Day.8その場所、代わってくれよ
五限の授業が終わって初と教室を出たら土砂降りだった。
「トッキー、傘持ってる?」
「ない」
「あたしもない」
「走って帰れる雨じゃねえなあ」
講義棟の出口には同じように振られてうんざりしている連中がたむろしている。
スマホで天気アプリを見ると一時間足らずで止みそうだ。
「一時間くらいで止みそうだけど」
「じゃあ待つ? オトは先帰ったし……」
「コウは」
「たぶん、いる」
「迎えにきてもらえよ」
「んー」
初の返事は煮え切らない。
まあヤリたい彼氏とヤリたくない彼女の溝が簡単に埋まるわけもねえか。
「コウ、心配してんじゃねえの」
「そうかも」
そんなことはわかってる、と初が頬を膨らませる。
それにきっと話し合ってどうにかできる問題でもない。
いや、できなくはないのだ。二人の性的嗜好がどうにも一致しないのだから、それが一致した相手を見つければいい。
「もう別れちゃえばいいじゃん」
「そんな簡単に」
「親に紹介したわけではなし、将来の約束をしたわけでもなし、いちゃつくこともできないのに? コウからしたら生殺しなんじゃないの」
「そう言われちゃうとぐうの音も出ないぐう」
初はとぼけたように唇をとがらせた。
たぶん初にベタ惚れのコウならコテっと誤魔化されたんだろうけど、残念ながらオレにはなんにも可愛くない。
「まあ、オレが口出すことじゃないんだけど」
うそ、ほんとはめちゃくちゃ出したい。
別れさせて落ち込んだコウにつけ入りたい。
けど性別の壁がある以上、そんな簡単にはつけ入れないわけで。
「ごめん、ありがと」
初がちょっと笑うと、遠くからバシャバシャと走る音が聞こえてきた。
「初! トッキー!」
「コウ」
「ちょ、めっちゃ濡れてるじゃねえか」
土砂降りの中、傘を振りながら走ってきたのはコウだった。
くすんだ茶色の髪がしなしなになってるし顔に何故か泥が跳ねてて、全然傘の意味がねえ。
「遠くから見えたから一緒に帰ろうと思ってさ」
コウはニカっと笑った。
あーやだやだ。本当に嫌だ。
オレ、こいつのことめちゃくちゃ好きなのに、その笑顔は俺のものではないのだ。
「だってさ。よかったじゃん。コウは顔拭けよ」
前半は初に、後半はコウに言ってカバンに入っていたタオルを押し付けた。
「もうちょっとしたら止みそうだし、図書館に用事あるから先に帰って」
「でも」
「いいから」
何か言いたそうな初を手で追い払う。
その後ろでコウが手を合わせるので、そっちにも手を振っておいた。
「タオル、洗って返すよ」
「あー、オレも使うから今返して」
コウからタオルをひったくるように取り返した。
二人は顔を見合わせてから一つの傘に並んで入る。
歩きだ出した背中はピッタリ寄り添って……は、ないけれど、それでも確かにカップルに見えた。
「俺、いいやつすぎるだろ」
一人ごちて、止まない雨を眺めていた。
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