第512話 落城の成就③


 凄まじい破壊を雨のように降らせていた黄金要塞が高度を落としていく。下部にある砲台が虚しく地上へと落下し、レベリオは壊滅状態にあった。一方で黄金要塞そのものは、着地用の脚を展開して着陸に備えている。

 全体から煙を上げる黄金要塞だが、それでも墜落することなく着陸して見せた。



「黄金要塞が敗北したか」

「なのですよ」

「レベリオは……悲惨だな。落下物で圧し潰されたか」

「まさかあれと戦える人間がいるなんて思いもしなかったのですよ。ラヴァ、ですか」

「天空人も黄金要塞を使いこなせているとは言えなかったけどな。それに千年前から技術の進歩がほとんどなかった。そのツケをここで支払うことになったってことだな」



 戦いを観察していたシュウとアイリスだが、最後まで手を出すことはなかった。

 サンドラにとって厄介な敵になるだろうと考えていたレベリオも滅びたので、決して悪いことばかりではない。新たに蛮族ラヴァという脅威も出てきたが、こちらは個人レベルなので最悪の場合はシュウが始末すれば良いと考えていた。

 そして敗北が決定的となった天空人は、脱出艇と思われる小型の飛空艇で上空に逃げ出してた。その数は僅か二十隻程度でしかない。要塞内部に住んでいた全ての人間が脱出できたわけではないらしい。



「あれ、どこかに行くのでしょうか。マーキングだけしておきますか?」

「魔術的なマーキングは外れやすい。精霊に直接追跡させる……今、命令を送った」

「あ、二手に分かれるみたいですね」

「みたいだな。精霊をもう一体送るか……」



 一塊になって逃げていくのかと思いきや、脱出艇の群れはほぼ等分に分かれて北と西に移動していった。シュウからすれば予想外のことで、追加の精霊に命令を送る。

 こういう時は大抵の場合、共に行動するのが人間という種の社会性だろう。あえて別れる理由などないのだから、これには驚かされた。そして次の瞬間には、どのような意図があるのかと考え始める。



「派閥的なアレだと思うのですよ!」

「どうだろうな。案外、思うが儘に逃げているだけかもしれん。二隻が適当に逃げて、他の飛空艇は追従しているだけかもな」

「んー。確かにこの状況だと派閥を気にしている様子はないかもですけど」

「まぁアイリスが言うなら可能性がなくもないか」

「北の方向だとサンドラ。西の方向だとシエスタか、最近できたヴェリト王国あたりですね。ますます戦乱が激しくなりそうですが」

「普通に考えれば原住民と協力して黄金要塞を取り戻そうとするからな。あらゆる戦力がレベリオに……元レベリオに集う訳か」



 この戦争にサンドラを巻き込むことができれば、計画通りに大国を形成することもできる。問題となる戦力コントロールだけが懸念だった。



「シュウさんはどう動きますか?」

「ノスフェラトゥに付いてサンドラの支援をする。アイリスは広域に情報集めと支援を頼みたい」

「『黒猫』さんはどうしました?」

「サンドラ探索者組合の運営と、レベリオで起こったクーデターで逃げた嵐神ベアル神官派の人間たちに付いて南を調査している。あの辺りまでは戦いを及ばせたくないらしい」

「そうなると厄介なのが聖教会ですねー」

「まぁな。最近はプラハから手を引いて東に目を向けている。ヴェリト人と手を組んで国まで作ったらしいからな。介入してくるかどうかは、西側に逃れた一団次第か。とはいえ、シュリット人も手をこまねいているだけじゃないだろうけど」



 シュリット神聖王国は地政学上のリスクを抱えている。

 唯一の脱出口である東側だけでも安定を求めるのは間違いない。もしも大陸東部に脅威的な大国が出現すれば、シュリット神聖王国は滅びに向かって転がり落ちかねない。新興のヴェリト王国はシュリット神聖王国からすれば都合の良い盾というわけだ。

 実際にシュリット神聖王国の上層部がどう考えているのかはともかく、そういう意図であることは間違いないとシュウもアイリスも考えていた。








 ◆◆◆






 ノスフェラトゥとの合流を決めたシュウだが、その居場所を常に把握しているわけではない。透明化魔術を習得した精霊を付けておくことも考えたものの、それだけのために精霊を派遣するのもコストが高いということもあって止めたのだ。

 しかしながらノスフェラトゥは魔力が大きいので、広域探査魔術《天の眼》を使えば比較的すぐに見つかる。シュウはそれによってノスフェラトゥの現在位置を知ると共に、彼女の側にいる人間たちに気が付いた。



