第437話 プラハとアルザードの接触


 暗黒暦一五四一年。

 魔族によって大きな被害を受けていたシュリット神聖王国、ルーイン王国、ベリア連合王国、アルザード王国はようやく落ち着きを見せていた。その最も大きな理由が五代目聖守クィグィリナスが活動を開始したからである。

 クィグィリナスは信頼できる術師と共に諸国を周り、積極的に魔族を討伐していた。術師だけでは困難な魔族討伐も、聖守がいれば容易い。聖王剣は一撃で魔族の心臓を貫き、魔石を破壊し、完全な死に至らしめるのだから。



「お疲れ様でした聖守様」

「君たちこそ。これでルーインの脅威は取り去られたはずさ」



 クィグィリナスは聖王剣を納めて部下たちを労う。しかしながらその表情は優れなかった。

 こうしてルーイン王国を襲った脅威は討伐してみせたが、それでも被害が大きすぎる。総勢七体もの魔族が同時に襲撃したことで、この国の聖石寮だけでは対処しきれなかったのだ。結果として数百人の国民が殺害され、その十倍もの人間が重軽傷を負った。襲撃された街は半数ほど建物が倒壊し、農地も無残に荒らされている。

 聖教会は必ず復興支援するはずだが、それでも時間がかかるだろう。

 そして復興した頃に再び魔族がやってくる。

 いつまで経っても人は前に進めないままだ。



「やはり魔神を倒さなければ未来はないということですか」



 魔族は魔神が存在する限り生まれる。

 七仙業魔のような強大な魔族に限らずとも、ただの魔族ですら討伐は困難を極める。数体の魔族が襲撃するだけで恐ろしい被害になるのだ。それでも討伐できるだけマシというものだが、このままではいけないとクィグィリナスは確信していた。



「クィグィリナス様?」

「聖守様? 如何されました?」



 魔族を撃退せしめたというのに浮かない様子のクィグィリナスを見て、術師たちが心配する。しかし彼は大丈夫だと首を横に振った。



(魔神を討伐しなければ人が死に続ける)



 聖守として活動を始めてから六年。

 魔族による被害は減る気配がない。自分たちの活動が全くの無駄ではないのかと錯覚してしまうほど無力であった。魔族を討伐し続ける聖守の姿を見て、人々は称えるばかり。しかしクィグィリナスはそんなことで満足しなかった。

 人々を救い続けよと育てられたクィグィリナスにとって、今の世は苦痛であった。



「希望が必要ですね」

「はい。聖守様、国々を周るのですね。私たちもお供しますよ」



 そういうことではないのだが、クィグィリナスはひとまず頷いた。

 魔族によってルーイン王国は大きな被害を受けている。しかしここからの復興は国の仕事だ。聖守は再び魔族を滅するべく移動する必要がある。

 深淵渓谷周辺や、山水域外縁部では魔族が増えつつある。聖教会の預言によると、奥地に潜んでいた魔族たちが山水域から出てきたのだという。どれだけの魔族を討滅すれば平和が訪れるのか、全く分からないというところも怖い。



「そういえば聖守様、アルザードが新しい国と接触したとか。ご存じですか?」

「聞いたことがありますね。名前は何でしたか?」

「プラハ、という名前だったと思います。しかし奴らは邪悪な存在に祈りを捧げる蛮族だとか。いずれは聖なる教えを伝えるため、神官集団が向かうと聞きました」

「なるほど。魔族に支配された民たちなのかもしれませんね」

「聖守様はお気になさらず。私たちは聖石寮の所属ですから、聖教会の活動に介入してはなりません」

「分かっていますよ」



 聖教会と聖石寮は似た組織だが、同一ではない。上下関係もない。

 星盤祖マルドゥークの教えを広め、聖石を生み出す洗礼を施すのが聖教会だ。公正であるという前提によって司法も担っているのだが、重要な仕事は人々を教え導くことである。星盤祖マルドゥークの威光を言葉によって知らしめ、人々の心の支えとなるため活動しているのだ。

 一方で聖石寮は純粋な戦闘集団だ。洗礼によって得た聖石、あるいはかつての術師が残した聖石を使って聖石寮の術師となり、魔族や魔物を討伐するため活動している。星盤祖マルドゥークの力そのものを、戦いによって示す存在なのだ。

