魔族篇 2章・精霊王女
第421話 子供の作り方
シュリット神聖王国は二代目聖守デュオニクスにより基盤が整えられた。聖守は一つの時代につき一人と決まっている。どれだけ年老いても当代聖守が死なない限りは新しい聖守も生まれない。そして聖守が息を引き取った時、生まれて間もない幼子にその資格が移る。
預言により示された次の聖守は保護され、十五歳になるまではヴァナスレイにて教育を施される。その十五年間は聖守不在となってしまうのだが、それでも聖石寮の統制が崩れることのないよう二代目聖守により整えられたのである。
暗黒暦一四〇〇年頃、丁度ヴァナスレイでは三代目聖守を育成していた頃に、アイリスは突如としてシュウにおねだりした。
「シュウさんシュウさん!」
「今日は何だ?」
ダンジョンコア捜索のため、二代目魔神スレイが潜む深淵渓谷を監視していたところだった。ここはかつて黄金要塞を吹き飛ばすべく禁呪《
冥界門にも利用している虚数時空を経由した監視用魔術を常駐させるシステムを組み、その運用実験を行っている最中でもあったのだ。
画面を閉じたシュウはどこか興奮した様子のアイリスの話を聞くべく姿勢を正す。
「シュウさん!」
「だから何だ?」
「子供を作りましょう!」
「は?」
その言葉に驚きすぎたのか、一周回って冷静になってしまう。
(俺に生殖能力はない。子供を作るってのはクローンでも作れということか? いや、確かにクローンに使えそうな覚醒魔装士の遺伝子情報は確保しているが……ついに生物実験に手を出すつもりか?)
理解が及ばず固まっているシュウに対し、アイリスは説明を続けた。
「私とシュウさんの子供が欲しいのですよ!」
「いや、無理だが?」
「それができるのですよ! 生命情報研究室が遺伝子情報の術式化に成功したのです。だから私とシュウさんの遺伝子情報を組み合わせて子供を作れるのですよ!」
「あぁ……そういう」
遺伝子情報は所詮、化学物質の組み合わせだ。
それらを魔力の配置として組み直し、術式化するのが生命情報研究室の役割だった。それが遂に成果を挙げたということもあり、その点ではシュウも感心する。遺伝子情報の術式化は予算申請のためにシュウの所にも話が回ってきていた。アイリスが興味を示していたので任せた記憶があった。
「つまり、俺とアイリスの生命情報を術式化して融合させる。その術式を元に生命体を創造するという解釈でいいか?」
「なのですよ!」
「子供ってそういう意味か」
「生命体と言っても物質的な肉体は困難ですからね。バグも発生しやすいですし、遺伝疾患とか寿命の問題とかが考えられます。だからシュウさんの性質を優先して霊系魔物を作るということを考えているのですよ! 研究室の人たちもノリノリでした」
「そりゃ革命的な発明だからな」
「いえ、そうではなくシュウさんのお世継ぎが生まれるかもということですよ」
「……」
魔物にもそういう概念があったのか、とシュウは内心吐露する。
寿命のない魔物は後継者を残す理由もない。またそれが必要だとしても、群れの中で最も強い個体が次のリーダーとなるだけの話だ。
(実際には世継ぎというより、そういう憧れのようなものか)
妖精郷には多くの人間的な文化が流れ込んでいる。かつては学術研究ばかりだった妖精郷も、今では文学や絵画、音楽といった芸術面にまで興味が広がっているほどだ。シュウもそれを許容した。その結果、魔物としては非効率で意味のないことにも興味を抱くようになっていった。
ただそれは悪いことばかりではない。
興味が広がることで学術研究においても新しいアイデアは生まれる。
こんなことがしてみたい。
あんなものを作ってみたい。
そういった興味が発展を促すからだ。
今回のこともシュウ・アークライトという存在の次世代を見てみたいという誰かの願いが実現された結果ということである。
「まぁ、興味はあるが」
「ですよね! ですよね!」
「……それによく考えれば、いずれ妖精郷の統治を任せるのもいいかもしれないな。今もアレリアンヌに頼っている部分が大きいが、あいつは王には向かない。大臣ってタイプだし」
「シュウさんは妖精郷を空に浮かべて隠すとか言ってましたよね。拠点を変えるってことですか?」
