第422話 失敗作の連続
子供を作るという計画が始動してから一年が経過していた。初めの二か月で一つ失敗。成長過程が第二段階に移って以降は三つが失敗し、十か月後の時点でまた一つが失敗した。
担当技術員の精霊が申し訳なさそうに弁明する。
「分析結果はこれまでと同一。環境バグに伴う自己崩壊です」
「……難しいですね。ランダム性がどうしても制御できないのですよ」
「こればかりはどうしても限界値が存在しますから」
魔術の発動には環境情報代入というプロセスが存在する。これは人間が発動する場合は五感による無意識での代入だ。それは発動地点の座標情報などが主だが、精密発動術式ともなれば情報は必然的に細かくなる。
そこで必要なのが環境情報の取得だ。
しかしここで問題が生じる。
たとえば目視による観測というのは、光を介している。物質に光が当たり、反射されたそれが目を通して取得され、脳によって解釈されることで観測は成り立つ。この例の通り、観測とは対象に『何か』をぶつけて反射したものを観測器に取り込み、解釈するプロセスを辿る。
「観測対象が小さいと、魔力粒子をぶつけた時点で対象に変化が生じます。これが質量の大きなものなら無視できる衝撃なのですが……」
「微細なものだと、どれだけ気を使っても変化しちゃいますからねー」
「はい」
これが魔術と力魔法の明確な差だ。
魔力をこの世に生み出し、それによって世界を生み出したルシフェルはどんな精密操作でも可能とする。この世のあらゆるベクトルとエネルギーを操り、生体どころか魂すら生み出してしまう。粒子一つ分の差で影響が生じるミクロな世界においても百パーセントの精度を誇る。だから彼の前には『運』など存在しない。全てが必然だ。
それは流石に特例だし、魔術の精密発動に伴う観測でも一回や二回で影響が出ることはない。しかし今回は繰り返し何度も観測を実行している。それは百や二百では済まない。一回ずつの影響は無視できる程度でも、積み重なれば致命的なバグとなる。
「現在残っている十一体も誤差が大きくなりつつあります。このままでは仮に成体まで成長したとしても健全とは言い難い構造体かもしれません」
「んー……いきなり
「えっと、それは?」
「位階の低い魔物であるほど構造が単純なのです。そこから進化することによって複雑で多様な構造になるわけですから、それを飛ばしていきなり
「なるほど」
魔物には通常の生物にはない急激な進化がある。
なぜそのようなことが可能なのかというと、それは魔物が魔力によって自らの肉体を構築しているからだ。魂の強化に伴い、肉体が相応しく適応する過程なのである。
いわば今回の実験はいきなり大人の人造人間を作り出そうとしていたということであり、生物的に赤子ができるプロセスより更に難易度が高いということだ。
「実験を中止しますか? アイリス様の仰る通り、このままでは不完全なままとなるでしょう。理論の再構築が必要でしょうし、我らが神も別手段を講じていられるようですし……」
「シュウさんはアポプリスで意見を聞きに行っていますし、ここで一旦中止した方がいいかもしれないですね。私が時間停止をかけて保存しておくのですよ」
「承知しました」
この一年で集まったデータは膨大だ。
研究チームでデータの整理も行っているが、そこから意味のある解釈を得るという作業も残っている。アポプリス帝国に赴いて調べものをしているシュウが戻ってくるまで、それらを処理しておくのも大事な仕事だ。
微細な加工であるほどノイズの影響が強く現れ、規則性を見つけるのが困難になる。
何となくで始まった計画だが、妖精郷の技術力を以てしても難航していたのだった。
◆◆◆
シュウはアポプリス帝国に訪れ、
その中でも脳の形状をした気持ちの悪い物体がシュウの目的とする情報媒体であった。
「目的のものは見つかりましたか?」
背後からそう声をかけたのは美しい少女だった。黒のドレスを着こなす彼女は人間ではない。人間に近しい姿をした悪魔である。
終焉騎士団に所属する彼女はアポプリス帝国においても上から数えた方が早い実力者だ。だからこそ、冥界の主であるシュウ・アークライトを案内する役目を与えられていた。
「魔物が生み出す眷属についての資料が役立った。こんな資料まであるとはな」