 また聖石寮は人手不足で、人々を守るのに足りていない。

 聖教会を受け入れていない『蛮族』にまで手を差し伸べる余裕はないのだ。



(そうだ。聖守の役目を果たさなければ)



 彼は一つ、決意を固めた。







 ◆◆◆







 プラハ王国は相変わらず女神セフィラを崇め、祈り、栄え続けていた。セフィロトの枝から作られた女神像は全ての集落に設置され、人々は『豊穣の祈り』を捧げている。祈りと共に魔力が捧げられ、捧げた魔力の分だけ大地は豊かになった。

 だが、やはりセフィラは顔を出さなかった。



「冥王か。今日もセフィラは……」

「まぁな」



 既にセフィラが引きこもってから二十年以上が経っている。流石にシュウも叱らなければならないかと思い始めていた。

 いつも通り、用意していた手紙を渡したローランは少し躊躇いつつも口を開く。



「少し相談してもいいだろうか」

「どうした?」

「北の森を抜けた先にあるアルザードという国の者たちについてだ。森を開いて道を整備することも計画しているのだが、関わり方については悩んでいる」

「ああ……アレらか。具体的な相談はどういったものだ?」

「聖教会とやらが気になる。言語の齟齬で上手く情報が伝わってこないが、私たちとは相容れないだろうと予想している。だが、それでもいずれはまみえることになるのだ。早い内の方が良いかもしれないとも思っている」

「つまりこの国とアルザード王国の間に道を作るかどうか、という話か?」

「そうなる」



 プラハ王国は魔物の脅威も少なく、魔族もほとんど現れたことがない。順調に魔術や魔装の研究も進められてきた。まだ魔装士の数は少ないが、魔装士育成の学舎は時と共に門戸を広げている。更に百年もすれば魔装士の軍団を作ることができるかもしれない。

 また他にも自然科学や数学の研究にも力を入れている。生きることに余裕が生まれたことで知識人が増加し、自然現象を体系的に記述することを目指す集団が現れたからだ。ローランはプリマヴェーラの勧めに従って膨大な投資を行い、科学省も設立した。数学、物理学、魔力学、材料学、医学、薬学など、自然現象を紙の上で記述する手法を模索するのが目的だ。科学省は予算を確保し、その成果によって知識人たちの研究所へと投資を割り振るのが主な仕事である。

 技術開発に多大な投資を行ってきた結果、プラハ王国は抜きんでた文明を得るに至った。

 だが、内側しか知らないローランにそれが分かるはずもない。

 国外の情勢を知らなければ、外国とどのように付き合うべきか悩み続けなければならない。ローランがシュウに相談を投げかけるのも、そういった背景があった。



「随分と弱い発言だな。お前らしくもない」

「私としては交流を持つべきだと思っている。だが文化が違いすぎるのだ。聖教会とやらはセフィラを認めようとしないだろう。私のやりたいことは現実的ではないようだ。一つの意見として聞いておきたい」

「なるほど」



 その話を聞いて、ローランが戦争を見据えているのだと理解できた。

 道というものは交通を便利にする。道がなければ街から街へ移動するのに必要な知識が増えるからだ。星の位置から自身の現在地や方角を探る術、各所にある目印の知識、野宿をするための水場や草地に関する知識、それらを総合して必要な食料や水の計算をする必要性など、限られた人物だけが可能な高等技術になってしまう。

 一方で道は難しい知識を必要としない。

 整備された通りに進むだけで問題なく目的地へと辿り着くし、必要に応じて宿場町もでき上っていくだろう。街道の太さ、数は国の繋がりの強さだ。だがいざ戦争になれば、これらの道は牙となって襲いかかってくる。道の通りに進めば侵略できてしまうのだから、諸刃の剣となり得るのだ。



(この男、外交というものをある程度理解しているのか)



 私腹を肥やすでもなく、国の発展のために力を尽くしてきた男だ。かつてウルヘイスの地にてセフィラに屈しなかった時から見所があると確信していたが、ローランは才覚に溢れた男だった。

