第432話 豊穣の祈り


 ローラン王暦三年。

 つまりローラン=カイル・ファルエル・パルティアが王位継承してから三年となる。しかしながら新王とは思えないほど精力的に働き、プラハ王国の立て直しを図った。



「以上で報告を終わります」

「感謝する。下がって休め。後で褒美を取らせる」

「はっ!」



 騎士が下がり、執務室にはローランとプリマヴェーラだけとなる。

 いや、もう一人いた。



「やるね」

「我ながらよくやったと思っている。セフィラにも感謝しているぞ。お蔭で王国は持ち直せた」



 セフィラと契約してから二十日ほどで前王は死んだ。元から高齢で弱っていたが、土地が枯れ始めたことによる混乱で心労が祟ったのだ。

 だからローランは前王と最後に言葉を交わした時、国の再興を約束した。

 そして三年の月日によって成し遂げたのだ。



「ひとまず安心と言えるでしょう。しかし――」

「分かっている。プリマヴェーラの言いたいことはこういうことだろう? 元凶たる邪妖魔仙アールフォロを倒していない」

「はい」

「可能であれば我が国の軍で討伐したいが……流石に難しそうだ」



 七仙業魔は最低でも破滅ルイン級に属するであろう脅威だ。耐久力は当然として、保有する特殊能力は想像を絶する。残念ながら文明の衰退したプラハ王国では全軍を用いても討伐できない。

 一応、軍属の魔術師や魔装士は存在している。

 魔物から国民を守るために必要な戦力は最低限だが保有している。しかしながら数も質も充分とはいえないのだ。

 これが終焉戦争以前ならば、魔装士や効率よく育成するカリキュラムが確立されていたので、それなりのものを揃えることができた。ソーサラーデバイスで魔術使いを量産もできた。それでも討伐困難なのが破滅ルイン級という領域なのである。



「邪妖魔仙のことはお父様が調べている。おおよその潜伏位置も、寄生群体の本体がある位置も分かっているから、妖精郷戦力で討伐する予定だよ」

「悔しいな。我々の力は弱すぎる」

「今更だと思うけどね。ずっと昔から人間に討伐できない魔物は妖精郷戦力で間引いてきたみたいだから。ローランはゆっくり戦力を引き上げればいいと思う。それに今回ばかりは止めておいた方がいい。寄生群体の本体は人間と相性最悪だから」

「どういうことだ」



 ローランは首を傾げた。







 ◆◆◆








 プラハ王国より北方に進めば、大きな山脈や森林があり強い魔物が棲息している。実はその先を越えれば平地を流れる川があり、幾つか人間の集落が存在しているのだ。集落からまた北を目指せば山水域にも到達する。

 そして寄生群体の本体は森の中で、木々に紛れて潜んでいた。



「さて、いくか」



 発見は困難だろう。

 しかしそれは人間が相手ならばの話。

 シュウは配下の精霊を使い、検討していた一帯を探し尽くした。ローラー作戦というあまり美しくない方法ではあったが、地道に捜索を繰り返してどうにか発見に至ったのだ。



「今回はアイリスを連れていけない……わけではないが、人間にとって相性が悪いからな。俺たちだけで処分するぞ。配置に付いたか?」



 各員からの通信で報告が上がってくる。

 現在、大陸管理局の戦力で寄生群体の本体を囲んでいた。しかしながら油断することはできない。群体というだけあって、本体を潰すだけで終わらない可能性もある。



『我らが神よ。気体分析の結果は変わらずです。窒素が成分の九割を超えています。寄生群体の保有する変質光合成が作用しているのかと』

「酸素を利用して窒素を吐き出す性質のせいで人間には致命的だ。広がる前に必ず始末する」



 寄生群体は球根の連なりだ。

 一つ一つが本体であり、分体でもある。条件付きの本体……というよりも統率個体は存在するが、それは明確に本体であるとは言い難い。

 だから通常手段ではなく、シュウの能力によって始末することにした。



「限定解放、凍獄術式ニブルヘイム



 本体は森の中にある木の一本へと寄生し、自然物に成りすましている。全てを喰らいつくせば居場所を悟られると知っているのか、周囲は自然豊かであった。

 だが発見してしまえばこちらのもの。

 シュウは自然破壊を厭わず《魔神化》を発動した。冥界が開かれ、黒い術式によって世界が侵食されていく。寄生群体が憑りついた木は一瞬蠢いたように見えたが、すぐに蒸発してしまった。あらゆる物質エネルギーを殺す冥府の第一層が具現化した。



