第388話 醜い欲
その日はゼクト達にとってツいていない日だったと言う他ない。知らぬことで搔き乱され、結果として仲間は重傷を負ってしまったのだ。そのせいで大した探索もできず、治療費だけが大幅にかかってしまう。長く付き添った仲間なので決して見捨てるつもりはないが、面白い話ではなかった。
帰り道にその腹立たしさをフェイで晴らした後、ギルドの食堂で彼らは愚痴を言い合う。
「くそぉ……なんだってんだよ」
「意味が分からねぇよな。あれだけの奴らが言ってきたわけだし、俺たちを動揺させようって意地汚い魂胆じゃないと思いたいが」
「そもそも何の噂なんだ? 話を聞く限り俺たちが何か儲けたってことらしいが」
「分からんなぁ」
治療費もかかってしまったので不味い安酒で愚痴り合う。
腹を突き刺されたジズの治療にはかなりの時間がかかることだろう。聖堂で治癒魔術を依頼するとしても簡単に治るわけではない。ギルドからの補償もあるので聖堂に収める金を用意することはできるものの、その間は迷宮奥まで潜れないのが辛い。
深い溜息を同時に吐く。
そんな辛気臭い雰囲気を出していたからだろう。別のパーティがゼクト達に話しかけてきた。
「どうしたんだよお前ら」
「ふん。どうもこうもねぇよ。ジズが大怪我負っちまったんだ。お蔭で俺たちはしばらく仕事にならねぇ。奥まで行くのは無理だろうさ」
「はははは。そりゃあれだ。上手くいく時もありゃ、いかないときもある。それだけのことさ。お前らゼクト班は前の迷宮攻略で大物を持ち帰ったって噂だぜ?」
「はぁ?」
ゼクトは思わず素っ頓狂な声を上げた。
そして今こそ噂の正体を聞きだすチャンスだと考え、不機嫌そうな態度で問い詰める。
「その噂、意味わかんねぇよ。俺たちはそんなの見つけてねぇぜ?」
「ん? おいおい冗談はよせよ。お前のとこの荷物持ち……フェイ坊が換金所に持ってったブツのせいで職員たちが騒いでいたぜ。今まで見つかったのことのない遺物が見つかったってよ。お前らが稼ぎ場所を隠したいのは分かるけどよ。ちょっとくらい教えてくれたっていいじゃねぇ――」
「おいおいおいおい。待て待て待て待て。何のことだ? 俺たちはそんなもの本当に知らねぇぞ。お前たちはどうだ?」
「俺も知らんな」
「初めて知ったよ」
「俺もだ」
「何だよ。冗談はよせよ。もうギルド内じゃ結構な噂になっているんだぜ?」
ゼクト達は顔を見合わせる。
本当に心当たりがないのだから仕方ない。その様子を見てゼクト達に近づいてきたパーティも何かおかしいと悟ったのだろう。こんな提案をした。
「ホントに知らねぇなら換金所の奴らに聞いてみればいいんじゃないか? 俺たちはもう行くぜ。何か分かったら教えてくれよ」
すっかり酔いも覚めてしまったらしいゼクトたちは、示し合わせたわけでもなく同時に立ち上がる。そして無言で換金所の方へと向かっていった。
◆◆◆
フェイは所属するパーティの迷宮攻略が終わると、一人で迷宮に潜る。その目的は家族のように可愛がっている
「ちゃんと食べているみたいね」
「はい。お陰様で」
「あんた意外と魔力あったのね。今までちゃんと回復しきっていなかったんじゃないの?」
「そう、なんですか?」
「魔力はよく食べてちゃんと寝ないと回復しないわ」
そうだったのか、とフェイも神妙な表情を浮かべていた。
またアリエット自身も少し驚いている。フェイの魔力は少ないのだと考えていたが、それは現在量の話だった。しっかりと魔力を回復させれば、充分と言えるほどにある。これまでよほど栄養不足だったのだろう。そのせいで魔力が回復しきらなかったのだ。
そもそも異空間収納という特異な魔装を持ち、それを迷宮探索で常用しているフェイの魔力が伸びないはずがない。アリエットにとっても嬉しい誤算であった。
「これだけ魔力があるなら封印術も使えそうね。あんたの魔装と組み合わせれば遠くにある物体を自分の異空間に収納することができるかもしれないわ」
「それは便利そうです! だよねルー」
「キュッ!」
「今から対象を異空間に引きずり込む封印術を教えてあげる。本当は固有の亜空間を生成するための前提魔術があるんだけど、あんたはそれを魔装でクリアしているし」
「はい! あ、でも僕の魔装は容量がとても小さいです……薬瓶とか布とか、食料とか、大きめのバッグに詰め込める程度のものじゃないと入りません」
「そんなの魔力が増えれば自然と容量が増えるわよ。ちゃんと食べて魔装に魔力を注いで、容量を増やすようにすればいいんじゃないの?」
「よ、よく知っていますね」
アリエットも同じ魔装使いであり、空間魔術についての造詣が深い。経験的にフェイの魔装の内容を読み解き、一つの解決法も編み出していた。
そもそも魔装とは魂に張り付いた生まれ持っての術式だ。
