第459話 プラハの反抗作戦
プラハ王国を襲った二つの武装集団は後に隣国が派遣した部隊であると判明した。ローラン王はアルザード王国を通して事態の解明を急ぎ、その結果としてルーイン王国とベリア連合王国こそが敵であると決定づけられたのである。
ウルヘイス戦域鎮圧、東部街道解放戦は共にプラハ王国の勝ちで終わった。だが被害がないわけではないし、まだ戦いは終わっていない。ウルヘイスを襲ったルーイン軍は襲撃と撤退を繰り返して今もゲリラ戦を続けている。つい先日は王都のすぐ近くに出現したほどである。その際にはローラン自身が戦場に出てルーイン軍を壊滅させた。
また東部を襲ったベリア連合軍も撤退しただけであって、休戦ですらない。
「――以上が北部、そして東部の報告となります」
「ひと段落、といったところか」
「陛下の采配あればこそです」
今回の事件でこの国は戦争状態に突入した。しかも相手はルーインとベリアの両方である。更にその背後にシュリット神聖王国がいることは間違いないだろう。
「やはりフレーゼが原因か」
「そのようです。アルザードにも照会しましたが、聖守を奪うために軍を派遣したとか。使者による先ぶれすらなくいきなり仕掛けてきたことから、あちらに話し合う気はないのでしょう」
「あちらの思惑も分からないではないがな。私はフレーゼを渡すつもりはない。聖教会など私たちの知るところではないからだ。私たちにはセフィラがいる」
「はい。全くその通りでございます」
様々な努力によりプラハ王国が陥っている事態もおおよそ解明された。今は黒魔術師団を各地に派遣することで防衛力を強化しており、また各地の都市や街にも防衛兵器を設置させている。これは主にルーイン王国の兵士を対象とした防衛だ。ルーイン王国は百人から五百人程度の兵で部隊を編成して奇襲と離脱を繰り返しており、防衛の不足していた街では民が攫われる事例も起こっている。
残念ながらプラハ王国軍は数が少ない。元より魔物や魔族の脅威が少なかったこともあって、大多数の軍を必要としなかったからだ。
「それはそれとして、黒魔術師団は予想以上の戦果を上げてくれましたな。精霊秘術も扱いやすくなっているようです。特に東部街道解放戦では新しいセフィロト
「もう一つの
「全てが噛み合っておりましたな。こちらからの援軍を二つに分け、一つは奪われた宿場町の奪還、その間にもう一つは《
「ええ。しかも《
「兵站部も喜んでおりましたな。街道が封鎖された場合の輸送も可能となるわけですから」
勝利に酔いしれているというわけではないが、少しばかり浮かれているのは確かだった。だがそんなことばかりもしていられない。まだ戦争は終わっていないし、略奪された街もある。必ず取り戻さなければならないし、この戦いも終わらせなければならない。
ローランは家臣たちの会話を止めて会議を進める。
「やはりルーインとベリアに攻め込み、痛手を負わせるしかないか」
「外務省として意見させていただきます。陛下の仰ることは正しいでしょう。聖教会にとって聖守は重要な人物のようです。それこそ王のように替えの利かないような。もしも聖守がいなければ彼らは魔族によって攻め滅ぼされてしまうかもしれないと恐れているのです」
「確かに魔族は頑強だ。討伐の度に犠牲者が出ているとも聞く」
「はい。奴らは心臓を破壊しなければ決して倒れません。非常に困難な敵です」
「いずれにせよ軍事予算の増強は必須か……財務状況はどうなっている?」
いきなり話を振られた財務省長官は僅かに肩を震わせた。そしてハンカチを取り出し、首元に噴き出た汗を拭う。
「ええ。その、復興支援のために臨時予算を捻出しましたが……軍備増強を進めるとなれば不足する部分がでてくるかもしれません」
