第389話 フェイの油断


 フェイが密かに持ち帰った遺物により大金を稼いだと知り、ゼクト達は気が気でなかった。いつの間にという羨ましさと、出し抜きやがってという恨みが渦巻いているからだ。

 彼らは自分たちで金を出し合って借りている一軒屋に集まり、声を潜めて話し合った。



「どうする?」

「どうするだって? そんなの一つだ。奴を問い詰めてやる」

「いや、待て。冷静になれ。それよりもあの野郎を追尾した方がいい。そうすれば俺たちも美味しい思いができるかもしれん」

「どういうことだロビン」

「いいか皆。フェイの野郎はたまに一人で迷宮に潜ってやがるんだ。こいつはギルドの連中も把握しているらしい。俺たちに隠れて迷宮に行ってやがった」



 彼らは迷宮から帰ってきた後、フェイのことなど知らんとばかりに酒盛りしている。そのためフェイの動向について全く知らなかった。しかし他のギルド員たちは認知していたらしい。特に有名というわけではないが、夕方ごろから迷宮の踏破区域に向かうフェイを見た者がいた。

 踏破区域は比較的安全なので、フェイのように戦闘力のない者でも歩き回ることができる。その代わり旨味もないため、本当に散歩にしかならない。考えられるとすれば、偶然にも見逃されていた遺物を奇跡的に発見したというものだ。



「あいつの異空間収納は小さい。つまり、まだ遺物が残っている可能性もある」

「確かに」

「そうじゃなくとも、あの野郎から俺たちの分け前を貰わないとな」

「その通りだ」

「うんうん。パーティの決まりだからな。分け前はしっかりと貰うべきだ」



 普段からフェイに対して正当な分け前を与えていないにもかかわらず、都合の良い時だけはパーティの決まりを主張する。それが不当なものであることを彼らは理解しながら、このような行為に及んでいた。



「決まりだな」



 予定調和の如くゼクトが告げる。



「今度、フェイを追跡する。その後は……分かるな?」



 小さな異空間しか使えない足手まといの荷物持ちなら切り捨てても問題ない。ゼクト班はそのような意見で一致した。








 ◆◆◆









 迷宮の中、眠りから覚めたフェイは飛び起きた。比較的安全なエリアとはいえ、迷宮内で無防備な姿をさらしてしまったのだ。反射的に周囲を警戒してしまう。

 そこで彼は目にした。

 引き込まれるほど深い瞑想をするアリエットに。



「……起きたのね」

「え、あ、はい」



 アリエットが瞑想を解くと、途端に静謐とした空気が溶けていった。少しとはいえロカの秘術を学んだフェイは結界が解除されたのだと理解する。

 そして同時に思い出した。



(そっか。修行をして、いつの間にか眠っていたんだ)



 封印術の練習をしていたところまでは覚えているが、途中から曖昧だ。魔力が一定値を下回ったことで気絶してしまったのである。不甲斐なさで恥ずかしくなり、目を伏せてしまう。

 そんな様子を見たからだろう。

 アリエットはフェイの側に近づき、ポンと頭に手を乗せた。



「気にすることないわ。あんたは充分やってる。それにあんたの実力なら一人でも迷宮に潜れるようになるわよ。魔物は倒せなくても、感知して回避すれば奥までいけるでしょ」

「でも」

「一人なら分割しなくていい分、稼ぎも多くなるわ。あんたの場合は異空間に収納もできるから、一人でも問題ない」

「でも、ゼクトさんたちは恩人なんです」

「……恩人だから、義理があるから現状を受け入れているの?」

「僕の両親が亡くなった時に引き取り手になってくれたんです。僕がこうしてギルドに所属できているのもゼクトさんのお蔭なので」



 フェイの言葉の途中で、アリエットは分かりやすく溜息を吐いた。あまり一方的にフェイを責めることはできないが、それでも考えが浅すぎる。自分が虐げられているということに気付いていない。