「召喚魔術の研究を応用した産物ですので」
「ああ、確かに近いところがある」
かつてシュウは影の精霊を創造し、使役していた。今となっては全く使っていないので忘れかけていたが、その仕組みは召喚魔術と似ている。いわば魔力によって魔物のような『何か』を作製するのが眷属使役なのだ。
魔物の眷属は基本的に魂を持たない。
やがて自我が芽生える土壌が育てば魂が入り込むこともあるだろうが、基本的にはその場限りの武器のようなものだ。そのため一から魔物が誕生する過程とは少し異なっている。
普通の魔物は自然界において魔力が寄り集まった存在、というのが人間たちの認識だ。しかしその実態は逆であり、世を漂う魂へと魔力が張り付き、魔物に変化するというものだった。現在では魂が煉獄で保管されているため、冥界門を通じて現世の魔力と結びつき、魔物が誕生する仕組みとなっていた。
実を言うとこの辺りは元々曖昧で、ルシフェルの匙加減で白にも黒にもなるという状態だった。シュウが冥王として魂の領分を受け持ち、システム化することによってようやく安定運用できるようになったのである。
「冥界が機能し始めたのは長い歴史の中では最近の出来事だ。こういう情報はありがたい」
「話を聞けばご子息、あるいはご息女を創っておられるとか」
「魂の器としての生体は眷属なんかとは比較にならないほど難しい。最初から最後まで精密さが求められるから誤差も生じやすいし、僅かな誤差で失敗になってしまう。あまりにも繊細過ぎる」
「はい。これこそがルシフェル様の御業でございます」
「まさにその通りだな」
単なるクローン技術とは桁違いの難しさだ。
そもそも魔術クローンですら小さなバグが発生しやすい。まして魔術的に生体情報を組み合わせ、全く新しい生命を誕生させるなど神の所業である。
理論上は可能。
しかし行うは難し。
生命の神秘とはよく言ったものだ。
「正攻法は無理、か。俺たちなりの方法を考えた方が良さそうだな」
「それがよろしいでしょう。冥界の王よ」
「眷属や召喚魔術の文献から手掛かりは得た。『黒猫』の魔装も参考になったな」
「そういえばレイ様の魔装に魂を実装する実験も行ったことがあるとか」
「残念ながら、人形では自己完結できない存在になってしまったようだが……実装自体は可能という結論らしい」
代謝が存在するかどうかは重要な点だ。
エネルギーを取り入れ、古くなった部分を排出し、器となる身体をアップデートできる能力がなければ自己完結しているとは言えない。このあたりが眷属や人形と、魔物を含む生命体との違いだろう。外部からメンテナンスを続けなければならないのでは欠陥があると言う他ない。
魔物も魔力で肉体を構築しているとはいえ、その機能は普通の肉体と同等だ。人間と近しい
良くも悪くも魂と
魔物は獲得した魔力によって肉体を維持し、それが失われれば体を失って死ぬ。そして現状の肉体では耐え切れない魔力に達すると、適応によって進化する。
単純なようで、魔物とて複雑な機能を持っているのだ。
「今まであまり気にしていなかったが、魔物という存在が必要だった理由も分かる。ルシフェルからすれば俺の存在はまさに渡りに船だったというわけか」
「世界は未だ、未熟なのです」
「そのようだな」
脳のような物体から手を離し、シュウはその場で腕を組んだ。
魔物、眷属、魂、生命体、そして不完全な世界。ここで得た情報を元に計画を練り直せば、望む結果が得られることだろう。
「世話になった、リリス」
「お帰りになられますか?」
「ああ。ルシフェルとアスモデウスに礼と挨拶をする」
冥界は機能こそしているが、まだ未熟な部分が存在する。だからダンジョンコアから干渉されるようなことも起こるし、それに対応させて冥界門や
世界をより良く、より面白くするために。
これこそルシフェルがシュウという存在を許容し、認める理由であった。
◆◆◆
妖精郷に戻ったシュウは、すぐにアイリスと計画に参加する妖精や精霊たちを集めた。一度情報を共有し、新しい議論を生むためである。その中にはかつてハデスグループを統率していたエレボスの姿もあった。
