第581話 仲直り
リベラストラの騒ぎはすぐに帝都にも伝わった。迷宮内都市とはいえ、神奥域に入ってすぐの領域内での話だ。巨大な怪物が暴れているともなれば、日夜問わずに伝達される。
伝令は幾人かを経由したものの、即座に炎帝にまで上げられた。
「存外、動きが早いではないか。我を暗殺する前に大騒ぎというのも面白い」
戦前夜の高ぶりを鎮めるため酒に浸っていたところにこの報告だ。ミリアムからは迷宮からの侵入者について報告もあったので、自分を殺しに来るであろう勢力については把握している。勿論、宮殿の警備も最大に引き上げていた。
「さて、これはどういう意味か。我を殺すための陽動か。どう考える『死』の王よ」
「どうだろうな。話では単に魔物が暴れているだけらしいが?」
「九割九分、そうだろうな。だが我は小さな可能性も捨てん。重要な時だ。未来の分かれ目が明日、訪れる」
「そうか。ならば予定の前倒しも検討することだ」
炎帝は深く頷き、近くにいる者へと命じた。
「紅の兵団と近衛兵団に伝えよ。我は今より出陣を命じる。宮廷の庭に集めさせよ。また遺物研究室の連中にも巨兵山の起動を急がせるのだ」
「はッ!」
「そういえばスウィフト家の奴が我を裏切ったのであったな。向かわせた兵はどうなった?」
「当主は既に逃亡し、捜索中であると聞いております。リベラストラの騒ぎに巻き込まれたかもしれません」
「まぁよい。スウィフト家は後回しだ。適当に当主を挿げ替えれば良かろう」
本来なら、無関係として捨ておいてよかった話だ。だが炎帝はこれが正しい判断だと直感した。こういった勘は意外に侮れない。そしてサンドラ帝国は完全な君主制。彼の一声でどうとでも国を動かせる。
「……焦ったかカーミラ。それとも情に流されたか?」
シュウは流れが帝国に傾いていることを感じている。
そうなるように動いてきたのだから、封魔連合側は苦しいだろう。明日と言わず、今夜の内にでも世界に変革が訪れるかもしれない。シュウはそんなことを思った。
◆◆◆
魔手の業魔と名乗ったグリムは、魔術を中心に攻撃してくる。背中から生えた多数の腕は一つ一つが術を操り、飽和攻撃によって制圧するのだ。カーミラは瘴血の霧を広げ、霧化や血晶攻撃を用いてそれらを捌いていく。どちらかと言えばカーミラも遠距離攻撃で制圧していくのが得意だ。
そして戦闘スタイルが一致している場合、決め手となるのはやはり出力である。
「ば、馬鹿な!?」
グリムは哀れとしか言いようがない。
多数の魔物を融合し、尚且つ理性を残すことに成功した最高傑作と言っていい。だが相手が悪すぎた。素の魔力量はカーミラとそれほど変わりない。寧ろ上回っているくらいだろう。だがカーミラは魔装を覚醒させている。そのため、多少は配分を気にすることなく魔力を使えるのだ。この差は大きい。
蛮骨が振るわれる度に背中の腕が切り飛ばされ、グリムは再生に力を使わされる。
「ルークさん、スルザーラさん、今の内に」
「任せていいのか?」
「見ての通りです」
血晶の槍が勢いよく発射され、グリムの巨体を穿つ。
小さな血の塊を飛ばしたかと思えば、凄まじい威力で弾ける。
黒魔術から生じる黒い炎がグリムに苦痛を与える。
見ている限りカーミラの負けはないだろう。不安要素があるとすれば、手を出す様子がないミリアムや他の魔族たちである。
「行こうルーク。早く聖守様をお助けしなければ」
「ああ」
ルークとスルザーラは横をすり抜け、奥へと向かう。その間にカーミラは霧を広げ、二人の姿を隠しきった。だが意外なことにミリアムも九尾魔仙も、他の
(どういうつもりでしょうか。数の利を私に当てようとしているのでしたら、皆で襲えばいいはず。何か別の目的がある……?)
