第511話 落城の成就②
コーネリア・アストレイにとって黄金要塞は二つ目の故郷だ。
そしてようやく得た平和と安寧だった。
(どのくらい気を失っていたかしら)
目を覚ました彼女は全身の痛みに呻く。
壁にもたれかかったまま、視線を降ろして深い溜息を吐く。左脇と腕がまるごと抉り取られ、大量の血が流れ出ていた。
朦朧とする意識をどうにか繋ぎ止め、光の第八階梯《
かなりの魔力を消耗してしまったが、覚醒魔装士なのでしばらくすれば回復する。
痛みの抜けた体を動かし、問題ないことを確認した。
「死にかけたわね。こんなの魔王討伐戦以来かしら。いえ、教皇猊下と一緒に爆破されたときも死にかけたわね。ああ、色々思い出すわ。もうすぐ死ぬから走馬灯でも見ているのかしら?」
そんな独り言を呟きつつ、コーネリアは周囲の瓦礫を避けた。そしてある程度の領域を確保し、魔装で具現化した狙撃銃を構える。
スコープを除くまでもないほど、標的は激しい魔力を発している。恐らく目を瞑っていても当てられるだろう。だがいつもの習慣でスコープを覗き込み、しっかりと標的を見定めた。
地上はもはや地獄の様相だった。
天空人が骸獣と呼称する蛮族ラヴァは全身を骨の鎧で守り、暴虐の限りを尽くす。その配下の蛮族たちは我先にとレベリオに雪崩れ込んでいる。黄金要塞は全ての火器を解放して集中砲火を行っているが、蛮族たちを一割も殺せていなかった。
「私の狙撃を弾いたのも骨の鎧だったわ。骨の鎧はあの大男が最も強くて、その配下たちも同じ系統の能力を持っている。どういう理屈か知らないけど、覚醒魔装なら何でもアリ……よね」
コーネリアは腰のポーチに手を伸ばし、一発の弾丸を取り出す。
それは全ての光を吸収する漆黒の弾であった。丁寧に、慎重に狙撃銃へと装填し、再びスコープ越しに蛮族ラヴァを見定めた。怪物ラヴァに向けて銃口を向けた。
彼女は全身を蝕む
『アストレイ様! アストレイ様! 聞こえませんかアストレイ様!』
「今なら分かる。あの男こそ、セシリア様が私に残した予言。私を殺す男。そして私の役目」
『アストレイ様? 何を仰っているのですか? それよりも……』
「煩いわよ。集中しているんだからさっさと逃げる準備でもしておきなさい。この城は落ちるわ」
『は? しかし――』
「私は言ったから」
付きっぱなしだった通信を切断する。警告は最後の情けだ。
だが、ここから先は好き勝手にすると決めていた。
「私はここで死ぬ。私を蝕む呪いをあの男に移して……そうよね」
『kChtErh……kChtErh……PuvLsErh』
コーネリアは不敵に笑い、引き金を引いた。
◆◆◆
ラヴァはあらゆる肉欲を肯定する。
荒々しく、自分勝手で、不快なものは全て破壊する。そして欲しいものを見つけたら必ず奪い取るのが信条だ。ラヴァはそれが許されるほどの力を持っていた。
「ハハハハハハッ! 火の雨か! これは」
雷と礫が無数に落ちてくる。
普通はこんなところにいて生きていられるわけがない。しかしラヴァは心地よさすら感じていた。この危機的な戦いを楽しんでいた。
「殺せ! あれを俺様のものにするのだ!」
ラヴァがそう命じると、いや言うまでもなくその配下たちは殺戮と略奪を開始していた。これこそが彼らの生き甲斐なのだ。
彼らは全員が体表に骨の鎧を生み出し、骨の武器を手に取って戦う。雷に身を焼かれても骨の鎧が遮断し、命にまでは届かない。そして雷と礫の雨が降り注ぐ地帯を突破してしまえば、後は麦を刈り取る作業のようなもの。黄金要塞の砲撃もレベリオの住居地帯にまで放つわけにはいかず、一方的な虐殺が始まっていた。
唯一、障害となるのは黄金要塞から発進した殲滅兵くらいなものだろう。
だがそれもラヴァが骨を発射して破壊する。
「そうだ! これが戦いなのだ!」
『楽しんでいるか?』
