第423話 魔物の起源


 世界とは無より生まれた。

 原初の魂として誕生したルシフェルは力魔法を操り、世界の形を創造したのである。そして自分と同じように心を持ち、意思疎通を可能とする存在を生み出そうとした。魂の始まりである。

 しかし魂が生まれてすぐは、その器となるものがなかった。

 それ故、魂は世界に漂う魔力と結びつくことで仮初の器を得る。始まりの魔物と言われるそれらは後に天使と呼ばれた。



「この天使たちはその全てがルシフェルに忠実だったという。分かりやすく言えば、ルシフェルにとって対等に付き合える相手ではなかったということだ。そこで魂に対して自由度を与えた。創造主たるルシフェルに歯向かう余地を与えたらしい。すると魔力に結び付いた姿は天使からかけ離れ、異形となった。悪魔の誕生だ」



 二番目に生まれたのは悪魔だった。

 創造主ルシフェルに逆らう者たちとして生み出され、その事実から悪魔と呼ばれた。天使と悪魔は対となったのだ。



「悪魔に満足できなかったルシフェルは、次に自ら強大な魔物を創造した。それが三体の竜種だな。後に赤き滅びの竜サタン塩の海龍レヴィアタン大地の支配竜ベルフェゴールと呼ばれるようになる。竜に属する魔物はこの時から生まれるようになった」



 三体の竜種は後に魔法へと覚醒し、それぞれ天竜、海龍、地竜として定着する。また悪魔たちも激しい争いの後にアスモデウスという女型の悪魔が王となり、ルシフェルへと挑むようになった。世界は初めて戦乱の時代へと突入する。



「この頃に散っていった魔力の残滓へと魂が結び付き、霊系魔物の祖先が生まれたそうだ。当時の中では最下位のヒエラルキーだったようだがな。あとは鉱物や岩石に魂が宿るという現象もこの頃に生じたらしい。文献が伝聞だったから曖昧だが……」

「シュウさんの祖先が生まれたんですね!」

「俺の祖先と言うと語弊があるぞ。それはともかくとして、この物質に魔力が宿り、魂を受け入れるという現象はルシフェルの考え方を変えたらしい。物質から器となる肉体を創り、そこに魂を入れ込むという方法を考案した。動物の始まりだな」



 原初の魔物たちは争いを続けていたが、それもやがて落ち着く。ルシフェルはアスモデウスを下し、天使と悪魔を統べる『王』として君臨した。また同じ『王』であるアスモデウスを妃として迎え入れ、性別の概念を考案する。

 完璧な一を創るのではなく、補い合う仕組みにしたのだ。

 まずルシフェルは強い光を放つ星を生み出した。強い光を放つ星、すなわち恒星は初めこそ力魔法によって整えられたが、法則の中で自己的に維持されるよう巨大プラズマ球として成立する。それは後に太陽と呼ばれ、絶大な熱量を放つようになったことで大地とは適切な距離になるまで離した。

 やがて大陸が手狭になる未来を予測したルシフェルは『平らな大地』に岩石を付け足し、『天体』へと変化させた。こうして世界に昼と夜の概念が誕生したのである。

 すっかり土壌が整ったところで地を這う獣、空の鳥、海のうおを創造した。そしてそれらの餌として魂なき構造物として植物や昆虫、また微生物を創造した。魔物ばかりの大地へと動植物が根付いたのである。

 一通りの実験・・を終えた後、遂にルシフェルは自身に似せた者を創ることにした。



「ルシフェルは原初の人間を息子として創造した。アダム=アポプリスの誕生だな」



 アダムは不老不死にして完全な人間だったという。

 女を与えられ、子孫を増やし、やがて人間種は一つの国として繁栄することになった。それと同時に、魔物たちとの戦いを繰り広げることにもなった。



「魔物の種類が増えたのはこの時期だったらしい。様々な動物、植物、そして人間が誕生し、それらの情報を反映した新しい魔物が誕生した。魔力とは情報を伝達する粒子だ。それ自体が世界を構築する要素として情報を持っている。だから余剰となった魂の器として魔力が結び付いたとき、それらは動植物の形に似せて構築された」



 鬼系、豚鬼系、牛鬼系、魚人系、獣系など、この頃から魔物の種類は爆発的に増加する。そこでルシフェルはアダムに命じて誕生した魔物に『名』を与えさせ、この世界に定着させた。

