第387話 ゼクト班の違和感


 近頃、花の街が騒がしくなっているのをアリエットも感じていた。変化したのは咎人制度が始まってからである。人々はよそよそしくなり、街の周りに生息していた兎系魔物も全て排除された。また兎系魔物を討伐する際に一部は散り散りに逃げてしまい、周辺の生態系を狂わせた。自分の縄張りを持つ強力な魔物が怒って花の町までやってくることもしばしば。治安維持を主な役割とするジェスター・ファミリーが常に主力を配置し、見回りも強化している。数日に一回は強力な魔物の襲撃があるため、住民も常に気を張っていた。



(なんだか迷宮に潜る人も増えたわね)



 アリエットが迷宮に入るのは夕方が多い。多くの探索者たちが迷宮から帰ってくる中、彼女は地下へと潜っていく。色々と秘密が多いので、なるべく人の少ない時間帯を選んでいるのだ。

 だが、この頃は夕方以降でも迷宮に入ろうとする者が幾らかいた。そういった者たちは泊まりで迷宮攻略する猛者たちで、地図情報のある奥の方まで向かう。なのであまり開拓されていない方へと進むアリエットとは被ることがない。

 もうすっかり慣れたルートを辿り、誰もいない方へと進んでいく。

 出現する魔物は射出した鎖で貫いて倒し、森林が広がる空間へと出た。ここから奥へ進むと、いつもフェイと会っている遺跡となる。



「あら、もういたのね」

「アリエットさん! お久しぶりです」

「キュッ!」

「ええ久しぶり。それにルーもね」



 羽兎ラビリスのルーは飛び跳ねながらアピールする。もうすっかりアリエットにも慣れてしまい、警戒心を微塵も持っていない様子だ。



「そうだ。アリエットさんに教わった印の練習をしていたんです。結構速くなったと思うんですけど」

「なら見せて。順番にね。速さも大事だけど、正確さも重要よ」

「はい!」



 早速とばかりにフェイはロカの秘印を組んでいく。彼の言った通りかなり練習したらしく、熟練とまではいかなくとも文句ない程度には習得できていた。動きも滑らかで、淀みがない。しっかりと覚えている証拠である。

 一通り見たアリエットは頷き、褒めた。



「うん。よくできているわ。あんた才能あるわね」

「本当ですか!」

「嘘じゃないわよ。これも魔装の影響なのかしら……まぁいいわ。探知結界を張ってみなさい」

「やってみます」



 フェイは数度深呼吸し、覚えた印を組む。そこに混じる魔装を使うイメージ。亜空間収納という変わった魔装を生まれ持ったフェイは、幼い頃から時空属性に対して適性を有していた。その感覚が助けとなり、結界構築を後押しする。

 今発動しようとしている探知結界は空間を切り取り、表面を通過した物体を感知するというもっとも簡単な結界だ。羽虫のような質量の小さなものは感知し辛いし、通り抜けたものを判別することもできないシンプルな結界である。



(発動時間は遅い、それに術式も少し粗い。でもこの短期間で形になっている。才能ってやつね)



 ロカの秘術を会得しているアリエットからすれば稚拙という他ない。しかしながら教えてから僅かな期間しか経っていないということを加味すれば充分な成果だ。

 それから幾つか覚えさせた術式を見せるように言う。ただフェイの魔力は小さいので、三つほどの術を発動しただけで魔力切れを起こしてしまった。少しばかり息が荒くなり、これ以上は魔術どころか魔装も使えないだろう。

 そこで総評に移った。



「もっと印の精度を上げて。それと魔力も印ごとに流量を変えるの。印に適した魔力流量が決まっているから、それを掴んで。そうすれば魔力の無駄もなくなるわ」

「難しいです」

「これについては教えることができないの。多少は個人差もあるし、感覚的だから」

「はい。修行します」

「頑張って。一番簡単な探知結界を常時張れるようになるだけで生存の可能性は上がるわよ」



 そう言って、ふと思い出したかのように続ける。



「最近はギルドも活発に迷宮入りしているわよね?」

「はい。どうやら聖堂が遺物を高値で引き取ってくれるとかで」

「ふぅん。理由は知らないけどあんたも気を付けなさいよ。迷宮に潜る人や頻度が増えたら、その分だけ魔物が移動する。あんたがここに来るまでに使っている通路も安全じゃないかもしれないから」