「この服装は……天空人か? まさかもう接触を? それにしては早すぎる」



 地上人と天空人には明確な文明の差がある。それは服装を見れば一目瞭然だ。この時代の一般的な衣服は麻や羊毛を織ったもので、その造りも単純だが粗さが見える。しかし天空人の衣服は明らかに仕立てが良く、化学的に合成された繊維だ。

 他にも肌艶や髪などの清潔感も別次元なので、意外と目立つ。

 何より決め手となったのが、ノスフェラトゥのすぐ側に先ほど見たばかりの脱出用飛空艇が停まっていたのだ。それもあって、すぐに転移するのが躊躇われた。



「天空人には冥王アークライトとしての姿も伝わっているかもしれないし、迂闊に目の前に出るのは避けるべきか。にしても卓を囲んで食事とは仲良さそうにしてるが」



 ソーサラーデバイスが表示する仮想ディスプレイ上ではノスフェラトゥの隣に女性が座り、何か談笑しているような映像が流れている。とはいえノスフェラトゥ自身が何かを語っている様子はなく、隣の女性が一方的に喋っているだけに見える。

 当のノスフェラトゥはというと、カップになみなみと注がれた血をちびちびと飲んでいた。それに対して誰も何も言っていないことから、吸血種の特性は受け入れられているのかもしれない。ますます状況が分からなくなったが。

 少しでも状況を集めようと画面を眺めていると、不意にノスフェラトゥの隣に座る女性が指を上に向けた。更にノスフェラトゥにも何かを話したようで、二人が同時に上を見上げる。それにつられてか、その他の者たちも同じように空を見上げる。



「ッ! こいつ!」



 シュウは反射的に画面を閉じそうになった。

 それもそのはず。女が明確にこちらを意識して手招きしていたのだ。《天の眼》による観測は空からの俯瞰視点である。どう考えても他の誰かに向けた仕草ではないし、ノスフェラトゥを含めて他の人物はこの奇行を首をかしげている。

 女の特徴的な青い右目がこちらを貫いているような気がした。

 少しだけ思案した後、シュウは呟く。



「いいだろう。誘いに乗ってやる」



 相手が冥王アークライトと知っての挑発かどうかは知らないが、ここで無視するのはどことなくプライドが許さなかった。







 ◆◆◆






 わざわざ外で食事をしたいと言い出したアラフ・セシリアス・ラ・ピテルの言葉に従わない者は一人もいなかった。何も理由を話さないとしても、それが正しいことをこの場の全員が承知していたからである。

 最近のことで言えば、黄金要塞が陥落した。

 アラフの予言通りに。



「この俺を呼ぶのはお前か」

「その通りです。冥王アークライト様。どうか御身の前で名乗ることをお許しください」

「仰々しくしなくていい。別に敬意など持っていないだろう」



 シュウが現れた時、アラフは真っ先に立ち上がって膝を折った。そのことに他の者たちは驚きを見せたが、自分たちの王が跪いているのに何もしないわけにはいかない。訳が分からないまま、同じように平伏していた。

 そして目の前に突如現れた男が伝説に聞く冥王と知り、身を震わせていた。



『曰く、冥王は死魔法を操る』

『曰く、死の支配者である』

『曰く、決して手を出してはいけない』

『曰く、古代文明を滅亡させた』



 全員の脳裏に自分たちの持つ知識が過った。

 もしもアラフの言った通り、冥王が現れたとすれば自分たちの命は終わりだ。今までアラフは決して嘘を吐かなかった。だからアラフの冗談だとはとても思えなかった。

 何より、悍ましいほど渦巻く魔力が否定を許さなかった。



「まぁいい。名乗れ。なぜ俺に気付いた?」

「私はセシリア・ラ・ピテルが末裔、アラフ・セシリアス・ラ・ピテルと申します。私には初代王より受け継がれてきた予言の眼があります。この右目の力により存在を知ったのです」

「受け継いだ?」

「私は王になった時、この眼を移植しました。それは私だけではありません。歴代の全ての王と、これから生まれる全ての王も。ラ・ピテル最後の王が現れるまで」

「予言の力で俺が見ていることを察したと?」

「この眼は多くを見ます。初代王を除き、その力を真に使いこなすことはできません。しかし無数の未来から現在の情報を読み解くことくらいはできるのです」



 そう彼女が語るということは、たとえ冥王アークライトを呼び寄せても問題ないという確証があったのだろう。寧ろメリットになるという未来が見えたのだ。



「それでだ。俺と接触してまで何を望む?」

「私はただ、あの城を来るべき日まで封印したいのです。そして魂が狂った私たち天空人を正すためです」



 思わず目を開いた。

 シュウは死魔法の力で魂を見抜く。そしてアラフの魂が淀んでいることも分かっていた。



「私たちは地上で暮らす必要があるのです」

「原因を知っているのか?」

「そこまでは。しかし魂を呪いに侵された私たちは地上へ降りることで癒されます。私の子孫が魂の傷を癒し、やがて全ての因縁に決着をつけるため、城の封印を解く。それが初代王の予言です」

