第5話 おじ戦士、サービス残業をする

 昼飯を食い終えダニエルと別れた後、俺は次にソードギルドへと向かった。

 ソードギルドは、簡単に言えば“戦士”と呼ばれる者たちの相互扶助組織だ。

 一昔前は、戦士ギルドだの、傭兵ギルドだの、つるぎ同盟だの、いろんな名前の似たような組織が乱立していた。

 それら組織が乱立していた時期は、組織間で利権の奪い合いや、人材の引き抜き、顧客がクレームを入れた先がよく似た別組織だったなど、常に何かしらのトラブルが発生しているような状態だった。

 その問題が徐々にエスカレートし、最終的には組織同士の抗争にまで発展した。この抗争による被害は街へと飛び火し、一般市民にまで危険が及ぶようになったため、ついには国の騎士団が介入して武力鎮圧が行われた。抗争に関わった組織はすべて解散させられ、抗争を扇動した首謀者は一人残らず投獄、あるいは処刑された。

 後に残ったのは、各組織の中でも比較的穏健派な者たちばかりとなったため、騎士団監視の下、話し合いによって新たな統一組織を立ち上げる運びとなった。その新組織こそが、現在のソードギルドなのだ。


「待ってたよ~、ラルフ。構成員名簿の確認してくれるかい?」


 ギルド本部の執務室に入るや否や、ギルドマスターは嬉しそうな顔で俺を手招きし、ソードギルドの構成員一覧が記された紙の束を押し付けてきた。

 押し付けた当人はやけに嬉しそうな顔だが、俺は少しも面白くない。仏頂面のまま名簿を受け取り、パラパラと捲って中身を確認する。

 そんな俺の様子に構うことなく、ニコニコした柔和な笑みで見つめてくる彼女の名は、シャロン・ネージュ。

 巨人族の血を引く大柄な戦士で、雪のように白く見える銀髪が特徴的な女性だ。

 歳は俺よりも十以上若いはずだが、とにかく強い。騎士団を含めても、おそらくこの国で一番強い戦士だ。

 一年前に先代のギルドマスターが急死したとき、ただ強いという理由だけで、シャロンが後任に選ばれた。ほぼ満場一致で決定した。戦士は単純に、一番強いやつが一番偉いのだ。


「……ここ間違ってるな。ロデリックのやつは五日前に戦死した」

「ありゃ、あたしは重症だって聞いてたけど?」

「僧院に運ばれた時点では、まだ息があったんだけどな。その日のうちに亡くなったよ」

「そっか、残念ね。あいつ身内は誰もいなかったわよね?」

「そのはずだ。遺品は希望者に引き取ってもらうことにするからな」

「そうね、任せるわ」


 シャロンは頭の回転も良いほうなのだが、性格的にどうも大雑把なところがある。だから、こういった細かい事務作業には全然向いていない。

 この名簿にしても、国に提出しなければならない公式文書だ。ソードギルドの構成員は全員戦士なので、どれだけの人数がいて、有事にどれだけの戦力になりえるのかを、国のほうでもきちんと把握しておく必要がある。新組織を設立するにあたって、この辺りは必須事項として必ず守るように言い渡されている。

 しかしそれをシャロンに任せると書類の不備が多発する為、俺のようにこの街に長く住んでいてあちこちに顔が利く戦士のフォローが、どうしても必要となった。

 これをギルド幹部と言えば聞こえはいいが、別にそんな肩書は無いし、役員報酬が出るわけでもない。俺の立場はあくまで一構成員であり、この仕事は完全なボランティアである。

 他に誰もやりたがらないから、俺がやっているだけだ。


「……それ以外の部分は大丈夫そうだ。お疲れさん、だいぶ慣れてきたみたいだな」


 本当は、名前の綴りが間違っている箇所が結構あるのだが、それを指摘し出すといつまで経っても終わらないから黙っておく。国が知りたいのは人数だ。名簿を確認する騎士団の担当者も、俺たちの名前一つ一つを正確に覚えてはいないだろう。