何か思惑があるのか、ネオンにはもう興味がないのか。
判断するには材料が足りない。しかしルークとスルザーラがいなくなったので、ここからは本気で戦える。周りを気にすることなく、瘴血の霧を操れる。
一気に霧が濃くなり、強い毒素が空間に満ちる。魔族はともかく、ミリアムなどはこの場にいるだけで死に至ることだろう。
「あ、気配が消えましたね」
霧はカーミラにとって触覚でもある。それがミリアムの消失を教えてくれた。死んだとか、身体が溶けたとかではない。空間転移によっていなくなってしまった。そう考えるのが妥当である。
空間転移など伝説上の魔術だが、ミリアムはそれを使うということがすでに分かっている。
「これならばいっそ、早く取り込んでしまうべきでした」
赤い霧は更に濃く、深くなる。
世界から切り離された、別世界のように。
九尾魔仙も
「サンドラ帝国の魔族は脅威です。私の血族を守るため、皆殺しにします」
霧が少しだけ晴れていく。
自分の足元すらも見えなかったのに、今では周囲をある程度確認することができる。グリムは視界が戻ってきたことで少し安堵しているようだった。しかしそれはすぐに凍り付く。
「何ですかここは……」
驚くのも無理はない。
先ほどまでいた部屋とは大きく異なる景色だったからだ。無数の赤い塔が並んでおり、その広がり方は尋常ではない。どこまでも、どこまでも広い。空は赤く、月もまた赤い。
地下室であるはずなのに空と月がある。
この異常性が分からないはずがない。
「《鮮血の月》。私が保有する
グリムは手足の末端に違和感を覚える。
見れば指先が赤い結晶に変貌していた。それは少しずつ侵攻し、手、腕、肘と勢いを増す。背中の腕も同様であった。また足が結晶化したことで身動きもできなくなり、グリムは恐怖で固まる。
「この世界の一部となってください」
残酷なまでに
◆◆◆
先へ進んだルークとスルザーラは、ひとまず手あたり次第の捜索を行っていた。これまではカーミラが案内してくれていたので、迷いなく進めた。しかしここからはそれもない。
だから二人は奥へ奥へ。とにかく奥へと進むことにした。
「これでいいんだよな?」
「罪人の禁錮は地下の奥など、脱走が難しい所でされるものだ」
「賭けだな」
「今は時間がない。それに魔神教団の拠点捜索は経験がある。似たような構造をしているとすれば、奴らは最も奥に実験場を作る。聖守様を魔族に変えようとしているのならば、そこに閉じ込められているに違いない」
スルザーラの仮説は納得できるものだった。
考えたくはないが、ネオンは魔族の素体としておそらく最上級。カーミラ伝てに聞いたミリアムの言葉を信じるなら、かなり魔族化に期待を置いている。逃がさないためにも奥で閉じ込められている可能性は高い。
通路は奥へ。
階段があれば下へ。
何も考えずに研究所の深淵に近づいていく。そして狭い階段を下りた先、少しばかり雰囲気の異なる扉が現れた。
「金属扉……まるで牢だな」
「あたりか?」
「おそらく。ルーク、ここからは常に
扉には鍵がかかっている。
そこでスルザーラが
驚き方も、身のこなしも、明らかに戦う人のそれではない。スルザーラは瞬時に踏み込み、その人物を
「答えろ」
そして倒れた彼の襟首を掴み、引き寄せて脅迫する。
「魔族化の実験体として少女を捕えているはずだ。場所はどこだ。どこに捕らえている! 五つ数える間に言わなければ殺す。五、四――」
「四の部屋! 四の部屋だ! 扉に数字が刻印されているから!」
「そうか。死ね」
慈悲などなく、スルザーラは彼を殺す。胸を一突きされ、痙攣して絶命した。
流れ出る血が石の床を染めていき、スルザーラの靴を汚す。まるで汚物でも踏んでしまったかのように、スルザーラは血を壁に擦り付けた。
「殺さなくてよかったんじゃないか?」
「魔神教団は悪だ。必ず殺さなければならない。情けなどかけようと思うな。私たちはたった三人でここにいる。殺せる敵は全て殺すべきだ」
「……分かった」
「納得していないようだな。だが魔族化という所業を知るお前ならば、この男たちを生かしておいてはならないと分かるはずだ。魔族になることを救いであるなどと嘯くこの連中は、生かしておけば再び同じ業に手を染める。世界のために殺すべきだ」
「そう、か。そう、だよな」
脅しにもあっさり屈したことから、ただの研究員だったのだろう。その手の訓練を受けていなければ、よほど意識を強く保っても口を割ってしまうものだ。
だがその研究こそが悲劇を生んだ。
消しておくのが世のためになる。たとえ研究員の頭の中にある情報だったとしても、残してはおけない。ルークも無理やり納得した。
「四の部屋と言っていたな。急ぐぞルーク」
「ああ」
通路は一本道で、目的の扉も分かっている。
二人はすぐそれを発見し、前に立った。ルークがノブを握り、扉を押し込んで中に入る。そこで遂にネオンを発見することができた。ぐったりとして横たわり、ピクリとも動かない。
スルザーラは慌てて近寄り、彼女の脈を測った。
「……よかった生きておられる」
安堵して全身から力が抜けた。