術式を組み立てるまでもなく既に生成されており、この術式は精神的な成長や意志の持ちようによって追加されたり改変されたりもする。これが魔装の成長というものである。この分析によると、そもそもフェイは亜空間を精製するために必要な術式は保有している。容量が小さいのは、単純に小さな魔力で運用しているからに過ぎない。つまり今まで制限されていた魔力を充分に注げば、比較的簡単に容量が拡大する可能性が高いのだ。
今でこそ失われた魔装士の教育法を元にしっかりと鍛えれば、充分に化ける。
(この子ならあたしの
アリエットは何も善意だけでフェイを教育しているわけではない。彼の空間魔術に対する適性を知り、ロカ族の血に取り込むべきと考えたのだ。歳の差はあるものの、覚醒して不老となったアリエットには関係ない。いずれフェイの年齢が追いつくだろう。その頃にはロカ族にも匹敵する術者になっていると予想している。
彼女はスレイへの復讐を忘れたことはないが、一族の復興についても考えていた。
それを思えば魔神教において禁忌とされている魔物との触れあいもリスクとは思わない。
「アリエットさん?」
「ああ、ごめんなさい。封印術は結界よりも難易度が高いし、印も複雑よ。今から教えるけど、いい?」
「はい! お願いします!」
「いい返事ね」
アリエットは手本の印を結び、それなりに大きな岩石へと封印術を仕掛ける。すると術式がターゲットの岩石へと張り付き、一瞬に消えてしまった。アリエットの保有する異空間に封じ込められたのである。
「今からやってもらうのはこれよ。魔力抵抗のない物体なら簡単に封じられるわ。実戦で使うなら他にも補助術式が必要なんだけど、まずはこれができないと話にならないわよ」
これまでとは違う大技を目の当たりにして、フェイもやる気を膨らませた。
◆◆◆
アリエットが独自に力を高めるべく活動する中、シュウは独自に情報収集を進めていた。迷宮魔力を宿すアリエットから目を離すのは少し不安だが、そちらはアイリスに任せてある。なのでシュウは今の西グリニアについて事情を深く知ろうと努力していた。
「……また面倒な状態に落ち着いたらしいな、魔神教は」
夕方、聖堂の屋根に腰かけたシュウは呟く。
首都アバ・ローウェルといえど夜はすっかり暗くなる。街の灯は等しく消されていき、一部の篝火を除けば光はほとんどなくなるだろう。
だが聖堂から続く大通りには武装集団が集まり、隊列を組んでどこかへと向かっていた。当然、これから山水域地下迷宮へと潜るのである。戦士の
そしてこの大戦力の内、三割は迷宮に潜るとは思えない軽装備の者たちだった。
この者たちに共通するのは顔に刻まれた黒い紋様だった。迷宮より発掘した遺物を元に開発した奴隷化の魔術である。罪印と呼ばれるそれを刻まれた者たちは等しく人権を奪われていた。
「新しい顔ぶれが増えているな。咎人を追加したか」
シュウが調べた限り、戦士の塒は迷宮の探索区域を分かりやすく広げている。持ち帰る遺物の量も驚くほど増えており、遺物研究も活発化していた。
その理由は魔神教が新たに定めた咎人制度である。
どのように扱ってもよい咎人は、迷宮攻略において肉壁として用いられる。本当に文字通りの肉壁だ。仮に未知の魔物が出現したとしても、軽装備の咎人を壁にして戦う。その際にどれだけ咎人が犠牲になろうと構わないというスタンスである。
持ち帰った遺物のことを思えば、この犠牲は多すぎるほどだった。しかしながら咎人という使い捨てにして良い存在を気遣う必要はないので、誰も文句は言わない。寧ろ素晴らしい成果を出したと誰もが戦士の塒を称えていた。
表向きは。
「これは戦争準備というのもあながち間違いじゃないな。ローウェル一族の目的が権力集中だとするなら、やはり邪魔者の
西グリニア全体で咎人制度を利用した奴隷化が浸透しつつある。この制度を使ってライバルを咎人にしてしまい、一気に追い落とすという手法が用いられるようになったのだ。その際の理由として用いられるのが異端である。
魔神教は
咎人制度が施行されてから僅かな間で権力は整理され、ローウェル一族に歯向かう者たちは露と消えてしまった。
「あまりにも効率的。何かが介入している? シュリット神聖王国の預言石のように……」
立ち上がったシュウは、これから迷宮に潜ろうとする一団を見下ろす。
「ギルドのことも少し調べてみるか」
◆◆◆
紫水花のゼクト班は換金所に詰め寄り、事情を問いただしていた。それは勿論、自分たちが迷宮で大物を発見して持ち帰ったという噂についてである。すると若手の職員が申し訳なさそうな様子で頭を下げつつ説明した。
「すみません。あの件については口止めしていたんですけど……」
「は?」
「すみませんすみません」
職員は何度も謝罪するがそういうことではない。
ゼクトは何かがおかしいと感じて、思い切って尋ねてみた。
「俺たちが大儲けしたってのは何の話だ?」
