第385話 タマハミの正体
アリエットの首を切り落としたスレイは、彼女の装備品を調べるべく近寄った。だが、その最中で違和感に気付く。切断した彼女の首からは一滴も血が流れていなかったのだ。
相手が魔物であれば何も珍しいことはない。
だがアリエットは人間だった。少なくともタマハミ村で暮らしていた時は人間だったはずである。
(これは……?)
気付いてからは驚く間もない。
死んだと思っていたアリエットの身体が再生し始めたのである。どんな生物でも、魔物であっても首を落とせば討伐できることが多い。首を切り落として死なないのはよほど高度な魔物くらいなものだ。
もとから攻撃がほとんど通用しないことは分かっていたが、これでは本当に魔物である。
「くっ! もう一度だ――」
虚ろな目をしつつ立ちあがろうとする彼女に向かって、再びスレイは剣を振り下ろす。もう急所狙いなどとは言わず、とにかく攻撃をするということを意識していた。
しかし彼の攻撃は空を切る。
見ればアリエットの姿は忽然と消えており、痕跡一つ残されていない。
逃げられたことは明白であった。
「……協力者もいる、か」
今のが空間転移であることを、古代の魔装士である彼はよく知っていた。何者かは分からないが、アリエットに協力者がいることは明白である。
彼女を逃してしまったことは勿論だが、それよりも驚異的な何かを幻視した。
現代の技術衰退を知るスレイは、アリエットよりも転移を扱う何者かを警戒していた。
◆◆◆
アリエットを回収したのは当然だがアイリスであった。
彼女は転移の兆候を読み取られないよう、時間停止を用いたのである。なので多数の魔装を有するスレイでも確認することができなかった。
「
彼女はそう言いながらアリエットを抱え、空を飛ぶ。
スレイによって首を切り落とされても死なない彼女だが、アイリスは初めからこれを知っていた。古代では怪物として猛威を振るったタマハミと融合しているのだから、そう簡単に死なないのはバックグラウンドからも推察できる。そしてアリエットに知られないよう、スキャンもしていた。
その結果、アリエットは人間にはない内臓を持っていることが分かったのだ。
この人間にはない器官が不死性をもたらしている。元より確証はあったが、実際に確認できたことは大きい。アイリスも朧気ながら仕組みを理解しつつあった。
「やっぱり、そういうことだったんですね。アリエットさんが……」
アリエットの復讐心を利用した悪辣な確認方法だったが、知りたいことは知れた。シュウにもよい報告ができることだろう。
転移を使い、花の街へと急いだ。
◆◆◆
花の街へと戻ったアイリスは、宿でアリエットを寝かせていた。特異な能力で復活したとはいえ、かなり体力を消耗したらしい。ぐっすりと眠っている。
シュウが帰ってきたのは朝日が昇る頃であった。
体内時間を操れば睡眠も不要なアイリスはシュウを待ち続けていたので、転移で室内に帰還したシュウを驚かせてしまう。
「なんだ寝てないのか」
「シュウさんを待っていたのですよ!」
「まぁいい。どうだった?」
「魔剣の性能ですか? それともアリエットさんの実力ですか? あるいは――」
「順番に全部だ」
「分かったのですよ」
二人は室内のテーブルへと移動し、それぞれ椅子に座る。アイリスはベッドに立てかけてある魔剣を一瞥してから、小声で語り始めた。
「魔剣ですけど、実戦にも耐える性能でした。アポプリス式魔術は正常に発動していたと思います。禁呪級も特に問題ありませんでした」
「そうか。使い方を説明していないアリエットはどこまで効果を使っていた?」
「ちゃんと『闇』まで使っていましたよ」
「おまけで付けた能力だったが、それなら充分だな」
シュウが用意した宵闇の魔剣は、魔術発動媒体としての側面が強い。この剣一本に闇魔術が第十五階梯まで込められている。その気になれば闇の神呪すら発動可能なのだ。
刀身そのものに魔晶を利用することで容量を増やし、使用者の魔力を使う形にはなるが十五種の魔術を全て込めることに成功した。そればかりか、闇属性を抽出して斬撃に乗せることも可能となった。物質に不均衡をもたらす性質上、魔剣は闇に対する絶対的な耐性まで備えている。
「鞘の方はどうだ?」
「無事にニブルヘイムに繋がってましたよ。エネルギーを冥府に流すことでダメージを軽減する仕組みは無事に機能していました。一応、実験では成功していましたけど」
「これで完全に成功だな」
「はい。流石なのですよ」
「ようやく冥界も馴染みつつある。ダンジョンコアのせいで煉獄は一部制限されているが……冥府の力を強めればダンジョンも飲み込めるかもしれない。その実験には丁度良かった」