「それじゃ、さっきのロデリックのところを直せば今月分は終わりだねぇ……んぁー、疲れたぁ!」


 シャロンは窮屈そうにしながら、体のあちこちを伸ばしている。

 本当なら思いっきり伸びをしたい気分だろうが、二メートルを超える長身の彼女にとって、この執務室は狭すぎる。


「ここの訂正だけなら俺がやっておく。お前は外で休んできていいぞ」

「ほんとかい? さっすがラルフ、話がわかるぅ! あっ、それ終わったら一緒に飲みに行くからね、逃げんじゃないわよ?」


 先ほどよりも一層嬉しそうな笑みを浮かべると、シャロンは勢いよく執務室から出ていった。


「……何がそんなに楽しいのかねぇ?」


 ギルドマスターの仕事をあんなに嫌がっていたのに。

 こうして執務室で会う度に、決まってニコニコと嬉しそうに笑っている気がする。


「まあ、悪い気はしないけどな」


 相手に笑顔を向けられれば、こちらも自然と気分が良くなってくるものだ。

 そう思うと、最初に仏頂面をしてたのは大人げなかったなと反省する。これが済んだら、あとで謝っておこう。


 ※ ※ ※


「あんたねぇ、それ嫌われてるんじゃないわよ」


 ギルドの事務作業を終えると、まだ日が落ちる前だというのに酒場へと繰り出した。

 本日はシャロンとのサシ飲みである。

 せっかくなので、昼間あったミアとセーラの件を聞いてもらったところ、シャロンは呆れた様子でそう答えた。


「しかしだな、ヘンタイと罵倒されたし、目も合わせてくれなかったんだぞ?」

「それは照れ隠しだっつーの! みなまで言わせんな! これだからおっさんは、まったくもう……」


 言ってるこっちが恥ずかしくなるとばかりに、シャロンは特大のジョッキでエールを胃に流し込んで留飲を下げた。


「その二人は、あんたのことが好きなんだよ。ぶっちゃけるとだね、女として惚れてるセンまで割とあるよ?」

「ええっ、嘘だぁ……俺みたいな歳のおっさんにそんな、ありえないだろ?」

「男の魅力に歳なんて関係ないよ。先代のギルドマスターは、爺だったけどカッコよかったじゃないか」

「それはまあ、確かにそうだな」


 先代のギルドマスターは剣聖と呼ばれるほどの達人だった。

 すべての戦士にとって憧れの存在であり、俺自身も崇拝にも近い感情を抱いていた。


「あたしだって、昔はあんたに惚れてたんだよ?」

「……そいつは初耳だな。しかし、昔は、なのか?」

「そう、昔の話だね。今はもうそういうのじゃない」


 シャロンの顔から珍しく笑みが消え、少し寂しそうな表情へと変わる。


「新入りだった頃のあたしにとって、あんたは憧れの存在だったよ。自分より強い男なんて、親父以外に出会ったことなかったからね。あんたに抱かれたい。あんたの子を産みたいって本気で思ってた」


 情熱的なシャロンらしい、なんとも直球な言い回しだ。


「それは何とも光栄な話だが、今はそうではないのだろう?」

「ああ、あんたと肩を並べられるくらい強くなったら、想いを伝えようと決めてたんだよ。でもいつ頃からかな、いつの間にかあんたの先を歩いていることに気付いちまったんだ。そしたら、何だか急に、気持ちが冷めてきて……」


 そこまで言うと、シャロンは目元を片手で覆うようにして、顔を隠した。


「きっとあたしは、あんたじゃなくて、あんたの強さに惚れてただけなんだなって……」


 くっくっくっ、と泣いているのか笑っているのかよく分からない声が、シャロンの口からもれる。


「笑い上戸のお前が、急に泣き上戸のふりをするのは無理があるな」

「……ふふっ、うるせー! この鈍感おやじ! あたしの初恋返しやがれ!」


 目元に涙を浮かべながらも、やはり顔は笑っていた。

 笑いながら、俺の頭を抱えて小突き出し始めた。これが結構本気で痛い。


「遅まきながら、今からでも何とかギリギリ応えられるぞ?」

「それはもういいんだよ。言ったろ、もう冷めてるって。ただ、これからも傍にいてくれ……」


 俺の頭を抱えるシャロンの手に、わずかに力がこもる。


「……ラルフ、あなたはあたしを置いて行かないでね」


 頭を抱えられている俺には、その時の表情はよく見えなかった。

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