第3話 おじ戦士、へんたいと呼ばれる
“戦士”と聞くと、みんなはどんな姿のやつを思い浮かべる?
自分の背丈ほどもある大剣を担いだ筋肉モリモリのマッチョマン。
蝶のごとく華麗に舞い、手数で相手を圧倒する二刀流の剣豪。
きわどいビキニアーマーを着た女戦士なんていうのもあるかもな。一昔前はよく見かけたもんだ。
ああ、どれを選んでも良いと思うぞ。みんな違ってみんな良さがある。
俺はもっとシンプルなのを選んだ。
剣と盾と鎧、それだけだ。
これまで何度か別の装備も試してみたことはあったが、結局このスタイルに落ち着いた。
その理由は――
「……ぅぉぉぉ……」
だめだ、頭がガンガンしてこれ以上は何も考えられない。完全に二日酔いである。
昨晩は新米たちに付き合って調子に乗って飲みすぎた。
俺の肝臓はもう、あいつらほど元気ではないというのに。
「珍しいじゃないか、あんたがこんな時間まで酔って寝てるなんて」
食堂の長テーブルで一人頭を押さえている俺に、宿の女将が元気に声をかけてきた。この宿には、かれこれ二年ほど世話になっているため、この女将とはすっかり顔馴染みの間柄だ。
恰幅のよい女将は水差しからカップに水を注ぐと、俺の前に置いてくれた。
「鍋片づけちまう前で良かったね。残りもんでよけりゃ出すけど、食えるかい?」
「……すまん、女将。頼むわ」
正直、食欲は無いのだが、何か腹に入れておかないと体力の回復が遅れる。
目の前に置かれたカップを手に取り、荒れ狂う胃の中にぬるめの水を流し込んだ。
「ほら、温かいうちに食べちまいなよ」
程なくして、女将は大きめの器に注がれた粥を持ってきてくれた。
粥の中身は麦と芋だ。やたら量がある。鍋の残りを全部盛ってくれたのだろうか。
普段なら俺はよく食べるほうなので、常連へのサービスのつもりなのかもしれないが、今のおなか事情でこの量はなかなか厳しい。
しかし、寝過ごした俺に気を遣ってわざわざ出してくれた食事を、無下にするわけにもいかない。
ええい、ままよ。
空になったカップを傍らに置くと、粥に突っ込まれた木の匙を手に取り、俺は意を決して食べ始めた。
※ ※ ※
「……うぉぉぉ……」
おかげさまで腹は満ちた。みちみちだった。
二日酔いで弱っている腹にあの量を入れるのはなかなか難儀だったが、リバースすることもなく何とか収めきった。
朝飯を食べきってしまうと頭の痛みのほうはだいぶ引いてきた。腹がパンパンになりすぎて今度は別の意味でしんどいが。
しかし、体調が良くないからと言って休んでばかりもいられない。
今日中にやっておかなければならないことがいくつかあるからだ。
なんとか動けそうになってきた俺は、出かける準備のため一度自室に戻り、剣を帯びてマントを羽織ると、街へと繰り出した。
王都は今日も賑やかだ。
祭りなどの特別な日というわけでもないのに、通りは常に人で溢れかえっている。
もっとも、毎日がこんな感じなので普段ならこのような感想を浮かべることもない。何も考えずに目的地まで歩ける勝手知ったる道なのだが、今日は少しばかり風景が新鮮に見えた。
昨日、若い連中と話す機会があったからだろうか。自分が初めてこの街に来たときのことを思い出す。田舎育ちの俺にとって初めての大都会だった。道に迷って途方に暮れ、冒険者の酒場まで辿り着けず……はて、そういえば結局どうやって辿り着けたんだったかな?
