おじ戦士道 ~30年間戦い続けてきたおじさんって頼りになります~

伝統わがし

第1話 おじ戦士、新人を引率する

『ゲギャギャギャッ!!』

『グゴゴゴッ!!』


 暗い森の中に、ゴブリンどもの叫び声が響き渡る。

 まったく意味が通じない不快な奇声でしかないのだが、こちらを威嚇し、攻撃の意思を示していることだけは伝わってくる。


「おらぁっ!」

「死ねぇっ!」

「きゃあっ! こっちに来たー!」


 ゴブリンの奇声に呼応するように、人間の叫び声もあちこちから聞こえてくる。こちらははっきりと意味が分かる罵声だ。

 はい、ただいま乱戦の真っ只中である。

 ゴブリンどもがこの辺りの森に住処を作っているらしく、退治の依頼を受けた新米冒険者たちのお目付け役として俺も同行したわけだが……奴さん、逆にこちらに気づいて待ち伏せしていやがったみたいだ。

 待ち伏せに気づかなかった俺たちは、まんまとゴブリンどもの奇襲を受けてしまったわけだ。

 突然の奇襲に新米冒険者たちは大混乱で、これではさすがに連携も何もあったものではない。皆が好き勝手に迎撃を始めてしまっている。

 ざっと見た限りでも、ゴブリンの数はこちらの倍以上で、何匹かは確実に前衛を抜けていってしまいそうだった。


「壁! 壁! 誰か壁になってー!」

「はいよ、おじさんが壁になろう」


 案の定というか、魔術師の嬢ちゃんが早々にヘルプを訴えていたため、そちらのフォローに回ることにした。

 目の前に迫ってきたゴブリンは二匹。

 腰から剣を抜き、利き手に持った剣を前面に突き出す姿勢で、半身に構える。


『グゲッ!?』


 一太刀で一匹目の首を刎ね飛ばし、返す太刀でもう一匹も袈裟懸けに斬り捨てる。その度にどす黒い血が流れ、地面を濡らしていく。


「嬢ちゃん、俺が一匹倒すごとに一歩ずつ後退してくれ。足元に死体が増えると戦いにくい」

「わ、わかりましたぁ!」


 魔術師の嬢ちゃんは、初めての命の奪い合いに顔面蒼白……というわけではなく、むしろ戦闘の興奮で若干紅潮しているようだった。

 たまにいるんだ、こういう危うげな新入りが。

 ……いや、魔術師の女でこれは、かなり珍しい類かもしれない。

 ただ、この状況ではその血の気の多さが逆に助かる。パニックを起こして足を引っ張られるほうが厄介だ。


『グゴッ!?』


 目の前に迫ってきた三匹目のゴブリンも、剣の切っ先で心臓を一突きにして仕留める。必要以上に深く刺したり、斬ったりはしない。次の行動が遅れるのは悪手だ。

 剣とは反対の、盾を持っているほうの手で後ろに合図を送り、また一歩後退する。わずかだが、攻撃の隙間ができたため、さっと目を走らせて状況を確認する。


 心配だったのはもう一人の後衛――僧侶の娘だが、こちらは良く戦っていた。

 自前のメイスを振り回して、ゴブリンを寄せ付けないことに専念している。メイスに怯んだゴブリンが勢いを止めた隙に、斥候の小僧が短剣で切りかかって仕留めるところがちょうど見えた。

 あの二人は、しばらく放っておいても平気だろう。


 それに対して、前衛を務める人間の戦士とドワーフは、あまり良い状態とはいえない。

 それぞれ大剣と戦槌を振り回して何匹かのゴブリンを切り裂き、撲殺しているが、いささか興奮しすぎだ。目の前のゴブリンを討ち取ることに夢中になりすぎて、後衛に向かっていくゴブリンがいることにも気づいていない様子だ。

 しかし、ここで無理に後衛を守ることまで要求しても、今の彼らではそこまで手に負えないだろう。むしろその呼びかけで戦いへの集中が途切れさせ、ゴブリンに付け入る隙を与えることになりかねない。

