第9話 おじ戦士、ようやく気づく
若者五人とおっさん一人の旅路は順調に進み、昼過ぎにはもう宿場町に着いてしまった。
当初の予定では夕方頃に到着するはずだったのだが、先頭を歩くダニエルのペースがやけに早かった。そういえば最初のゴブリン退治の時もそうだった気がする。それに誰も文句を言わずに歩を合わせているのだから、こいつらにとってはこれが普通なのだろう。若者の健脚を侮っていた。
宿場町には着いたものの、酒場で酒盛りを始めるにはまだ早すぎるため、俺たちは手分けして情報収集をすることにした。
宿屋の店主や、街を守る衛兵を中心に、町の住人たちに聞き込みを行う。
そこで各自が手に入れた情報を持ち寄るため、一度酒場に全員集合した。
「結局、ここでも大した情報は得られなかったか」
酒場の一角のテーブルに集まり、互いに情報を出し終えたが、首尾のほうはいまいちだった。
何か情報があるだろうと期待していたのだが、何の情報も得られなかった。
これには俺も少しばかり徒労感を覚え、ふうっと思わず小さなため息が出た。
「分かったことと言えば、この宿場町ではまだ行方不明者が出てないってことくらいっすね」
チップは椅子に座りながら頭の後ろで手を組んで天井を仰いだ。
「南の街道で行方不明者が出てることさえ、知らない住民も多いみたいだねー」
ミアも納得いかないといった様子で、テーブルに頬杖をつきながら口をへの字に曲げている。
「不思議ですね、王都では冒険者の酒場に依頼がくるほどの事件になっているというのに……」
「ま、この宿場町に直接被害が出ない限りは、町の住人にとっては関係のない話だろうからね」
不思議そうに首を傾げるセーラに対し、ドマは現実的な意見を口にする。
実際、その通りなのだろう。
彼らにも自分の生活がある。行方不明者の中に身内がいるのならともかく、名前も知らない他人のことにいちいち構っている余裕などないのだ。
「……まったく関心がないわけでも無さそうだぜ」
無口なダニエルが、急に口を開いた。
そういえばこいつだけ、まだ聞き込みの結果を話してなかったな。全然喋らないから、こいつも成果が無かったのだと勝手に思い込んでいた。
「さっき衛兵から聞いたんだが、街道をもう少し先に行ったところにある宿から、人が消えたらしい」
「ちょ、おま、そういうことはもっと早く……いや、それより詳しく聞かせろ」
全員が身を乗り出して、ダニエルの話を聞いた。
ダニエルの話を要約するとこうだ。
この宿場町から街道を少し進んだ場所に、一軒の宿屋があるらしい。
その宿屋は中年の夫婦が二人で経営している小さな宿で、宿泊料金はこの宿場町の宿よりもかなり安い。そのおかげか街道を通る旅人の中には、わざわざ足を運んでその宿に泊まる者もいたとのこと。
しかし最近になって、その宿はもぬけの殻になっているとの噂が流れている。
「なーんか変なのー。わざわざ宿場町から離れた場所に一軒だけ宿屋があるなんて、怪しすぎるし、危ないよね?」
「まあ、そうだな。大方の予想は付くと思うが、そこはまともな宿屋じゃない」
「あれっすね、表向きは普通の宿を装って、裏では違法な品の取引をする溜まり場になってるやつ」
人差し指をピンと立てながら、チップが言った。さすが斥候だけあって裏社会の事情には詳しいな。
「正解だ。この町の住人がほとんどその宿について触れないのも、できるだけ関わり合いになりたくないからだろう」
迂闊だったな。俺はそんな宿があることを知らなかった。つい最近になってできた新しい施設なのだろう。
「単純に足がついて宿を引き払った可能性もあるが、今このタイミングというのが気になるな」
「行方不明事件と何か関係しているのかもしれませんね」
俺の予想に同意するようにセーラも頷く。
何にせよ、今のところ唯一手に入った手がかりだ。まずはそこから調べてみるのがいいだろう。
「まだ日暮れには時間がある。そう遠い距離でもないようだし、今からその宿へ行ってみるか」
「ええっ、今からかい?」
ドマが驚いたような声を上げる。今日はもう、この酒場で酒でも飲みながら休めると思っていたのだろう。
「今日の歩くペースは速めだったからな。もう疲れて動けないと言うのなら、明日に回してもいいぞ。しかし無理せずに休むことと、手を抜くことは違うからな」
この辺りのバランス感覚は、できればこの若者たちにも伝えていきたい。
何でもかんでも『最近の若いもんは』という言葉で片づけたくはない。
「ダニエル、お前はどう思う?」
自分の情報を伝え終わった途端に喋らなくなった若い戦士に、話題を振ってみることにする。
ようやく分かってきたのだが、こいつは別に喋るのが苦手なわけではない。一対一で話題を振ってやれば結構喋る。こういう何人かで集まって話し合いをする場になると、途端に黙ってしまうタイプなのだ。
「……みんなまだ元気だ。今から行ってみよう」
ほら、言えたじゃねえか。
おっさんの俺が無理強いするのではなく、同じパーティ仲間のダニエルからの意見というところが大事だ。
普段は無口なダニエルが意見を口にしたことでさすがに奮起したのか、それまでいまいち乗り気ではなかったチップとドマも、今から宿場町を発つことに同意した。
※ ※ ※
衛兵からの情報通り、噂の宿には宿場町から少し歩いただけで簡単に辿り着くことができた。
少し歩くだけといっても、宿場町から直に見えるほど近いわけではないし、ここから大声を出しても町まで声が届くような距離でもない。立地的に宿場町からは完全に孤立している場所だ。ここで何か事件が起きたとしても、宿場町の住民がそれに気づくまでにはかなり時間がかかるだろう。
「外から見る分には、まともそうな宿だな」
「荒らされたようにも見えないっすね。でもたしかに人の気配がしねぇ」
宿としては少し小さめだが、しっかりした造りの平屋の建物だ。
外から見ている限りでは、ここで違法な取引が行われているとは思わないだろう。
しかし、宿場町から離れた場所にポツンと一軒だけ宿が存在している時点で違和感がありすぎる。鎧戸がすべて閉まっていて、中の様子が外からは見えないように徹底しているのも不気味だ。
「本当に誰もいないかどうか、早速中を調べてみようじゃないか」
「待ってください、ドマ。いきなり踏み込むのは軽率です。もし中にまだ誰かいた場合、トラブルになりかねませんよ?」
さっさと調べて町の酒場へ戻りたいのか、気が急いているドマをセーラがたしなめる。
そうなんだよな。
宿場町を出る前に、ダニエルが話したという衛兵に裏付けを取りに行ったが、そいつも人から噂で聞いただけで実際にこの宿を見に来たわけではなかった。この宿から住人が消えたという情報自体、ガセネタの可能性はある。
「まあ、正面から訪ねてみるとするか。チップと……そうだな、ダニエルは灯りを用意して俺についてきてくれ」
女三人には少し離れた場所で待ってもらい、まずは男三人で宿の入口まで行ってみることにする。
入口の扉を何度かノックしてみたが、返事は無かった。
やむなく、チップが扉越しに中の様子を探ってくれたが、やはり生き物がいるような気配は感じ取れないとのこと。
こうなったらもう覚悟を決め、扉を開けて中へ入るしかない。
ダニエルは用意していたランタンを掲げながら、いつでも武器を抜けるように準備する。
俺が扉を開ける役になり、取っ手をつかむ。鍵はかかっていない。意を決してそのまま扉を開けた。
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