第477話 群雄割拠


 古代遺跡群の巨塔最上階へと訪れたシュウを待っていたのは、いつもの『黒猫レイ』であった。猫耳のフードを被ったまま、質の良さそうな椅子に腰かけている。またこの部屋だけ今の時代では考えられない快適さとなっていた。

 彼女が使いやすいように改造したのだろうと想像できた。



「さて、あまり時間もないからね。サンドラについて情報共有から始めようか。お茶はいるかな?」

「不要だ」

「そうかい。じゃあ僕だけ頂きながら話すよ」



 彼女が指を鳴らすと、テーブルの上に波紋が浮かぶ。すると淹れたてのお茶が現れた。その間にシュウは『黒猫』の前まで移動し、用意されていた椅子に腰を下ろす。

 すると周囲に大量の仮想ディスプレイが浮かび上がり、多数の画像や文字列が映し出された。



「まずは地理情報から。サンドラは巨兵山の麓にあって、南へ行くとレベリオ、南西側にはパンテオンという都市国家がある。そしてレベリオ人の支配する土地の周辺には蛮族が多くてね。特に酷いのが鬼人や悪鬼と呼ばれる男だよ。名前はラヴァ。レベリオは蛮族に苦しめられている」

「もっと南……かつてラムザ王国があった辺りは?」

「そこにも迷宮域があるんだよ。地獄域なんて呼ばれている。こちらも酷い有様だよ。この大陸で最も治安が悪いのは地獄域の周辺かな。あとはもう少し西側だけどヴェリト人。侵略に意欲的な民族なんだ」



 大陸東側はこれといって国境のようなものがない。測量技術も適当で、民族同士で主義主張が異なることも多い。ある民族はこの泉を自分のものだと言い張り、隣の民族も同じように言い張る。そうして戦争が起こり、更には土地を持たない流浪の民たちが一時の休息を求めて泉を襲ったりもする。

 水場一つで幾つもの争いが起こる世の中だ。

 寧ろ国家という社会を形成している方が稀なのである。



「国家という形を作っているのは迷宮神器アルミラ・ルシスの使い手がほとんどだよ」

蝕欲ファフニールみたいなやつのことか」

「西側ではアルザードの王が使っていた能力だね。東側では一般的とまではいわないけど、それなりに発見されている古代遺物だよ」

「……というか、ダンジョンコアが作ったよく分からない武器だろう?」

「僕も実際に入手した訳じゃないからね。噂程度だけど、言葉を話す武器だそうだ」

「言葉を? ならばやはり」

「ダンジョンコアが力を与え、思い通りに操ろうとしているのかもしれない。あるいは別の目的があるのかもしれないね」



 そう言いながら『黒猫』は三つの画像を出した。

 一枚は上半身が裸の男、一枚は杖を持った壮年の男、一枚はクッションに身を預けてくつろぐ男である。



「都市国家アリーナの支配者ンディババ。彼は神器ルシス刻命ベリアルの所有者だ。彼の耳飾りがそれだよ。呪印を刻み、対象を支配することができる。それは人間に限らず、あの殲滅兵すらも支配しているらしい。奴隷国家なんて謂れは彼の力に由来しているのさ」

「闇属性の精神作用魔術……いや、光系の肉体干渉もあるか。機械も操れるなら原理がよく分からん。意外と厄介かもしれんな」

「そして学問の国パンテオンの盟主アウグスト。彼が保有する暴転器アンドロメダは加速を司る。オリハルコン色の首飾りをしているだろう? 戦闘形態になるとこれが分離して、三つの円環になるんだ。射出した青銅の塊で魔物を吹き飛ばしている映像もあるけど……見るかい?」

「後で見るから送っておいてくれ」

「分かったよ。最後の一枚がサンドラの火主カノヌシヘルダルフだね。画像の端にランタンが映っているだろう? これが神器ルシス無限炉プロメテウスだよ。直接的な攻撃性能はないけど、味方に対して火の加護を与える。簡単に言えば、全ての部下たちが炎魔術の使い手になるということさ。たとえば矢じりに爆発の性質を宿したり、あるいは剣に炎を灯したり」