「仕方ないか。王家の備蓄を解放する。ひとまずそれで現状を凌ぎ、戦争に向けた新たな経済政策を策定するのだ」
「よ、よろしいので?」
「こういった時のための備蓄だ。それと外務省はアルザード王国と交渉し、援軍を要請してほしい。こういった時のための同盟だ。それにアルザードには不浄大地の件で貸しがある。あちらも難しい立場かもしれんが、断ってはこないはずだ」
「承知しました」
複数の戦線を抱えることになれば、それだけ兵力を分割しなければならない。それを補填するための黒魔術師団ではあるのだが、こちらは東部街道解放戦で魔力不足という弱点に気付かされた。対策も講じられているものの、即座に解決できるようなものではない。
だからこそアルザード王国からの援軍を期待するのだ。
少なくとも北部の守備を手伝ってくれるなら、プラハ王国の負担はかなり小さくなる。
「そしてこの戦争の落としどころについて、先に決めておくべきだろう」
ローランはそこで一度言葉を切る。
戦争はただ局所的な勝利を続ければ良いという訳ではない。敵国に対して甚大なダメージを与え、最後に戦争の終結を約束する必要がある。そうしなければ敵国を完全に滅ぼすまで止まることができないからだ。流石にそこまでするつもりはなかった。
心理的にはそのくらいしてやりたいところだが、現実的ではない。
「反撃しない、というわけにはいきませんでしょうな」
「あちらの目的はフレーゼ殿下ですから、余力が残っている限り攻め続けるでしょう。私たちはまず、彼らの戦力を粉砕する必要があります。そしてその戦力を生み出す下地をも……」
「ええ賛成です」
「問題はその戦力をどこから持ってくるか、ですが」
「傭兵を雇うのはどうですか? 黒魔術師団はこの国を守る重要な戦力です。反攻作戦に出せるほど数に余裕はありません」
「ああ魔装士たちですか」
あまり人数はいないが、稀に戦闘向きな魔装を持った人間が生まれる。そういった者たちが生まれ故郷を守るために自衛組織を立ち上げ、やがてそれは傭兵組織となった。傭兵は立派な職業として認められている代わりに、規模に見合った税を納める必要がある。
もしも税を支払わないならば通告され、それでも違反を続けるならば盗賊に準ずる危険な武装集団であると判断されて討伐隊が組まれる。
傭兵団に税金を課すことで必要以上に規模拡大することを防ぐと同時に、急に戦力が必要となった時の備えとしていた。
「報奨金と一定期間の免税。それを提案すれば間違いなく頷くでしょう」
「一時的な戦力の確保は問題なさそうですね。そちらは軍略庁に任せるとして、話を戻しましょう。どこまで侵攻しますか?」
「占領は現実的とは言えませんな。ええと確か……」
「現在の防衛省が記録している黒魔術師がおよそ三千、魔装士が百、また衛兵が八千ほどですね。まぁ衛兵については警察庁の管轄ですので戦力として数えるべきかどうかは微妙なところですが」
防衛省副官が長官をアシストするべく手元の紙をめくりながら現状戦力を述べる。プラハ王国ほどの国土であればもう少し兵力を保有していても不思議ではない。しかしこれは精霊秘術の台頭により、一度軍を解体して再編成した結果だ。
クリフォト術式により地獄から不死属を呼び出し、兵士として使役することができる。そのため黒魔術師団さえいれば、一般兵は必要ない。実際、一人の黒魔術師が十体の不死属を召喚すれば、それだけで三万の兵力を得たことになる。実際、魔物の防衛という点では充分だ。しかし侵略し、占領するには足りていない。
「北からは魔族もやってくるという話です。プラハより遥かに危険な土地なのでしょう。かなりの防衛戦力を保有しているのではありませんか?」
「まずは情報が必要であろう。どちらにせよ戦力増強には時間がかかる。傭兵を使って適度に攻めつつ、防衛に専念するのが最適であろうよ。外務省の広域情報部に動いてもらうべき案件だ」