「ああ! これほど楽しいことがあるか? 貴様も分かるだろう
『私をこれほど使いこなす男もいない。私と同化し、
たった一人で誰かと会話するラヴァは、更にその魔力を高ぶらせる。
背中が盛り上がり、肉を突き破って大きな骨の腕が現れる。その数は四つ。元の腕と合わせて六つの腕を持ち、ラヴァの額からは角が盛り上がった。その姿はまさしく鬼神である。
更には太い右腕の各所から骨が突き出て凶器と化す。
『さぁ、私の力を』
ラヴァが向ける先にあるのは浮遊を続ける黄金要塞。
初撃に放った骨の投射以降、どうも防がれるのは分かっていた。だからラヴァはパンテオン占領時に奪い取った
この力があれば世界の王になれると思った。
「俺様こそが王だ! あれは俺様の城にする!」
コーネリアが引き金を引くと同時に、無数の骨が黄金要塞に向けて射出された。
◆◆◆
突如レベリオで起こった戦いの様子はシュウも観察していた。
かつて進撃を続けていた大帝国軍に大打撃を与えた黄金要塞だが、かつて見た力の一割も扱えていない。シュウはそんな感想を抱いた。
「地上を焼き尽くすあの火力は凄いが……なんだ?」
「随分と弱いですねー」
「アイリスもそう思うか」
「昔の記憶ですから美化されているのかもしれないですけど」
「いや、流石にこの程度ではなかっただろ」
「ですよねー」
この戦場にアイリスを連れてきた理由は一つ。
彼女の直感に頼るためだ。時間を操るアイリスは、その副作用として時間的な知覚能力を有する。未来に何が起こるのか、それを直感的な範囲で認識できるのだ。具体的に何が起こるかまで予知できるわけではないが、その未来が良いものか悪いものかを判別する程度のことはできた。
「仮に黄金要塞がラヴァの手に落ちたとして、使いこなせはしない。天空人ですらあの程度だからな。ロストテクノロジーもかなり多いんじゃないか?」
「じゃあ落とすまでもないですね」
「それに俺たちはサンドラを支配国にすると決めて動いている。黄金要塞を機能不全にしてくれるなら、俺たちが手を出す必要もない。当初の予定通りな。アイリスがこれを見て特に何も感じないのであれば、このまま進め――」
突如、黄金要塞で大爆発が起こった。
下部に取り付けられた火砲が次々と爆発し、魔術発動媒体が砕け散る。オリハルコンの装甲には亀裂が走り、要塞上面にある塔も幾つか崩れた。幾つもの物体が貫通して、要塞に大穴が空く。折角の対抗結界すらも出力差で容易く打ち破ってしまった。
「――こいつは驚いたな」
「本当に落ちますね」
「ああ、一人の人間がアレを撃墜するとはな。たとえ本来の能力を発揮できていないとしても」
二人がそう語っている間に黄金要塞は少しずつ高度を下げていた。
真下にあるのはレベリオの街だ。今もラヴァ族が破壊と略奪を続けており、多くの人がまだ残っている。あの巨大構造物が落下すれば、多くの死者を出すだろう。
「重力転換機関が停止したのでしょうか?」
「いや、あの程度で壊れるとは思えない。主要回路がやられたんじゃないか?」
「だとすれば予備回路に繋ぎ直せば落下が止まりますね」
予想通り、落下中だった黄金要塞は速度を緩めていく。ただし破壊された部分は今も落下を続け、亀裂も広がっていた。
不意にシュウは声を漏らす。
何かあったのかとアイリスが目を向けると、口元が弧を描いていた。
「覚醒魔装士の魂が煉獄に流れた。勝負あったな」
「どっちです? 煙で見えないのですよ!」
「あっちだ」
シュウが指をさすその先は――。
◆◆◆
黄金要塞は破壊の混乱で栄華を失いつつあった。
ある管制官は命令を受け、コーネリア・アストレイから最後に通信のあった地点に走っていた。不吉なことを言い残して通信が消えてしまったので、そのままにはしておけない。そういう訳で彼女が配置されていた狙撃位置まで移動していたのである。
