第386話 古代の遺物


 スレイが古代の魔装士だったという話を聞いて思ったのは、やっぱりという納得であった。記憶を失って村に現れた彼は、常識外れな力を持っていた。それこそ、ロカ族の長老たちがコソコソと彼について話し合う程度には刺激的だった。

 そして村に伝わる英雄マリアスの話もあり、まるで彼が伝説の再来であるかのようだと思ったものだ。



「……ずっと昔の魔装使いなのよね? ずっと生きていたってこと?」

「さてな。あれほどの魔装士なら噂になっても不思議じゃない。俺たちの目から逃れ続けることは不可能だ。時を越え、過去からやってきたと考えるべきだな。魔術を使えば不可能じゃない」

「本物ということね」

「ああ。心当たりでもあったか?」

「ロカの長老様たちは何かを知っていたと思う。でもあたしはロカの秘練を終えていなかったから本当のところは分からないの」

「そうか。良かったな。俺たちしか知らない世界の真実を知れたぞ」

「どうでもいいわ。あたしに必要なのはスレイの強さの秘密よ」

「ああ、それもあったか」



 シュウは思い出したかのように手を叩く。

 実際に戦ったアリエットからすれば、スレイの強さは意味不明だったはずだ。攻撃がほとんど無効化される上に多種多様な攻撃によってアリエットを追い詰めた。使い慣れていなかったとはいえ、魔剣というオーパーツな兵器を保有していてこの結果だ。スレイの強さが気になって仕方ないだろう。



「強さの秘密は魔装にある。スレイ・マリアスの魔装はコピー。その目で見た魔装をコピーして自分のものにする。まぁ、間違いなくお前の魔装もコピーされただろうな」

「そんな馬鹿みたいな魔装!」

「ああ。古代でも猛威を振るっていた。古代にあった強い魔装を尽くコピーしていたし、本人のセンスも中々だった。あれだけの数の魔装を使いこなしているわけだからな。いわゆる天才という奴だよ」

「……どんな魔装を持っているの?」

「代表的なのは……あー、実際に見たのを説明した方が良さそうだな。アイリス、言ってやれ」

「え? 私ですか?」

「というか見てたのね……」



 アリエットはどこか恥ずかしそうだ。不甲斐ない戦いをした自覚があるからだ。

 憎悪で暴走していたとはいえ、今振り返っても酷いと評価する他ない。多少は反撃できたのかもしれないが、防戦一方だった。それに周りが見えておらず、正面から挑むことしかしていない。精神汚染もあって、スレイと何を話したのかも曖昧なほどだ。

 正直、アリエットは正面から倒すことにこだわっていない。それが可能なら正面から復讐するつもりだが、不意打ちで殺す方法でも満足できる。強いて言うなら自分の手で殺したいため、誰かに代行してもらうということは考えていないことくらいだ。

 正々堂々などとは思わない。

 姑息だろうと卑怯だろうと恥を掻こうと、確殺を望む。

 だからアイリスから語られる情報へと真剣に耳を傾けた。



「スレイさんの保有している魔装で厄介なのは幾つかあるのですよ。まずは――」



 話し合いはしばらく続いた。

 古代に生きた魔装士の強さを知ったアリエットは慄き、その遠さに溜息を吐くことになる。しかし決して復讐を諦めるつもりはなかった。








 ◆◆◆







 アリエットがスレイに挑んでから二日が経った。

 彼女は高すぎる目標へと届かせるべく、まずは自分の力を高めることにした。こればかりは地道に基礎力を積み重ねていくしかない。花の街で地下迷宮に入り、遺物を探しながら奥へ進むというのを続ける。やっていることは同じだが、効率は段違いになっていた。

 それもそのはず。

 彼女は強敵との戦いを経て、一段階上に至っていた。冥王と魔女より本格的な手解きを受け、更なる理解を深めた。鎖に闇の孔という二種類の魔装を使いこなす今、地下迷宮の浅瀬如きに生息する魔物では話にならない。それこそ、以前アイリスに連れられた山水域奥地の方がまだ厄介だ。



