第430話 七仙の呪縛


 朝、目を覚ましたローランはようやく自分の騎士や魔術師たちと合流することができた。彼らは一度も目を覚ますことなく夜を明かしたようで、何が起こったのかあまり分かっていないらしい。ローランも確実なことは言えないので、妖精郷が関わっているらしいという曖昧な情報だけを彼らに与えた。



「しかし申し訳が立ちませぬ。守るべき殿下の側にいながら気絶するしかなかったなど」

「気にするな。アレはただの魔物や野盗と比べるべき存在ではない」

「そのような言い訳はできませぬ。もしも、が起こってからでは遅いのです。我々は次こそ殿下を守り抜くと誓います」

「ああ、頼む」



 騎士たちは改めて宣誓し、魔術師たちも頷く。



「さて、案内してもらうとしようか」



 ローランは振り向き、一人の少女へと語る。

 彼女、セフィラと会うのは昨晩ぶりだ。だがセフィラが人外であることは現在進行形で明らかとなっている。ローランたちの前で宙に浮き、高みから見下ろしていたからだ。そして王の補佐官であるはずのプリマヴェーラが彼女の側に立っていた。



「寄生群体だったか? 見せてくれるのだったな。我が国を蝕む元凶を」

「うん。こっち来て」



 試すようなローランの問いに対し、セフィラは淡々と答えるのみ。浮遊する彼女は音もなくある方向へと移動し始めた。それなりに遠いと事前に聞いていたので、既に馬を引いてきている。ローランたちは馬上に登り、軽く鞭を打つ。

 しばらくは長閑な村の様子が続いた。

 街と呼ぶには少々発展が足りないのでひとまず村と呼んでいるが、人口や広さで言えば都市に匹敵するだろう。村を抜けるだけでもかなり移動しなければならないはずだ。

 ローランは馬を前に出し、浮遊するセフィラに並んだ。



「プリマヴェーラとはどういう関係なのだ」

「お父様の部下たちよ。第一分室プリマヴェーラはプラハ王国の担当だったかな」

「……また冥王か」



 あまりはっきりと口にしたくないので、声を細める。しかしセフィラにはしっかりと聞こえていたらしく、頷いて肯定した。

 またローランはセフィラのすぐ後ろで同じく馬に乗るプリマヴェーラへと目を向ける。父王より人ではないと聞いていたが、別の角度からその証言が得られた。またセフィラの口調からプリマヴェーラが何かの組織を意味しているのだと理解する。



(なるほどな。プリマヴェーラという組織を使って我が国を中枢より見張り、手を加えてきた。こやつが私を女神の丘まで誘導したのもその一環という訳か)



 事情が見えてくれば、状況に辻褄を合わせることができる。



(この娘の言う通り、土地が枯れ始めたのは彼女らにとっても予想外だったという訳か。だが不可解な点は残るな。どうして私たちと対話を試みるのだ。これだけの力があれば寄生群体とやらを倒せるのではないのか? 少なくとも私たちが何かの助けになるとは思えない)



 確かめない内は王都に戻るわけにもいかない。

 ローランは改めて気を引き締めた。







 ◆◆◆







 シュウとアイリスは妖精郷から離れ、ヴァナスレイを訪れていた。この都市はシュリット神聖王国の中でも聖都に並んで発展している。初代聖守スレイ・マリアスが聖石寮本部として建設を推し進めたという経緯があるからだ。

 魔神を討ち果たした英雄は今も記憶に新しい。

 およそ六十年前のことなので、本当に一部の老人は聖守スレイを覚えていた。

 しかしながら栄華あるヴァナスレイも、今は陰りを見せている。



「二代目聖守の死は影響が大きいな。初代が戦う者だとすれば、二代目は統治者だ。だからこそ民衆に親しまれていた」

「名前は確かデュオニクスさんでしたね」

「業魔族こそ討伐できていないが、魔族討伐についての知識を体系化している。それと聖石寮での教育にも力を入れたようだ。魔物や魔族に対する防衛機構も彼が発案したらしい。まぁ、星盤祖マルドゥークとやらの知恵が入っているのかもしれないけどな」