「動けるとすれば来年か、再来年か」
「仕方ありません。こちらは奇襲された側です」
おおよその意見はまとまった。
そこで国王付きの書記官が記録していた内容から次の動きについてまとめを述べる。
「まず方針としては広域情報部による情報収集を待ちつつ、まずは防衛に専念いたします。北部はアルザード王国から戦力を借りての防衛を行い、黒魔術師団は東部に派遣します。また敵の陣地を発見次第、傭兵を雇って襲撃させます。このように時間を稼ぎ、我が国の防衛軍事力を増強しつつ反撃の機会を窺う……となります。陛下、これでよろしいでしょうか?」
「分かった。許可しよう」
ローランの裁可を経て、プラハ王国は動き出す。
聖守の力がフレーゼに宿っている限り、平穏なままではいられない。そして
これまで文化と文明の発展に注力してきたプラハ王国が、その力を軍事力へと注ぎ始める。
暗黒暦一五六〇年、あるいはローラン王暦一四七年こそが覇道の始まりであった。
◆◆◆
騒乱の時は往々にして一瞬に感じるものだが、何気ない日常というものも気づけば過ぎ去っているものだ。ルーイン王国とベリア連合王国による奇襲が起こってからほぼ二年が経過した今も、プラハ王国の現状はそれほど変わっていなかった。
数えるのも面倒なほど小競り合いが起こった。プラハ王国は戦略策定により防衛に徹し、戦力を蓄え続けている。逆にルーインとベリアは徐々に力を失っているほどだ。なぜならこの二国は食料の多くをアルザードを通してプラハから輸入していたからだ。自国生産だけでは充分とは言えず、真綿で首を締めるようにじわじわと弱らされている。
聖守を奪うために攻めてきたはずのルーイン王国とベリア連合王国も、今や豊富な物資を求めて攻め寄せるようになっていた。
「なんというか、予想外な好転を見せたものだな」
「そう? 私は当然の結果だと思うけど」
「セフィラにはこの光景も見えていたということか」
「外国が食糧不足に悩まされているのは知っていたもん。時間を稼ぐだけで勝てるとは思っていたよ。それに私たちは魔力で召喚した地獄の軍勢を使っているだけ。消耗なんてほとんどないんだから」
「情報がどれほど大切か、ひしひしと分からされたよ」
プラハ王国は外国に対してあまりにも無知であった。
そもそもルーイン王国とベリア連合王国は隣国でありながら国交もなく、情報は少なかった。広域情報部も手を広げてくれていたものの、表面的なことばかりで詳しい内情までは分からない。共に聖教会の教えを受け入れているため、アルザード王国を通してある程度の事情が伝わってくるくらいだった。
そもそも言語が異なるので調査員を送り込むにしても壁が大きいということもあったが。
「そろそろ攻め時じゃない? あっちも手段を選ばなくなってきたし」
「まぁ、そうだな。暗殺者を送ってくるとは思わなかった」
「そうかな? 絶対来ると思ったけど。お父様も言っていたし」
「なるほど。そういうものなのか」
「もう聖教会はこの国に戦争で勝てないって考えているんだよ」
「だとすれば猶更好機だな」
この二年間で何度も暗殺者を送り込まれ、ローランやフレーゼの暗殺が試みられてきた。しかしその全てが失敗し、暗殺者は漏らさず捕縛されている。セフィラの守りがある二人を狙うなど明らかに無謀な行為であった。
暗殺者に対して尋問を行った結果、各国の思想も明らかになりつつある。
「私を狙う暗殺者は多くがシュリットから来た。そしてフレーゼを狙う暗殺者は全てベリアから送り込まれている。同じ聖教会の勢力でも、方針は異なるらしい」
「シュリット神聖王国は分かりやすいけどね。ベリアの方はフレーゼを殺せば次の聖守が生まれるとでも思っているんじゃないかな? あの子に悪意は近づけないし、毒だって通用しないんだけどね」
