第510話 落城の成就①


 飛空艇の中に招かれたノスフェラトゥは、不可思議な魂を持つ人物と対面することになった。《冥界の加護》を得たノスフェラトゥは魂を見る。そうして目の当たりにしたその人物は、魂に付着物があったのだ。



(女性ですか。外付けの魔力のような……)



 初めて見るものに戸惑いつつも、それを追究する暇はない。

 何か武器のようなものを向けられているのを感じたが、ノスフェラトゥはそれが何なのかを知らなかった。終焉戦争によって文明が終わり、青銅器時代に逆戻りしたのだ。銃という兵器を知る者など、地上人にはもういない。

 ただ警戒心を向けられているのをノスフェラトゥは感じた。



「彼女にそれを向ける必要はありません。降ろしてください」

「しかし……」

「その方が本気になれば誰も敵いません。それに私はこれから頼みごとをするのです。脅すような真似はするべきでないでしょう」



 ノスフェラトゥとしては全く脅威を感じていないが、気分がいいわけではない。しかし部屋の中の緊張はさらに大きくなったように思えた。

 正面に座る女性は、まず自己紹介を始める。



「私はアラフ・セシリアス・ラ・ピテルと申します。天に浮かぶ城、黄金要塞の王です。とはいえ、逃げ出した天空人の王など滑稽かもしれませんが。あなたの名前を教えてはくれませんか?」

「ノスフェラトゥ。それが私を示す名です」

「確認しておきますが、あなたは純粋な人ではありませんね?」

「はい。私は吸血種ノスフェラトゥ。それが私を示す名であり、私たちの総称でもあります。私のことを知る人物は少ないと思いますが、あなたは私をよく知っているようです」

「ええ。私はあなたに会うため地上に降りました」



 サンドラにおいてもノスフェラトゥを知る者はごく一部だ。当然だが外国の人間が知っているのはおかしな話だ。

 その疑問を先読みしたのか、アラフは続けて答える。



「私の能力……と言うと語弊がありますね。私の祖先が保有していた未来視の魔装です。この力のお蔭であなたのことを知りました。私はあなたが未来に得るであろう力も知っています。誠意を示すため先に言いますが、私たちの目的は未来のあなたが得る能力です」

「……未来? ですか?」

「ノスフェラトゥ様。あなたはこれから見たこともない強大な敵と戦うことになるでしょう。その戦いはあなたを真の力に目覚めさせます」

「私は充分な力を持っていると思います」

「確かに大きな力です。自由自在で不死の肉体、血の眷属、そして血の毒。おそらくこの世の頂点に近い強者なのでしょう。しかしまだ先があります」

「あまり興味がありません」

「でしょうね。しかしこのように言えば興味が湧くのではありませんか? あくまで力は通過点。その先であなたは大切なものを得ます。失われた記憶に匹敵する、大切なものを」



 思わずノスフェラトゥは反応を示した。

 いや、アラフはこの未来を知っていたからこそ今の言葉を口にしたのだ。



(今は未来が激しく分岐する戦乱の時代。私の言葉一つで未来は大きく筋道を変えます。そしてこの戦乱の特異点になり得る存在が彼女……ノスフェラトゥ)



 未来視は強力だが、全知の力ではない。

 初代が規格外だっただけで、普通の人間が扱えばとても操り切れない。その要因の一つこそ、アラフが特異点と呼ぶ存在だ。特異点が介在する未来では、ちょっとした変化が大きな分岐を生む。それこそ修正しきれないレベルの変動が引き起こされてしまう。



(そして冥王アークライト、蛮族ラヴァ、九聖オスカー・アルテミア、そして黎腫れいしょうの呪い。他にも特異点が集まり過ぎています。だからぶつける必要があるのです)



 意外なことかもしれないが、特異点を衝突させる場合は未来視が通りやすい。複数の特異点が存在し続けると演算は困難になるが、いっそぶつかってしまった方が単純化するのだ。

