。

 たぶんそういう顔をしていたのだろう。

 オトはヘラっと笑って説明しだした。


「私学生寮なんだけど、伊織が隣の部屋でね。2日に一回うちにきてご飯作ったり洗濯したりしてくれてるの」


「家政婦さんかな?」


「惜しい?」


 可愛らしく首を傾げるオトは顔だけを見ればめちゃくちゃ可愛い。

 でも言ってることがろくでもないんだよなあ。


「オトと三沢くんてさあ、いつから付き合ってるの? 中学一緒だったんだよね?」


「うん。中学の時に伊織に叱られて勉強教えてもらって、そっからずっと一緒だよ」


「ふうん。どっちから告白したの?」


 まあ、興味本位だ。

 こちとら大学生で初彼ができたものの、半年と持たずに別れそうなのである。

 仕方ない。性的嗜好が一致しない男女が長く共にはいられないのだ。

 異論は認める。

 あたしが無理だった。

 なんてことをつらつらと考えていたら、オトがきょとんとした顔でこちらを見ていた。


「してないよ?」


「え?」


「あ、付き合うって、そういう意味? 私と伊織は付き合ってないよ」


「付き合ってないのに2日に一回は家事してもらってんの????」


「うん」


 やっば、全然意味わかんない。


「付き合ってないのに、あんな熟年夫婦みたいになってんの????」


「熟年夫婦て」


 初ちゃん何言ってんのとオトは笑うけど、それはこちらのセリフである。


「あー、でもなんかしっくりした。伊織ってママみあるって思ってたけど、面倒見のいい旦那さんって言われるとそんな気がしてきた」


「ええ」


「伊織を彼氏って考えると世話されすぎて全然ピンと来なかったけど、旦那なら納得行くわ。ありがと初ちゃん。伊織に提案してみるね」


「え? あたしの適当な発言で二人が結婚する???」


 ダメだ。もう何にもついていけない。

 オトの方はニッコニコでちょっと先を歩いている。

 しっとりした海風でオトのふわふわの髪が柔らかく揺れた。

 今日のオトはタイトな皮のロングスカートにやっぱりタイトなブラウスを合わせている。

 昨日はふんわりしたワンピースとスキニーで、どっちも似合う。

 昔は自分との可愛らしさの差に嫉妬したりもしたけど、人間としての方向性が違うということで自分の中で決着をつけた。



 駅について一緒に電車に乗る。

 オトが先に降りていった。


「またねー」


「またね」


 ……一緒に夜ごはんしようと思ってたけど、いろいろびっくりして誘い損ねた。

 まあ、いいか。

 今日は家でのんびり食べようかな。


 ふと思いついてスマホを取り出す。

 悩んでやっぱり止めた。

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