「逃がすか」



 死魔法から逃れようと寄生群体は末端を切り離そうとした。しかしシュウは魔神術式を鎖のように放ち、本体から連なる寄生群体へと這わせて末端まで広げていく。

 地中で球根が死に至り、地面が割れる。

 念のために妖精郷戦力を配置していたが、シュウは一人で全て片付けるつもりだった。寄生群体は次々と消滅し、死は根を伝って滅ぼし尽くす。

 三秒程度のことだった。

 寄生群体はあっさりと滅びてしまった。



「見つけてしまえばこんなもんか」

『お見事です』

「後はアイリスの方だな」







 ◆◆◆







 同時刻、アイリスは別行動で森の上空を移動していた。そこは寄生群体が宿る木からはそれなりに離れており、空気の成分も通常レベルといえる。

 その気になれば《量子幽壁クオンタム・フラクト》でどんな環境であろうと過ごすことはできるのだが、わざわざ危険な領域に飛び込む意味もない。だから代わりとして邪妖魔仙アールフォロの討伐を目的に別行動していた。



「セフィラちゃんのいる国に手を出したのが間違いでしたねー」



 アイリスは目標を既に発見し、完全にロックオンしていた。手元に立体魔術陣を形成しながらアールフォロの様子を眺める。

 まだアイリスの存在に気付いていないらしく、微動だにしていない。

 だから発見と同時に不意打ちで禁呪を叩き込むことにした。

 とはいえ、禁呪は広域を破壊する。実質的には禁呪を改変した対個人用の大魔術となる。ソーサラーデバイスに頼らずとも自力で禁呪を展開できるため、その場での改変も問題ない。



「《颶號槍トリシューラ》、発動なのですよ!」



 魔術名を口にすることで言霊の補助を受け、改変禁呪が発動する。風の第十三階梯地滅風圧《ダウンバースト》に収束工程を追加することで局所的な威力を増幅すると共に、範囲を制限している。それでも個人へと使用するには大きすぎる威力だが、業魔族相手に加減は不要という判断だった。

 空に暗雲がひしめき、強い風が吹く。

 そして次の瞬間、渦巻く暴風が槍のように落ちてきた。

 圧力による破壊が森を吹き飛ばし、大地を抉り、そこに潜んでいたアールフォロを磨り潰そうとした。しかしアールフォロも業魔族として高い耐性を有する。かなりのダメージを受けながらも《颶號槍トリシューラ》の効果範囲から逃れる。



「逃がしませんよ!」



 アイリスは魔装を組み合わせた魔術、《超越雷光オーバーライト》を放った。これは過去に向けて電撃を放つ魔術で、回避不可能という特性がある。既に過去の段階で電撃が直撃しているからだ。

 実体を有するためにアールフォロの身体は痺れ、その場で動けなくなってしまう。

 そしてアイリスが魔術陣を展開すると、無数のレーザーが降り注いだ。アールフォロはその光に貫かれ、墜落していく。だがアイリスは落下しきる前に追撃を仕掛けた。



「《圧壊グラスプ》」



 時空の第十階梯を利用してアールフォロを圧し潰した。時空魔術は三次元時空間を支える魔力に干渉するという性質上、防御はほぼ不可能だ。

 しかしまだ魔石は破壊されていない。

 魔族は迷宮魔力によって生み出されているので、即死とはいかなかった。流石に空間耐性が高いらしい。アールフォロは肉体を再生させつつ反撃してきた。自然を操る能力を持つアールフォロは、破壊されつくした地上の森を再生させ、それらを隠れ蓑としながら絶叫を放つ。

 強い精神感応によって恐怖や絶望を叩きつける叫びだ。

 だが残念ながらアイリスの魔力量を超えることができず、嘆きの叫びは無効化される。アイリスは風の第十階梯《大竜巻トルネード》で再度周囲を破壊した。



「そこですよ。《雷威槍グングニル》」



 巻き上げられたアールフォロに向けて改変禁呪《雷威槍グングニル》を放った。雷雲を操り、溜め込まれた電気エネルギーを魔術で撃ち下ろす大魔術を、更に収束させたものだ。本来なら空模様が整うまで時間がかかるはずなのだが、アイリスは時間加速でそれを成し遂げた。

 電子の奔流が空気を貫き、轟音と白光が浸透する。

 アールフォロは凄まじい電気エネルギーに身体を焼かれ、肉体を構成する元素が燃焼反応を起こし炭化した。



「《無間虚式》」



 そしてとどめを放つ。

 アールフォロを中心として極小の一点を完全停止させる。時を完全に止めることで空間連続性が停止点に引っ張られ、時空平面が歪む。空間を支える魔力が時空崩壊を防ぐが、ある閾値を越えた時点で歪んだ空間を破棄する方がエネルギー的に簡単となってしまう。

 三次元空間から極小点が切り離され、その反動で時空平面が大きく揺らぐ。それは空間を揺らす大爆発として物理現象と化し、そのエネルギーは瞬間的に開いた時空の孔へと吸い込まれて消える。