 暗黒暦一四一三年に二代目聖守デュオニクスは衰弱死した。

 初代が魔神と相打ちになった――この国の歴史にはそう記されている――という事実を鑑みれば、平和的な死に思える。しかし民衆のために力を尽くしてきた二代目の死は深く悼まれた。

 聖守として四十二年もの間、国のために尽くしてきたのだ。

 また彼の功績は他にもある。



「聖教会が西や南側で広がりつつありますね」

「幾つかの都市国家が誕生している。人間にとって魔族はあまりにも脅威だ。聖教会の教えと、聖石寮の力は魅力的なのだろうさ」

「魔神教の代わりみたいですね。というか、今や魔神教が邪教扱いですか」

「その名の通り、魔神を崇める魔族の教えということになっている。それに魔族のほとんどは西グリニアの住民だった。その意識が魔神に従う縛りと混ざっているんだろう。歴史を見てきた俺たちからすれば不思議なものだ」

「ですね」



 山水域は今や魔族の巣窟だ。

 周辺にある人間の都市国家や集落の中には、魔族に支配されている場合もあった。聖守デュオニクスの命令によりそれらは解放され、聖教会の教えを受けれたという経緯がある。氷河期が終わったことで人々は少しずつ迷宮から地上へと出てきた。こういったことも増えていくことだろう。



「人間が地上に移り住むのもダンジョンコアの計画か」

「だと思いますよ。イレギュラーゲートが狙いすましたかのように地下都市に住まう人たちの所で開きますから」

「聖教会のような勢力を増やしたいのかもな」



 シュウとアイリスは一旦会話を止めて、宿に入る。聖守を悼んで多くの店が休業しているが、宿などの一部は機能していた。

 そこで一泊分の金銭を支払い、部屋を取る。

 アイリスがソーサラーデバイスの亜空間から飲み物とカップを取り出し、テーブルを整える。しかしその数は三つであった。



「さっきの話の続きだが、ダンジョンコアは新しい魔力の獲得方法を模索していると思われる。俺が冥界を閉ざしたせいで、奴は迷宮を魂の養殖場にすることが難しくなった。それこそ、迷宮内でがっちり捕らえている僅かな魂だけが頼りになっているんじゃないか? 奴も冥域の怪物ケルベロスには懲りただろうし、冥界には手を出してこないだろ。どうしようもなくなって人間を地上に出そうとしているんじゃないか? 生きている人間から微量徴収するだけだと収支が合わなくなったんだろ」

「それがイレギュラーゲートですか」

「現在確認されている迷宮と地上の接続領域は五つ。それに当てはまらないかつ、流動的に開いたり閉じたりする接続口。それがイレギュラーゲートだ。こればかりは法則性もないから追うのが難しい」

「私たちでコントロールするのは不可能ですね。流石に」

「せめてプラハ王国に聖教会が伸びてこないよう対処するのが限界か」

「そのためにセフィラちゃんに女神役を任せましたからねー」

「あちらは娘に任せよう。あの子も随分と成長した。本質は魔物だから、成長が早くて助かる」



 ここで一旦会話が途切れた。

 特にアイリスが何かに反応してある場所へと目を向ける。すると直後に空間に波紋が浮かび、時空が捻じれた。魔力によって支えられた時空を操るそれは、使い手が限られている。



「済まない。待たせてしまったようだね」

「いや。俺たちも来たばかりだ。その姿……『黒猫』も忙しいようだな」

「色々あってね」



 やってきたのは『黒猫』が魔装で作った人形だった。

 彼女は生来より有する空間を操る魔装だけでなく、人工的に植え付けられた第二魔装を持つ。二つ目の魔装こそが人形を生み出し、操るという能力だ。これを使って終焉戦争以前は黒猫という組織を作り、リーダーとして活動してきた。

