第18話 おじ戦士、デート(?)をする

 騎士団の詰所を出てすぐのところで、ヘレンが待ち構えていた。

 俺を逃がすつもりなど微塵もないという強い意志を感じ、若干体に震えが走る。

 いつも通りの無表情のはずなのに、今ものすごい不機嫌ですと、はっきり顔に書いてあるのも怖い。

 俺が悪いわけではないのだから、せめて笑顔で出迎えてほしかったなぁ……。


「終わりましたか?」

「ああ、大した話ではなかった。この前の冒険の追加報告をしただけだ」

「そうですか、おかげでもう昼過ぎです。お腹が空きましたね」

「腹減ったな」

「今すぐ、近くの店に食べにいきましょう。約束通りラルフの奢りです」

「はい」


 満腹になれば、この猛獣も機嫌を直してくれるかもしれない。

 そんな一縷の望みを抱きつつ、大人しくヘレンに付き従うことにした。


 ※ ※ ※


 ヘレンに連れられて訪れた店は、たしかになかなか洒落た雰囲気の食堂だった。

 店内からもテーブルからも、真新しい木の匂いがしてどこか気持ちが落ちつく。

 最近見つけたようなことを言っていたので、まだ出来たばかりの新しい店舗なのかもしれない。


「この羊肉、美味しいですね」

「臭みが無くて柔らかいな、子羊の肉かもしれん」


 うららかな昼下がりに、そんなお洒落な食堂に男女二人でいるわけだが、生憎と素敵なランチとはならない。

 大量に皿に盛られた料理をひたすらにがつがつと食らう。基本的に山賊スタイルだ。体が資本となる職業なので、男だろうと女だろうと戦士はみな大食いにならざるを得ない。

 でも美味いものは美味いから、ちゃんと味わって食べている。


「お酒飲みたいです。でも今日は午後からも訓練したいんですよね」

「飲めばいいじゃないか、エールなんて水みたいなものだろ」

「私、エールはあまり好きじゃありません。赤ワインが飲みたいです」

「そうだったか? ヘクターのやつが馬鹿みたいにエール樽を空けるから、お前もその口かと思ってた」


 俺にはワインの味はよく分からん。ヘレンは意外とグルメさんだな。

 そんなことを考えながら、野菜の酢漬けを手づかみでボリボリとかじる。


「それをいつも見ているから嫌になったんですよ。エールばかり飲んでいるとすぐ馬鹿になります」

「おま……それを言い出したら世の中の酒盛りなんてほぼすべて、馬鹿を作るための宴になるぞ」

「言い得て妙ですね、その通りだと思います」


 まあ確かに、酔っぱらって利口になるやつなんていないから、馬鹿を作るための宴で何も間違ってはいないな。

 しかし、エール大好きな俺からするとどうも釈然としない。

 何か反論したいところだが、先ほど自分で言った手前、何も言い返すことができない。完全に自爆した。


「まったく、お前は口が良いんだか悪いんだか……ん、このパンめちゃくちゃ美味くないか?」

「あらほんと、ふわふわで小麦の香りが香ばしいですね。前に来たときよりもずっと美味しいです」

「もしかすると丁度焼きたてだったのかもな。少し遅れてきて正解だったかな?」

「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」


 ヘレンはようやく楽しそうに笑ってくれた。

 今日イチの笑顔も更新だな。

 お世辞抜きに可愛いから、ずっとその笑顔でいて欲しい。


「やっぱり、ワイン飲んでも良いですか?」

「好きにすればいいだろ、なんで俺に聞くんだ?」

「あなたの奢りだからですよ」

「お、おう……どれでも好きなの頼んでいいぞ」

「ではお言葉に甘えて、一番高いやつをいただきますね」


 少しばかり洒落ているとはいえ、酒場ではなく食堂で出すワインにそこまで高級品は置いてないだろ。

 特に根拠もないのに、その時の俺は何故かそんな風に軽く考え、たかをくくっていた。


 ※ ※ ※


 結論から言うと、ワインはお高かった。

 決して払えない額ではなかったが、大変お高かった。

 瓶で売っている高級ワインなんて、そういえば一度も買ったことがなかったな。

 値段もよく知らないのに馬鹿な安請け負いをしたもんだ、ははは。

 午後からの訓練に備えてグラス一杯しか飲まなかったため、残りのワインは全部お土産だ。おかげでヘレンはすっかりほくほく顔だった。酒が入った直後なので、わずかに頬も赤らんでいる。

 今日イチの笑顔を二度も更新できたので、まあ良しとしよう。


「さて、どうする。午後からはソードギルドに戻って訓練を続けるか?」

「うーん、お酒を飲んだら何だか気が抜けてしまいましたね。訓練は止めにして、防具屋に行きませんか? そろそろ鎧を新調したいんです」

「いや待て、待って、待ってください。確かに今日は全部奢りだと言ったが、さすがにそれは……」

「ああ、もちろん鎧は自腹で買いますよ。当然じゃないですか」


 俺の慌てぶり見て、ヘレンは可笑しそうに笑った。

 どうもさっきから手玉に取られているようでバツが悪いな。


「防具屋に行くのなら都合がいい。俺も盾を新調したかったんだ」

「また壊したんですか? 盾ってそんなにしょっちゅう買い替えるものではないと思いますけど」

「俺が壊したんじゃない、壊されたんだ。この前仕留めた吸血鬼はなかなか手ごわかった」


 戦いそのものは短時間で終わったが、あれは決して楽な戦いではなかった。

 吸血鬼化したケイドの力は、恐るべきものだった。もともとソードギルドでも中の上くらいの実力はあるやつだったので、太刀筋も昔と変わらず鋭いままだった。

 力と技が合わさったその斬撃を、受け止めるどころか思いっきりはじき返したため、盾は見事に壊れてしまったのだ。

 外周を補強していた金属部分が切断され、本体にも大きく亀裂が入ってしまった。こうなるとさすがに修理はできないため、新調するしかない。もともと買い替え時だと思っていたので未練はないが。


「そういえば、ヘレンの鎧はずいぶんと女らしいデザインだよな。体にしっかりフィットするように流線形の装甲板をわざわざあつらえているし、下地も鎖かたびらではなく革素材だろ。あれは何かこだわりがあるのか? 機敏に動くためか?」

「もっと簡単な話ですよ。遠目にも女だと分かる格好をしておいたほうが、男は油断するからです。あわよくば生かしたまま捕えようと考えている相手って、たぶんあなたが想像するよりずっと弱いですよ。本当にあっさり殺せますし、私も良心が痛まないので良いことずくめですね」


 ヘレンは澄ました顔で、平然と恐ろしいことを言ってのけた。


「一昔前に、ビキニアーマーとかいう鎧が流行ったらしいじゃないですか。たぶんそれも目的は同じだと思いますよ。さすがに品が無さすぎるとは思いますが」

「えぇ……嘘だろ、あれってそんな理由だったのか……?」


 軽い質問のつもりが、四半世紀以上前から続いていた積年の謎まで、まとめて解いてもらえた。

 なんかもう色んな意味で俺の常識が通用しない話で、頭が追いついていかない。


「俺にはわからんな」


 俺も男なので、言いたいことは理屈の上では分かるのだが、もっと根幹的な部分がまったくもって理解できない。

 目の前に立って武器を構えている相手に対し、戦い以外の思考や感情が生まれるものだろうか?


「そうでしょうね。だからあなたのことを尊敬しています、誰よりも」


 不意に褒められたため驚いて振り向くと、ヘレンと目が合った。

 その時の彼女の瞳には、普段は見せない俺に対する複雑な感情が込められているように見えた。

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