「分かりました」

「それとこれ、あげるわ」



 アリエットはシュウから貰った亜空間倉庫を起動し、一抱えもある袋を取り出す。その袋の中に手を入れ、青白い石を手に取った。



「召喚石とかいうらしいわ。古代の遺物よ」

「アリエットさんが見つけたんですか?」

「そうよ。術を習得したご褒美にあげるわ」

「ええ!? そんな!」

「取っておきなさい」



 成果を出せば褒美を出す。

 それはシュウから学んだことであった。自分も特定の達成に伴って色々なものを貰った。それに倣おうというわけである。

 袋から適当に取り出した三つをフェイへと渡す。

 勢いに押されたフェイはおそるおそる、それを受け取ってしまった。どこか震えているのは気のせいではないだろう。普段探している古代魔道具の欠片やオリハルコンの欠片とも違う、完璧な形で残っている遺物なのだから。

 ただ手に取ってから不安になったのだろう。

 遠慮がちな口調で問いかける。



「あの、本当にいいんですか? これって結構なお金になりますよ? それこそ今なら特に何年も暮らせるほど」

「別にいいのよ。他にも持ってるし、お金には困っていないから」

「でも、僕なんかが」

「あんたは体力がなさすぎよ。それを売ってちゃんと食べて体力付けなさい。体力がないと魔力も伴わないわよ」

「え! そうだったんですか!?」

「そうよ」



 アリエットは自信たっぷりに言う。

 しかし残念ながら体力と魔力の間に相関はない。ただ子供の内は成長に従って魔力が増えるので、アリエットも勘違いしていたのだ。魔力総量は才能と修練で決まる。まだ子供でしかないフェイでは充分な修練もないため、まだまだ未熟であった。

 逆に幼いころから訓練を重ねていたアリエットは魔力量も充分にある。覚醒しているので魔力は自動回復するが、一度に扱える総量については自力で訓練して伸ばすしかない。ロカ族としての修行が役に立っていた。



「休憩、しましょうか」



 フェイは修行ですっかり魔力を使い尽くしてしまったので、アリエットから休憩を提案する。拒否する理由もないのでフェイも頷き、近くに腰を下ろした。そこに羽兎ラビリスのルーも近寄り、フェイの膝に乗っかって撫でろとばかりに主張し始めた。それが分かっているのか、彼も流れるようにルーを撫で始める。その背に生えた小さな翼に引っかからないよう、丁寧に、丁寧に。

 思わずアリエットも穏やかな気分になる光景だった。

 魔力が回復してフェイの魔装が使えるようになるまで、その安らぎは続いた。







 ◆◆◆






 ギルド紫水花は大盛況であった。

 その理由は聖堂が公布したある取り決めである。それは普段より割高で遺物を買い取るというものだった。物にもよるが、最大で相場の五倍出してくれる場合もあるという。迷宮の古代遺物で商売する商人たちからすれば聖堂と同じ値段を提示しないと仕入れることもできないので最悪の告知だ。一方でギルドからすれば儲け時である。ギルド側から何も言わずとも、探索者たちは進んで迷宮に潜っていくということを続けていた。