「結構奥まで来ちゃったわね」



 花の街に限らず、西グリニアは迷宮の資源によって成り立っている。食料も一部は農耕により賄っているが、半分以上は迷宮から採取されたものだ。そして食品などの自然由来のものは山水域の地表部分に多く、古代遺物関連のものは地下迷宮に多い。

 アリエットの目的は遺物であるため、地下迷宮の、しかも奥の方まで進んでいた。



「なんだか冴えてるわね、あたし」



 そんなことを呟きながら彼女は進む。

 現代基準で戦闘力こそ高いアリエットだが、迷宮攻略に関しては初心者だ。しかしほぼ勘に従って進んだアリエットは行き止まりに当たることもなく、まだ探索されていないと思われるエリアにまでやってきたのである。

 こちらの方面は少年フェイと遭遇したあたりの更に奥地であり、他の探索者たちからは旨味がないと判断されたエリアでもあった。そのお蔭でまだ残された遺物が残っていそうな雰囲気である。

 何となく、が導くままにアリエットは進み、やがて大量の残骸が転がる場所に到達する。地形としては岩の洞窟で、アリエットでは見たこともない機械が小さな山となっている。それらは古代で戦車や装甲車両と呼ばれた機甲兵器であった。

 隠れる場所も多いので、不意打ちを警戒しつつアリエットは持ち帰れそうな遺物を捜索し始める。



「これ……扉かしら?」



 彼女が立ち止まったのは頑丈な大扉の前であった。正確には扉だったと思われるもので、所々錆びついてしまっている。また建物も風化により崩れている箇所があり、大扉を開かずとも内部に侵入するのは難しくないように思えた。

 崩れている箇所の中でも入りやすそうな部分を選び、近づいていく。覗き込んでも中は真っ暗で、穴の開いた天井から差し込む僅かな光が頼りだ。



(魔力を感じる。ということは、魔物がいるわね)



 明かりのない未知の場所で魔物を警戒しながら進むのは非常に困難で、心理的にも踏み込みたいとは思い辛い。だがアリエットは自分の身体を傷つけることのできる存在は滅多にないことを知っている。迷宮魔力により外界から遮断されているためだ。彼女自身はそのような理由を認知していなかったが、重要なのは弱い魔物程度の攻撃ではものともしないという一点である。

 だから彼女はほとんど躊躇なく、魔物のテリトリーへと踏み込んだ。

 予想通り、その瞬間に幾つもの影がアリエットへと襲いかかる。一角兎アルトモノという低位レッサー級の魔物たちだ。物陰に潜み、額の一本角で奇襲を仕掛けるという特徴がある。造りの甘い鎧ならばそのまま貫かれてしまうこともあるため、位階の割に危険視されている魔物だ。

 しかしながら一角兎アルトモノの群れはアリエットに触れた瞬間、弾き返されてしまった。自慢の鋭い角は僅かたりともアリエットの皮膚を抉ることはなく、寧ろ角が折れてしまった個体すらいる。

 敵わない。

 そう察したのだろう。

 一角兎アルトモノたちはあっという間に逃げていき、アリエットの視界からも消えてしまった。



(えぇ……まぁいいんだけど)



 襲われないに越したことはない。

 しかしながら一当てして逃げていくとは情けない限りだ。アリエットも呆れてしまっていた。手早く四つの印を結び、明かりの魔術を発動させる。これについてはロカの秘術というより基礎にあたるもので、魔力を扱う練習の為に覚えさせられたものだ。

 照らされた屋内は天井まで開けており、幾つか壁が仕切りとして建てられている。千年の時を越えても残る古代機械が、錆びついたまま放置されていた。それらはとても使えるようには思えず、仮に起動できるとしてもアリエットでは使いこなせないだろう。持ち帰るにしても大きすぎる。

