第444話 不吉の予感
様々な魔術を習得した知能の高い魔物であり、その位階に見合わない魔術能力を有する。その理由は『魔骨』という魔導のお蔭だ。骨に魔力を貯蓄し、魔術発動時にタンクとして利用できる。それが
現代において魔術の使い手は希少だ。
発動するためには聖石が必要となってしまう。それで使えたとしても第一階梯や第二階梯が精々だ。精鋭術師であればさらに上の位階を扱うことも可能だが、ここでそれを議論しても意味はない。
「あ、あんな……あんな魔術知らない! 化け物だ!」
「一撃でこんなに」
「どうすればいいんだ。俺たちは」
アルザード軍は絶望で満ちた桶に浸される。
藻掻くことすら諦めてしまう、そんな力の差を見せつけられた。炎の第七階梯《
焼け焦げた死体を前に嘲笑う
しかしながら兵士たちは怒りを覚えることすらできない。
「カカカカ! クカカカカ!」
杖を掲げる骸骨の魔物は次々に魔術を発射する。それは火の玉であったり、火の槍であったり、ともかく炎に属する魔術ばかりだ。人間には効果抜群である。
対抗できる術師もいない。
彼らの敗走……いや全滅は確実なものと思われた。
「死と穢れ。憎しみと怒り。我らに増し加えられよ!」
炎を操る
また不死属に特有の魔力が溢れ、周囲の塵から新しい不死属が生成され始めた。土地に染みついた呪いのような魔力が呼応している。魔物を率いる高位の個体の呼び声により、不死属系魔物は増え続ける。折角減らした魔物の数は元通りになってしまった。
ここからアルザード軍が勝利する方法はない。
魔術使いがいない今のアルザード軍では
「終わりか。この国も……」
倒れたミダス・スリヤーを抱き起こす兵の一人が呟いた。
どうにか陣地へと下げて、最悪の場合は宝剣だけでも回収しようとしている。しかしながら徐々に戦況は悪化しており、全滅も時間の問題だった。
ここを突破されれば国が終わる。
戦う力のない女子供、老人、若い働き手の全てが失われる。
鈍器を握った骸骨たちが群れを成して迫ってきた。彼一人では火傷で動けないスリヤーを抱えたまま逃げることなどできない。無論、撃退も不可能だ。だから腰帯から宝剣を外し、それだけでも持ち帰ろうと試みる。
(くそ、早く。これだけでも持ち帰らなければ)
彼はただの兵士ではない。
だが焦りのためか上手く宝剣を外せず、時間だけが差し迫る。
このままでは役目すら果たせない。
骸骨たちが眼前に迫り、棍棒を振り上げる。それが勢いよく降ろされたとき、彼の命は途絶えることだろう。役目も果たせず、ここで命尽きるのみ。その事実が彼から全ての気力を奪っていく。
終わりか。
そんな言葉が過った時、奇跡は起こった。
「何が――」
「援軍だ!」
何が起こったのか確かめようとする前に、誰かの叫びが耳に届いた。それによって理解する。
「そうか。間に合ったのか」
滅びを目前としていたアルザードは新たなる同盟国に援助を要請していた。南部の森林を抜けた先に存在した未知の国家、プラハ王国である。
言語すら異なるということで、コミュニケーションは困難を極めた。
だが長い時を経て、ようやく同盟まで漕ぎ着けた。
「我らプラハ王国軍! 盟約により貴軍を援助するべく馳せ参じた」
アルザードの兵士たちにも理解できる言葉が戦場に響き渡る。この不自然な木霊は間違いなく魔術によるものだ。
間違いない。
助けが来たのだった。
◆◆◆
プラハ王国軍は友好を結んだアルザードのため、精鋭を送り込むことを決めた。プラハもアルザードと同じく西部で不浄大地と接しているため、警戒を怠ることはできない。そのため西部に防衛戦を構築し、万全の準備を整えた上でここまでやってきた。
「魔術師たちは四列になり、交代で術を放て。弓兵は足止め、槍兵は討ち漏らしを始末するのだ。決して陣の内側に入れるな。治癒術使いはアルザードの兵士たちを治療せよ。しかる後に撤退させ、後方で正式な治療を受けさせるのだ」
馬上にて声を張り上げるプラハ王国軍の指揮官……いや、国王ローラン=カイル・ファルエル・パルティア。今年で百四十六歳にもなるが、彼はセフィラの加護もあって今も若々しい。
「陛下! ご自愛ください! 何も陛下自ら前に出なくとも……」
「アルザードは王が自ら戦場に現れ、兵士を率いるのだという。ならば我々もその文化に倣うべきだ。そうすることでこの同盟はより強固なものとなるだろう。彼らにとって王とは最も偉大な戦士なのだ。国家危機に対して私自ら現れることには意味がある」
「それは……その通りなのですが」
この戦いでローランが武器を手に取り、馬に乗り、最前線まで出る必要はない。出陣するとしても後方で指示を出すだけで充分なはずだ。