 幸いなことに技量面でゴブリンに負ける心配はなさそうなので、こちらの二人もしばらく放っておいて様子を見るとしよう。


「ええっと、ええっと、何か魔法で攻撃を……」

「待て、乱戦で攻撃魔法は味方を巻き込む危険がある」


 自分も戦いに参加せねばと、魔術師の嬢ちゃんは気が急いているようだった。

 そのやる気は好ましいが、今このタイミングで魔法で攻撃に加わっても大した効果は上がらないだろう。

 そうこう言っているうちに、四匹目のゴブリンが迫ってきたので、これも首を狙って喉もとを切り裂いて倒す。

 また一歩後退する。


「それよりも仲間を援護する魔法を頼む。特にあの前衛二人をな」


 最初の混乱を乗りこえ、形勢はこちらに有利な状況だから、新米たちにはもう少し経験を積ませたい。


「わかりましたぁ、二人に防護の魔法を……」

「ラルフの旦那! 新手だ、奥からでかいのが来る!」


 斥候の小僧が叫び声を上げた。

 言われて奥に目を向けると、巨大な影が迫ってくるのが見えた。明らかにゴブリンの大きさではない。ゴブリンと行動をともにする魔物となるとオーガーか、もしくはトロールか……いずれにせよ、この新米たちの手に負える相手ではないな。


「嬢ちゃんはチップのところまで走れ!」

「えっ? ちょ、待って待ってー!」


 斥候の小僧のもとへ行くように一方的に指示を出すと、俺は制止の声には応えずにすぐさま駆け出した。あの小僧が一番この戦場を見えているようだ。魔術師の嬢ちゃんもあいつに任せるとしよう。

 今はとにかくすぐ動かなければ、前衛の二人が襲われる。ぐずぐずしている余裕はない。


 ある程度近づくとすぐに分かった。デカブツの正体はトロールだった。

 ゴツゴツとした岩のような肌をまとった、体長三メートル以上ある人型の魔物だ。

 燃えるような真っ赤な眼は、まっすぐに俺を見ている。向かってくる俺を最初の獲物と捉えたのだろう。

 その憎しみに満ちた顔をゆがませ、大気を震わさんばかりの大音量で咆哮を上げる。丸太のように太い腕を振り上げ、俺を叩き潰そうと振り落ろしてきた。


 しかし、遠い。俺に当てるにはまだ一歩遠い。

 俺は勢いを殺すことなく走っているように見せかけて、直前でわずかに減速していた。それがこの誤差を生んだのだ。

 トロールの腕は空を切り、雑に地面をえぐるだけに終わった。

 その隙にトロールの横をすり抜け、すり抜けざまに剣で斬りつけた。狙いは振り下ろされた腕とは逆の足の膝裏。腱を断ち切る確かな手ごたえが伝わり、トロールの膝が折れる。丸太のごとき巨大な四肢も、筋肉が骨から切り離されれば役に立たない。

 間を置くことなく、残る片膝も潰す。

 トロールは己の巨体を支えるすべを失い、仰向けにずしんと倒れる。

 すかさずその喉元を狙う。

 今度はゴブリンの時のように浅くはない。その太い首を切り落とすべく、重い斬撃を振り下ろす。


(――さすがに、かたいな!)


 頑丈な皮膚と厚い筋肉に阻まれ、一撃で切断とはいかなかった。

 首が半ばまで裂けたトロールは苦悶の叫び声を上げ、死にものぐるいといった勢いでめちゃくちゃに腕を振りまわしてきた。

 だが、やみくもに振るわれた腕は狙いが定まっておらず、攻撃としてはてんで出鱈目だ。

 その粗雑な攻撃を盾ではじき返し、続けざまに二度目の斬撃を振り下ろす。

 頭と胴体が完全に分かれると、トロールはようやく力を失い動かなくなった。

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