「初めはその計画だったけど、少し前に虚数時空の研究が実を結んだからな。虚数空間のような特殊空間に潜行させる手法も考えている」
「へー、そうなんですね」
「……本来はお前が担当する研究なんだが?」
「冥界門の運用実験してるって聞いたので別のことをやってたんですよねー」
「絶妙に飽きっぽいよな、アイリスって」
虚数時空の研究はアイリスの魔装についての研究から始まった。時間や空間にまつわる研究室は幾つか存在しているのだが、そのどれも初期段階でアイリスが関わっている。ただアイリスは時空系以外でも様々な研究室に顔を出していたので色々と伝手があった。
それこそ、アイリスが頼めば大抵の要望は聞いてくれるくらいに。
「話を戻すが、具体的な方策は?」
「生物が雄と雌から遺伝子情報を継承する仕組みも術式化済みなのですよ」
「それってつまり雄と雄、雌と雌でも交配できるってことだよな?」
「本来の目的はそれですよ?」
「……業が深い」
「今更なのです」
もはやどんな研究が行われているのかシュウでも把握していない部分がある。妖精郷においてマイナーな研究ともなると、このようにとんでもない目的で研究が行われていたりもする。
生命情報の術式化、および交配の仕組みの術式化を組み合わせれば確かにシュウとアイリスの間にも子供は生まれるだろう。生まれるというより、創れると言った方が正しいかもしれないが。
「参考になる論文はあるか?」
「ちゃんと用意してきたのです。これですね」
これも予想していたらしいアイリスはデバイスから論文データを取り出し、シュウのマザーデバイスに送信する。仮想ディスプレイが一気に四つ立ち上がり、そこに論文が表示された。
シュウはそれらを一つずつ読んでいき、偶に眉をひそめながらもその内容を理解する。生体にかかわる魔術はシュウの専門分野とも近い部分があるので、基礎から分からないということはない。シュウの専門は主に魂にかかわる魔術だ。死魔法を利用して冥界を作り出す時、魂については可能な限り研究した。また魂を搭載する器たる肉体についても基礎的な研究は終えている。
少しばかり難解なところもあったが、概要は理解を終えた。
「つまり魔術的に母胎の代わりとなる空間を用意するということか。時空魔術で領域を区切り、その内部の環境を整え、魔術で成長制御する。ただノイズの影響が強いみたいだな。動物実験では九割以上が異常個体で生まれたか」
「マクロ制御ですし分子配列なんかにも異常が出やすいみたいですね」
「今のところ制御できた例は魔力で肉体構造を作る時だけ、か。ただしこの場合は魂に結び付けるのは困難と」
「魔物として創った方がいいと思うのです。妖精系や霊系は魔物としての骨子も完全に解析済みですから、理論上不可能ではないみたいです。魂と器の結合はシュウさんがいますし」
「そこは俺任せなんだな。それで魂はこっちの論文を参照するわけか」
「シュウさんが基礎を固めた魂の改造を魔術に発展させたものです。無垢な魂を加工して望みの素質を与えたり、性格なんかにも影響を与える研究ですね」
「俺が言うのもアレだが無茶苦茶だな」
「シュウさんの死魔法の素質、それに私の時間適性を継承させてみたいと思ったのですよ!」
「なるほど」
魔力体、魂の両面においてシュウとアイリスの性質を引き継がせる。そんな二人の子がどのように成長するのか興味もある。
色々と準備は必要だが、シュウ自身もやってみたいと思うようになった。
「器としての魔力体は
「私としては自由に育ってほしいですけどねー。だって私とシュウさんの子供ですよ? 実験体として考えるのは控えてほしいのです」
「あー、それは悪かった」
「全くなのですよ!」
魔物としての日々が長くなるにつれて、人らしい感情は薄れていく。それはシュウも認識していた。
「遠くを見過ぎていたか」
もう千年以上は目的のため、色々と手を尽くしてきた。妖精郷の管理、冥界の調整、魔神術式の調整、スラダ大陸に出現した地下迷宮の調査、冥界門計画、そして最近は生存が確認できたダンジョンコアの捜索と討伐計画。やることが多く、ゆっくりする時間などほとんどなかった。
「冥界門の監視もある。魔神と聖守を監視すればダンジョンコアの足取りも追える」
「地下迷宮を使った人間の養殖も冥界門のお蔭で限定させられましたし、ダンジョンコアが力を取り戻せるのも相当先だと思うのです」