 魔物たちは種族名と同時に系譜を得たのだ。



「他にも魔装や魔術の起源なんかもこの時代に関係しているんだが、今は置いておく。結論を言うと、俺たち魔物とは魂の置き場だ。余って消えてしまうはずの魂を保護するための現象ということだ。故に魔力を集め続けて器を維持しなければ、魂が剥き出しになって霧散してしまう。逆に魔力で急速に自己進化させるからこそ、魔物とは通常の生物を超えた存在にもなってしまう。それこそ、俺のようなレベルになれば手が付けられない。魂を直接運用する生命体であるがゆえに、原初の『王』たるルシフェルがこの世に誕生したように、魔法を操る『王』の魔物が出現することもある。肉体という制限に置かれた人間では到達できない境地という奴だな」

「我らが神よ。では我々は世界にとって未完成な部分ということなのですか?」

「いい表現だな。フラーレスの言ったことは正しい。魔物とは彷徨う魂を補完するための一時的な生命体であり、異質な法則を生み出す可能性を持った世界にとっての異物でもある」



 霊や妖精たちはすっかり静まった。

 自分たちの存在が世界からすれば未完成の部分でしかなかったというのは相当な衝撃である。そんな彼らに向けてシュウは続けた。



「俺が冥界を誕生させたことで、魔物を生み出す必要性もなくなった。今のところは以前と同じように魔力と結びついて魔物が誕生するようにしているが、その気になれば制限をかけて魔物が一切誕生しないように法則を変えることもできる。ルシフェルの言う、より完璧な世界にできるということだ」



 パンッ、と強く手を叩く。



「少し余計なことまで話してしまったな。ここからが俺の提案だ」



 そこで皆が今回の話し合いの目的について思い出した。シュウとアイリスの生命情報から子となる魔物を生み出そうという計画である。その緻密さから現在の所は実験中止となっており、生き残っている十一の実験体は時間凍結で保管されている。

 ここから一歩進むための議論を行うために今日、呼び集められた。



「魔物の起源を考えれば、魔力が結び付き、そこに付随する情報体から種が決定されるということになる。例えば霊系魔物の近くでは同様の情報体が増大し、霊系魔物が生じやすいといった具合にな。つまりは俺たちで情報体を一から構築するのではなく、俺やアイリスに関する魔力の情報体が増大した空間に魂を置くことで自然と結びつき、正しく誕生するんじゃないか?」



 これまでは新しい生命体を分子単位で設計して作製するという方向性だった。しかしここでシュウが提案したのは魔物が生成される仕組みを利用し、指向性を与えることで目的の魔物を人工的に発生させようというアプローチである。

 必要なのはシュウとアイリスの魔力情報体、密閉された空間、そして魂である。

 それらは既に妖精郷に揃っている。



「現在、生成途中の実験体は十一ある。こいつらは欠陥を抱えているが、俺やアイリスと似通った濃い情報を持っている。それらから魂を抜き取り、情報体魔力だけにして環境を整える。そしてお前たちに頼みたいのは、魔物が自然生成されるプロセスを構築することだ」

「そういえば不浄大地も不死属系が生成されていますよねー。アレも同じ仕組みですか?」

「目の付け所がいいぞアイリス。あの辺りの土地には不死属系について濃い情報体が定着している。それが不死属の生まれやすい環境を作っているってことだな」

「不安定な感じがしますけど大丈夫なのです?」

「それをどうにかするのが仕事だ。何事も初めは難しい。俺の提案は手法を変えてみようってだけのことだからな」



 シュウがやれと言えば実行するのが妖精郷だ。それに無茶を言っているわけでもなく、比較的理に適っている方法である。反対する者は一人としていなかった。



「では私が不浄大地について調査しましょう。管理局に問い合わせ、チームを立ち上げます」

「エレボスなら任せられるな。アイリスは専用空間と環境の構築を頼む。それと俺は実験中の十一体から魂を抜いて内部の魔力情報を保存する。メーネが責任者になって特定魔物の自然発生に関するレポートをまとめてくれ。召喚魔術《魔獣召喚ファミリア》のランダム性を制御する研究をしていたよな?」

「ご、ご存じだったので!?」

「お前のノウハウが使えると思った。頼むぞ。ああそうだ。エレボス、カラミアを連れていけ。あいつは不浄大地の調査レポートを出したことがあった。役に立つ情報を持っているはずだ」

「承知しましたわ」



 妖精郷は長い間、様々な研究を続けてきた。

 その下地があるので突飛なことを言ってもある程度の対応は可能である。これまでの手法を翻せという命令ではあったが、それぞれが命令に従って即座に動き出した。







 ◆◆◆







 不浄大地とは、スラダ大陸南西部に位置する不死属系魔物の住まう土地である。不死王ゼノン・ライフの誕生と共にその歴史は始まり、浄化されることなく今まで保たれてきた。ここでは全ての魔物が不死属となって誕生する。その中でも死体系と呼ばれる個体が多い。理由は大地に定着した不死属系魔物の魔力情報体である。