しかしながら彼はあえて前に出た。
「心配するな。私には……セフィラの守りがある。それに魔物はここまで来れないさ」
槍を携えたローランは少し遠くに目を向ける。
この辺りは平地なので、馬上から戦場の全てを見通すことができた。プラハ王国軍の魔術師たちにより、不死属は次々と撃破されている。厄介な
前線にいるとしても、ローランのもとまで辿り着けはしないだろう。
「……陛下に近づける魔物などいないようですね。無用な心配でした」
「油断はするな。ここで全ての魔物を滅ぼし、不浄大地へと押し返す。奴らを野放しにすれば私の国にまで被害は訪れるだろう」
「はい。必ず、そして徹底的に滅ぼします」
不死属系魔物はほとんどが
もはや消化試合でしかない。
だがローランは決して勝利を確信しなかった。
(この程度の氾濫は数年に一度見ている。しかしこの規模が連続して何度も起こり、アルザードを追い詰めたとすれば……)
ローランが危惧しているのは
伝説の中に現れる厄災の魔物たち。たった一体で街を消し去り、国を滅ぼすのだという。本来ならば魔物を率いる存在である
より上位の不死属が現れたと予測するのに充分な材料が揃っていた。
「陛下! 凄まじい魔力を感じます! こんな……こんなもの感じたことがない!」
「どこだ! どの方向にいる!」
「あちらです!」
護衛の宮廷魔術師が悲鳴のような報告をした。そして彼が指差す先は不浄大地の更に奥である。目を凝らせば、魔力が黒い霧となって立ち昇っていた。
何がが蠢いている。
少しずつ、本当に少しずつだがこちらに近づいている。
「アレはいったい」
不死属は時と共に減っている。
そしてこちらに近づいている大きな魔力も、時と共に近づいている。呪いの黒い霧は不浄大地と呼応することで新しい不死属を生み出す。だがその不死属は即座にソレへと吸収されているように見えた。そうすることによって呪いの霧はますます濃度を増し、魔力は増大し続ける。
ようやく目視によって実体がはっきり確認できるようになった時、そのあまりの恐ろしい姿を目の当たりにして発狂する者が現れた。
「ッ! 何と悍ましい姿か!」
ローランも恐怖のあまり泣きたくなる。
だが王の矜持がそれを圧し留め、強く槍を握りしめることで耐える。成熟したローランの精神ですらこの有様なのだ。壊滅寸前だったアルザード軍は勿論、まだ元気で精強なプラハ王国軍ですら多くが正気を失いつつあった。
「兵を下がらせよ。アレは……あの肉塊の如き不死属は危険だ」
「へ、陛下」
「早くするのだ!」
「はい! 直ちに!」
近づいてきたナニカは腐肉を滴らせる巨大な塊。
辛うじて四足により移動しているのだと分かるが、溶けて滴るその身体は不定形にも見える。呪われた不死属の魔力が可視化できるほどに集まっていた。目の当たりにして精神に異常をきたすのも当然である。
破滅と再生が共生した結果、膨大な魔力を生成しつつも破滅によって常時力を失っている。それ一つが生命の始まりと終わりを繰り返しているような、冒涜的な生命体であった。
(なるほど。奴が親玉というわけか。あれほどであれば納得できる)
邪悪な存在は
赤黒い肉塊と泥のようなものが混じった巨大不死属。
いや、あれを不死属と呼んでよいのかも分からない。
あのような真の化け物と戦う用意などしていないのだ。
「下がれ! 動ける魔術師は時間を稼ぐのだ!」
心を奮い立たせ、戦いを挑むのは勇気ではない。蛮勇だ。
ローランの判断は間違っていなかった。
◆◆◆
不浄大地は妖精郷大陸管理局の一室が監視している。人数の関係で不浄大地全域とはいかないが、人間の国と接する部分や戦闘が起こっている要所などをシフト制で監視しているのだ。
故に邪悪の化身と接触したアルザード・プラハ連合軍の様子も緊急事態としてシュウにまで報告が上げられた。
「なんだこいつ……それにこの魔力データは」
「我らが王、我らが神よ。あなた様の予想通りだと私たちも考えております」
「俺が滅ぼした赫蝋の業魔か。いや、その破片か? 確か赫魔といったな」
「はい。深淵渓谷周辺地域で確認されております。動物に寄生し、その細胞を自壊させることによって膨大な魔力を生成する危険な種族です。放っておけば勝手に自滅しますが、食事によって他の動物細胞を取り込めば延命することもできます。更にはより大きな魔力を獲得できるのです」
赫魔はアルザード王国、ルーイン王国で頻繁に出現する新種だ。シュウが深淵渓谷で撃破した赫蝋の業魔がその肉片を散らしたことで誕生したと思われる。