 シュウからすればそれほど脅威でもないが、この時代においては王者として君臨できるほどの絶大な力であることは確かだ。

 また迷宮神器アルミラ・ルシスが王者の証という風潮が広まれば、歴史への介入も容易くなる。



「あとはレベリオ人か。迷宮神器アルミラ・ルシスを保有しているわけではないんだけど、嵐神ベアルという神がいる。嵐を呼び、雨の恵みと雷の裁きをもたらすそうだよ。えっと確か……あった、この画像だね」



 新しい画像がシュウの前に現れる。

 内容としては金の像を中心に人々が平伏し、何かを祈っているようだ。金の像の前に設置された祭壇の上には男の子供が寝かされている。



「こんな風に儀式をする民族だよ」

「生贄か?」

「そうだね。問題は生贄を捧げ、雨乞いをすることで本当に嵐がやってくることだよ。ただの偶像じゃない可能性を考えている。実際に僕の目で生贄を捧げる瞬間を見てきたんだけど、像の中で魔力の反応があったよ」

神器ルシスか?」

「いや、材質は本当に金なんだ。迷宮神器アルミラ・ルシスの特徴はオリハルコンの材質。あれを神器ルシスと断定することはできないね。無関係とも思えないけど」

「古代遺物なのか?」

「さてね。レベリオの歴史でも曖昧らしい。そもそも歴史を記録するという風習がないからね、あの民族。全て口伝に頼っているから失われた記録も多いんだ。嵐神ベアルもその一つだよ。それにレベリオは完全に一つの民族というわけでもなくてね。元あったレベリオ人が様々な民族を吸収することで大氏族になったんだ」

「つまり、その分だけ様々な伝承が入り混じってしまったと?」

「そういうことになるね。僕が知る限りは記録してあるけど、読むだけ無駄だと思うよ」



 これだけ激しく変化していく時代に対応し続けるとなると、やはり『黒猫』一人では困難なのだろう。折角梃入れしても翌年には滅んでいる可能性すらあるのだ。



「一応、簡単に説明しておこうか。神奥域は元々、パンテオン人が支配していたんだ。そこに迷宮からレベリオ人が出てきてパンテオン人は南西に逃れ、更にサンドラ人が迷宮から出てきてレベリオ人も南に追い出された。そしてサンドラ人は今、迷宮から現れた魔族によって追い立てられようとしている」

「他の民族は?」

「イレギュラーゲートで地上に出てきた民族もかなり多いね。あとは地獄域から出てきた民族もいる。正直、把握しきれていない民族もいると思う」

「分かった。それは俺の方で協力できる。人間が死ねば魂が煉獄に送られるし、人が生まれるときも煉獄から魂が補充される。この世との位置情報を照らし合わせれば、人間の集落があると思われる場所をマッピングできるはずだ」

「それはいいね。僕が人形を使って地道に探すより効率的だ」



 人の世に取り入り、影から支配するのは『黒猫』の得意とするところだ。しかし結局のところ、一人の人間でしかない。人形の覚醒魔装で疑似的に分身できるとはいえ、その多くは自動モードで動かしているに過ぎないのだから。

 また迷宮内にいる限り、迷宮外の人形を直接操作することはできない。迷宮の内と外ではダンジョンコアの魔法によって断絶されているためである。『黒猫』自身も空間転移で外と内を行き来することができない。そういう意味では黒猫という組織も終焉戦争以前と比較して動きにくくなったと言えるだろう。



「地上の人間の動きは君に任せるとして、もう一つ不安要素は残っている。魔族だよ」

「魔族は迷宮で主に活動しているからな。俺の方でも調査は難しい。直接監視する以外に方法はない。妖精郷でも大陸管理局の分室を増設しているところだ」

「やっぱり君でもそうなるか……僕の方でも工夫を凝らしているよ。今、黒猫の幹部に半魔族を加えているんだ。彼らを経由して情報を仕入れているよ」

「その幹部はどれだ?」

「『赤兎』と『灰鼠』……それと『黒鉄』だよ」



 黒猫の幹部はリーダーを除き十人の幹部で構成されている。

 その中で『赤兎』は運び屋に与えられる称号だ。法に触れる品であろうとも、しっかりと輸送してくれる。しかし足が付きやすいこともあり、昔は入れ替わりが激しかった幹部だ。その点で言えば『灰鼠』も入れ替わりが激しい。盗みを生業とするため、見つかりやすく、捕まりやすかった。『黒鉄』は主に護衛を仕事とする幹部であるため、戦闘力重視となる。



