第4話 おじ戦士、お悩み相談を受ける
路上でたまたま会った知り合いの女の子に、唐突にへんたい呼ばわりされて、意気消沈気味の俺である。
俺が一体何をしたというのだ。
これと言って思い当たる節は……もしかしてあれか、お胸の大きさを見比べたりしたのが不味かったのか。
バレていないつもりだったが、女性はそういう視線に敏感だと聞いたことがある。
だとしたら確かに弁明の余地はないな。
ちらっとだが、本当にちらっとだが、視線をやった時点で怒られても文句は言えない。
そんなことを考えながらトボトボと歩いていると、いつの間にか目的の場所に着いてしまった。
職人通りの一角で、鍛冶屋が何軒も立ち並んでいる区域だ。街の中でもこの辺りは特別で、昼間は常に槌を振るう音が聞こえてくる。心なしか熱気に満ちており、気温も他の場所より高い気さえする。
立ち並ぶ鍛冶屋の中から、俺は迷うことなく一軒を選んだ。
鍛冶屋ストーンヘッド。
ここは刀鍛冶専門の店で、俺の行きつけの店だ。
扉を開けて店の中へ入る。店内は薄暗く、何本もの剣がところ狭しと並べられている。カウンターの奥で店番している見習いらしき小僧が、いらっしゃい、と素っ気ない声をかけてくる。
これが武器屋ならば、店員はもっと丁寧な接客をするよう躾けられるだろう。商品だって、もっと様々な種類の武器を取り扱い、見やすいように店内を明るくするだろうが、ここはあくまでも鍛冶屋だ。店の奥からは、鉄と鉄とがぶつかり合う音も聞こえてくる。
「親方を呼んでくれ。ラルフが来たと言えば分かる」
店番の小僧にそう声をかけるとわずかに訝しげな顔をしたが、へえ、と気のない返事をして、店の奥へと姿を消した。
しばらく待つと、頭の禿げた中年の男がやってきた。首にかけた手拭いで汗を拭きながら、赤ら顔にニカッとした笑みを浮かべる。
「そろそろ来る頃合いだと思ってたぞ、ラルフ――なんだ、今日はやけに景気が悪そうな顔をしてるな?」
「……ここに来るまでに、ちょっとあってな」
帯刀していた剣を外して、カウンターの上に置く。
「こいつの直しを頼む。トロールを斬ったから、少し刃こぼれしちまったんだ」
親父は剣を手に取ると鞘から抜いて、刃の状態をじっくりと眺める。
「……やはり良い剣だな。トロールを斬っておきながら、この程度の刃こぼれで済むとは」
何の変哲もない、どこにでもある鋼鉄の剣だが、素性はかなり良い物を選んでるからな。
いわゆる数打ちの剣の中から、稀に出てくる掘り出し物だ。もしかしたらどこかの名工が打った剣なのかもしれない。
「分かった、やっておこう。急ぎでなくても良いのだろう?」
「ああ、こいつが手元に無い間は、予備の剣を使う」
「では三日待ってくれ。それまでには、研ぎ直しておく」
そう言うと親父は、カウンターの奥にある黒板に何か文字のようなものを書き殴っていく。
おそらくは作業の予定を書き出しているのだろうが、虫が這った跡のような文字で、俺にはさっぱり読めなかった。
そんな親父の様子を何気なく眺めていると、この店に別の来客がやってきた。
「ラルフさん……」
「昨日の今日でよく会うものだな、ダニエル」
店に入ってきたのは、昨日まで引率していた新米冒険者の戦士ダニエルだった。今日は平服だったミアとセーラと違い、こいつは昨日と同じく鎧を着ており、大剣も背に担いでいる。
ダニエルは、俺の姿を見て少し戸惑っているというか、入り口付近で佇んだまま動けないままでいた。俺がこのままカウンターにいると、邪魔になるのかもしれない。
すでに剣も預けたことだし、早々に立ち去ったほうが良いかもしれないな。
「それじゃあな、親父。よろしく頼むわ」
ストーンヘッドの親父と、久しぶりに世間話でもしたい気分だったが、今日のところはお暇するとしよう。
「っ! 待ってくれ!」
店から出ようとしたら、ダニエルに呼び止められた。
「どうした、鍛冶屋に用があって来たんじゃないのか?」
