第7話 おじ戦士、問題を先送りする

 行方不明者捜索の依頼を引き受けることを、冒険者の酒場の店主に伝える。

 店主は頷くと、現在までに判明している行方不明者のリストと、前金の入った金貨の袋を手渡してくれた。

 行方不明者のリストは羊皮紙三枚分、ざっと見ても三十人以上の名前が記されている。


「ほら、前金もらってきたぞ。明日の冒険のために必要な物があれば、これ使って揃えておけよ」


 俺はテーブルに戻ると、金貨の入った袋を五人の前に置いた。

 結局、この新入り五人は依頼を受けることを了承してくれた。


「……なんか私、ゴブリン退治の時よりもドキドキしてるよぉ」

「私もです。初依頼のときよりも、身が引き締まる思いというか……」


 ミアとセーラは、少し浮ついているようだな。

 未知の脅威への不安よりも、好奇心が勝っているのだろう。

 基本的にこの二人は物事をあまり悪い方向に考えない、前向きな性格のようだ。

 このくらい無鉄砲なほうが、冒険者という職業そのものには向いている。


「それだけヤバそうな依頼だってことだろ? あぁー、ほんとに受けちまって大丈夫なのかねぇ」

「まぁ、俺たちだけだったらやべーだろうけどよ。ラルフの旦那がいることだし何とかなるだろ」


 それに対して、ドマはやや消極的。チップは現実主義者だが、どちらかといえば慎重なほうだろう。

 とはいえ、それも別に悪いことではない。少しくらい臆病なほうが現実を良く見据えられる。リスクを正確に把握し、対策を用意することは、冒険で生き残るには絶対に必要な心がけだ。

 積極派と慎重派、どちらも揃っているほうが冒険者のパーティとしては望ましい。そういう意味でも、こいつらは理想的なパーティと言えよう。


「……」


 ダニエルはほとんど喋らないからよくわからん。


「では、明日の朝に南門の前で集合だな」

「はいはーい、その前に質問がありまーす!」


 ミアが元気よく手を上げて、俺の声を遮ってきた。


「なんだ?」

「街の外に遠征するわけだけど、今回は目的地がはっきりしてないよね? 食糧ってどのくらい持っていけばいいの?」


 予想に反して、すごくまともな質問だった。

 ミアはノリが軽いからいちいちアホっぽく見えるが、魔術師なだけはあってかなり頭がいい。

 質問や指摘はいつも的確であり、話の飲み込みも早い。本当に新入りかと俺も舌を巻くときがある。


「そうだな、こういうときはとりあえず三日分の食糧を持っていくのが定石だ。それ以上多いと荷物が重くなりすぎるし、少なすぎても不安だからな。途中にある村や宿場町でも食い物は手に入るし、そのくらいあれば大丈夫だろう」