しかし彼は不幸だった。
ラヴァの放った投射攻撃が黄金要塞を貫通し、大破壊を引き起こしたからだ。それに巻き込まれた彼は酷い怪我を負う。崩落した天井に足を挟まれたのだ。
「最悪だ……折れたか?」
軽く撫でてみると、鋭い痛みが走った。
何が起こったか分からず混乱が大きい。しかしながら来た道は塞がっているので、戻って逃げることもできない。
「すぐそこだってのに」
目的地はすぐそこに見えている扉だった。
要塞下部のデッキに通じていて、コーネリアはそこで狙撃しているはずだった。手すりに掴まって立ち上がろうとした彼だが、すぐに転んでしまう。なぜなら激しい軋みの音を立てて通路が傾いたからだ。
「嘘だろ!? 止めてくれよ!」
何の力もない彼が咄嗟に考えた助かる道は、コーネリアに助けを求めることであった。何の根拠もない手段であったが、それでも覚醒魔装士のネームバリューは大きい。痛みに耐えて怪我をしていない方の足で踏み込み、傾きつつある床を這って扉まで辿り着く。
体重をかけてノブを捻り、扉が開いた瞬間外にまで身体を滑り込ませた。
必死で息をして、痛みに耐えながら名前を呼ぶ。
「アストレイ様!」
大きな揺れと傾きのせいで視点が定まらない。
デッキは重火器や魔術発動媒体の整備をするため、それなりの広さが確保されている。少なくとも道具を持った人間が数人で作業しても問題ない程度の広さだ。
這う這うの体でデッキに出た管制官の彼だが、そこで信じがたいものを目にする。
それはオリハルコンの外壁装甲にべったりと付着した赤い液体、そして肉片。少し目を上げれば装甲が大きく破損して見てわかるほどの穴が開いている。おそらくそれのために天井が崩れ、通路が傾いたのだろうとこの状況でも理解できた。
ともあれ彼はすぐに目的の人物へと呼びかける。
「どこですかアストレイ様! アストレイ様!」
飛び散った血液や肉片から目を逸らしつつ、彼は叫び続けた。
◆◆◆
ラヴァは仰向けになって地面に倒れていた。
一体何が起こったのか、その記憶はない。だが強い衝撃を受けたことは覚えていた。胸元に痛みを感じて手で触れてみると、ぬちゃりとした感触があった。
「あ?」
その感触に思わず声が漏れた。
目を向けると、手は真っ赤に染まっている。久しく受けた致命傷だと気付くのに、もうしばらくの時間がかかった。
溜息を吐いたラヴァはしばらく体を横たえたまま深呼吸を繰り返す。すると破裂していたラヴァの胸元が急激に再生し始めた。飛び散った肉が盛り上がり、折れた骨は逆再生するように繋がる。大量の出血すらものともせず、やがてラヴァは起き上がった。
「クハハハ……俺様の骸殻を破るか。楽しませてくれる!」
完全に再生した彼は再び身体全体へと骨の鎧をまとい始めた。致命傷を受けたことで強制解除されていた
今も現在進行形で天より魔術が降り注ぎ、弾丸が雨のように落ちてくる。まるで地獄のようなこの戦場において、ラヴァという男は戦いに愉悦を感じていた。戦場の空気こそ彼にとって最も居心地が良い。それを作り出す黄金要塞がますます魅力的に見えた。
ぐっと膝を折り曲げ、力を溜め込む。
同時に骨の鎧は完成し、肩甲骨のあたりから合計四つの骨腕が現れた。
「俺様を飛ばせ、
『乱暴な使い方だ……』
「全てを奪い、全てを喰らう。それを叶えてくれるんだよなァ? たかが武器の分際で反抗するな」
返事など無意味。
ラヴァにとって自分に好都合な返答だけが正しい。勢いよく飛び上がった彼は、そのまま
垂直に飛び上がり、そのまま遥か上空にあった黄金要塞に衝突した。更には骨腕を装甲に食い込ませ、無理やり引き剥がすことで内部に侵入する。
「クハッ! ハハハハハハ! 蹂躙だァ!」
吼えるラヴァは骨の鬼人となって暴れ始める。
胸に空いた孔は完全に再生され、その跡は黒い痣としてだけ残っていた。
◆◆◆