 情報を集めて大量の迷宮遺物を採掘するギルド紫水花は平常時の三倍ほども稼ぐ好景気となっていた。



「はっはっは! 今日も飲もうぜ!」

「ああ! 最高だ。流石は俺たちの聖堂だ……つってな!」

「ばーか。お前なんて滅多に礼拝も行かねぇだろ」

「おいおい。んなことねぇよ。偉大なるカミサマを心から信じているさ」



 日が暮れるとギルドの食堂は騒がしくなる。どのテーブルにも顔を赤くした探索者たちが語り合い、今日はどれだけ儲けを出したか自慢し合っていた。

 あまり発掘できなかったパーティも、それを聞いて奮起する。

 次こそは自分たちが自慢してやるんだと密かに息巻くのが日常となっていた。

 そんな中、フェイはこそこそとギルドの換金所へと向かっていく。遺物の鑑定、調査、また査定を行う部署であり、昼も夜も休まることがない。



「ん? なんだゼクトのとこの坊主か。どうした?」

「換金してほしいものがあって」

「見ての通り忙しいからな。たぶん、金を渡せるのは明日になるぜ」

「大丈夫です。これを」



 フェイが異空間より取り出した三つの石をカウンターの上に置く。青白いその石は明らかに加工された正多角形の形状をしており、古代遺物であることは明白だった。

 対応した男は手袋を装着して手に取り、目を近づけたり光に透かしたりして確認する。



「……うーん。こいつは初めて見るな。ただの宝石かと思ったが、内部に細かい魔術陣みたいのがある。古代の魔道具かもしれん。調べてみないと分からないがな」

「えっと。召喚石っていうらしいです」

「ん? 見つけたところに古代文字の説明でもあったか? ともかくこれが魔道具だとすれば、結構な高値になるかもしれんぞ。調査も含めて、やはり明日だな」

「分かりました。よろしくお願いします」

「おう。ゼクトたちにもよろしくな」



 どうやら男はフェイがパーティと共にこれを発見したのだと勘違いしているらしい。フェイとしても否定する理由もなく、仮に否定すると話がややこしくなりそうなのでそのままにしておいた。

 それが致命的な間違いだとも思わずに。







 ◆◆◆








 紫水花の換金所は久しく驚きに包まれていた。

 それはある探索者の持ち込んだ迷宮遺物が原因である。たった三つの青白い石は幾つもの波乱と議論を呼んだ。



「ありえん。内包魔力も薄っすら見える魔術陣も現代の技術では到底及ばないものだ。どうすれば作れるのか予想もつかない」

「全く驚かされるよ」

「術式は分析できそう?」

「これほど複雑なんだぞ。無理に決まっている」

「立体的に記述されているから記録も残せないしね」



 彼らは何年も遺物を調査してきたベテランだ。探索者たちが迷宮から持ち帰った古代の遺物を分析し、価値を定める仕事をしている。そんな彼らも今回ばかりは溜息を吐く他ない。



「こいつは値段が付けられんぞ」

最低・・でも数年は遊べる程度の値を付けねばならんな」

「そうね」

「召喚石とか言うらしいな。もしや終焉戦争で使われたという邪悪な兵器か?」

「魔物を呼び出した操ったって言う? そんなの伝説だろう?」

「もし本当なら扱いが難しいぞ」

「だからこそ、よく調べねばならん。口止め料も含めて大金を支払ってやれ。稟議書りんぎしょをギルドマスターに提出しておこう。流石に予算も降りるはずだ」



 彼らにとって問題だったのは、この遺物を提出した探索者が召喚石だと言ったことだ。詳細は聞いていないので遺跡内に記述でもあったのだろうと予想しているが、そこは問題ではない。もしも本当だというのなら聖堂とも協力して調査する必要がある。

 この時期に厄介なものを持ち込まれたものだと面倒さを感じていた。



「確かゼクト班の荷物持ちだったな。まぁ、これくらい渡してやれ」



 換金所の親方的な男が袋に金属板を詰め込み、召喚石の隣に並べる。この金属板はお金ではなく換金用の証書だ。金額があまりにも膨大な場合、ギルドはこの金属板を渡すことが多い。ギルド紫水花でしか使えないという制限こそあれど、大金を持ち歩くよりはいいので探索者側からも好評だ。使う時は換金所に赴いて現金と交換すれば良いことになっている。

 おそらく年単位で遊べるのではないかと思われる量だった。






 ◆◆◆






 探索者が大物を持ち帰った時、ギルドは職員に対して機密を守るように言っている。その理由は探索者たちのプライベートを守るためだ。地下迷宮から素晴らしい遺物を持ち帰った功労者に余計な労力をかけないための決まりである。マナーの悪い探索者の中には、自分たちも大儲けしようとして根掘り葉掘り聞きだそうとする者たちもいるからだ。

