第427話 女神化計画


 ウルヘイスの丘陵地をテラフォーミングし始めてから数か月で、広大な領域は豊かな大地に戻っていた。大地に張り巡らされた寄生群体は確かに厄介だが、セフィラとは相性がいい。接続するという性質上、繋がっている限りエネルギーを奪うことができるからだ。

 また、こうして豊かな土地が生じれば人が集まる。

 噂という曖昧な手段ではあったが、徐々に丘陵地へと人々が集まり始めた。彼らは朽ちた土地での生活基盤を捨て去り、まだ豊かだという王都方面を目指していた。その途中で彼らは豊かな丘陵地を発見したのである。



「おとうさま、どうするのこれ?」

「受け入れればいいんじゃないか? 供物を捧げてくれるみたいだし」

「うーん」



 丘陵地は妖精郷大陸管理局の拠点としても利用している。セフィラが力を行使することで土地が豊かとなり、その周囲には幸運の象徴とも呼ばれる妖精が飛び交うのだ。プラハ王国民からすれば天がもたらした奇跡に他ならない。

 ただし、彼らにとって妖精とは幸運と同時に死をもたらす冥王とも結びつく。

 そういうわけで、死ではなく恵みを分けてほしいと贄まで捧げ始めた。

 しかしそれをアイリスが反対する。



「駄目ですよ。セフィラちゃんの教育に悪いのです」

「いや、教育に悪いって……魔物なんだから魔力を吸収しないと」

「もっと健全な方法にしてくださいよ。シュウさんじゃないんですから」



 人間を養分に進化してきたシュウからすれば、今の妖精郷は養殖場のようなものだ。常にシュウが魔力を供給し、それらを吸収して魔物たちは成長する。外敵との戦いもない平和な世界だ。シュウからすれば生温いと感じてしまっても仕方ない。

 今回、寄生群体と争わせるのも教育のつもりだった。

 アイリスはその方針に納得できないようだが。



「けどな、あんまり甘やかしすぎるのもどうかと思うぞ。セフィラは魔物だ。自力で魔力を獲得できる方法を学ばせないと」

「それは……そうですけど。でも生まれてすぐですよ?」

「魔物なんてそんなものだと思うが……まぁアイリスの言うことも一理あるか」

「なのですよ!」

「少しやり方を考えるか」



 シュウは魔物でアイリスは人間だ。

 確かにシュウも人間としての価値観は理解しているが、それでも魔物である期間の方が長い。魔物の世界は厳しい自然界のそれだ。だからシュウやアイリスが養わなくとも、一人で生きていけるだけの実力と知識を身に付けたかった。

 しかしアイリスの意見も聞かないわけにはいかない。

 子育てとは夫婦によって為される。そして子供は親の道具ではない。親の望みだけが子の望みではないのだ。どんな風に育ってほしいか、という議論は欠かせない。



「セフィラには魔導の使い方、人間との付き合い方というのを学んでもらおう。本当はこの子で見つけてほしいところだが……まぁ初めにやり方を教えるのも親の役目か」

「そうですよ! 可愛いセフィラちゃんに物騒なこと教えないでください。この子は女神ですよ!」

「流石に大げさな……しかし女神か」



 これまで、シュウは人と敵対する生き方をしてきた。国を滅ぼし、闇組織で暗殺者として身を潜め、最終的には世界を滅ぼす戦争をも引き起こした。そしてこれからも同じように振舞い続けるだろう。

 一方でセフィラはまだ人間との明確なかかわりを持っていない。

 どのような付き合い方をしていくかは彼女次第だ。

 そしてセフィラの場合、シュウと違って選択肢がある。更に言えば人間との敵対関係は冥王が確立しているのだから、人間に寄り添う関係性があっても良い。



「それなら、一つ女神になってみるか?」

「めがみ?」

「祈りを受け取り、代価として恵みを与える。今やっていることから大きく外れることはない。それもセフィラの魔導なら相性がいい」

「どういうことですか?」

「セフィラの魔導は接続する力だ。たとえばこの子の力が馴染んだ木材で偶像を作り、人々に祈らせる。それを介して魔力を回収し、回収した魔力量に応じて力を分け与える。差分がセフィラの儲けになる仕組みなんかどうだ?」