スラダ大陸の大部分に迷宮が張り巡らされて以降、シュウも指を咥えて眺めていたわけではない。ダンジョンコア本体を捜索する一方で、地下迷宮そのものを破壊する方法も探していた。当然ながら目を付けたのは冥府である。死魔法で生み出されたこの世界なら、迷宮ごと葬ることも不可能ではない。
アリエットに渡した常盤の鞘はその実験品でもあった。
小規模ながらシュウを介することなく、エネルギーを冥府に落とすことができた。
後はこの仕組みを大掛かりなものにできれば、迷宮を丸ごと消滅させられる。その際に巨大な地盤沈下が発生し、人類が絶滅規模で死ぬかもしれないが、ダンジョンコアを滅ぼせるならば安いものだ。
「とはいえ進んで人間を滅ぼしたいわけでもないし、最終手段だがな」
「当たり前なのですよ!」
「分かっている。ダンジョンコアを発見して直接殺すのが最適解だ。それでアリエットの実力は?」
「流石にスレイさんには勝てませんねー。戦闘経験値が違いすぎるのですよ」
「手も足も出ず、か」
「いえ、意外と善戦しましたよ。それに吸収したと思われる暴食タマハミの能力も使っていました。けどスレイさんに鎖の能力をコピーされていたのですよ。聖なる光も強力ですし、今のアリエットさんではこれが限界ですねー」
「この短期間では……まぁ、なぁ」
「シュウさんの方はどうですか? 見てきたんですよね? シュリット神聖王国を」
その質問にはシュウも頷いて姿勢を直す。
自分が見てきたものは写真に記録しているので、マザーデバイスから画像を読み出し、仮想ディスプレイに表示してアイリスにも見せた。シュウが見せた写真の半分はシュリッタットを上空から写したもので、残り半分は聖アズライール教会の外観や内部であった。
この中から預言石の部屋を映したものを選び、タップして拡大する。
「この部屋の中央にある石……これが通信機の役割を果たしている。繋がっている先はダンジョンコアの本体だろうと思われる」
「逆探知できませんか?」
「可能ならやっている。残念だが量子テレポーテーション式通信を使っているから正規の手段で追うのは無理だな。それに奴のことだからダミーを幾つか経由しているだろう。一度でもこちらが逆探知をするような素振りを見せれば、逆にそれを知られてしまう。そうなると警戒されてより厄介になる。どれだけ効果があるかは不明だが、ひとまずは気付いていないふりをしておこうと思う」
「じゃあアリエットさんを利用する方針は変わらないんですね」
「情でも湧いたか?」
「少しくらいは」
アイリスは肩をすくめる。
口では少しと言っているが、かなり入れ込んでいるのは確かだ。もう長く一緒にいるので、態度や表情の機微から本音が汲み取れるようになってきた。実際、復讐の成否はともかくとしてアリエットのことを可愛がっている。同じようにシュウに拾われたことから親近感を覚えているのかもしれない。
ただシュウはそこを指摘することなく話を進める。
「予定通り、アリエットを俺たちの手駒にする。西グリニアには消えてもらうことになるかもな」
「この感じ千年ぶりですねー」
そんな会話を続けていると、寝かされていたアリエットが身動ぎした。自分の名が話題に上がっていたことで無意識に反応したのかもしれない。
すぐに目を擦りながら起き上がり、呆けた様子で周囲を確認する。
テーブルにシュウとアイリスを見つけ、それから自分が何をしていたのか思い出したらしい。勢いよく毛布を跳ねのけ、起き上がって詰め寄った。
「あいつは! スレイはどうなったの!?」
「落ち着け。お前は負けた。それをアイリスが回収したんだ。お礼でも言っておけ」
シュウに諭され、アリエットは落ち着きを取り戻す。
そして若干申し訳なさそうに礼を言う。
「……感謝しているわ。それに突っ走ってごめんなさい」
「いいですよー」
「少し落ち着いたわ。あたしはまだ勝てない。まだ弱い。もっと強くならないといけない」
そう言いながら彼女は起き上がり、側に立てかけられていた魔剣を手に取る。しかしアリエットは魔剣を腰に差すことなく、シュウの前まで行って差し出した。
「返すわ。あたしにはまだ早かった」
「ああ、そうだな。預かっておく。お前に相応しいと判断したら渡そう」
「そうして。今はそれよりも確かめないといけない力があるの。あの黒い球体を使いこなせるようにさえなれば……」
「闇の穴のことか」
「知っているの?」
「暴食タマハミの能力だからな」
「それはいったい……タマハミ様のことよね?」
シュウは少し考えるそぶりを見せつつアイリスに目配せする。