 最近は『黒猫レイ』本人と会うことが多かったが、今日は珍しく人形を使ってきた。よほど手が離せない事情があるということだ。

 人形は着席し、テーブルに用意された飲み物へと手を付ける。

 一息ついて『黒猫』は口を開いた。



「東側の迷宮でも厄介事があってね。調査を急いでいるんだ」

「イレギュラーゲートか?」

「それも厄介だけど、迷宮から不可思議な遺物が見つかるらしいんだ」

神奥しんおう域か?」

「そうだね。噂の大元はそこだよ。かつて神聖グリニアの首都マギアがあった土地だから警戒はしていた。だけど今はより多くの人形を使って調査している状況さ。そこ以外の二つの迷宮域にも警戒のため人形を派遣して情報を集めているよ」

「それは大丈夫なのか?」

「流石にきついね。だから蟲魔域から西側には手が回らない」

「何なら手伝うが。大陸管理局に第五分室を作る予定だからな」

「まだ問題ないよ。本当に手が回らなくなってから助けを借りるさ。それに君は動きが派手だ。しばらくは僕だけで動く方がいい」



 シュウも納得して頷く。

 実力で言えば『黒猫』に心配はない。また黒猫という組織を運営してきた彼女のやり方もある。無理にシュウが介入する必要はないだろう。ダンジョンコアの干渉を気にするのであれば、妖精郷の動きは激しすぎる。

 その点、『黒猫』は隠れ潜んで動くことにかけてはシュウよりも優れていた。



「それより西側の動きはどうだい?」

「ダンジョンコアが新しい方法で魔力を集めようとしているのかもしれない。その手段はまだ分かっていないが、イレギュラーゲートの調査を優先して進めている」

「ですがイレギュラー、というだけあって見つかりにくいのですよ。第二分室から第四分室が地域で分担して調査してくれているのですが、これといった結果がなくて」

「そういうわけだ。俺たちも難航している」

「迷宮魔法か。まさかこれほど厄介だとは思わなかったね」

「おそらく聖教会を利用するつもりだとは思う。だから聖守についてはよく調べていた。それと深淵渓谷に消えた二代目魔神もな」



 それを聞いて『黒猫』も少しばかり考え込んだ。

 隠れ潜んでいるダンジョンコアを見つけ出し、滅ぼすのは困難だ。シュウが何度かその力を減らしたとはいえ、分霊として生き残っていては意味がない。幸いなことに魔力不足で派手な動きはないが、逆に言えば探すのに一苦労ということでもある。

 魂を分割して生き残り続けるダンジョンコアを滅ぼす方法は、まだ思いついていなかった。



「三代目聖守がどこかで生まれている。聖守の力……というより迷宮魔力を宿した人間がな。近い内に預言が降りて赤子が回収されるだろう。十五年ほど育てる期間があるから、その間は聖守が不在となる。魔族が活発化するな。それも二代目が正式に聖守となるまでの十五年よりも」

「やはりスレイ・マリアスの限界か」

「七仙業魔が復活している時点でそれが近かったのだろうね。君も苦労しているそうじゃないか。魔族が妖精郷の近くにまで勢力を伸ばしているんだって?」

「まぁな」



 ここで一旦会話が途切れる。

 シュウがカップを空にしたのでアイリスが注いだのだ。注がれた飲み物を一口含み、舌を湿らせてから続きを語る。



「アリエットが縛った七仙業魔は特別製だ。討伐されても魔神の魂へと戻り、封印されるに過ぎない。どうしても滅ぼしたいなら俺の死魔法で消すしかない」

「その話をするということは、例の魔族はその?」

「ああ。七仙業魔、邪妖魔仙アールフォロだとほぼ確定している」

「詳しいね」

「初代は俺たちの手引きで生み出したようなものだからな」

「そう思うと自業自得な気もしてきますねー」



 魔族は動物と魔物を融合させた新種の生命体だ。心臓部に魔石が生じ、そこに二つ以上の魂が封じ込められる。出力は勿論だが、弱点である魔石が破壊されない限り死なないという特性もある。強力な個体になれば異能すらも操るほどだ。