「その結論に至るまでかなりかかったがな」
「この前の戦いで千年分以上は削ったでしょうし、分霊化で質も劣化していると思うのですよ」
迷宮魔法は空間を切り取り、独立化させる能力だ。その内部はダンジョンコアの思うがままにできる。地上の氷河期を利用し、ダンジョンコアは安全で暖かい地下空間を作り上げた。終焉戦争後の人々は地下迷宮に入ることで現代まで生き延びたという経緯がある。
しかしこの迷宮魔法だが、非常にコストパフォーマンスが悪い。そもそもスラダ大陸のほぼ全域に広がっているというのは勿論だが、場所によっては地下百階層以上もの深さすら持っている。それだけの魔法を維持するためには相当な魔力を消耗してしまうだろう。
だから地下迷宮に住まう人間から魔力を徴収したとしても利得は少ない。少なくとも数年程度ではとても回復しきれない。それこそ全ての魔力を魂ごと回収してしまえば話は別なのかもしれないが、それでは継続性がないためシュウに見つかった時点で終わる。しかも冥界門によって煉獄が閉じられてしまったので、新しく魂を確保して養殖することができなくなった。
つまりダンジョンコアは慎重に時間をかけて魔力を回復し続ける他ないのだ。
少なくとも、現時点では。
「折角引き離したんだ。こちらも地盤を広げて固めて差を作っておこう」
◆◆◆
その日の内からシュウとアイリスは子供を作るべく専用の実験室を用意した。新しい試みということで補佐役を選び、そのためだけの空間を用意する。またいきなり本番というわけでもない。
「設備を整えるだけで二か月か」
「意外とかかりましたよねー」
「一大プロジェクトだからな。人員も機能も最上級で用意するのは当然だ」
「シュウさんも意外と乗り気なのです?」
「やるなら本気だ」
生命情報研究室の成果を基に、シュウとアイリスの生命情報から子を創造する。今回の場合、器となる身体は勿論だが魂魄情報の継承も必要だ。魔力量や才能が遺伝するのは肉体情報だけでなく、魂に付随する情報も素質として継承されるからである。
調整を誤れば魂に余計な記憶や精神的傾向が含まれるかもしれない。
ともかく実験成功例が少ないので、予想はできても予測はできないノイズが混じると考えられている。それを減らす努力は惜しまない。
「さて、始めるか」
「ですね」
お互い、示し合わせたわけでもなく同時に髪を一本引き抜いた。
本来ならばシュウとアイリスの生体情報を完全術式化して合成すれば良い。しかし可能な限り自然に近づけるというのが今回の手法だ。なので髪の毛から採取した生体情報を元に生物的プロセスを辿って器を作り出す。
魂と器は密接な関係にある。
別物でありながらお互いに影響し合うのだ。この器が形成されるプロセスの段階で魂を入れ込み、その段階で魂に対しても素質を封入する。
「言葉で説明すれば簡単だが、実際は複雑怪奇なプロセスを辿っている。それに
「ですねー」
「一定まで生体情報が完成すれば
「理論上は問題ないんですけど、微細な影響が面倒なんですよねー」
「それを可能な限り排除するのがこの装置、だろ」
理想値はいつも紙の上にしかない。どれほど精密な状況を整えたとしても、ミクロな要因から大きなずれを引き起こすことはままあることだ。
だから理想値へと近づけるため、相応しい環境を一から構築した。空間魔術と死魔法によって余剰エネルギー皆無の領域を作り出し、そこに必要物を魔術で揃えていった。賢者の石の処理能力があってこそである。このために妖精郷の環境システムを整理したほどだ。
「空間内部に転送するための仕組みは虚数時空を介しているから影響なし。とはいえ上手く
「シュウさん、そろそろ」
「ああ」
感傷もこのくらいにして、シュウは周りを見渡す。補佐として装置の操作をしている妖精や精霊たちに向かって命じた。
「これより計画を開始する」
一気にディスプレイが立ち上がる。
どんな情報も逃さないとばかりに様々な数字が流れ、リアルタイムでグラフ化されていた。起動中の装置は全部で十六。その一つ一つの内で新しい生命体が創造されようとしている。
「さて、どうなるか」
それらを眺めるシュウは、どこか愉しそうであった。
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