「あー……セフィラちゃんなら魔術の補助も不要ですし、不可能ではないですよね」



 かつて人間は魔神ルシフェル・マギアによって創造され、その庇護下にあった。トレスクレアによりその文明が終わりを迎えた後も、エル・マギア神として名残を残していたほどである。人からすれば強大な魔物は神に等しい存在だ。

 ただシュウの生まれた時代が敵対の時代だったに過ぎない。

 今も人間は魔を畏れるが、強大な魔の力が恩恵になるならば人はそれを神と崇めるだろう。大きな力が災害となるか、恩恵となるかの違いだ。



「どうするセフィラ。ここで人間を世話してみるか?」

「セフィラちゃんはその方がいいのですよ! 敵対はよくないのです! シュウさんみたいに苦労するのですよ!」

「んー……ままがいうならやる!」



 シュウのような論理詰めではなく、アイリスのように強く押す意思が心に留まったらしい。セフィラはアイリスの背に張り付きながら頷いた。



「いい子ですねー」

「きゃー!」

「よしよしよしよしー」



 子供にモノを教える時、同じレベルになることが重要だという。この一点においてシュウは全くというほど才能がない。難しい言葉を語るのは得意だが、それを低いレベルにして話すのは苦手である。こういったことはアイリスに任せた方が良いのかもしれない。

 シュウはひしひしと、そう思わされた。






 ◆◆◆





 セフィラへの教育をアイリスに任せようと決めたシュウだが、それはシュウ自身が教育放棄するということではない。セフィラに提案した通りの仕組みを構築しようと試みていた。

 まずシュウは妖精郷に戻り、そこである職人と会う。



「まぁ、だいたいこんな感じで依頼したい」

「おおぉ……まこと、光栄なことですじゃ。儂が姫の御身を形にするとは」



 今にも泣きそうな表情を浮かべ、依頼を請け負ったのは地妖精ドワーフの男だった。彼は現代の妖精郷では珍しく、島の端の方で小屋を建てて暮らしている。元は中央執行機関に勤めていたのだが、引退後は島の端で木工細工をしていた。

 隠居生活をしているため有名というほどではないが、アレリアンヌは彼の存在を認知していた。シュウが腕の良い木工職人を尋ねた結果、ここに辿り着いたというわけである。



「期限はどれほどで?」

「数日以内に仕上げてほしい」

「すぐに取りかかりましょう。三日あれば完璧なものを用意できます」

「立体写真はお前のデバイスに送った。参考にしてくれ」

「ははっ!」



 地妖精ドワーフの男は深く頭を下げる。

 彼からすれば神からのお告げである。そしてその依頼とは、シュウとアイリスの娘セフィラの木像を作ってほしいというものだ。本人に似せつつ可能な限り神々しいものを、という無茶な要求ではあったが、彼は喜んで引き受けた。



「セフィラ様を模した女神像……必ず三日後に」

「ああ、頼む」



 シュウは保管用の空間から木材を取り出す。これはセフィラの魔導によって今も接続されている。つまりセフィラにとって手足とまではいかないが、端末の一つとなっていた。

 ひとまずはシュウの計画した通り、セフィラの基盤を作る。

 それを見本として彼女なりのものへと昇華してもらうことを願っていた。






 ◆◆◆






 三日後、シュウは完成した女神像を持ってウルヘイス丘陵地に戻ってきた。三日程度で丘陵地が急激に発展することはないが、また近くに集まる人間が増えていたらしい。そんな話を管理局の精霊から耳にした。

 人口が増える分には都合がいい。

 そう思いつつ、丘陵地のとある場所に女神像を設置した。



「セフィラ、この女神像を中心に力を集中できるか?」

「ここにあつめればいいの?」

「それでいい」

「わかった!」



 早速、セフィラは女神像を力の基点とする。これまでは土地と接続することで広域を平均的に活性化させていたが、それを女神像に変えた。これによって、女神像を中心として同心円状に恩恵の濃度が変わっていくことになる。