「……ああ、でもその前にラルフさんに聞きたいことがあって」
無口なこいつがこんな勢いで話しかけてくるとはな。
「ふむ、場所を変えるか」
口調からして、一言二言で終わるような簡単な話ではなさそうだ。
ちょうど昼時だし、飯でも食いながら聞くとしよう。
鍛冶屋から少し離れたところに、飯を扱っている屋台があるため、そこへ向かう。この辺りの鍛冶職人たちが、昼時に利用している飯屋なのだろう。
ダニエルは俺の後を黙ってついてきた。
そこの屋台で、パンに肉を挟んだ旨いやつを二つ買い、片方をダニエルに渡してやる。無口なダニエルも、さすがに受け取るときに礼は言った。
「それで? 話ってのは何なんだ?」
俺は早速、パンに肉を挟んだやつをかじりながら聞いた。うまい。
「……俺、両手用の剣やめたほうがいいですか?」
「なんだそりゃ、どうして俺にそんなこと聞く?」
お前が使っている武器のことを、なんで俺に聞くんだ。
そんなこと聞かれても、ぶっちゃけ『知らんがな』としか言えない。さすがに言わないけどな。
「俺もラルフさんみたいに盾を持って、片手の剣で戦ったほうがいいかと思って……」
ああ、なるほど。『ラルフさんみたいに』ね。
こいつが何を悩んでいるのか、ようやく少し分かった気がする。
「そうか、俺を見てそう思ったのなら、確かに答える義理はあるな」
おっさんが出しゃばったせいで変な誤解を与えたとなると、後輩のためにならない。
「では俺の意見を言わせてもらうが、変える必要はない。そのまま好きな武器を使えばいい」
「そう……ですか? でも盾があったほうが……」
「確実に攻撃を防ぐことができるし、前衛向きだと思ったか?」
ダニエルは素直に頷いた。
「それは見た目の印象で『思った』だけだからな。お前が実戦の中で本当に必要だと『思った』のなら、その時に初めて盾を買えばいい」
喋りながら食べていたら、いつのまにか肉の部分が先に無くなり、パンだけになってしまった。かなしい。
「実戦の中で……ですか?」
「そうだ、俺には今の戦い方が合っているが、お前もそうだとは限らん。その大剣は、誰かから押し付けられて仕方なく使っている物なのか? お前が大剣が好きだから、それを武器に選んだんじゃないのか?」
後半の部分に、ダニエルは再び頷く。
「そういう直感や、思い込みって言うのは、案外馬鹿にできないものだ。命がけの戦いでは頭で考えるより、本能に忠実なやつのほうが生き残りやすい。自分の好きな武器を使うのも、その一環だな」
残っているパンの端っこの固い部分を口に放り込む。
「命をかけるなら、自分の好きな武器がいいぞ」
色々と話したが、要点を一言でまとめる。俺から言えることはこのくらいだ。
ふと気づけば、ダニエルは何事かじっと考え込んでいるようで、まだちっとも飯に手を付けていない。
「どうした、食わないのか?」
その言葉で我に返ったようで、ダニエルは少し冷めた昼飯をもそもそと食べ始めた。
「そう、焦ることはないさ」
結論を急ぎすぎるのは若者の常だ。
けれど、こいつのペースはこいつが一番よく分かっている。
すでに飯を食い終えたし、助言としても言えるだけのことは言った。
話は終わりとばかりに、俺はその場を立ち去ろうとした。
「あの……!」
ダニエルが後ろから声をかけてきた。
「ラルフさん、今度稽古をつけてくれませんか?」
ええ……それはちょっとめんどいなぁ……。
しかし、この流れでそんな薄情な台詞は口が裂けても言えない。
「……ソードギルドには顔を出せよ。そこでなら付き合ってやる」
「はいっ!」
今度でいいって言ってるし、このくらい曖昧な返答でも許されるだろう。うん、問題ない。
元気に返事をするダニエルを振り返ることなく、俺は逃げるようにその場を立ち去った。
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