「少し話を聞いたけど、あんたのパーティは充分な報酬を払っていないわ。それくらいは気付いているんじゃないの?」

「それは……ですが」

「ですがじゃないわよ。おかしいことにおかしいと言えないなら、それは異常よ」



 言い返すことができず、フェイは黙り込む。

 紫水花は元から遺物を採取することを目的としているので、手厚い制度があることは間違いない。しかしパーティの内部にまで干渉してくることはない。基本的にギルドはパーティに対して平等だ。しかしパーティ内のことはそれぞれに委任されている。

 この仕組みのため、ゼクト班の中でフェイが虐げられていようと、ギルドが動くことはない。仮にわかっていたとしても、パーティ内の問題として処理される。この問題がパーティを跨るようであればギルドも動くが、それすなわちフェイのことは自分で動かなければどうしようもないということである。

 かなり大きなギルドなので管理の簡略化のためには仕方ない。

 ただ全てのギルドがこのような形態をとっているわけではなく、たとえばジェスター・ファミリーなどは一人一人に気を配っていた。



「ま、あたしにできることはないわ。でも独り立ちするなら早い方がいいわよ。恩がどうとか言っているけど、本当は独立が怖いんでしょ? 一人で生きていけるか心配なんでしょ?」

「僕は……」

「必要だと思う力は教えてあげる。でも、行動を起こすかどうかはあんた次第よ。あんたじゃどうしようもないことなら……多少は力になってあげてもいいけどね」

「キュッ! キュキュ!」

「ほら、その子も言っているわよ」



 本当にアリエットの言葉を理解しているのかは不明だが、ルーも飛び跳ねて必死にアピールする。それを見たフェイもどこかその気にさせられる。本当に信頼できるのはずっと同じパーティとして迷宮に潜ってきた仲間ではなく、心から気遣って力づけてくれる魔物だったと気付いた。



「恩にかこつけて搾取してくる奴なんて、仲間でも何でもないわよ」



 アリエットは最後にそう告げて、去っていった。

 ルーと共に残されたフェイはしばらく考え続けた。都合の良い関係ではなく、自分らしく生きられるためにはどうすればいいのか。そんなことを考える余裕すら取り戻していた。









 ◆◆◆









 最大級ギルド、戦士のねぐらは聖都アバ・ローウェルには勿論だが、主要な街にも幾つか支部を持っている。戦力も財力も権力までもが最大級のギルドなのだ。迷宮探索を目指す子供たちからすれば憧れのギルドということになる。

 自然と戦士の塒がある街では他のギルドも勢力が小さくなり、時代と共に吸収されて自然消滅することになった。

 シュウはアバ・ローウェルの本部に侵入して調査を試みていた。



「ま、流石に分かりやすい資料はここにないか」



 潜入する際は堂々とする。

 これが色々な場所に侵入してきたシュウの持論である。大きな組織であれば、意外と気付かれない。周囲を気にするなどの態度を取っている方が不審に思われてしまう。逆に隠れるときは霊体化と透明化を使って完全に隠れる。

 今回は姿を見せて、堂々と入り込んでいた。

 戦士の塒は三階建てで石造りの頑丈な建物だ。そして地下室もある。シュウは二階にあるギルドの資料室へと入り込み、戦士の塒というギルドそのものについて調査していた。調査内容は主に成り立ちや簡単な歴史である。

 棚に資料を戻したシュウはその場で少し考えこむ。



(歴史的に魔神教が深くかかわっていることは確かだな。魔神教は上手くギルドを使って迷宮から遺物を集め、ギルド側も恩恵を受けることで成長してきた。それが顕著だったのが戦士の塒。この癒着は今も強くなり続けている……)



 その証拠が咎人制度だ。

 犯罪者からあらゆる権利を没収して奴隷のように扱うというこの仕組みだが、この咎人たちは国中からアバ・ローウェルへと集められ、戦士の塒へと提供されている。より正確には聖堂が保有する咎人を有料で貸し出していることになる。