 数はそれほどでもないが、一体でも脅威なのである。

 そして七仙業魔ともなれば今の人間では討伐不可能かもしれない。仮に討伐したとしても、本当の意味で七仙業魔が滅びることはない。

 だからスレイ・マリアスによって倒されたはずの七仙業魔が蘇って暴れている。



「しかし二代目魔神の活動も間もなくだな。封印状態になっていた七仙業魔を抑え込めていないのがその証拠だ」

「深淵渓谷は常に監視してますから、活動再開すればすぐに分かると思いますよ」

「そうかい。なら状況が動いたら僕に教えてほしい。あの大裂け目を監視するのは大変だろうけど」

「黄金要塞を吹き飛ばすために禁呪で地中のマグマ溜りを刺激したからな。氷河期が長引いた原因にもなっている。迷宮と繋がっているせいで監視魔術が機能しないから、あの地の底はどうなっているか俺も見たことがない。一度見ておくのもいい。念のため、直接調べる機会を作ろう」



 雑談も挟みつつだが、お互いに情報共有を進めた。書類にまとめて渡すだけでも良いのだが、お互いの意見を聞くためにも会合には意味がある。



「かつて神聖グリニアがディブロ大陸へ進んだように、時代の転換点が訪れている。それに話を聞く限りでは東側も何か動きがあるらしいな。不可思議な遺物が見つかったとか? まだその話は聞いていないな」

「その話はもう少し情報を集めてから報告したい。まだ確実じゃなくてね。勘違いの可能性もあるから、こっちに任せてほしいんだ」

「私は少し気になりますねー。どういう噂なんですか?」

「強力な魔術道具らしいんだけど、その効果が僕の記憶になくてね。僕の記憶にないということは、終焉戦争以前の技術とは別物の可能性がある。それはつまり――」

「ダンジョンコアが用意した何かしらの道具ということか」

「まだ不確かだからね。不思議なものが迷宮で見つかったらしい、という噂レベルなのさ」

「なるほど。ダンジョンコアが人間に迷宮探索させるべく意図的に流した噂、という可能性もあるな。世話をしてやるわけでもなく、自ら迷宮の中に入ってきてくれるならダンジョンコアに損はない。勝手にやってくる人間から魔力を吸収できる……ということか」

「理解が早くて助かるよ。だから続報を待ってほしい」

「俺も気になるが、そういうことなら待とう」



 それからも幾つかの情報を共有し、議論を交わし、数時間ほどで会話を終える。久しぶりの情報共有だったということもあって、意外と時間がかかった。

 区切りがついたところで黒猫の依り代は立ち上がる。



「さて、僕はそろそろ戻ろう。この人形にも任せるべき仕事があってね」

「ああ。時間を取って悪かったな。俺たちもこの近くですることがあるし、御開きにしよう」

「お疲れ様なのですよ!」



 来た時と同じように、黒猫は空間移動で帰っていった。

 そして残ったシュウとアイリスも休んでいるわけにはいかない。これからヴァナスレイへと繰り出し、用事を果たす必要がある。



「さて、蟲魔域に行くぞ」

「久しぶりの間引きですねー」

閻黒淵鎧リアリティ・アビスの討伐だ。気を抜くなよ」

「問題ないのですよ!」



 シュリット神聖王国の近くには蟲魔域という地下迷宮との接続口がある。地上部は大森林なので捜索は難しく、少し目を離した隙に蟲系魔物が進化を果たしていることもある。迷宮という魔物の温床がある今、それらは進化を果たしやすい環境にあった。

 それらを撃破し、人間の文明レベルに合わせた魔物を残すのもシュウの仕事である。

 人間という種は生かさず殺さずのバランスによって絶滅を免れていた。





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