第426話 枯れ地の根源


 プラハ王国は終焉戦争時代、戦火を免れた国であった。最終的に戦勝国となった――と言うには怪しいところもあるが――スバロキア大帝国より遥か南方に位置していたこともあり、派兵こそすれど国土が荒らされることはなかった。

 また人類落日の時も、大陸を蹂躙した『王』たちによる被害を免れた。更に言えば迷宮の侵食も届かず、古き人類の形が残されているとも言える。恒王ダンジョンコアによる侵食も、今尚届いていない。おそらく冥王に感知されることを恐れてのことである。

 彼らは氷河期という厳しい時を乗り越え、新しい時代を迎えようとしている。

 しかし運悪く水を差されてしまった。



「ウルヘイスでも土地が痩せ細り始めたか……」

「ローラン殿下、それは陛下にお渡しする書類です。返してください」

「良いではないか。私もいずれは王を継ぐのだから」

「そういう問題ではありません。これは機密事項ですので、殿下といえど関わってはなりません」



 王の補佐官がローランから書類を取り返し、破れや折り目がないかどうかを確認する。一方でローランは口を尖らせて文句を垂れた。



「プリマヴェーラまで私を除け者にするのか」

「これも殿下の安全のためです。異質な何かが関わっていると思われます。殿下が呪われては我々は困ってしまいますよ」

「ふん。そんなもの迷信だ」



 ローランはまだ十三歳になったばかりだ。

 強気なセリフも子供らしい強がりに聞こえてしまう。大人ならば聞き流すような台詞であったが、補佐官は真面目な様子で腰を落とし、ローランと顔を合わせ忠告した。



「いいですか。異形の者たちを侮ってはなりません。殿下も妖精郷伝説は御存じでしょう?」

「アレは伝説だろう?」

「違います。国の正式な伝承にも残っている事実です。かつて冥王の怒りを買い、海岸に配置した数万の兵が一夜にして消滅したといいます」

「子供をあやす方便だろう?」

「いいえ、冥王アークライトは実在しますよ。確かに古い記録は幾度となく繰り返された政変で燃えたり紛失したり、今ある古い記録も口伝をまとめたものが多いです。しかしながら冥王の存在は忘れてはならない恐ろしいものとして、伝わっているのです」



 妖精郷や冥王の逸話は神話としてプラハ王国内に残っている。地域によって微妙に脚色されているので、正しい記録というものはほぼない。中には冥王が王家の娘を気に入り、連れ去ったなどという民話も存在しているほどである。

 しかしその中でも共通しているのは、冥王の怒りだ。

 人が冥王の怒りに触れた時、必ず黒い滅亡がやってくる。跡として残るのは無の大地であると、どの口伝でも語っている。だからプラハ王国の公式的な解釈として、冥王は存在し、人という種を容易く滅亡させるだけの力があるとしていた。

 シュウ本人が聞けば大げさだと言いかねないが、人間から見た冥王のイメージはこれで間違いない。

 ただこの伝承も、ローランは信じていなかった。



「田舎の方では今も『妖精を見た』という話があるくらいですよ」

「見間違えただけだろう?」

「……だからこの案件は殿下にお任せできないのですよ」



 補佐官は溜息を吐いて一礼する。

 もう会話することはないとばかりに、急ぎ足で王の執務室へと向かっていった。一方で取り残されたローランはムッとした様子である。

 ローランは正妃から生まれた唯一の男子であり、他にも王子はいるもののそれらは妾の子である。つまり他の王子とは既に予備としての地位が確定している。ローランは子供にして次期王として期待される立場であった。

 それだけに日頃から感じるストレスも大きい。

 行き届いた教育のお蔭で後継者争いのようなものは起こっていないが、逆に言えばどの人物からも王に相応しい姿を求められ、期待されているということ。反発心を持つ年頃ということもあり、またそれと同じくらい認められたい欲求もあった。

 こうして伝承を否定するのも、自分が曖昧な噂などに踊らされないという意思表示をすることで大人らしさを演じるに過ぎない。

 結局のところ、彼は子供だった。



「妖精郷か……いや、それよりも北部の土地が瘦せている問題だな」



 残念ながら子供でしかない彼にできる仕事はない。

 ただ情報だけが積もっていくことに歯痒さを感じていた。







 ◆◆◆








 妖精郷大陸管理局は常にプラハ王国を監視している。実質的に妖精郷の隣国ということもあり、その情勢を探っておいて困ることはないからだ。大陸管理局の仕事はスラダ大陸を監視することで時代の変化を探ると共に、ダンジョンコアに繋がる情報を集めている。また時にはエージェントを派遣し、ダンジョンコアを釣りだすための作戦を実行している。

