第19話 おじ戦士、自宅にお呼ばれする
ヘレンの提案に従い、午後からの訓練は止めにして、一緒に防具屋を訪れた。
防具屋といっても、鎧を購入するとなるとその場ですぐに受け取れるわけではない。
店側は注文を受けてから、鎧職人に発注して一から作っていくのだ。ひとつひとつが完全なオーダーメイド制だ。
特に、ヘレンの鎧のようにこだわりが強いデザインともなると、発注してから実際に完成品を受け取れるまでの期間は、数か月に及ぶことも珍しくない。
一応、すでに出来上がっている鎧を打ち直して体に合うようにしてもらうこともできるが、そういうのは基本的に二級品扱いだ。着心地はいまいちだし、値段的にもそこまで安くなるわけでもない。今すぐ鎧が必要だという切羽詰まった状況でもない限り、その手の鎧を選ぶ戦士はあまりいない。
「ここの店は、ドワーフの鎧職人とも契約しているのですよ。こちらの無理な要望にもほとんど応えてくれるため、助かってます」
「なるほどな、道理でどれもこれも質が良いわけだ。おかげで値は張るようだが」
店内に飾られている鎖かたびらを眺めていたが、それを聞いて納得した。リングの大きさが均一で、金属加工には付き物のバリもきれいに取り除かれている。ためしに手で持ち上げてみると、金属のリング同士がシャラシャラとこすれる音が、まるで楽器のようで聞いていて心地よい。実にいい仕事をしている。
「鎧の注文はもう済んだのか?」
「ええ、寸法を測ってもらいましたが、前とほとんど変わらないので早いものです。あとは出来上がった時に、流行りの装飾でも入れてもらいます」
「装飾ねぇ、それも相手を油断させるためか?」
「はい、鎧が洒落てるというだけで、道楽貴族か何かかと勘違いしてくれる手合いもいるので助かります」
ヘレンのこの手の話はどこまで本気なのか、いまいちよく分からなくなってきた。
昔の彼女は、普通の鎧を着て、普通に敵を倒していた記憶がある。
当時よりもさらに実力が備わっている今となって、本当にそんな小細工が必要なのか疑問だ。
「ラルフはどうしたのですか、盾を買いに来たのではなかったのですか?」
「そのつもりだったんだが、どうも良いのが見つからなくてな」
この防具屋に展示されている盾は、意匠を施された逆三角形タイプの物が多い。これは騎兵が馬上で使うのに適した形状なので、俺が求めている盾とはちょっと違う。俺が欲しいのは取り回しが良い円形の盾だ。
やはり馴染みの店で買うことにするか。
「すみません、言い忘れてましたがこの店で展示されているのは、見栄えが良い品ばかりです。あなたが使っているような盾は、店員に直接問い合わせれば出してもらえますよ」
軽くショックを受ける。
円形の盾って、今はもうそんな扱いなのか。
店員に尋ねてみると、本当にバックヤードからすぐに在庫品を持ってきてくれた。前に使っていた盾とよく似た形状の品を見つけたため、それを購入することに決めた。
「この後もまだ行きたい場所はあるんだろ?」
「そうですね、他にも寄りたい店はあるのですが……」
ヘレンは唇に指を当てて思案している。
しばし悩んだ末に彼女の口から出たのは、あまりにも意外すぎる言葉だった。
「ラルフ、よろしければこれから私の家に来ませんか?」
「ふむ……うぅん? なんだって?」
一瞬、聞き間違いかと思い、耳を疑った。
ヘレンお前まさか……自宅持ちだったのか!?
※ ※ ※
物珍しさもあり、俺は割と興味津々でヘレンの提案を受け入れてしまった。
騎士団の知り合いを除けば、俺の仕事仲間で王都に自宅を持っている者は見たことがない。一体どんなものなのか、一目だけでも見てみようと半ば興味本位でついてきたのだが……。
「立派な館じゃないか……」
思った以上に大きな家だったため、言葉を失ってしまった。
この王都で暮らす住人のうち、自分の持ち家を持っている者はほとんどいない。一部の相当裕福な人々だけだ。郊外と違って土地があまり余っていないため、新しい家を建てたくても建てられないという事情もある。
だからほとんどの住人は、長屋などの共同住宅に賃貸契約で住んでいる。もしくは、手頃な宿屋で長期に渡って部屋を借りるかだ。
俺の場合は、後者の暮らし方をしている。よく街の外に出て住処を留守にすることが多い冒険者としては、ある程度サービスが行き届いている宿屋のほうが、何かと都合が良いのだ。
そうした住宅事情の中にあってこの館は、王都にある一軒家としてはかなり大きかった。大豪邸とまでは言わないが、ちょっとしたお屋敷といっても差し支えない大きさだ。
「母から受け継いだ家です。母が亡くなってからは、兄と二人だけで暮らしています」
「前に一度聞かせてもらったことがあったな。お前とヘクターの父親は確か……」
「ゲインマイル伯爵です。母はその妾でした。普段は自分の領地にいる人ですから、王都へ来た際の現地妻くらいの扱いだったのでしょう」
娘からしたら言いづらそうなことを、ヘレンは何でもないように言ってのけた。
そして俺を案内するように、館の玄関へと向かう。
「父親には会ったことがあるのか?」
「ありません。私たちが生まれてからは、母に会いに来ることもほとんどなくなったそうです。それからも、母が生活に困ることがないように金銭的な支援はしてくれていたようですから、良い人だと思いますよ」
良い人、か。
自分の子供から良い父ではなく、良い人と評価されるのは、父親としてはどんな気持ちなんだろうな。
「さあ、中へどうぞ。といっても使用人の一人も雇っていないので、あまり片付いていませんが」
玄関を開けて中に入ると、広いエントランスに二階へと上がる階段、奥へと続くいくつもの部屋が見える。
隅々まで掃除が行き届いているというほどではないが、目に見える場所に埃や蜘蛛の巣などは見当たらない。きちんと人が暮らしている家から漂う清潔感を感じる。
「十分綺麗じゃないか、この規模の館をヘレンが一人で掃除してるのか?」
「私ではありません。母が存命だった頃は、この館にも侍女が住んでいたのです。その方はもう高齢で仕事は引退したのですが、今でも時々私たちの様子を見に来てくれるのです」
玄関付近の窓を開けて外の灯りを取り込みながら、ヘレンは答える。
「彼女にとっては、私たち兄妹はいつまで経っても子供のままなのでしょうね。ここに来るたびに昔のように家事をしてくれるので、その好意につい甘えてしまっています」
新しく使用人を雇ったら、彼女がもう会いに来てくれなくなりそうで寂しいからと、恥ずかしそうに語る。
今更ながらに、ふと気づく。
ちょっとした催し物を見物に行くくらいの軽い気持ちでやって来てしまったが、ここもバッチリ女の家だな。
しかしもう今更である。いちいち気にするのも面倒なので、友人宅に招かれたと思って納得してしまおう。
「どうしましたか? こちらですよ」
ヘレンに促され、奥の部屋へと通された。
そこは応接間のような部屋だった。低めの小さなテーブルと、座り心地の良さそうな長椅子が並べられている。
「どうぞ、おかけになってください。何か飲み物を用意しますね」
ヘレンは調度品が入っている戸棚から、グラスを取り出そうとしている。
俺たちの間柄からすれば、それは何とも奇妙な光景だった。
わざわざ俺を家に招き、己の身の上話まで口にするとは、今日のヘレンはどこか様子がおかしいな。
はてさて、一体何を考えているのやら。
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