落ち着いているように見えたときも気が気でなかったのだ。もしかしたらという最悪の想像を何度もした。だから生きていてくれたことが何より嬉しかった。
その間にルークはネオンを縛る鎖を確認していた。彼女は手足と首に枷を付けられ、部屋の中央にある柱に鎖で繋がれていた。これを外すには鍵が要る。そこであたりを確認してみるが、鍵らしい物は見当たらない。
(こんなところに置いておくわけないか)
念のためもう少し探している間、スルザーラはネオンに呼びかけていた。何度か体を揺らし、呼びかけたところでようやく薄っすら目を開く。
「聖守様! よかった!」
「ゥル、ザーラ?」
「はい、私です。聖守様もよくぞご無事で。水です。ゆっくり口に含んでください」
囚われている間、水も与えられなかったのだろう。すっかり喉が枯れている。スルザーラは魔術で水を生み出し、それを彼女の口に近づけた。少しずつ含ませると、ネオンも少しずつ意識をはっきりとさせ始める。夢心地が現実だと分かり、目に涙を浮かべていた。
「スルザーラ、私……」
「助けに来ました。ルークもいます」
「ルーク? なぜ? だって彼は……」
スルザーラが指をさす先には、確かにルークの姿。
また彼もネオンが目覚めたことに気づいたのだろう。鍵を探すのをやめて、こちらに寄ってきた。そして腰を落とし、視線を合わせる。
真っ直ぐな目だ。
思わずネオンの方が目を逸らしてしまう。
「俺を見てくれ。ネオン」
「ルー、ク」
「良かった。生きていて。また会えた」
「でも……私、ルークに酷いことを」
「いいんだよ。そりゃ意味わからなくて腹も立ったけど、だからって死んでほしいとは思っていない。それに死んだら仲直りだってできない。そんな別れ方は嫌だ」
「馬鹿、ですね。二人とも。こんな私のために」
ネオンは自嘲する。
なぜなら全て自分のせいでこうなったと思っているからだ。
「ロブの裏切りを見抜けませんでした。グリムが敵だと知りませんでした。私はあっさり捕らえられ、戦力分断の駒にさせられています。どうして、こんな愚かな私を。こんな価値のない私を。役に立たない私を……」
「違う。人と人との繋がりってのはそんなのじゃない。利益とか不利益とか、それだけじゃないはずだ。俺たちは確かにそんな関係から始まったけど、もっと先の……友情だってあったはずだ。友達を助けるのに理由なんていらない。そうだろ?」
「ルークさんは、私を?」
「俺は少なくとも友達以上だと思っている。ネオンは違ったのか? だったら恥ずかしいんだけど」
「いえ、その……」
花開くように。
ほんの僅かに笑みを咲かせた。
「私も友愛以上のものを感じています。きっと、ルークは初めてのお友達の一人です」
「よかった。じゃあ行こう。早く脱出しないとな」
ルークが手を差し伸べる。
そしてネオンは繋がれた手で、それを取った。
◆◆◆
「まったく。やってくれますねルーク殿も」
そんな中、さらにある客人まで現れたのだ。
しかもかなりの有名人。サンドラ帝国においては異質な人間種の有力者、アルマーニ・スウィフトである。彼は護衛を幾人か伴い、突然やってきて驚くべき情報をもたらしてくれた。
「それで炎帝はこれから発つと?」
「間違いなく。紅の兵団、近衛兵団、そして技術者たちが招集されました。前倒しで炎帝は出陣します」
帝都からほど近い迷宮内都市でこれだけの騒ぎが起こったのだ。普通ならば事態の収拾を優先し、出陣を遅らせる。だが炎帝はその逆を行った。全く理解できない。
そして何より、カーミラ、ルーク、スルザーラがいない。
間違いなく騒ぎの元凶だ。
理由は勿論、ネオンを助けるためだろう。てっきりルークはこちら側だと考えていたので、完全に想定を裏切られた。
「ルゥナ殿、今は過ぎたことを議論している場合ではありません。炎帝が動くならば、我々も動かなければ」
「すみませんロニ殿……確かにその通りです。アルマーニ様がもたらしてくださった情報を活かすように動かなければなりません」
「街は混乱している様子。そして今は夜中です。紛れて帝都に行くならば今でしょう。状況鎮圧のため宮殿から兵力を出しているかもしれませんし、これを機とするべきです」
ロニは戦場で活躍する将だけあって、とにかく決断が早い。この辺りは根回しや責任の所在を重要視する文官との差が出ていた。差し迫った状況でこそ武官は輝く。
またハーケスも状況の変化を知り、判断を変えた。
「『黒猫』に頼みます。集めている戦力をすぐに出してください。探索ギルドを奪還すると同時に、カーミラたちを掩護しましょう。彼女たちの力は必要です」
「そうだね。手配しよう」
彼らはとにかく急ぐ。
もしも炎帝が封魔王国の首都に奇襲を仕掛ければ、恐ろしい被害となるだろう。またアルマーニ・スウィフトはもう一つ、炎帝について情報をもたらしてくれた。
(もしもそんな兵器が地獄域に現れたなら……封印の塔を破ったなら……まさしく地獄に逆行してしまう!)
祖国を、故郷を想い、ルゥナは焦っていた。
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