「半魔族か……」

「丁度、下の酒場に『灰鼠』がいるよ。どうやら君の連れが絡まれているようだね」

「どんな感じだ?」

「あの子、凄く不愛想だね。『灰鼠』が全く相手にされていな――ん?」

「どうした」



 急に『黒猫』は黙り込み、表情も真面目なものへと変化する。

 問いかけたシュウにもしばらく反応せず、少し思案する様子を見せた後ようやく口を開いた。



……どうやら『死神きみ』に用があるらしいね」








 ◆◆◆








「私たち幹部が同じ他の幹部に依頼してもいいんだろう? 私は戦力が欲しいんだよ」



 声は小さいが『灰鼠』は力強く熱弁する。

 その際にも決してフードは外さず、寧ろ肌の一つも見せないようにしながら店主くろねこに詰め寄っていた。ただカウンターがあるので、少し身を乗り出す程度だが。



「こちらとしては構わないけどね。ただ『死神』が受けてくれるかどうかは分からないよ?」

「ちゃんと報酬は渡す。それに『死神』は戦闘能力が高いと聞いた」

「暗殺して欲しい奴でもいるのかな?」

「私の仲間が魔族たちの動きを察知した。近い内にまたここが攻められる。それに地上じゃ直轄軍の奴らが遠征するなんて噂もある。つまりサンドラは守りが薄くなる」

「なるほど。時期が悪いね」

「旧サンドラは地上に近い安全地帯の一つ。探索軍の拠点にもなっている。逆に魔族に占拠されたら、ここが地上を攻めるための拠点にされるということだ。暗殺できるのなら、魔族の頭領を暗殺して欲しいものだがな」



 吐き捨てるように『灰鼠』は言い切った。

 それに対して店主は水を差しだしつつ答えた。



「『死神』がやる気なら容易いだろうね」

「何?」

「しかし解せないな。君の立場からすればサンドラを守る義理などないだろうに」

「私には私の……『アルナ』の目的がある」

「ふむ。そうかい」



 会話が途切れ、しばらく沈黙が続く。

 ノスフェラトゥと『灰鼠』が並んで飲み物を口へ運び続け、店主は黙々と汚れたカップや皿を掃除し続けた。そしてほぼ同時にノスフェラトゥが血を、『灰鼠』が水を飲み干した時、店主は奥の扉を指差す。



「二人とも。彼が戻ってきた」



 一体どうやってそれを知ったのだろうか。

 『灰鼠』はそんな疑問を浮かべるも、いつものことだと考えて素直に従う。またノスフェラトゥに対してもシュリット語で同じことを語っているときに丁度、奥扉が開いた。戻ってきたのは不気味なほど近寄りがたい雰囲気を放つシュウであった。

 いや、それを感じ取るのは『灰鼠』の勘が鋭いからである。



(こいつ……私の勘がヤバいって叫んでやがる。まるで『死』が歩いているみたいだ)



 こうして近くで目の当たりにして、ようやく気が付いた。『灰鼠』では底を感じることができないほどの脅威がある。体格が良いとか魔力が多いとか、具体的なものではない。本当に曖昧ではあるが、ただの勘だ。しかし『灰鼠』はその勘によってこれまで生き延びていた。

 警戒して口を噤んでいる間、店主は『灰鼠』に理解できない言語で『死神』と会話する。



「この子が『灰鼠』だよ」

「ああ。そのようだな」

「彼女、君に依頼があるみたいだよ」

「暗殺か?」

「旧サンドラに魔族の襲撃があるらしい。それの防衛に力を貸してほしいそうだ」

「……なんでだ? こいつは半魔族なんだろう?」

「魔族も一枚岩ではないということさ。人間のようにね」

「確かに道理だな」



 シュウは『灰鼠』の背後を素通りしてノスフェラトゥの側で立ち止まる。一瞬の接近にも関わらず『灰鼠』は息をすることすら忘れていた。



「ノスフェラトゥを預ける。魔族からの防衛程度ならこいつでも過剰戦力だ。俺は煉獄の履歴から人間の棲み処をマッピングしておく。少しだけ煉獄に潜るから、その間は任せるぞ」