 少し前に魔神と魔族が誕生したことで、彼らの任務は大きく三つに分けられる。

 一つは人間の監視。

 二つ目はダンジョンコアの捜索。

 そして三つ目が魔族や二代目魔神スレイの監視である。

 今回は二つ目と三つ目の仕事をこなすチームから合同で上がってきた報告書が始まりだった。



「推定、邪妖魔仙アールフォロですか」

「ああ。アリエットから業魔族の特徴を聞いておいて良かった。被害の特徴から簡単に推測できる。それに魔力質からもな」

「むずかしいはなし」

「セフィラちゃんは魔族のことを知りませんからねー」



 シュウたちが訪れたのはウルヘイスという王国北部地域だ。その中でもさらに北部方面の丘陵地帯で、街のような大きな居住地こそないものの、牧畜を行う村が散見される地域である。

 本来なら青々強い草が広がる雄大な土地だったはずだ。

 しかし今は全て枯れ果て、丘陵地は礫岩ばかりの痩せた土壌に変化していた。どんな植物も一日と経たずに枯れる不毛の土地である。

 マザーデバイスを使って精密探査をする一方、アイリスはセフィラへと魔族について教える。



「魔族はですねー……簡単に言うと人間と魔物を融合させた生き物なのです」

「わたしは、まもの?」

「セフィラちゃんは魔物です。ママは人間ですけど、魔物になるようデザインしたので」

「むずかしい」

「うーん。魔族について一から説明するとなると、シュウさんとダンジョンコアの因縁から話さないといけませんし、そうなるとスラダ大陸史を勉強してからじゃないと……セフィラちゃんには少し早かったですねー」

「べんきょう、にがて」

「今は人間と魔物が融合した謎生物だと思って納得してもらうしかないですね」



 勉強して知識を身に付けるより、好きなように魔導を使って遊ぶ方が楽しいのだろう。また生まれて間もないセフィラにそこまで求めるつもりもないで、シュウもアイリスも好きなようにさせている。

 時間は幾らでもあるのだから、というスタンスだった。

 アイリスが魔族に付いてあの手この手を使って説明している中、シュウはある発見をする。



「これは……? 木の根か? それにしては木なんてないし」



 超音波を使った地下観測魔術を実行していたところ、異物の反応があった。すぐに赤外線分光に切り替えた結果、有機物の反応が見つかったのである。大きさや成分を妖精郷データベースと照合した結果、最も近いのが樹木の根であった。

 しかしながらこのあたりに木など生えていない。枯れ木すらないのだ。

 だから木の根が地中に残っていることが不自然なのである。



「引きずり出してみるか」



 シュウは魔術で堅い地面を分解し、蒸発させていく。土中の主成分はシリコンや酸素だ。酸素は有機物も分解してしまう可能性が高いものの、木の根は魔力を帯びていたので魔術的に干渉されにくい。だから調整すれば、分解魔術を領域で使っても目的の物体以外だけを選択して取り除くことができた。

 丘陵地に空いた大穴の底で、例のものを発見する。



「これは球根か? 球根が連結している?」



 穴の底で発見できたのは一抱えほどもある球根であった。ひげ根によって接続され、まるで一つの巨大な根のように繋がっている。

 他の植物がすっかり枯れているのに対し、この球根たちは瑞々しかった。



(大地が枯れているというからダンジョンコアが関与している可能性もあったが……これは単純に魔族だけが絡んでいると考えていいのか?)