 だから美味しい餌を投げ込んで、ノスフェラトゥという魚を釣る必要があった。それがノスフェラトゥの純粋さを利用することだと知っていても。



「私と手を取りませんか?」



 ここまで事情を語れば、未来は確定したも同然。

 ノスフェラトゥはアラフの差し出した手を取ったのだった。






 ◆◆◆






 レベリオの客分として迎え入れられているパンテオン人たちは、慌しく荷物をまとめていた。彼らは黄金要塞を研究するためにサンドラからやってきたのであり、そこに黄金要塞があるならば離れる理由はない。しかしここを目指す厄災を知って、留まるわけにはいかなかった。



「早く荷をまとめるのだ! 我らが祖国を滅ぼした蛮族はすぐそこまで迫っているかもしれないのだぞ! 急げ急げ!」



 調査隊のまとめ役であるクラクティウスが全員を急かす。

 研究のためやってきたパンテオン人たちは自分たちが作った資料を整理し、不要なものは燃やしていく。乱雑なメモでしなかったそれらを、急速に一連の成果へ変えていた。また彼らの家族も生活に必要なものをまとめている頃だった。

 彼らはとにかく必死だった。

 だが、彼らの脱出を認めない者もいる。



「クラクティウス! 貴様どういうつもりだ!」



 そう怒鳴りながら入ってきたのはレベリオの新王レームだった。彼が護衛を幾人かつけて、慌しいパンテオン人たちの天幕に乗り込んできたのには理由がある。



「貴様らには我らの地を貸し与えた。その借りは返してもらうぞ。土地の恩は三代まで続き、土地の恨みは七代まで続くものだからだ」

「レーム陛下。我々に何をさせようというのですかな?」

「徴兵だ。男は武器を持ち、賊を迎え撃つのだ。敵はサンドラに違いない! 今度こそ奴らの軍を滅ぼし尽くすのだ!」

「仮に敵がサンドラ人として、なおのこと私たちに戦う義務はありません。私たちの国は蛮族に滅ぼされ、住む土地を奪われました。その私たちに住む場所を与えてくれたのがサンドラ人です。もしも敵がサンドラ人であるならば、その恩によって私たちは敵対することができません」

「なんだと? 我々には恩がないとでもいうつもりか!」

「いいえ。それは天空人から得た知識をレベリオの方々に分け与えています。あなた方が何一つ理解できなかったことを、理解できるようにしたではありませんか? それに私たちが持つ知識も提供しております。たとえば鉄の精錬や医学、薬学なども……」



 だがそれをレームは黙らせる。

 剣を抜いて、近くの土器を叩き割ったのだ。強く叩かれた土器の破片が飛び散り、その音に驚いた皆が片づけを止める。



「クラクティウスよ。土地の恩は三代まで続き、土地の恨みは七代まで続く」



 何が言いたいのか、それだけで充分に伝わった。

 しかしクラクティウスとてただ従う理由などない。レベリオ人の文化にただ従う理由などない。



(とはいえ暴力で訴えられれば、抵抗も難しいか。知能のない獣め。知恵と知識がどれだけ貴重で素晴らしいものかも理解できずに)



 お互いに膠着した時間が続き、レームは有利を得たと言わんばかりの様子で剣を突き付ける。もはや一触即発の中、外因によって事態は動き出す。

 突如として天幕の外で爆音が鳴り響いたのだ。

 それも雷のように、遥か空高くからである。少し遅れて外が騒がしくなり、再び轟音が鳴った。



「何が起こった? 行くぞ!」



 レームは踵を返して天幕から出ていく。

 それによって多少緊張は緩んだが、解決したわけではない。何か別の問題によって先延ばしになっただけだ。その問題について、『幻書クラクティウス』は心当たりがあった。



「遅かったか……皆、落ち着いて行動するのだ。こうなってしまえば残っている資料や所持品は諦めるしかあるまい。まずは危険から逃れることを考えよ」

「しかしクラクティウス様。煌天城の力は蛮族如き滅することに問題があるとは思えませんが」

「だからといって私たちが襲われないとは限らん。私たちは私たちで身を守る必要があるのだ」

「ですがクラクティウス様の魔術砲台があれば……」

「奴らには効かなかったことを忘れたか? それよりも火主カノヌシに連絡を送るのだ。我々はもしものときに用意されている地点まで移動する。そこで待機していれば、いずれ連絡もあるだろう」