 なので無視して箱や棚を探していく。

 厳重に閉ざされている棚がいくつか見られたので、そちらに寄っていく。逃げていった一角兎アルトモノたちに見られていることは分かっていたが、襲ってくる様子もないので無視した。



「んっ」



 棚の金属扉を力ずくで引っ張る。錆びついている影響か、それとも化け物を取り込んだことでアリエットの身体能力が向上しているからか、ともかく棚は簡単に開いた。

 ひしゃげて千切れた金属扉を投げ捨てると、棚の中から青白い塊が幾つも転がり落ちてくる。規則的な正多面体の形状をしており、明らかに人工物だと分かる品だった。アリエットは首を傾げつつもそれを拾い上げ、光に透かしてみる。



「何かしら? 宝石? 価値のあるものだといいんだけど」



 魔力を感じるので魔術に関係のある品だという予想はできる。彼女は宝石に術式を封じた魔道具の一種だと考えていた。ロカ族にも儀式の装具として術式を封じた宝飾品を使うこともある。終焉戦争以前より続く古い一族なので、遺物に近いものを持っていたとしても不思議ではない。

 ただ術式の内容も分からないものを起動するつもりはないため、慎重に革袋へ詰めていく。最終的には持ってきた袋に入りきらなくなったので、残りは棚に戻した。

 これで古代遺物を手に入れるという宿題はクリアしたことになる。

 正式にシュウに出された課題をこなしたので一安心だ。後は無事に持ち帰り、シュウに見せれば良い。驚く顔が楽しみだ。そう考えつつ、来た道を戻っていった。









 ◆◆◆








 アリエットはギルドに所属しているわけではなく、個人で迷宮に潜っている。組織としてのバックアップを受けられない代わりに、手に入れたものを全て自分のものにできる。ギルドに所属している場合、手に入れたものは原則ギルドに提出しなければならない。精査するわけではないので着服も可能だが、判明した場合は厳しい罰が降るシステムだ。そのため、リスクを冒して遺物を着服する者はそうそういない。更に言えば遺物を売りさばくルートもほぼギルドが独占しているので、直接的に役立つ遺物でもない限りは保有する意味もない。

 そういう事情もあり、アリエットは幸運であった。



「こいつは召喚石だな」

「召喚石?」

「ああ。召喚魔術を発動する魔道具みたいなものだ。終焉戦争でも使われた古代兵器の一種だな」

「へぇ、そうなのね」



 シュウから自分の持ち帰った遺物の正体を聞いたことで、アリエットは声が上ずっていた。平静を装っているものの、動揺しているのがバレバレである。



「それで召喚魔術ってどういうもの?」

「術式で魔物に似た生命体を生み出す魔術だ。それを使役することで戦力にすることができる。かなり有用だが魔力消費が大きく、術式の難易度が高いことが欠点だな。それを解消するために開発されたのがこの召喚石だ。魔力はこの内部に込められているものを使うし、術式は構築する必要もない。誰でも召喚石に起動魔力を流すだけで発動できる」

「じゃあ私でも使えるのよね?」

「使えるな」

「スレイに効くかしら?」

「最上位クラスならいざ知らず、お前が持ってきた程度の召喚石では無理だな。時間稼ぎくらいはできるかもしれんが」

「そう」



 ならば興味はない、とばかりに袋へと戻し始めるアリエット。どこか落胆した様子である。淡い希望ながらあるいはと考えていたのだ。

 しかしシュウはそんな彼女へと助言する。



「物は使いようだ。直接的な戦力にはできずとも、誘い出すとか、囮に使うとか、まぁパッと思いつくだけで幾つか考えられる。それは持っておくといい。要らないなら売ってもいいしな」