 彼なりに悩んでいるようだが、あまり心配する必要もないことなのかもしれない。

 ただ、娘のセフィラに対してこれだけ熱心に手紙を書いてくれる男なのだ。

 多少なりとも融通を利かせて良いだろうとも思った。



「そうだな。俺から忠告するべきことはない。好きなようにするといい」

「私のやり方は合っているのか?」

「さぁ。それは知らない。だが何かあれば助けになろう。何もせず俺の言うことを聞くくらいなら、自分の考えるとおりにするべきだろう」



 するとローランは一瞬口を閉ざす。

 そしてゆっくりと口角を上げた。



「なるほど、その通りだ。正解かどうかは後から決まることだ」



 その眼には国王らしい、威風堂々とした光が宿っていた。








 ◆◆◆








 シュウにとってセフィラの問題は非常に重要な案件だが、妖精郷全体で抱える課題として不浄大地の問題がある。不死属系魔物の特徴を含んだ魔力が染みついた結果、それが無尽蔵に広がり続けるようになってしまったのだ。

 一応は中和の術式を使って浄化を試みているが、何せ濃度も範囲も凄まじい。

 いっそシュウが死魔力で消し飛ばした方が早いくらいだ。



「あまり抑え込み続けても濃度が上昇して、強力な個体が生まれやすくなる。いっそ不死王みたいな個体を意図的に生み出して制御させるか? 丁度、俺が妖精郷を制御しているように」

「封印もありだと思いますけどねー。異空間を作って、置換魔術で入れ替えるのはどうですか?」

「その異空間を維持するのはどうやるんだよ……」

「……ですよねー」



 シュウとアイリスは何度目かも分からない議論を重ね、不浄の地をどうにかする方法を考える。既に方法は幾つも考えているが、今後を考えれば最適とはいえない案ばかりである。

 不死属の強個体を生み出したとしても、その個体が制御できない。下手すれば新しい『王』の魔物が誕生しかねない。また封印するとしても、維持魔力が莫大なものとなる。この世界はルシフェルが整えた法則こそが自然なのだ。魔術によって負荷をかければ、その分だけ魔力を消耗することになる。



「世界が元に戻ろうとする力は強い。特に時間の法則はな」

「時間魔術とか空間魔術って恐ろしい量の魔力使いますからねー」

「アイリスも覚醒するまでは自分の肉体を巻き戻すくらいの能力しか使えなかったしな」

「不浄大地の面積を考慮すれば明らかに負債ですよね……」



 空間魔術は固有時間を生み出すことで維持する。この世界全てを魔法で維持しているルシフェルの異質さが理解できるというものだ。



「現状で一番効率的なのは冥界に沈めて魔力に還元することだが……」

「流石に大陸削るのは怒られそうですよねー」

「そもそもルシフェルは俺が介入しすぎることを好まないしな。俺には死の国を治める『王』としての役割を求めている節がある」

「流石に今のプラハ王国で不浄大地を抑え込むのは無理ですよ? 昔みたいな文明レベルなら如何様にもできたでしょうに。プラハが育つまで待ちますか?」

「セフィラもあの調子だからな。女神の役割はこなしているが、これ以上は深くかかわろうとはしないのかもしれないな」



 ここ二十年のセフィラは人間との距離感というものを測りかねているように思える。毎日のように捧げられる魔力のお蔭で、プラハの人々がセフィラに感謝の念を捧げていることは理解しているはずだ。だが、それ以上にヴァナスレイでの事件が尾を引いている。



「ローランとてそれほど長くないだろう。セフィラの能力で老化が低減されているとはいえ、そろそろ百五十歳になるんじゃないか?」

「今年で百四十六歳ですね。セフィラちゃんも嬉しそうに手紙を読んでいますし、会いたいとは思っているのですよ。でも、今更過ぎて行くに行けないのです」

「難しい年頃だな」

「やっぱり無理にでも連れて行った方がいいと思うのです」

「……」

「……」

「今度、二人で連れ出そうか」

「ですね」



 そうしてずるずる引き延ばして二十年。

 セフィラがすっかり引きこもりになってしまったのは、あるいは親の未熟さこそ原因だったのかもしれない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る