「いきなりじゃないか」

「元々こいつを欲しいといったのはお前だ」

「確かにね」



 そんな言葉を交わし、シュウは酒場から消える。しっかりと扉から出ていく姿を目撃したにもかかわらず、『灰鼠』はこの世から消えてしまったように思えた。

 あり得ないと断じて首を横に振り、そこで自分の背が汗でじっとり濡れていることに気付く。今までどんな盗みをするときも、これほど緊張することはなかった。

 腹に溜まっていた恐怖を、息と共にゆっくりと吐きだす。



「朗報だよ『灰鼠』」

「……何がだ」

「『死神』が戦力を貸してくれるらしい。隣の彼女……ノスフェラトゥをね」

「このチビが?」



 ノスフェラトゥは幼い女の子にしか見えない。

 歳は十歳か、それより小さい程度の身長に思える。戦いにおいて何の役に立つのかと思わず疑ってしまうほどだ。



(いや、よくよく見ればこいつもヤバい気配じゃないか!?)



 今まではより深く重い気配によって塗り潰されていただけであった。『灰鼠』の勘が鈍ってしまうほどに『死神』の放つ死の気配は強烈であった。



(くそ……思い出しちまう。この気配、この感覚……魔族頭領バラギウム)



 魔族たちを統率する者。

 そして半魔族を支配する者。

 戦闘力の低い『灰鼠』では逆立ちしても敵わない、遥か高みがこんなにもいる。彼女は頼もしさよりも先に恐ろしさを感じていた。








 ◆◆◆








 神奥域の大穴は周囲の回廊を降りていくことによって深層にまで到達できる仕組みだ。地上に近い第一回廊はそれほど強い魔物も多くない一方、発見できる遺物も大したことがない。

 つまり重大な古代遺物を望むのであれば、深くに潜る必要がある。



「見つけた。聞いた通りだ。魔族が動いている」



 第二回廊の古代戦域と呼ばれる領域で身を隠す三つの人影があった。彼らが見つめる先には開けた場所があり、そこにかなりの数の異形たちがいた。具体的には百以上にもなるだろう。しかしながら大部分は腰に襤褸布を巻きつけた程度の衣服であり、至る所に傷がある。

 そして中心にいる少数の異形たちを甲斐甲斐しく世話しているように見えた。



「飛び出すなよハーケス。瀑災渦アシュタロトを握りしめるのもやめろ。落ち着け」

「分かっている」

「同胞たちは必ず助け出す。だが今は無理だ」

「分かっているさ」

「俺たち半魔族では本物の魔族に敵わない」

「それも分かっている」



 古代戦域は焼け焦げた遺物が無数に転がっている。それはかつて殲滅兵と呼ばれた無人兵器の残骸であった。残念ながら起動できる殲滅兵は残っておらず、本当に遺物でしかない。

 半魔族たるハーケスたちもそれらの残骸に身を隠し、魔族の様子を見ている。



「本当に旧サンドラを攻めるのだな。どうやって情報を仕入れたんだハーケス?」

「俺たちに味方してくれている人もいるってことだ」

「本当に信用できるのか?」

「大丈夫だ。志を一つにしていることは確かなんだ。俺たち『アルナ』に協力してくれているのは間違いない」

「お前の言うことだから信じるが……」

「悪い……あまり協力者のことを明かすわけにはいかないんだ」



 息を整え、魔族たちの様子をもう一度見る。



アグロサンドラの魔族め……半魔族を道具としか思っていない」

「けど奴らの不死性があるかぎり、俺たちには勝ち目がないんだ。どうにかして魔族を滅ぼす方法を考えないと」



 半魔族は魔族の特徴を持った生命体だ。魔族と人間の間に生まれた種族であるとして定義するには、少し狭すぎる。半魔族と魔族の間に生まれた子供も半魔族だし、半魔族と人間の間に生まれた子供も半魔族となる。

 すなわち、魔族最大の特徴である心臓部の魔石が存在しない異形種族は総じて半魔族と定義される。

 しかしながらその力は魔族に遥か及ばない。

 魔族のような不死性もなければ、身体能力や異能も大したことがない。



「ともかく次の戦いに備えよう。分かったなハーケス。お前がリーダーなんだ。しっかりしてくれよ」

「ああ」





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