 つまり《無間虚式》の直撃を受けたアールフォロは、瞬時に肉体を破壊されてしまったということだ。

 アイリスはソーサラーデバイスの通信機能をシュウへと繋いだ。



「こっちも終わりましたよ」

『そうか。どうだった?』

「私かシュウさんじゃないと倒すの難しいと思いますよ。迷宮魔力で時間や空間に耐性があるみたいですし、人間のレベルで倒せるようになるのはかなり先かと」

『耐久的に弱い部類の邪妖魔仙でそのレベルか』

「セフィラちゃんがプラハ王国の強化を図ってくれますから、気長に待ちましょう」

『何か特異な力を与える必要があるかもしれないな』

「アリエットさんみたいにですか?」

『少し考えていることもある……が、それはまた後でだ。ともかく、これでプラハ王国の脅威は取り去られた。安定すれば文明も進む。それにセフィラの力も強化されていく。信仰心の魔力というのは意外と大きいものだからな』



 魔力は精神を伝達する粒子、あるいはエネルギーだ。

 だから心からの思いは魔力を伝って他へと通じることもある。思いを世界へと伝え、物理現象を引き起こすことが魔術なのだ。

 故に信仰心も魔力を伝える手法になり得る。

 強い思いが一つに集まれば、強力な何かを生み出すこともある。

 シュウはそれを期待して、プラハ王国に力を貸していた。







 ◆◆◆








 邪妖魔仙と寄生群体を討伐したことで、プラハ王国を襲った脅威も消えた。元よりセフィラの加護で土地は豊かさを取り戻していたが、これで完全な平和を取り戻したという訳である。

 だがローラン王は未来への投資を欠かさなかった。



「陛下、先日報告にあった六つの開拓村にも女神像を輸送しました。こちらの把握している限りは全ての町や村に一つ以上の女神像を配布したことになります」

「ようやくか。セフィロトの枝を加工するにも職人が不足しているからな。プリマヴェーラよ、魔神とやらに対抗できる戦力は整うのだな?」

「魔力を扱う者を増やせば、それも可能でしょうな」



 魔力を扱うにはそれなりの知識と訓練が必要だ。肉体すら魔力で自力構成している魔物ならともかく、人間が魂の力を行使するのは簡単ではない。

 終焉戦争以前はそれらの教育が充実していたと言えよう。最低でもソーサラーデバイスを扱える程度には魔力の教育を受けていた。魔装使いや魔術使いを教育する専門機関もあったし、そうでなくとも修練方法はありふれていた。

 しかし現代ではそれらの知識が一般にまで浸透していない。

 日々の糧を得るだけで精一杯の者たちが魔力を鍛えるという些事に費やす時間などないからだ。故に現代では魔術師や魔装士は激減し、代々それらを輩出する家系でもない限りは魔力を扱う者になろうと考える人間がいない。

 ローランはそれではいけないと考えた。

 魔力は鉄より強い武器だ。



「『豊穣の祈り』は女神像に魔力を捧げる儀式ですから、自然と魔力の扱いも身に付くでしょう」

「魔術や魔装の研究にも予算を投じるつもりだ。農耕に余裕ができれば、それも可能になる……これは百年規模の計画になるが、北方の余った土地を開拓して居住地を増やしたい。これだけ豊かなのであれば、いずれ人の住む場所もなくなるからな」

「それがよろしいでしょう。セフィラ様の加護を受けた今、陛下の寿命も伸びているでしょうし」

「……それは初耳だが?」

「陛下はセフィラ様に魔力を捧げる代価として『接続』されています。大地に豊穣をもたらすセフィラ様が人間一人の寿命を延ばすことができないはずありましょうか」

「そう言われればそうかもしれんが」



 とはいえ実証もされていない予測程度の話だ。

 しかし妖精郷の研究で、セフィラの魔導はある程度解析されている。魔力を分け与えて土地を豊かにするのみならず、動物の寿命劣化を抑制することもできる。流石に限界値はあるが、ローランは少なくとも百年以上生きるだろうと思われる。



「王の唯一さ、神聖さを示すには丁度良いでしょう?」

「その通りだ。助かるぞセフィラ」



 ローランは執務室の天井付近を見上げて感謝を述べる。そこには浮遊しながら眠っているセフィラがいた。霊系魔物の一種なので、実体化を解除すればずっと浮遊していられる。



「眠っておられるようです」

「最近は眠っている時間が長いな……大丈夫なのか?」

「祈りを受け取り、豊穣を分け与えるために意識を落としておられるのでしょう。国中の女神像に対応するとなれば、それなりの処理能力を求められます。慣れれば元の調子に戻るでしょう」

「ここまでしてくれるのだ。セフィラの期待に必ず応えよう。彼女が相応しいと思う王になる。それが私の為すべきことだ」



 王は女神の加護を授かる。

 国は豊穣の祝福を受ける。

 再生を果たしたプラハ王国は新しい姿となって発展の道を歩み始めていた。






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