 ここで逃げ出せばレベリオとの関係が悪くなり、今後は天空人と煌天城の研究が難しくなるかもしれない。だからその時の保険も忘れない。『幻書』はその伝手もしっかり残していた。







 ◆◆◆






 レベリオを襲った衝撃は予見されていたことであった。

 より正確には黄金要塞を襲った衝撃である。それは突如として訪れ、悠然と空に浮く城に穴を空けた。



「何が起こったのですか!」

「落ち着いてくださいケシス陛下。予言にあった攻撃でしょう。元より戦闘配備を行っておりましたし、敵の姿も観測済みです」

「ならばどうして結界を張っておかなかったのですか」

「……貫通されたのです。結界は張っておりました」

「何?」



 天空人たちの王となったケシスは、その急な代替わりによって起こったゴタゴタの処理に追われる日々だ。アラフが最後に残した予言により、何か恐ろしい怪物が攻めてくることだけは分かっていた。その対策はしていたし、レベリオに近づく不審な集団を発見すれば警戒していた。



「襲ってきたのは三番と呼ばれていた集団です。観測魔術によると数百人規模であることが分かっております。警戒していた集団の中で最も魔力反応が大きく、その行動原理も危険です。しかしまさか要塞の結界を破るほどの攻撃とは――」

「分かりました。それ以上はいいです。迎撃できるのですね?」

「すでに迎撃を開始しております。アストレイ様が狙撃位置へ移動されました。また管制室では敵の攻撃を解析し、対抗結界の構築が進められているはずです。緊急迎撃策として飛行型殲滅兵も発進させました」

「では私は民の前に出ます。映像と放送の準備を。クライン家も動いているはずですから情報共有もお願いします」



 新王家となったイミテリア家は政治的な対応を開始する。

 元からクーデターによって政権を一新しようと画策していたほどだ。この程度の混乱は想定していたし、それが遅れてやってきたのだと思えばどうとでもなる。

 そのように考えていた。






 ◆◆◆






 防衛の対応を進めていたスウィフト家は、まず敵勢力の分析を行っていた。黄金要塞のシステム全てが集約された管制室では大量の仮想ディスプレイが表示され、状況を知らせてくれる。そしてこの場には当主エイルギーズ・スウィフト・ラ・ピテルも訪れた。



「エイルギーズ様、まずはご報告を」

「頼む」

「敵は初撃として質量体の投射攻撃を行いました。すぐに運動エネルギーを逆算し、結界方式を切り替えることでその後の攻撃は対応できております。しかし敵は投射を続けておりまして、その威力は徐々に増大しているようです」

「投射攻撃といったが、正体は魔術か?」

「おそらくは。こちらをご覧ください。投射攻撃を行った敵を観測した光学映像です」



 管制官の一人が画面をタップし、映像フォルダを開く。

 再生された映像で最初に映ったのは大男であった。上半身裸のその男は、腕を指し伸ばしてきた。画質が悪く詳細は不明だが、大男の掌から棒状の白い何かがせり出してくる。また掌の先には三つの円環が浮かび、まるで砲身のようであった。



「これは?」

「もうしばらくご覧ください」



 せっかちにも問いかけたエイルギーズに対し、管制官はもう少し我慢をするように促す。実際、すぐに動きが出た。

 突如として掌から突き出ていた白い棒状のものが消失したのだ。



「消えた? いや、射出されたか」

「分析した結果、私たちもその結論に至りました。また結界を破り、オリハルコンすら貫通したそれは武装保管庫を破壊し、第三防壁にまで食い込んで止まりました」

「第三!? それほどまで高威力だというのか! 砲弾……と言って良いか分からんが、正体は?」

「……人骨です」



 言葉を失うエイルギーズに対して、周りは淡々と説明を続ける。

 黄金要塞に大穴を空けた砲弾は即座に回収して元素分析が行われ、高密度の魔力が込められた人骨であると判明したこと。また投射攻撃は加速魔術によって引き起こされていること。また投射攻撃を行っている大男からは尋常ではない魔力反応があること。