自らの細胞を滅ぼして魔力を生成し続ける破滅的な能力を保有しているのが特徴だ。魔力が強いので赫魔はその辺りの魔物や魔族よりも厄介だ。そして自らの細胞を削って魔力を生成するということは、常に腹を空かせているということである。非常に狂暴で、動物を捕食する性質を持っていた。
「動物を捕食する性質のため、牧畜を行う人間たちが頻繁に襲われているとか。特にルーイン王国では深刻な食糧不足に陥りつつあると聞きます。プラハ王国が同盟を結ぶというアルザード王国も被害が拡大しているようです」
「だがこいつの場合は赫魔とも違うか。赫蝋の業魔の破片が不浄大地の呪いを吸収したのか?」
「はい。その認識で間違いないかと」
シュウはマザーデバイスを起動し、観測魔術を発動させる。ワールドマップとリンクした観測魔術によって不浄大地とアルザードの境で行われている激戦が映し出された。
「結果、こいつが生まれたと。変異した不死属……でいいのか?」
「そのように考えております。討伐をお望みとあらば、すぐにでも始末しますが」
「いや、セフィラにやらせよう」
「セフィラ様に?」
「あの変異種は想定外だが、元より
「承知しました。では我々は監視に徹します」
「それでいい。報告は以上か?」
「はい」
分かった、と告げると報告に現れた妖精は下がっていった。
それからシュウは後ろを向く。
「そういうわけだ。セフィラ」
この場にはシュウの他に、アイリスとセフィラもいた。ただし屏風で仕切られた向こう側に、だが。
「そろそろ……いや、いい加減ローランに会ってこい」
「う」
「そうですよー。恥ずかしがっている場合じゃありませんよー」
「む」
もう二十年ほどローランとは対面していない。手紙のやり取りはしているが、今更過ぎて会うのが億劫になっているのだ。シュウとアイリスも無理に会わせようとはしなかったので、余計に時が流れてしまったというのもある。
しかしながらそれはセフィラの自立性を信頼しすぎていた。
まだまだ彼女は子供だった。精神的な面では幼い子供と同じだった。いずれ成長するだろうと楽観視していたシュウとアイリスにも問題はあった。
流石にこれ以上は見過ごせないというわけである。
「その槍をローランに渡す。ただのお遣いだ」
「……うん」
「そのくらい、できるな?」
「うん」
今更過ぎて気が重い、といった感情が伝わってくる。
少し可哀そうなので今までは構わないと思っていた。だが、今日ばかりは心を鬼にしてでも行かせるつもりである。
セフィラは助けを求めてアイリスの方を見たが、当然ながらそこにも味方はいなかった。がっくしと肩を落とし、すぐ側に立てかけられた槍に目を向ける。妖精郷の最新技術に加え、シュウが冥府に封印していた獄炎の力も注がれている。この世の一つしかない魔術武器だった。
「早くした方がいい。ローランが死ぬぞ」
「ッ! わかった、行く」
少々脅すつもりの言葉は効果的だったようだ。
セフィラはすぐに立ち上がり、宙に浮いて槍を取る。そしてすぐに魔導を行使し、接続先を辿った。彼女の能力は接続し、力を分け与えたり奪ったりするというものだ。かつて信頼できる友として、ローランに力を分け与えた。
豊穣の祈りによって常時セフィラには魔力が供給されているので、ローラン一人に分け与える力など微々たるものでしかない。覚醒魔装士のように老化を抑え込み、寿命を延ばしているのもこの力のお蔭だ。
逆に言えば自らの力を分け与えるほどにはローランを良く思っている。
助けに行かない選択肢はなかった。
「あ、セフィラちゃん――」
アイリスが呼び止める暇もなく、彼女は槍を抱えて飛び出していく。空を飛び、大陸に向かったのだ。あれだけ慌てていたのだから、やはりローランのことは気にしていたのだろう。
最近は手紙のやり取りも増えていたので、会いたいという気持ちは高まっていたのかもしれない。
「転移で送ってあげようと思ったんですけどねー」
「まぁ間に合うだろう。ここから不浄大地なら、空を飛べばすぐだ。それにセフィラも『豊穣の祈り』でかなり魔力を溜めている。そろそろ
「魔力は多いですけど、セフィラちゃんはあまり戦闘が得意じゃありませんし、心配なのですよ」
彼女がそう言うので、シュウは観測魔術を展開した。マザーデバイスの仮想ディスプレイに映像が浮かび上がる。
「なら、その必要がないというところを見せてもらうとしよう」
「だといいんですけど……」
「いざという時は介入する。だが信じて見守るのも親だろう」
これはセフィラが大人になるための試練だ。
いつまでも子供のままではいられない。それは人間でも魔物でも同じことだ。この戦いを終えてセフィラがどうなるのか、シュウは少し楽しみにしていた。
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