「流石は女神の加護だよ」
「もっと褒めていいんだよ?」
「ああ、凄いと思っているし感謝もしている」
そう言いつつ、ローランはデスクの引き出しから二通の手紙を取り出した。
「まずはフレーゼの安全を確保する。ベリア連合王国を攻め滅ぼす」
「やっと準備が整ったんだ」
「ああ。ルーインの侵攻は同盟国のアルザードに頼りたいと思っている。それと傭兵を雇い、こちらのベリア攻略を邪魔されないようにする。その間に黒魔術師団を東に送り込み、勝利する。そのための命令書がこれらだ」
「私の可愛いフレーゼを殺そうとしたんだから、きっちり落としてよね。私も大サービスで精霊秘術の発動効率を最大にしてあげる」
「心強いことだ」
この二年でプラハ王国の軍事力は三倍ほどに膨れ上がっている。黒魔術師を育成し、城壁に囲まれた街を攻略するための兵器や戦略も開発された。
おそらくこれまでは二国から攻められていたので慎重になっていたが、ベリアさえ落としてしまえば対応も楽になる。勝利への道筋を歩む準備は完璧に整ったと言える状態になっていた。
◆◆◆
近年はシュウもダンジョンコアの対策のため動き、プラハ王国のことをセフィラと
「ここでも赫魔か」
最近の調査項目は専ら、赫魔についてである。
山水域南部の深淵渓谷付近で出没が多い赫魔は、たった一体の魔族から始まった。赫魔は破壊された魔族の破片を取り込んだ動物なのである。赫蝋の業魔と名付けた魔族は自らの細胞を自己崩壊させることで膨大な魔力を生み出す能力を得ていた。一方で破壊された細胞を補うために異常な食欲をも持っていた。
赫魔は魔族だった頃の性質を受け継いでいる。
だから赫魔は動物細胞を取り込まなければ自滅してしまい、その運命から逃れるために喰らうのだ。
「この感じ、統率されているのか? やけに組織立っている」
シュウが観察しているのは赫魔の『狩り』の様子だ。
ここはアルザード王国とルーイン王国の国境近く。あるいは深淵渓谷から真南に下った位置でもある。この付近はかねてより危険な土地とみなされており、人の住居は存在しない。しかし聖教会の勢力圏として繋がりが必要なので、街道や要塞が幾つかあった。
アルザードとルーインを繋ぐ街道のうち、北にあるものほど危険度は増す。ゆえに通行料も北の街道ほど安くなり、砦の守りも少ない。持ち金の少ない者たちは危険を承知で北部街道を利用するものだが、運の悪い者はしっかりと代償を支払わされる。
「二代目魔神の統率で魔族の侵略が少なくなってきたと思えば、今度は赫魔か……いや、魔族の活動が減ったから赫魔が強くなれたのか?」
魔神スレイは外側への侵略を少なくする代わりに、内側へと目を向け始めている。いずれ大陸全土を攻撃するための下準備といったところだ。
魔族を増やすために幾つかの人間の都市を襲撃して占領し、人間牧場のようなものに作り変えている様子も何か所かで観察できていた。占領した都市で人間を養殖し、労働力かつ食料かつ魔族の素体にしているのだ。
そのように魔族たちが山水域で力を蓄える動きを始めたのと同時期に、赫魔の脅威度が増した。明らかに上位種と思われる個体が複数の赫魔を統率し始めたのだ。その結果がシュウの監視下で行われている赫魔の群れの襲撃である。運の悪い行商人の一行は逃げることもできず、男たちは皆殺しにされていた。
しかし赫魔たちはその死体を喰らうのではなく、抱えて持ち去ろうとする。
動物細胞を食わねば自身を維持できない赫魔たちが、そのような行為に及ぶ理由は限られる。
「献上品か」
これで目的のものを発見できるだろう。
そう考えてシュウも北に戻っていく赫魔の追跡を開始した。
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