 三日分の保存食ともなると少々値が張るが、これは必要経費だ。前金を使えば十分足りる。


「行方不明者の身元について、事前の情報収集はしておいたほうがいいっすか?」

「ああ、それはやっておいてくれると助かるな。行方不明者たちに何か共通点があるかもしれない。頼めるか、チップ?」

「うっす」


 行方不明者のリストをチップに渡しておく。

 こいつは目端が利く良い斥候だ。密かに一番期待している。


「あの、ラルフさん、今日はこの後に剣の稽古を……」

「出発前に怪我でもしたらどうする。明日に備えてしっかり体を休めておけ」


 ようやく喋ったと思ったら、お前はそれかい、ダニエル。

 今日はソードギルドには行かない。そんな目で見ても絶対に行かないからな。


「他に質問はあるか? 無ければ今日はこれで解散だ。明日に向け、各自で好きに準備を進めてくれ」


 質問があればそれには答えるが、おっさんが必要以上に口出しして、若者の自主性に水を差すつもりはない。

 集合時間と集合場所だけはもう一度念押しして、俺は冒険者の酒場を後にした。

 必要とあれば、あとは五人だけで残って話し合うことだろう。


 ※ ※ ※


 まだ時刻は昼前だが、俺は自分の宿へと戻った。

 具体的な日数は分からないが、明日からは数日かけての旅となるだろう。

 この二日間は、調子に乗って深酒しすぎた。おっさんの体に負担をかけすぎだ。せめて今日一日だけでも、しっかり体を休めることに決めた。


「おや、ラルフ。もう戻ったのかい? あんた宛にさっき書簡が届いたよ」


 自分の部屋へ向かう階段を上がろうとしたところで、宿の女将に声をかけられた。


「書簡? 誰からだ?」

「さてね、あんた宛って以外は何も書かれていないよ。でも届けたのはきちんとした身なりの商人だったね」


 商人に運ばせたということは、少なくともまともな相手からの文のようだな。

 訝しく思いながらも、女将から書簡を受け取る。確かに宛名は俺だ。

 ありがとな、と女将に礼を言って、俺は自分の部屋に戻った。

 部屋に戻ると、寝台に腰をかけて書簡をじっくり眺める。この書簡に封をしている刻印には見覚えがあった。俺の実家の紋章だ。

 思わず顔をしかめる。


(面倒だな……)


 封を切って中を見るのが、ものすごく面倒になってきた。

 今開けるべきかどうかしばし悩んだ末、乱雑に物が積まれているテーブルの上に、こいつも仲間入りさせることにした。

 面倒な問題は、できるだけ先送りするに限る。

 一気に肩の荷が下りたので、実に清々しい気分だ。さあ明日の準備をさっさと済ませてしまおう。


 まずは、部屋の片隅に組んで置いてある鎧のところに向かう。鎖かたびらを中心に、要所を板金で補強した部分鎧だ。最後に新調してから、修理を重ねてもう五年ほどこいつを使っている。しかし、この半年ほどは鎧を傷つけられた覚えがない。だから綺麗なものだ。

 今回の冒険前に鎧の手直しをする必要はなさそうだなと、俺は一人で納得し、次に盾の状態を見た。


 鎧に立てかけるように置かれた円形の盾は、堅い木材を本体にし、円の中心部と外周部を鉄で補強した簡素な作りの盾だ。先日のトロールの攻撃を弾いたときに、表面に多少の歪みが生じてしまったが、このくらいならまだ問題なく使用できそうだ。

 とはいえ俺は、盾は使い潰しの消耗品だと考えている。割と荒っぽい使い方をするので、一度の戦いでボロボロになってしまうことも少なくない。今回の盾は良く持ったほうだが、この冒険が終わったら買い替え時かもしれない。


 最後に、壁際に立てかけられた二本の剣を確認する。

 一本は鋼鉄の剣。昨日、鍛冶屋に修理を頼んだ剣とほとんど同じ大きさの片手剣だ。あの剣ほどの技物ではないが、頑丈さが気に入って予備の剣として使っている。切れ味も決して悪くない。予備とはいえ十分実用に耐えうる剣だ。

 もう一本は銀製の剣。鋼鉄の剣ほど切れ味は良くないが、鉄では傷付かない特殊な魔物にはこちらを使うこととなる。普段から持ち歩くような剣ではないが、今回の行方不明事件は何となく虫の知らせのようなものがあった。

 明日の冒険には、銀の剣を持っていくことに決めた。


 それ以外の冒険道具に関しては、うん、まあ、適当でいいだろう。

 前回のゴブリン退治で使った物は特にないから、消耗品を買い足す必要はない。

 保存食も、一週間前に安売りしてたときに買い込んだやつがまだ残っている。

 ……いや、二週間前だったかな?

 不安になってちょっと匂いを嗅いでみたが……うん、いけるいける。まだ全然いける。


 これで装備の準備は万全だな。

 あとは俺自身の準備が必要だ。

 まだ昼を少し過ぎたくらいの時刻だが、俺は寝台に横たわった。

 ほとんど丸一日の暇がある、今日のような日は本当に珍しい。ここのところ特に忙しかったからな。久しぶりにしっかり骨休めをするとしよう。

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