 そして反撃として放った電磁加速砲による攻撃が効かなかったことも。



「あり得ぬだろう。本来は人間に対して撃つような武器ではないのだぞ!」

「我々も信じられません。ですが真実です。飛行型殲滅兵を六機派遣しましたが、それも射程距離まで接近するより早く撃墜されました。これにより、私たちはこの男を暫定的に『骸獣がいじゅう』と呼ぶことにしました。危険度区分を引き上げ、対応しております」

「骸獣か……アストレイ殿による狙撃攻撃は?」

「ご命令があればいつでも可能です」

「では攻撃していただくようお願いする。私自身からな」



 エイルギーズは仮想ディスプレイを何度かタップして覚醒魔装士コーネリア・アストレイにまで繋ぐ。音声のみであったが、すぐに彼女は応答した。



『狙撃していいのね?』

「はい。お願いします。標的は危険度が最も高い大男です。マーカー付き情報がアストレイ様のデバイスまで送信されているはずです」

『了解』



 その一言が聞こえた次の瞬間、既に引き金は引かれていた。

 コーネリア・アストレイの魔装は狙撃銃である。かつては『魔弾』の聖騎士とすら謳われた彼女の能力は唯一にして明快。弾丸に魔力を込め、それに応じて射程や威力が上がるというものだ。逆探知もほぼ不可能な超長距離狙撃という特性は、それだけで有用である。

 スコープ越しに定めた狙いに向けて、弾丸は飛翔した。音の百四十倍にもなる速度によって衝撃波を発生させ、わずか二秒で標的の頭部に直撃する。



『当たっ……嘘』

「一体何が?」

『あの男、私の弾丸を弾いた。頭に直撃したはずなのに。なんて硬さよ。それにこっちに気付いて……右手を向けてる? 掌から白くて鋭い棒状の何かが……』



 観測魔術で映像を見ていたエイルギーズも、管制官たちも、その動作が何を表すのか理解していた。だが要塞の結界で防ぐことができているという事実から、特に警戒を発することもない。



「アストレイ様。次こそお願いします。奴さえ仕留めれば良いはずです」

『ええ。そうね。もっと魔力を込めることにするわ』



 間違いなく人骨を射出する遠距離攻撃だ。

 不意打ちだった初撃はともかく、それ以降の投射攻撃は全て結界で防御できている。何も心配はないはずだった。

 ところが魔力を観測していた管制官が突如として悲鳴のような警告を叫ぶ。



「注意してください! 骸獣の魔力反応が倍化しました!」

「これは……覚醒魔装士よりも多い!」

「そんな馬鹿な! 機械の間違いじゃないのか?」



 ここで言う覚醒魔装士級とはコーネリア・アストレイを基準にした評価だ。そのコーネリアも大部分が平和な時代とはいえ、千五百年以上を生きている。だから彼らも機械の故障を疑ってしまった。

 その遅れは戦場において致命的な隙となった。

 再び黄金要塞が激しく揺れる。管制室では幾つも赤色や黄色の画面が立ち上がり、激しい音を鳴らして警告してくる。



「今度は何だ! 早く誰か報告せよ!」

「も、申し訳ございませんエイルギーズ様!」



 しかし再び現場は混乱するばかり。

 平和な時代は人間から闘争心を奪い、弱くする。最新鋭の武器を持っていても、充分に扱う訓練がなければ意味がない。



「アストレイ様! どうなったのですかアストレイ様!」

「駄目です! 反応がありません。アストレイ様の魔力反応が消失しました」

「馬鹿なことを言うな。まさかあの方が訳の分からん攻撃に殺されたとでもいうのか!」

「で、ですが少なくとも……」

「もうよい。加減は不要だ。全ての火力を奴に向けろ! 加減をするな! もう一度言うが、加減をするな!」



 所詮は遅れた文明の地上人でしかないはず。

 しかし背筋を這う虫のような気味の悪さが拭えなかった。




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