「え? え? あの……この前のアレですよ。ゼクトさんたちが持ち込まれたアレです」
「アレってのは? 心当たりがないんだが?」
「へ……でもゼクトさんのところの荷物持ち君が換金にきましたよ。随分と大物だったんで僕たちも査定に困ってしまって。でも最終的には良い値段が付いたんで、それで噂になっているんです。本当に分からないんですか?」
意味が分からない、といった様子の職員に嘘は見えない。ゼクト達は顔を見合わせどういうことなのかと互いに牽制し合う。実はお互いの知らぬ間に誰かが大金を手にしたのではないかという疑心暗鬼に陥ってしまったのだ。
ただ、ゼクトは念のためにもう一度聞く。
「おい。それは本当に俺たちのとこの荷物持ちだったんだよな?」
「間違えませんよ。ゼクトさんは換金をいつもあの子に任せていますから」
「つーことは、あの野郎……俺たちに隠して遺物を回収していやがったな」
「へ?」
「……その遺物が見つかった場所はどこなんだ?」
「知りませんよ。そのあたりの情報公開はパーティに委ねられますし、てっきり秘匿しているものだと。あの、本当にご存じないのですか?」
何かがおかしいと感じたのは職員も同じだった。
そしてゼクトは腹立たしいと感じる。使いパシリの分際で自分たちを出し抜き、大金を手にしているという事実を許せそうにない。
「分かっているな? お前ら」
パーティメンバーにそう告げたゼクトに、皆が頷いた。
醜い欲望と嫉妬がフェイに注がれようとしていた。
◆◆◆
アリエットは疲れ果てて眠ったフェイを置いて、自分の修行に専念していた。幾つもの印を重ねて術式を強化していく。
ロカの秘術は詠唱の代わりに手を使って印を組むという特殊な方式を使っている。隠密性の高い方式であり、更に言えば術式を追加することで後述強化することも可能だ。決まった詠唱で術式を組むアポプリス式魔術よりも応用力が高い。修行次第では同じ術式を幾つも重ねるような強化方式も可能となるだろう。アリエットが練習するのもこれだった。
(……制御能力が足りない。あたしは魔術の他に魔装もある。スレイよりも上手く使うなら、基礎能力を鍛えないと)
自分を見直したことで課題も見つかった。
色々と新しい力を身に着けることも手っ取り早い強化だが、使いこなせなければ意味がない。特に同時に使いこなせるならば戦術の幅も増える。大きな術式を同時に扱えるだけの分割思考、それを使うための戦闘経験値、当然だが一度に扱える魔力量も増やしたい。
ふと、自分の感知領域に何かが紛れ込むのを感じた。
それは侵入してきたのではなく、唐突に空間を割って現れたようだった。そちらに目を向けると、時空を操る魔女の姿。
「なんだ。あんたね」
「進んでいますか?」
「少し伸び悩んでいるわ」
「この前の修行で鎖の魔装を使う方法は分かったんですよね? 試さないんですか? 前に
「あの程度じゃ使っても意味ないわよ。もう少し考えるわ。あたしの異空間に確保しているけど、気分がいいものじゃないし」
「そうですか」
唐突に現れたアイリスを見ても驚くことはない。寧ろこの魔女ならできて当然くらいに考えていた。だがそれでも疑問だった部分があるのだろう。
一つ質問をする。
「そういえばどうやって転移したの? 結界張ってたんだけど」
「ああ、阻害結界があったんですね。転移しにくいと思ったのですよ」
「ちょっと自信失くすわ」
通常、外と迷宮の間は転移することができない。その理由は迷宮魔法によって世界が隔離されているからだ。不連続世界であるため、時間同期ができない。だから時間操作を駆使することによる転移ができないようになっている。
しかし山水域では事情がことなる。
それは迷宮が地下だけでなく地上にまで侵食しているからである。一連の迷宮領域として認識できるので転移可能なのである。
「で、あたしはどうすればいいかしら?」
「そのままでいいですよ。アリエットさんの場合は魔装との組み合わせで異空間生成を鍛えればいいと思うのですよ。今も使っていますよね?」
「そうね。できるだけ広げて強度も強めているわ」
「封印用の異空間は常にリソース確保した方がいいですよ」
「努力するわ」
ロカの秘術が時空を操るものである以上、アイリスほどの講師はもう他にいない。アリエットも自分を越える使い手であることを理解しているので素直に従う。
またアリエットの魔装との兼ね合いもあり、異空間生成を鍛えさせている。
いずれ噛み合えば大きな力になるだろう。
そのようにアイリスも調整している。
(シュウさんも不穏な情報を集めているみたいですし、間に合うか少し心配ですねー)
どこか不安を覚えるような予感を感じるアイリスであった。
しかしそれを口に出すことはなく、ある程度はアリエットの修行を見た後に転移で去った。
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