管制室は赤い警告画面と警告音で騒然としていた。
「侵入者!」
「そんな馬鹿な! 空飛ぶ魔物か!?」
「いえ、人間のようです」
「ここがどれだけ高いと思っている!」
「ですが実際に……侵入されたエリアが次々に破壊されています。第十二区の砲台使用不能! 回路の損傷により周辺区画にも影響が出ています!」
「何が起こって……とにかく隔壁を閉じろ! 転送装置で殲滅兵を送り込め!」
すぐさま対応は実行され、侵入者ことラヴァを標的に殲滅兵が送り込まれた。蛮族如きに後れを取っている現状は皆を焦らせていたが、これで解決すると思っていた。
しかしすぐに殲滅兵の反応は消失し、破壊されたエリアも広がっていく。更には侵入者も上へ上へと登っているのがマップにより示されていた。解決しないこの状況にエイルギーズが怒鳴り散らす。
「何をしているのか!」
「申し訳ございません。しかし殲滅兵を容易く……このままでは被害が大きくなる一方です。またアストレイ様との連絡も取れず、確認に向かった者も行方知れずで」
「あり得んだろう。この状況」
「エイルギーズ様。どうか脱出のご判断を……」
「馬鹿な! 黄金要塞を捨てるというのか!?」
「ですがこのままでは墜落します! 動力回路の破損が激しく、浮遊を維持できません!」
事実、管制室の動力担当者は必死に回路を繋ぎ直して現状維持している状況だ。予備回路や迂回路をどうにか寄せ集め、更には危険を冒して物理的に回路を繋ぎ直している。本来のマニュアルであれば一度着陸して最低限の修復をするべきなのだ。
何かのミスでいつ落ちてもおかしくない。
だから王家の人間を脱出させる判断も間違いではなかった。
「ご判断を。クライン家とイミテリア家にも通達いたしました」
「……二家からは何と?」
「クライン家からはまだ。ですがイミテリア家……というよりケシス陛下からは脱出を決断したとお伺いしております」
エイルギーズは分かりやすく表情を歪める。
王家の人間として決断力が求められる立場ではあるが、これはあまりにも悩ましい。天空人にとって黄金要塞は故郷だ。それを捨てて文明がないに等しい地上へ降りるのは我慢できない話だ。だが、黄金要塞の内部にまで侵入し、暴れまわる蛮族ラヴァも恐ろしい。
(前王のアラフ陛下はこれが見えていたということか)
ここにきて自分たちが予言に対して甘い認識をしていたことに気付かされた。王の予言とは絶対であるはずだった。だが見えない未来より、自分の知識や納得を優先してしまった。それは間違いなく失策だったと言えるだろう。
とはいえ、
長く長く悩んでいるようにも感じたが、実際は一分と経っていなかった。
「……分かった。我々はここを放棄し、脱出する。だがその前に侵入者のいる区画をパージし、墜落させるのだ。もしかすると、それで殺せるかもしれん。脱出後は要塞を自動操縦機能で着陸させる。レベリオは潰れてしまうが仕方あるまい」
「よろしいのですか? クライン家が手間をかけた関係が潰れますが」
「それを気にしている場合ではない。それにスウィフト家としては地上人との交流は反対なのだ。我らのような優れた人種が、遅れた地上人を理性的に統治する必要がある」
「エイルギーズ様……」
「私は最後までここに残り、脱出艇の発艦を助ける。それが王家たる者の務めだ。念のため、スウィフト家当主は今を以て弟に譲ろう。私の脱出が間に合うかどうかは運次第だが、武運を祈ってくれ」
ラ・ピテル王家の思想はそれぞれの家で異なっている。
戦いの総合指揮を行うスウィフト家からすれば、レベリオの滅亡は大きなダメージにならなかった。そして彼と補佐官の数名は、脱出用飛空艇を可能な限り発艦させるため管制室に残り続けた。
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