 だがこれは表向きの話で、噂というものは止めることができない。

 コッソリ職員たちの話を聞いている探索者もいるし、うっかり酒の席で口を滑らせてしまうギルド職員もいる。



「よぉゼクト! 上手くやったな!」

「ったくよぉ……でかい仕事なら俺たちも呼んでくれよ」

「ま、深くは聞かねぇがな。俺たちもゼクトたちに続くとしようか」

「だな」

「は……?」



 ある日の迷宮探索中、そんな風に声をかけられたゼクト達は思わず首を傾げ、呆けた表情を浮かべてしまった。他の探索者たちからすれば、わざと惚けているように見えたのだろう。深入りしないのが探索者同士のルールであるため、ゼクト達がどういうことかと問い返す前に去ってしまう。

 意味が分からず、背を向けた彼らに声をかけることすらできなかった。

 ゼクトたちは迷宮内通路で顔を見合わせる。



「どういうことだ?」

「俺たち何かしたっけ?」

「さぁ?」



 全く心当たりがない話だ。

 こういう噂は本人たちのいない場所で広がるものである。彼らが知らずとも仕方ないことだ。だからゼクト達は、ひっそりと身を小さくするフェイに気付かなかった。まさか不当な賃金で使っている荷物持ちが知らぬ間に大金を稼いでいたとは思わなかった。








 ◆◆◆








 いつものパーティで迷宮探索するゼクト班は、集中を欠いていた。その理由は他のパーティと会う度に声をかけられ、上手くやっただの羨ましいだのと言われるのだ。意味が分からず、上の空になってしまっても仕方ない。



「おい左だ!」

「え……」



 集中力を欠いた状態での迷宮探索は致命的だ。

 赤牙猪ブラッドファングという魔物が物陰から突っ込んできた。斥候役の男が警告したときにはもう目の前まで迫っており、パーティの左手を守っていた男は直撃を受けてしまった。赤牙猪ブラッドファングは真っ赤な鋭い牙が危険で、決して正面から戦うべきではないと言われている。

 男の腹に二本の牙が深く突き刺さった。



「お、ご……」

「ジズ!」



 致命傷を受けたのは槍使いのジズだった。間に槍を挟み込んだが、そんなものは突撃の勢いで容易く折れてしまう。慌てて斥候のバードがジズを助け出して治療を始め、フェイは異空間から治療道具を取り出す。その間にゼクト達は赤牙猪ブラッドファングを攻撃し始めた。

 鈍器による攻撃で赤牙猪ブラッドファングは呻くも、それだけだ。ただターゲットを取ることができたので大怪我を負ったジズからは離すことができた。その間に治療を進める。



「くそ。しっかりしろよジズ。これ、で……止血完了だ」

「う、ぅ……」

「痛み止めも出しますか?」

「早く出せ馬鹿!」



 痛み止めは高価な薬なので、そう簡単には使わない。しかし今はケチっている場合ではない。バードもフェイからひったくるようにして痛み止めを奪い、ジズへと与える。痛み止めは陶器製の瓶に入った液体で、口から飲ませるのが正しい使い方だ。

 バードはその痛み止めを自らの口に含んだ後、直接ジズの口へと移して飲ませた。しばらくすれば痛みも誤魔化されるだろう。そこで彼はジズに肩を貸して立ち上がり、赤牙猪ブラッドファングと戦うゼクト達に向かって叫ぶ。



「おい撤退だ! 煙玉と匂い玉を投げるから、こっちに走ってこい! 俺たちじゃ赤牙猪ブラッドファングは倒せねぇ!」

「分かった。頼むぞバード」

「任せな……そらよ!」



 バードは連続して二つの団子を投げつける。その一つにはリンを利用した発火装置を使って火が付けられており、あっという間に大量の煙を放出し始める。またもう一つは赤牙猪ブラッドファングの更に向こう側へと放られた。

 すると赤牙猪ブラッドファングは煙のせいでゼクト達を見失い、匂いを頼りに匂い玉へと駆けていく。その間にゼクト達は撤退を成功させたのだった。





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