記憶を掘り起こそうとしたが、昨日から何度となく聞いた声によってその試みは失敗に終わった。
「あれれ? あそこにいるおじさん、おじさんじゃない?」
「だからミア、おじさんと呼ぶのはおよしなさいって……ラルフさん、おはようございます」
昨日まで引率していた新米冒険者のうち二人。
魔術師のミアと、僧侶のセーラだ。
「おう、お嬢さん方か、おはよう」
「いやいやいや、おーじーさーん! いい加減名前で呼んでくれませんかねぇ? 子供扱いされているみたいで、何かムカつくんですけどー」
「お前だって俺のことをずっとおじさんと呼んでるじゃないか」
「それとこれとは話が別!」
何が別なんだよ。
「今はね、私たちのことを名前で呼んで欲しいと言ってるの。先にそれに答えてくださーい」
……ははは、こやつめ。
これ以上こいつに付き合って漫才を続けるのも不毛なので、ここいらで折れることにしよう。
「おはよう、ミア」
きちんと名前を呼んだら呼んだで、呼ばれた当人は、なぜか急にもじもじとしている。なんでだよ。
「セーラもな、気を悪くしていたのなら、すまなかったな」
「い、いえ、私はべつにそんな……」
今度はセーラまで、顔を赤くして俯いてしまった。
いやいや待て待て、なんなんだこの状況は。これではまるで、俺が何かすごくいけないことをしてるみたいじゃないか。
ただ名前を呼んで挨拶しただけなのに。しかもあっちが要求してきたから応えたのに、どうしてこうなった!
急にテンパったせいで、頭がフル回転となり、妙に冴えてきた。
そのおかげで気づいたのだが、今日は二人とも平服を着ている。
思えば、彼女たちをしっかり見たのは、実はこれが初めてかもしれない。
何だかんだで昨日までは、魔術師のローブを着た娘と、僧侶の法衣を着た娘くらいでしか、外見を認識していなかった。
改めてよく観察してみることにする。
ミアは、明るい赤毛の髪が特徴的で、くりくりとした目が可愛らしい娘だ。
すでに成人している年齢のはずだが、体つきはまだ少女と言ってもよいほどで、同世代の成人女性と比較しても、若干小柄なくらいだろう。割と長身である俺と比べると、身長は頭一つ以上低い。
今日は髪を後頭部で一つに結んでいる。
俺のようなおっさんは当然のごとく、若者の流行などには疎いわけで、こういう髪型を具体的に何と呼ぶのかはよく知らない。ポニーテールとはちょっと違う。もっとこう、お洒落なやつな気がするが……分からん。
まあいいや。
次にセーラだが、彼女はミアとは対照的に、少したれ目でおっとりとした雰囲気がある清楚な娘だ。
たしか二人は同い年と言っていた気がするが、身長はセーラのほうがミアよりも少しだけ高い。精神年齢も、間違いなくセーラのほうが高い。
ストレートヘアの金髪は、肩口で綺麗に切り揃えられており、僧衣を着ていない今も髪型は変えていない。その辺りは、いかにも聖職者らしくお堅い感じだな。
あと、体つきもセーラのほうが女性らしいな。ミアの名誉のためにも何がどうとは言わないが、こう、お胸とか……。
「おじさんのバカ! へんたい!」
「なんで!?」
突然の罵倒に愕然とする。
まさか自分でも気づかないうちに、考えていることを口に出して言っていたか?
だとしたら完全にセクハラ発言である。しかも往来のど真ん中で。おっさんは社会的に死を迎えるな……。
「もう知らない!」
ミアは踵を返すと、すたすたと歩き去ってしまった。
そっちは来た方向じゃなかったっけ?
「すみません、ラルフさん。たぶんあの子、照れてるだけだと思いますから」
「照れてる?」
なぜ?
どうして?
これまでのやり取りで、照れてる要素がどこかにあったか?
「ええっと、その……私はミアを追いかけますね。また冒険者の酒場でお会いしましょうね、ラルフさん」
セーラはそう言いながら深めに頭を下げると、足早にミアを追いかけて行った。
気のせいだろうか、できるだけ俺と顔を合わせないようにしていた気がする。
正直言って何がいけなかったのか訳が分からなかったが、これはどうも嫌われてしまったような気がする。
そう思うとおじさん、何だかちょっぴり寂しくなってしまったよ……。
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