「……そう。ちょっと考えてみるわ」

「ああ」

「ちなみにお勧めの運用を聞いてもいい?」

「魔装を利用しろ。お前の魔装は鎖を出して操る程度ではないだろう?」

「あなたはあたしの魔装が何か知っているの?」

「まぁな」



 シュウがそう言うのは魔装を分析する機械があるからだ。

 魂に張り付く術式を分析することで魔装に秘められた能力を解析するというもので、終焉戦争以前は普通に使われていた。既存の術式で表せるものでなければ正確に測れない欠点こそあれ、正確性が高いので一般的に用いられていた。

 だがシュウならば妖精郷技術も併用することでより高精度な検査をすることができる。

 既にアリエットの魔装は分析済みで、大まかではあるが能力を知っていた。



「お前には本来の魔装の他にも幾つか力を持っている。使いこなせば人間の中では最高峰になれるはずだ」

「人間の中では、ねぇ」

「言っておくが俺クラスの魔物は例外だ。人間では一生かけても届かない。覚醒して寿命を失くしても届くことはまずないだろうな。昔、一人だけ可能性のあるやつはいたが……」

「それってどんな人? スレイより強いの?」

「戦えばスレイ・マリアスでも一瞬で負けじゃないか? 実際に戦っているところを見たわけじゃないが、戦力分析からの推察ならそうなる」

「どんな能力なの?」

「やめておけ。参考にならん」

「どうして?」

「そいつはシンプルな能力を技術で補うタイプだ。付け焼刃では意味がない。長い時をかけて磨き上げた技術こそが脅威だった」

「でも、逆に言えば人はそこまで鍛えられるってことでしょ?」

「そいつは三百年以上鍛えていたが?」

「止めておくわ」



 あっさりと手の平を返す彼女に対し、そうした方がいいとばかりにシュウも頷く。それにシュウが思い浮かべる男は驚愕すべき忠誠心も持っていた。だからこそ手に入れた力と言えるだろう。アリエットの復讐心がその代わりになる可能性は高いが、等しく負の感情というものは燃え尽きやすい。

 憎悪は時にどんな感情よりも強くなれる可能性を秘めている。

 ただ継続するものではないことをシュウは知っていた。



「アリエット、お前の強さは個を鍛える所にはない」

「分かっているわ」

「魔剣はあくまでそれを補助するためでしかないから、覚えておけよ。最後に頼れるのは武器ではなく、自分の能力だ」



 シュウは手元に魔剣を取り出しつつ、そんなことを言う。元から遺物を持ち帰れば渡す装備だったので、もう彼女に渡しても問題ない。

 だが、アリエットは首を横に振った。



「あたし、もう少し考えてみるわ」

「そうか」

「召喚石? は持っていくわね。あたしの好きにしていいんでしょ?」

「俺たちは口出ししない。自分で使うなり、売るなり、誰かに譲るなり、何してもいい」

「分かった。少し出かけるわ」



 召喚石入りの袋を抱えたアリエットが部屋を出ていこうとする。



「待て」



 だがそれをシュウが止めて、空間魔術により何かを取り寄せた。金属製の腕輪で、青白い宝石のような物が嵌めこまれている。特に装飾もないシンプルなもので、見た目で判断するならば並み程度の価値になることだろう。

 シュウはこれを差し出した。



「亜空間倉庫だ。時空魔術が封入されている。術式は亜空間生成、引き寄せ、送還の三種類。中にはほぼ無制限に物を入れられる」

「こんな腕輪の中に……?」

「そういう魔術だと思え」

「古代技術って何でもありね……」

「魔剣の代わりだ。戦いに荷物は邪魔になるだろ? 触れて魔力を消費すれば何でも入れられる。ただし、生物は魔力抵抗が強い分、相応に魔力を消耗するから気を付けろ。取り出したいものを思いながら引き寄せ魔術を使えば取り出せる。だから入れたものは覚えておけよ」

「便利そうだし、受け取っておくわ」



 アリエットは腕輪を左手に嵌めて、試しに発動してみる。するとそれなりに膨れていた召喚石入りの袋が綺麗に消えてしまった。



「じゃあ、行ってくるわね」



 改めて自分がどれだけ恵まれているか実感したアリエットであった。






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