 祈りが強ければ広域に。

 祈りが弱ければ小さな範囲で。

 恩恵とは等しく与えるべきではない。人間は常に競争を求める生き者なのだ。彼らは平等を主張するが、それ以上に格差を願う。平等を作る社会システムより、格差を作るシステムの方がよく回る。祈れば祈るほどに豊かになれるなら、人々の信仰心は鰻上りとなるに違いない。



(今は理由も分からなくていい。ともかく、そういうものだという知識を与える必要がある)



 セフィラはシュウが言うまま、女神像を中心とした活力譲渡に切り替えた。おそらく彼女は理屈によって実行しているのではない。シュウが言ったから、そのように力を使っているだけだ。

 子供にとって最も重要な理由は『親』である。

 細かい理屈は後からでいい。



「これでいい?」

「よくできている。いい子だな」

「むふー」



 小さな仕事を与え、達成できれば褒める。

 まずはその繰り返しである。

 これらの仕事に対して『なぜ必要なのか』や『それをすると何が良いのか』という説明は必要ない。今は物事に一対一の対応付けをする期間である。色々と説明したい気持ちを抑え込み、シュウはセフィラを褒めることにのみ注力する。



「セフィラは今の生活を楽しいと思うか?」

「にんげんの街はおもしろくない。だからわたしがおもしろい街をつくるの!」

「へぇ。向上心があるな」

「こう?」

「凄いってことだ」



 霊体化したセフィラが宙を泳いでシュウの肩に乗る。そこで実体化したことで彼女の重さが加わった。人間とは異なる成長速度であるため、しっかりとした重さを感じ取れる。しかしながらセフィラの精神性は赤子のそれに近い。

 少しずつ物事を教えていくことにもどかしさを感じる。

 それはシュウがせっかちというよりも――



(こいつの才能が楽しみなのかもしれないな)



 もっとできるはず。

 この程度ではないはず。

 そんな期待がある。



(いかんいかん。重圧で子供を潰すタイプの親になりかねん)



 思えばシュウ自身も少しずつ魔力を集め、試行錯誤し、決して最高効率とは言えない方法で強くなってきた。最高効率で強くなるなら、《斬空領域ディバイダー・ライン》を開発した時点で適当な街を襲撃すれば良かった。ただそうなればアイリスとの出会いもなく、魔法に覚醒することもなかったかもしれないが。

 セフィラのことも、彼女のペースを守らなければならない。

 最高効率を求めれば可能なのかもしれないが、それ即ち最良ではない。実際、妖精郷技術開発局で行われている研究も、一部を除けば研究員たちそれぞれの趣味嗜好が原動力だ。



「将来が楽しみ、というのはこういうことを言うんだろうな」

「おとうさま、それ四回目」

「それだけ楽しみだということだよ」



 シュウは娘を肩車したまま、空に浮かび上がる。そしてセフィラも自ら浮遊してシュウの隣に並ぶ。上空から見下ろす丘陵地の景色は、まるで砂漠の中心に現れたオアシスだ。少し視線をずらせば、集まった人間たちが水を引くための用水路を建造している。

 その気になればセフィラの力だけで辺り一帯を豊かな大地に変貌させられる。

 しかしシュウはそれを禁じた。

 人間に仕事を与えるようにと教えたからである。その通り、人間たちは自ら汗水たらして働いている。女神セフィラのお告げによって働き、相応以上の恩恵を受けられる。この繰り返しが宗教の始まりだ。

 元よりプラハ王国は妖精郷から最も近い国であり、いざという時は橋頭保になり得る。故にセフィラを通して傀儡にしておくのは悪い判断ではない。



(魔族の問題はもう少し使えそうか。それなら、発見しても泳がせていいかもしれないな。プラハの王家にも、近い内に動いてもらうか)



 相も変わらずマッチポンプを企んでいた。





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