Day.22そういえばこいつ晴れ女だったっけ
「あの、三沢伊織くんですよね。今ちょっといいですか?」
授業を終えて講義棟を出ると知らない声に呼び止められて振り向くと、やっぱり知らない女子がいた。
急いでるんだけどな。
ただでさえ土砂降りで歩くのも億劫なのに、余計なことに時間を取られたくない。
「どちらさま?」
返ってきた名前にやっぱり聞き覚えはない。
俺が怪訝な顔をしているのに気がついたのか、その女子はわちゃわちゃと手振りを交えて説明しだした。
「えと、去年の経済基礎で同じクラスで、席が近くて。三沢くんの二つ隣の班だったんですけど。それで発表の時の三沢くんの声がすごく好きで、ずっと気になってて。今年の地域経済の授業も一緒で、その」
要するに。
授業がいくつか被っていて、それで俺の声に興味を持った、ということらしい。
雨がうるさくってよく聞こえないけど、多分そういう感じ。
「うん。それは、どうも」
他に言いようがない。
珍しいとは思う。珍しいこともあんだね? っていう。
俺に興味を持つのは体目当ての陶子と甘えたいだけのトッキーだけなので。
(伊織ってママみあるから笑なんて陶子の声が聞こえた気がしたが気のせいだ。そんなものはない)
「なので!」
ようやく本題らしい。なんだろ。サークルとか宗教の勧誘とだったら嫌だなあ。
今日は陶子の日なので迎えに行かねばならんのよ。
「付き合ってください」
「なにに?」
「えっ、あ、その、私と」
「……彼氏になってくれってこと?」
「それ! そうです!」
「無理です。手が回らないので」
女子は目をまんまるくして固まってしまった。
えー。ていうかさ、告白ってもっと仲良くなってするもんだと思ってたわ。
知らない人にいきなりなんか言われても、っていう。
個人差かな。
「あ、の、じゃあお友達から」
「なってもいいけど、そっから更新もクラスチェンジもジョブチェンジもしないよ?」
「……」
「用事あるから行くわ」
そう言って背中を向けて歩きだした。
雨のザアザア言う音と足元で水がバッシャバッシャ跳ねる音とで、その女子がどうしていたか何にも聞こえなかった。
「お待たせ」
「珍しいね、伊織がゆっくりなの」
陶子は一人で教室の前でスマホをいじっていた。
俺のスマホに連絡は来ていない。
そういうとこだよ、ほんと。
遅くなっても心配の連絡一つよこさない。
俺が来るとわかっているからだ。
……これが信頼??? なんか違う気もする。
「じゃあ私着替えてくるね」
「はいよ」
すたこらさと陶子は近くの女子トイレに駆け込んで行った。
俺と一緒の時以外は露出しない。
その約束を律儀に守っていたらしい。一生守っていていただきたい。
「一生、ねえ」
俺はあれの面倒を一生見続けるんだろうか。
それってどういう関係だ?
「お待たせー!」
戻ってきた陶子はお腹が出ているキャミソールとやたら短いスカートになっていた。
なんかあれ、チアガール的な。
ただしノーブラにTバックなのでチアガールというより、そういう店みたいだけど。
(もちろん行ったことはない。陶子が参考?にすると言ってサイトを見ていたのを見せられただけだ)
「エロい?」
「うん。頭おかしいと思う」
「ね! じゃあ行こう!」
俺の辛辣でしかない返事に陶子は満面の笑みで頷いた。
ほんと、おかしいと思う。
そのおかしい女の面倒を一生見る気でいる俺も、もうとっくにおかしかった。
傘を開こうとしたけど、あんなに激しかった雨は止んでいた。
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