 深い関係にあるのは明らかであった。



(魔神教を仕切っているローウェル一族にとっては手足の一つというわけか。そして戦士の塒もその立場を好ましく考えている。やはり魔神教側も後で調べておくとして、ギルドマスターの思惑については知っておきたいところだな)



 本当のところは西グリニアの動向などシュウにとっては無関係で、どうなろうと知ったところではない。しかしながらこの動きの激しさを鑑みればやはり勘ぐってしまう。



(いるのか? ダンジョンコアの意思が)



 シュリット神聖王国ではそれを確認した。

 より深い関係のある西グリニアならば疑うのも無理はない。

 そして疑いがあるのならば徹底的に調べるのがシュウである。色々と邪魔になる存在を許すはずもなく、完全に叩き潰すつもりでいた。出し抜かれないよう、できることがあるなら手間を惜しまない。確証が得られるまでしつこく調べるつもりだった。









 ◆◆◆









 少年フェイの予定は所属するパーティが迷宮に潜るかどうかで変わる。前の迷宮攻略でゼクト班のメンバーの一人が大きな傷を負っていたので、この日は休日となっている。それはフェイにもあらかじめ知らされていた。

 そしてパーティとして迷宮に潜らない日、フェイはたった一人で迷宮に潜るのだ。以前、召喚石を換金したお蔭で生活には余裕があり、充分に食事をとった後に出発する。格安で借りているギルド員専用のアパートメントから出て、市場へと赴いた。



「アリエットさんにちゃんとご飯は食べるように言われているし、お昼ご飯を買わないと……それにルーの分もいるよね」



 こういう時に便利なのがフェイの魔装だ。

 異空間収納へと買ったばかりの料理を仕舞っていく。売り子たちには『羨ましい魔装だね』などと声をかけられたが、フェイは愛想笑いで返し続けた。

 アリエットに肯定的に諭されるまで全く気付けなかった。

 自分の魔装の持っている価値に。

 きっと今までもそれに気付ける要素は散らばっていたのだろう。



「頑張ってきなよ坊や」

「あ、はい!」



 ちょっとしたエールも受け取り、召喚石で稼いだ金を渡す。アリエットから恵んでもらったお金に等しいので気が引けるものの、必要なことだと考えて使っている。

 昼食にする予定の食事を収納した後、迷宮に向かうのだった。







 ◆◆◆







 足取りの軽いフェイの後ろから追跡する者がいた。その者の名はバード。紫水花ゼクト班で斥候役を任されている。神出鬼没の魔物をいち早く察知し、パーティに伝える彼からすれば、小僧一人を追跡することなど他愛ないこと。



(ちっ……やっぱりフェイにしては金払いがいい。資金を隠してやがるな?)



 市場で買い物をするフェイを見て確信した。

 やはり迷宮で遺物を見つけ、換金して大金を手に入れたというのは真実なのだろう。フェイが異空間を持っているのでバードでは探れない。



(どうにかして換金した財を出させる必要があるな。まずは持っているかどうか、だが)



 実を言えばゼクトたちはギルドのアパートメントに向かっている。勿論、目的はフェイの部屋を漁ることだ。そちらは任せるとして、バードは身軽なまま追跡を続けた。こういったことには慣れているのか、特に怪しまれる様子もない。

 気付かれない距離を保つことに苦労はなかった。



(金があればジズの治癒も進められる。それに俺だって遊んで――)



 自然と舌なめずりをしていた。








 ◆◆◆







 フェイは迷宮に潜る際に印を組み、感知結界を張ることが癖になっている。一人でも安全に迷宮を動けるようにと教わった術だが、これを知って初めてフェイは自分がどれほど危険なことをしていたのか気付けた。



(やっぱり、広範囲にがあるのは大きい……)