 調べた限り、迷宮がこの辺りまで広がっている様子はない。

 念のために大陸調査局の局員たちを撤退させたが、その必要はなかったようだ。しかし念のためという理由だったので問題はない。

 ただこれをどう対処するかが問題だ。

 痩せ細った大地の原因がこの球根群だとすれば、かなり広域に広がっていることになる。いちいち探しだして掘り起こし破壊するより、広がる速度の方が早いだろう。



「シュウさん、これが元凶ですか?」

「げんきょーですか?」

「元凶と表現すると語弊がありそうだけどな。こいつはおそらく末端だ。しかも――」



 魔術で球根の一つを切り取り、手元へと引き寄せる。

 するとひげ根が蠢いてシュウに絡みつこうとし始めた。



「――こいつは複数の球根が合体している。末端を消したところで本体まで辿り着けない」

「シュウさん、それ憑りつこうとしていません?」

「反応しているのは俺じゃなくアイリスだな。有機物に反応するみたいだ」

「ちょっ、私は養分じゃないのですよ!?」



 球根がアイリスに標的を変えたので、死魔法で潰した。

 そのまま穴の底で横たわる球根の群体を見遣るも、特に変化はない。



「この手の奴は本体を探すしかない。あるいは本体すらないのかもしれないが」

「どういうことです?」

「群体って奴だ。その全てが本体であり、分体でもある。寄り集まった単純な個体が、複雑な系を有する生命のように振舞う状態だ」

「私の身体を構成する細胞のようなものですか?」

「考え方はそれに近い。細胞の一つが滅んだところで、アイリス自身が死ぬ訳じゃないだろ?」

「私は元から不死ですけどねー」



 回答はおふざけも混じっていたが、シュウの言わんとしていることは理解したらしい。厄介さから目を逸らすための冗談だったのかもしれないが。



「最悪の想定をするなら、一つ一つが情報共有していると考えないとな。俺たちの存在が敵に伝わっている可能性は充分ある」

「シュウさんの言う群体なら、根を辿っても本体には辿り着けないでしょうね。切り離せばそれで終わりですし。それに大元を潰したとしても、この球根の全てが本体だから意味がないということですよね」

「その認識で正しい」

「どうしますか?」

「枯れた大地を虱潰しだな」

「またですか」

「大陸中を彷徨ってダンジョンコアを探すよりは簡単だ。それに今回は発見次第潰せばいい。大陸管理局の奴らでもできる簡単な仕事だ」

「それなら私たちは引き上げましょうか……セフィラちゃんも退屈そうですし」



 難しい話が始まった辺りからセフィラは浮遊して眠そうにしている。何もない荒れ果てた土地というだけで退屈だが、理解できない難解な話が始まったのだ。子供からすれば早く遊んでほしいというのが心情だろう。

 そんな彼女の様子を見て、シュウは不意に思いついた。



「それならここでセフィラの思うように魔導を使わせてみるか」

「いいのです?」

「妖精郷では試せないこともここなら好きなようにできる。セフィラ、どうだ?」

「たのしい?」

「俺たちの仕事に付き添うよりは楽しいかもな」

「やってみる!」



 子供は楽しいかどうか考えるより、やってみて楽しかったかどうかを判断する生き物だ。セフィラにとって、今はどんなことでも良い経験となる。彼女の成長のため、危機に陥っているプラハ王国は格好の教育材料となるだろう。

 他人の不幸に付け入る形にはなるが、それがプラハ王国にとっても悪くない結果となるので余計な罪悪感を抱く必要もない。

 自分の子供に初っ端から悪い行いをさせないという点でも丁度良かった。



「なら、調査は管理局に依頼するとして……俺たちはこの辺りを土壌改変テラフォーミングするか」

「まかせて!」



 セフィラは無邪気に返事をした。







 ◆◆◆








 ウルヘイスの丘陵地は今や荒地である。

 こうなってしまった理由は、地下に張り巡らされた球根たちが養分や水分を吸い取ってしまったからだ。後に管理局が調査した結果、少しずつ魔力も奪い取って魔物が発生しにくい土壌に変化していることも分かった。

 元より地中に留まる魔力は微量だが、その微量の魔力が吸い尽くされることで空気中の魔力が地中へと移っていく。そして再び地中の魔力が球根に吸われるということを繰り返した結果、周辺魔力が異常に低い数値を示すようになってしまったのだ。



「この辺りは寄生群体に支配権を奪われている。それをセフィラの魔導で取り返す。できるか?」

「うーん。わかんない」

「何が?」

「おとうさまの言っていること、むずかしい」

「あー……好きなように吸い取って、好きなように育てていい」

「わかった!」



 セフィラの魔導は植物を自在に育てることができるというものだ。

 しかし本質は違う。

 対象に接続し、エネルギーを再分配する能力である。時にエネルギーを吸い出し、時にエネルギーを分け与える。出力さえ同じなら死魔法の上位互換と言っていい。

 アイリスが転移魔術で妖精郷から適当な植物の種を取り寄せ、それらをセフィラに渡す。すると彼女は種を振りまき、自身の魔力を分け与える。途端に種は芽吹き、緑が丘を覆い始めた。ついでとばかりにシュウがマザーデバイスを使って雨を降らせる。

 土地が潤い、養分に満ち始めたことで地に埋まった球根たちが反応した。



「あ、だめ」



 魔導により大地と接続しているからだろう。セフィラは寄生群体の反応にいち早く気付いた。彼女は周囲の養分を奪い取ろうとする寄生群体へと干渉し、逆にエネルギーを奪っていく。すると寄生群体はみるみるうちに萎んでいき、朽ちてしまった。

 更には接続されている寄生群体たちが連動して養分を吸い取られていき、丘陵地一帯から球根は全て消え失せる。群体の大元が更に球根を寄こそうとしても、セフィラの領域に入った時点で枯れ果てる。

 どれが生きて、どれが死ぬのか。

 それらは全てセフィラの気分次第ということである。



(流石に俺の子だな……)



 順当に成長し、魔導の力を伸ばすだけでも驚異的だろう。

 ましてや魔法に目覚めようものなら、どれほどの存在になるのか。それが楽しみでもあった。





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