「まず、俺たち魔物の正体について議論する必要がある。そもそも魔物とは何だ? 人間はこの世の物質が生命体として機能し、そこに魂が宿ることで形を成している。動物だってそうだ。脳の機能制限もあって魂の全てを運用することはできないが、それでも魂を宿す物質であることに変わりない。だが魔物はどうだ? 魂によって肉体を構築し、運用している。成り立ちが全く異なっているのはなぜだと思う?」
この根源的な理由に挑戦するのは初めてのことだ。
妖精郷の住民はアイリスを除いて全員が魔物であり、そのルーツについてはとても興味がある。シュウの問いかけについてもすぐ議論が始まった。
「魔物とは現象ではないのか? 召喚魔術で構築する魔物には魂がない。我々もそれが始まりなのでは?」
「しかしそれでは魂が宿るという工程に違和感がある。魂が先にあり、そこに魔力が集まるはずだ」
「私もテルミナに同意だよ。やはり魂こそが先だ。魔導も魔術も魂に蓄積された魔力を運用している。身体だって同じ魔力から作っていることは既に示されたことだ」
「強い魔物は魂の力で自己再生するくらいだからな」
「進化もその一つだろう?」
「確かに」
「となるとクアールの言った現象って主張は少数派か?」
この計画に参加しているのは誰もが優秀な学者だ。
(我々のような霊系はそもそも肉体という器が希薄だ。魂によって繋ぎとめている感覚はある。
「そう考えると不思議ですわね。呼吸も必要ないのでしょう?」
「いやいや。私たち
(なるほど。魔物とは不完全であるが故の適応があるのかもしれないな)
「身体機能はあくまでも魔力を獲得する手段を増やすため、と割り切っていいのかもしれん」
(というと? 食事などのことか?)
「それだ」
魔物とは何か。
なぜ、魔物が生まれるのか。
この疑問は素朴でありながら不可思議な点が多い。魔力が集まったところに魔物が生じるとよく言われるが、魔物の中には繁殖する種も多い。寧ろ繁殖しないのは霊系や悪魔系、天使系、不死属系、鉱物系、巨人系くらいなものだ。故に魔力が寄り集まって生じるというだけでは説明が不足している。
「なら魔法って何だろうね?」
「位相の異なる魔力のことだよ」
「それは知っている。しかしなぜ得られるんだ?」
「今は関係ないでしょう」
「いや、否定から入るのはよくない。どこが気になったんだ?」
「魔法は普通の魔力を固有魔力に変換できるだろう? それってつまり、魂が主体になっているということの証拠じゃないのか? なぜ得られるのか分かれば、その関係性を解明できるんじゃないか?」
議論は徐々に白熱し、今回の計画からは少しずつ話が逸れていく。
不意にエレボスが元のテーマと関連付けた仮説を述べた。
「そもそも魔物とは魂の受け皿なのではありませんの? 漂う魂が魔力と結びつき、偶然にも生じてしまうのですから」
彼女の言葉は注目を集めた。
激しく議論していた彼らは口を閉ざし、エレボスの意見を吟味する。彼女の発言において重要な部分は前半だろう。魂の受け皿という部分である。
シュウも頷きつつ、エレボスを肯定した。
「エレボスが正解だろうな。ある意味ではクアールの意見も正しい。すなわち魔物とは、余剰の魂の受け皿に他ならない」
魂は高度な魔力の塊だ。
魔力を扱う土壌であり、精神の根源であり、記憶などもここに蓄えられる。しかしながら繊細であるがゆえに器が必要だ。冥界がなかった時代、現世を漂う魂は霧散して消えてしまっていた。死とはそのまま消滅を意味していたのである。
しかしシュウが冥府と煉獄を生み出し、冥界という魂のための世界を構築した。これによって死後の世界が誕生し、死という現象が一つの法則として成り立った。
そんな歴史的経緯がある。
「まだ魂が使い捨てだった頃、ルシフェルが生み出し、この世に解き放っていた魂には余りがあった。生物的な繁殖には制限があるからな。それで余った魂に魔力が結び付き……魔力が集まって器となる。それが原初の魔物だったようだ」
「シュウさん質問なのです!」
「なんだ?」
「魔物の種はどうやって増えたのです?」
「いい質問だ。その答えが今回、俺が提案する手法と関係している」
仮想ディスプレイを大きく展開し、そこに資料を映し出す。
「魔物の歴史について、少し講義しよう」
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