「千六百年前の予言を信じていると?」



 アラフは顔を上げ、深く頷いた。

 その目は一切逸らされることなくシュウを見つめ、笑みまで浮かべている。そこでシュウは別の所から切り込んでみた。



「あの城は蛮族が支配した。生き残りもある程度は脱出艇で逃げたようだが? 取り戻せる当てがあるのか? あれは間違いなくこの時代で最強の人間だろう。誰も敵わない」

「ノスフェラトゥ様と共にあることで勝ち目が生まれます。実際、冥王様であれば容易いことでしょう」

「そうだな。邪魔になるなら奴の魂を冥界へ連れて行くのもいいだろう。俺を利用する気概があるのならな」

「はい。その通りです。利害は一致しているはずですから」

「……ノスフェラトゥ」



 シュウが呼びかけると少女は頷いた。

 既に了承済みということだろう。



(なかなか面白い)



 こうして掌で踊らされるのはどれほど久しぶりか。

 しかし不思議と悪い気分ではなかった。



「が、野放しというわけにはいかんな」



 シュウは手を指し伸ばし、黒い魔力を宿した。








 ◆◆◆







「正直、殺されると思いました」

「私もです」

「大きな声では言えませんが、私も……」



 アラフの護衛たちはヒソヒソと仲間内で話し合っていた。

 冥王アークライトの出現は、ただでさえ短い寿命を半分以下にしたのではないかと思うほど緊張させられた。最後に手を伸ばし、魔力を高めた時には死をも覚悟した。

 だが死ななかった。

 黒い術式が冥王の手元に現れ、それがアラフに吸い込まれたのだ。自分たちの王に何かされたというのに動けなかった自分たちを恥じるばかりである。アラフが死ななかったのは結果論で、とても護衛としての責務を全うできたとはいえない。



「しかし御伽噺の冥王がこれほど人間っぽいとは」

「ちょっ! 下手なこと言わないでくださいよ。あくまで擬態した霊系魔物ですよ」

「でも冥王のお蔭で生活基盤が出来上がったじゃないですか」

「なんだか複雑な気持ちですね……」



 予言の力により察したクーデターを回避するため、夜逃げ同然に脱出した彼らだ。しっかりとした野営装備があるわけではない。脱出用高速飛空艇というだけあって、緊急用装備くらいは積み込まれている。しかしある程度の時間を稼ぐ程度のものでしかない。

 実際、食料も水も切り詰めて五十日と持たない程度だ。

 だが冥王アークライトことシュウは、魔術によって生活環境を整えてくれた。それは人間たちにとって奇妙な状況であり、実際の所は助かっている。微妙な気持ちになるのは仕方ない。



「一応、油断しない様にしましょう」



 彼らは冥王と卓を囲む王を見遣る。

 今は交替で別の護衛たちが近くにいて、万が一に備えている。その万が一の時、自分たちに何ができるのかは不明だが。



「ふふ。見られていますね」

「自分たちの王が心配なんだろう。真の王という割には少ない臣下に見えるが」

「恐れながらクーデターを起こされた身ですので。しかし私は予言された正統な王です。この眼、この名こそが証明となります」



 アラフは余裕を崩さず、緊張をほぐすように語る。突き刺さるような視線をものともしないシュウは、同じように言葉を返すのみであった。

 しかしながら周りの空気は重くなるばかり。流石のアラフも表情が硬くなってくる。

 あまり世間話を続けるのはよくないと思ったのだろう。隣に座るノスフェラトゥもまた無言を貫いているので、本題へと移ることにした。



「私はもう一度、黄金要塞に戻る必要があります。いえ、今では煌天城と呼ばれているのでしたか? 王の権限で城を天空に封じます」

「なぜさっさと地上に降りて城を封印しなかった?」

「未来への布石です。先の戦いは犠牲を生じさせますが、どうしても必要でした。あの城から脱出できなかった人々は捕囚の身となり、苦痛を味わうでしょう。ですがそれも仕方のない犠牲なのです。スウィフト家の当主を交代させ、ある国へ向かわせるための茶番劇に過ぎないのですから」



 シュウは思わず鼻で笑ってしまった。



「なんだ。血も涙もない人間だな」

「ええ。本当に。ラ・ピテルとはそういう王なのです。きっと、ここにいる誰よりも薄情でしょう」



 アラフは涼やかに嗤っていた。





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