第8話 おじ戦士、夢の跡について語る

 翌朝、新人冒険者五人とおっさん一人は、約束の時間通りに南門に集合した。

 それにもかかわらず、何故か『遅い』『待ちくたびれた』などと散々文句を言われた。

 うるさい、俺は悪くない。約束の時間にはギリギリ間に合った。

 お前らが着くのが早すぎるんだ。はりきりすぎだ。あまり生き急ぐな。

 ぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、俺たちは門を出て南の街道へと出発した。


「だからさー、おじさんはもっとしっかりしたほうがいいと思うんだよねー」

「はいはい」

「少しくらいだらしないダメ男のほうがモテるとか思ってるなら、大間違いだからね?」

「わかったわかった」

「やっぱりさー、男の人は頼りがいのあるほうが――」

「そういえばチップ、行方不明者の調査の件はどうだった?」


 街道を歩き始めてしばらく経ったというのに、いつまでもウザ絡みしてくる娘がいるため、強引に話題を変えることにする。


「へぇ、各所を当たってはみたんですけど、あまり芳しい情報は無かったっすね」


 突然話を振られたチップは少々面食らっていたようだが、渡しておいた行方不明者のリストを懐から取り出した。どこかでこの話題について切り出そうと、向こうも準備しておいてくれていたようだ。


「分かった事といえば、一度に行方不明になっているのは多くても四人ほどの集団で、それ以上大きな隊商なんかには被害が出てないってことくらいっす」

「そうか。いや、それだけ調べられれば上出来だ」


 歩きながらリストを受け取り、もう一度ざっと目を通す。

 リストには少し書き込みが加えられていた。同時に行方不明になったと思われる人同士の名前が丸で囲んであり、分かる範囲で日付の注釈も書き加えられている。

 チップの丁寧な仕事ぶりに、俺は満足して頷いた。


「もし事件の犯人がいるとすれば、少数の集団を狙っているということでしょうか?」


 チップの前を歩いていたセーラにも、今の会話が聞こえたのだろう。

 歩を緩めて俺たちの隣に並ぶと、話に参加してきた。


「まあ、そう考えるのが妥当だな。敵さんはあまり頭数が多くないのかもしれん」

「五人以上なら被害に遭っていないってことは、襲う相手を選んでいるっぽいもんねー。これが魔物なら見境なしだろうし、やっぱり犯人は人間なのかなぁ?」


 いつの間にかウザ絡みを止めたミアも、普通に会話に混じってきていた。


「魔物の中にも賢いやつはいるが、今のところはそのセンが濃厚だと思ってる。まあ、この先の宿場町でもう少し詳しい情報を仕入れないとな」


 実際に南の街道上にある宿場町でなら、行方不明事件についてもっと新しい情報が聞けるだろう。


「順調にいけば、宿場町に着くのは夕方くらいになりそうっすね。酒場で一杯やりながら話を聞くにはいい時間っすよ」

「おっ、次の町にはちゃんと酒場もあるのかい? そいつは嬉しいねぇ」


 酒という部分に反応したのか、ドワーフなだけあって酒好きのドマも、前を歩きながら首だけをこちらを向けて声をかけてきた。

 ダニエルは黙ったまま先頭を歩き続けている。


「宿場町ですか。私は王都以外の街にはあまり行ったことがありませんから、どんな場所なのか少し楽しみです」


 セーラはおっとりとした顔に笑みを浮かべながら、本当に楽しそうにそう言った。

 都会育ちのセーラらしい感想なのだろう。

 俺を含め、他の四人にはちょっと理解しがたい感想だったので、みんな曖昧に笑っている。


「そういえばこの街道って初めて歩くけど、どこへ繋がってるのー?」

「南の街道は、遺跡都市フーラに繋がってる。徒歩で五日ほどかかるが、そこが終点だ」

「遺跡都市フーラ?」


 聞いたことのない地名だったらしく、ミアは首を傾げた。


「フーラという都市のすぐそばに、巨大な遺跡群があるんだ。正確にはその遺跡のほうがフーラという名前で、都市のほうは遺跡に挑む冒険者たちの拠点として後から作られた場所なんだけどな。同じフーラという名前で呼ばれてる」


 フーラという都市ができたのは百年以上前の話なので、建設から命名に至るまでの経緯などは俺も詳しくは知らない。大方、名前を呼び分けるのが面倒だから一つにまとめただけだろう。


「ふーん、大きな都市なの? 栄えてる都市なら名前くらい聞いたことありそうだけどー」

「大きいぞ。かつては栄えていたが、ここ十年くらいは王都でもほとんど名を聞かなくなったな」

「えっ、十年前に何かあったの?」

「遺跡が枯れたんだ。冒険者たちに遺跡中を探索し尽くされて、フーラの遺跡にはもう何も残ってないって噂だ」


 遺跡から見つかる数々の財宝や、失われた古代の秘法は、都市に莫大な富をもたらした。あぶく銭を手に入れた成金たちが闊歩する楽園といった感じで、わざわざ王都からフーラへ移住する者さえ珍しくなかった。

 しかし、もはや空っぽの都市だ。今すぐに都市が無くなるようなことはないだろうが、すでに衰退の一途をたどっている。

 遺跡からの出土品以外に、フーラの都市を支える産業はない。それが財源としてあまりにも優秀すぎたため、他の産業を発達させる必要もなかったのだ。

 それが災いした。

 かつてのフーラの繁栄が、正常な判断力を狂わせたのだろう。都市の太守も住人たちも己を欺き続け、出土品が減って手遅れになりつつある都市の状況から目を背けた。その結果が、今のフーラだ。

 皮肉なことに、冒険者たちのために作られた都市は、冒険者たちの手によって終わりを迎えることとなった。


「この南の街道も、昔はもっと人の往来がたくさんあったんだぞ。今となってはもう、フーラの住人のために物資を運ぶ商人くらいしか通ることはない、寂れた街道だけどな」


 以前にこの街道を歩いた時よりも、心なしかさらに歩きにくくなった気がする。

 人通りが少なくなった街道なんて滅多に補修されないからな。


「そのうち、遺跡都市と呼ばれることもなくなるかもしれん」

「えー、そういうのってなんか寂しいね……」


 そう口にしたミアの声にいつもの元気はなく、どこかしんみりとしていた。

 他のやつらも、なにやら暗い雰囲気になっている。

 ……迂闊だった。やる気と希望に満ちた若者たちに、こういう虚しい現実をおっさんが語るのはやる気を削ぐだけだな。


「まあ、フーラの遺跡で新たに隠し階層でも見つかれば、話は変わってくるだろうな。また冒険者たちで賑わう場所になるかもしれない。そうなる頃にはお前達も一人前だろうから、一度挑みに行ってみるといい」


 この先まったく希望がないわけではないと、多少強引にだが、話を良い方向へ持っていこうと俺は頑張った。


「遺跡探索かー、やっぱ冒険者の憧れだから、いつかは挑んでみてぇよな」

「だねー、でもそのためにはもっと強くならなきゃ」

「ええ、ラルフさんの足手まといにならないくらい強くなって、できることなら遺跡にもご同行していただきたいですね」


 俺の強引な方向転換に、若者たちはついてきてくれた。

 それどころか何かすごくいいことを言ってくれてる。うれしい。

 そうだな、新入りの引率ではなく、いつか対等な仲間としてこいつらと肩を並べて冒険できる日が来たらいいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る