 これは砂漠が広がるが如く、少しずつだが領域を広げている。

 かつて不死王が潜んでいた頃は魔力情報体も制御され、一定に保たれていた。それは不死属系魔物たちの秩序が存在したからである。彼らは一定以上増えることがなかった。しかし今は際限がない。不浄大地が存在する限り不死属が発生し、それらが増えれば魔力情報体が環境へと定着して不浄大地がさらに広がっていく。

 妖精郷には不浄大地が広がり過ぎないよう、監視する部門があった。

 それが大陸管理局である。

 より正確にはスラダ大陸に関する情報収集や分析、また問題の対処を目的とした部門で、不浄大地の対処は仕事の一つということになる。



「どうも。不浄大地チームのアンバーです。ようこそエレボスさん。早速ですが問い合わせのあったデータについて質問があるとか」

「ありがとう。本題に入らせてもらうわ」



 エレボスは仮想ディスプレイを大きく表示して幾つかのデータを見せる。それは不浄大地における不死属系魔物の誕生速度を監視した記録であった。間接的だが、ここから不死属情報体の濃度について推察することができる。

 それと不死属の分布、進化の系譜などを照らし合わせれば意味のある分析が得られるだろう。



「私の質問はここの資料にある純化という言葉よ。この説明によると次の世代として魔物が誕生するたびに情報体が濃くなるという話よ。これは生体濃縮と同じ考え方でいいのかしら?」

「考え方は近いですが、厳密には異なりますね。生体濃縮は餌に含まれる化学物質などが蓄積されることによって起こります。一方で純化は捕食を必要としない現象です」

「蟲系魔物の蟲毒とも違うのかしら?」

「あれこそ生体濃縮に近い純化でしょう。純化と一言に述べましても、種類があります。不浄大地の場合は侵食に近い純化です。環境に対して自らの情報体を刻み付けます」

「では魔物ごとに違いがあるということね」

「そうなります」

「厄介ね。我らが神の情報体とアイリス様……つまり人間の情報体が食い合う可能性があるということに」



 一から組み立てるのとは違った難しさだ。

 エレボスは唸る。一方でアンバーの表情は明るい。



「いえ、初めの失敗が功を奏したかもしれません。失敗作には情報体が融合したまま安定して残っていますから利用できます。初めから我らが神とアイリス様の情報体を個々に付与した環境を形成しようとすれば……エレボス様の懸念が当たることになったと思います」

「ならば問題ないということ?」

「いえ、シミュレートを組んでみましょう。管理局から継続的にデータを提供します」

「ではお願いするわ」



 これで問題の一つが解決に向かったことだろう。

 一大プロジェクトを前に、妖精郷の興奮は高まりつつあった。






 ◆◆◆






 妖精郷にてクリファ計画と名付けられたそれは、僅か六十三日で稼働へと至った。アイリスが環境システムを活用して生み出したエネルギー真空領域に失敗作の破片を放り込むことで土壌を整え、そこに不浄大地の純化メカニズムを適用することで目的の環境を生成した。



「ノイズはどうしても混じるのですよ」

「環境システムを使っている以上、妖精郷の情報体が混じる。ほんの僅かだとしても影響が出るな」

「許容するしかありませんね。それに妖精郷の土壌は霊系や妖精系に偏っていますし、あまり気にする必要はないと思います」

「純化すればそこまで気にならないだろう」



 シュウは右手を伸ばす。

 するとその表面に黒い術式が這った。死魔法による魔神術式である。これによって冥界門が開いた。冥界の門は魂だけを通過させる。煉獄に保管されている無垢な魂が注入された。

 残念ながら内部を目視で確認することはできない。

 また観測用の術式も常駐させていない。



「上手くいくかどうかは……やってみてのお楽しみだな」

「きっと上手くいくのですよ!」



 アイリスは努めて明るく、そのように言う。



「そんな予感がするのです」

「お前が言うなら期待しておこう」



 稼働を開始したクリファ計画に対してシュウたちがすべきことはない。ただ最高の結果として現れるのを待つだけだ。

 シュウは《縮退結界》により閉鎖した空間を手元に手繰り寄せる。その上から簡易冥界を被せて魂の霧散を防ぎ、あらゆるエネルギーが遮断された。

 光を通さず反射もさせないそれは黒い卵のようであった。






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