 踏破済みの領域は比較的安全で、魔物も雑種ウィード級がほとんどだ。しかし感知してみれば結構な数が潜んでおり、一斉に襲ってきたとすればフェイも死んでいた。雑種ウィード級の魔物にそこまでの知能がなかったのが救いだった。

 できる限り魔物を避けるように移動していく。

 不意にフェイは振り返った。



「……やっぱり気のせい?」



 魔物とは違う何かを感じた気がした。

 だが振り返ってしばらく見つめても何かがあるわけではない。しかもこれは一度ではなく、既に五回は感じている感覚だった。

 こんな時、一人で迷宮にいると不安になってくる。

 だから足を速めていつもの場所へと向かった。






 ◆◆◆







 フェイを追跡するバードは息を潜め、本気で追跡に挑んでいた。所詮は足手まといの荷物持ちだと侮っていたが、彼の予想をはるかに超えてフェイは感覚が鋭い。何度も追跡に感づかれそうになり、その度に気配を消して隠れてきた。



(くそ。一定まで近づいたら勘づきやがる。あんな能力を持っていたのか?)



 これはバードにとっても計算外のことだった。簡単なことだと思っていたので一人で望んだが、寧ろこれでよかったと安堵する。他の奴らがいたら気取られていたに違いないという確信があった。

 非常に腹立たしく、また悔しいことだが認める他ない。

 だが同時に、バードはまだ自分の方が上だと考えていた。



(逃がさねぇぜ、フェイ)



 足跡、音など、直接追いかける以外にも追尾する方法はある。

 魔物と遭遇しないようにしつつ、フェイの後を追い続けた。








 ◆◆◆








 いつもの場所に辿り着いたフェイは、念のために周囲を確認する。教わった感知結界を張り、誰も、魔物も周囲にいないことは調べた。

 それから小声で呼びかける。



「ルー、来たよ」



 すると崩れた遺跡の隙間から羽の生えた兎が姿を現した。羽兎ラビリスのルーは匂いでフェイだと理解し、興奮した様子で飛び跳ねる。そしてフェイもルーを抱きかかえた。



「今日はルーのごはんも持ってきたからね。ほら、これだよ」

「キュッ」



 フェイはクローバーの束を取り出した。これは迷宮に入るまでの間に摘んでおいたもので、ルーは嬉しそうに頬張っていく。

 また異空間収納から焼いた肉を取り出す。街の狩人たちが仕留めた野生動物を焼いたもので、貧しい内は口にすることもできない。だが召喚石を換金したお蔭でフェイにも余裕がある。こちらはフェイの食事だった。



「そういえばルーは進化するの? 魔物って進化するんだよね」

「キュ?」

「ずっとルーといるけど、君はいつもそのままだよね」

「キュキュ!」

「うん。君は君のままでいいよ」



 そっと背中を一撫ですると、ルーは気持ちよさそうに目を閉じる。これだけ見ればとても魔物とは思えないし、害をなしてくるようには思えない。実際、魔物の中には人間と敵対しない種も存在している。妖精系などはそれが顕著で、広い目で見れば全ての魔物と敵対する必要がないと分かる。

 魔神教に触れている限りは思いもつかない価値観だ。

 またこの光景は誰にも見られてはならない。



「君を見ていると、聖堂の教えが本当に正しいのか分からなくなるよ」

「キュ?」

「って君に言っても仕方ないよね」

「キュ!」



 西グリニアは魔神教を絶対と定めており、生活における暗黙のルールから、順守すべき法に至るまで聖堂が関係している。だが実際には魔神教を取り仕切っているローウェル一族の独裁状態に等しい。フェイからすれば意味の分からない決まりや、納得しかねる決まりも幾つかある。

 咎人制度もその一つだ。

 ちょっとした出来心ですら許されなくなった今、普段の生活ですらピリピリとした緊張感に苛まれてしまう。正直に言えば暮らしにくい世の中になってしまった。
















「おいおい。とんでもねぇ所を見ちまったじゃねぇか」



 悪意がすぐそこまで迫っていた。





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