すると彼女も首を縦に振ったので、話すことにした。
「タマハミは……そうだな、昔に暴れまわった化け物だ。討伐することができず、封印という方法であの場所に閉じ込められていた。それを為したのが三人の魔装使いとロカ族だ」
「ぇ? どういうこと!? 聞いたこともないわ!」
「タマハミは何体もいた。暴食タマハミはその中でも特別な個体だ。闇の穴という能力を使うのはこいつだけだった」
「それだとあたしは化け物を取り込んだってこと?」
「まぁそうなるな」
「タマハミ様は豊穣の守り神だってあたしは教わったわ。それに村はタマハミ様のお蔭で自然に恵まれていたし、寒さもなかった。あなたは嘘をついているわ」
「村の中心にあった大樹は暴食タマハミを弱らせるための封印装置だ。暴食タマハミからエネルギーを吸い出し、大地へと還元することで豊穣をもたらしていた。あの豊かさは暴食タマハミの生命を削って手に入れていたに過ぎない。ロカ族の中でもいつの間にか伝承が変わっていたらしいな。どういう意図なのかは知らないが」
「そんな、嘘……」
常識を覆す話にアリエットは茫然とする。タマハミ村では冬に閉ざされた世界から隔絶し、豊かさをもたらす守り神として崇められていた存在だった。それが実は化け物として封印されたのだと言われても到底信じることはできない。価値観を反転させるほどの話だからだ。
色々あり過ぎて混乱しているからか、アリエットは言葉で何かを表現することができない。その間にもシュウは語り続ける。
「あまり語る必要もないと思っていたが、お前の力を完全に把握するためには説明する必要がありそうだ。昔、何があったのか。お前の力の源泉は何なのか。それを知らなければお前は進めない。自分の価値観が完全に塗り替わってしまう覚悟はあるか?」
「あたしは……」
「シュウさん、ちょっと性急すぎますよ」
「俺たちの話を聞き、それを信じるかどうかはアリエットの問題だ」
「それはそうかもしれませんけど」
「いい、話して」
今はなりふり構っていられない。微かな頼りであっても、霞のように薄い手掛かりであってもアリエットにとっては千金に値する。
強くなり、復讐するために不要なことなどなかった。
すぐに話せとも言わんばかりの様子を見て、シュウも頷き話を続ける。
「元々タマハミとは人体を改造して生み出した化け物だ。詳細は話してもどうせ理解できんだろうから、それだけ知っておけ。そしてタマハミの特性として魂を喰らい、溜め込むというものがある。そのせいで殺しても殺しても溜め込んだ魂を使って蘇る厄介な奴だった」
「あたしの村に……その、封印? されていたのもその一体ということね」
「いいや、違うな」
「違うの?」
「村に封印されていたタマハミは特別製だった。区別するために暴食タマハミと呼んでいた。他のタマハミはよくある封印措置を施すか、《
「アリエットさんも使っていた魔術ですよー。辺り一帯を闇に沈める禁呪なのです」
「……あれね?」
容易く理解を得られたようで、話が早い。
また感心した様子で息を吐く。
「ほぅ。禁呪を発動したとは聞いていたが、《
「つまりそれは、タマハミにされる前の人間の能力ということ?」
「察しがいいな。そうだ。暴食タマハミは素体となった人間の魔装を受け継いでいた。それで封印を簡単に破壊してしまう。そこで三人の魔装使いとロカ族が出てくる」
「……よく封印できたわね?」
「どんな術式を使ったのかは俺も詳しくは知らん。だが先も言った通り、エネルギーを奪って大地へと還元することで徐々に弱らせる仕組みになっていた」
「そういうことだったのね」
アリエットは決して馬鹿ではない。これだけの説明と自分の持っている知識から、シュウの言っていることに矛盾がなく、納得できるということに気付いた。
(タマハミ大樹の力が弱まっているというのはそういうことだったのね。確かに村全体が寒くなっていたし、実りも減っていた。人間を改造ということは、伝説にある終焉戦争以前の技術よね。終焉戦争が千年以上前のはずだから、暴食タマハミを弱らせるのに千年かかったってこと。どうしてロカ族の中でも伝承が変わっているのかは分からないけど、ロカ族で村を統治するための舞台装置にはなってたわね)
そして彼女は教わった自分の知識と比較し、あることに気付いた。
「ねぇ。一緒に封印した魔装士ってもしかして」
「三人のうちの一人がスレイ・マリアス。お前の復讐相手だ」
こともなげに告げられた事実に、アリエットは目を見開いた。
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