第382話 追放者の街
シュウが転移で移動した先は
この街が機能していたのはおよそ五十年前だ。
寂れた現在では植物が文明を押しのけ、すっかり侵食していた。
「駐在一人いない、か。まぁそうだろうな」
魔神教にとって追放者の街は汚点だ。今は穢れた土地として完全に放置されている。再び開拓しようとする者もいないため、今はこのざまであった。
シュウがここに注目した理由は、追放者たちの動きが不自然だったからである。
彼らは不当に一つの街へと押し込まれ、強制労働を強いられていた。確かに不満は溜まっていたのだろうと予想できる。しかしあまりにも動きが性急過ぎた。彼らは突如として反乱を試み、しかもどこからか魔石という戦闘力を手に入れていた。そして本当の意味で西グリニアから追放された今も国として成り立っていた。
何かがある。
そう予測したからこそ、シュリッタットの始まりたるこの街に来たのである。
(いるな)
シュウは立ち止まり、見回した。
すると瓦礫の影が盛り上がり、そこから黒い何かが飛び出してきた。しかし残念ながらシュウはその魔力に気付いている。目視もなく死魔法を使い、その存在を排除した。
正体は影に潜む魔導を扱う魔物、
隠れた魔力が逃げるように消えていくのを感じ取り、シュウはマザーデバイスを起動する。ワールドマップの拡張機能により、周辺地形を探査する魔術を発動させた。広域ではなく狭域を詳細に検索する機能となっており、地下などの隠された空間を発見することもできる仕様となっていた。
数十秒ほどの探知と情報処理計算が終了し、シュウの前に仮想ディスプレイが立ち上がる。シュウを中心とした立体地図が表示されており、スワイプ操作すると地図が浮上した。そしてタップすることで地下部分が拡大される。
「そこか」
するとシュウを阻む瓦礫も、植物も、大地さえも死に絶える。世界であろうとその道を塞ぐ存在を殺し尽くし、ワールドマップが表示した地下空間への道を示した。シュウはただ進むだけでよい。それだけで目的地へと辿りつく。
崩れそうな地下空間を結合魔術によって支え、空間を維持する。
かつてのシュリッタット事変でも西グリニア軍に見つからないほど密閉されていた地下室だ。五十年の月日を経ても水没することはなかったらしい。仮に水没していたとしても時間魔術で巻き戻し、目的のものを発見しただろうが。
魔術で明かりを作り、ずっと封じられていた地下室を照らす。
そこは中央に長方形のテーブルだけが置かれたシンプルな部屋であった。しかしシュウが地下に訪れた途端にテーブルは役目を終えたかの如く崩れ去る。新鮮な空気が吹き込んだことで一気に風化が進んだかのようだった。
「――固定」
ただそう呟くだけで全てが停まる。
シュウの目的はここに隠されているであろう記録だ。
(一つの国が興るほどの反乱が発生したということは、それなりに大きな計画があったはず。ならば文書に残っているはずだ。そうでなければ統制を取れるはずがない)
いかに自然が豊富だとしても、紙は高級品である。奴隷の如く鉱山で働かされていた
(ありえるとすれば)
何もない部屋を通り過ぎ、その奧にある壁へと手を伸ばす。分解魔術によって消し去った。それによって隠されていた更に奥の部屋が出現する。
シュウが予想した通りだった。
「やはりここか」
その部屋にあったのは大量の粘土板である。
一応は整理されているらしい。シュウはその一つを手に取って読み始めた。終焉戦争以前の文字とは少し違うが、大まかな文字形態に変化はない。またこれはどちらかというと低い教養のせいで生じる読みにくさとも似ていた。
スラングや略語と思われるものは読み飛ばし、大まかな内容だけ探る。
◆◆◆
六
私は協力者を得た。
初めて私の願いに協調してくれた貴重な同志だ。意見をすり合わせ、密かに反乱を企てなければならない。ここには私のように冤罪で追放されてしまった者たちが他にもいるはずだ。あまり大きく動けば監視者に見つかってしまうだろう。時間をかけて見つける他ない。
まずは彼と共に地下の隠れ家を作ろう。
鉱山を掘る作業は苦痛だが、この技術を習得できたことだけは幸運だった。資材をくすねる方法はいくらでもある。同志が増えれば色々な手段が使えるようになるはずだ。同志たちが得られるよう、私の活動が現実味のあるものであることを証明しなければならない。
あの声に従えば必ず脱出できるはずだ。
この腐った国を変えるのは私だと確信している。
◆◆◆
九
監視者の眼を誤魔化す地下室が完成した。鉱山の方にも繋げることで最終的には要塞のようにしたい。いざという時に役立つだろう。今は見つからないことが重要だ。
同志の数も五人まで増えた。
意外なことだが、相棒は言葉巧みだ。彼のお蔭で私の活動に興味を抱いてくれる人物も増えている。また裏切りに対する対策も素晴らしい。
さて、そんなことより地下室の設計だ。
彼が優先的に設計に秀でた者たちを引き入れてくれた。設計会議といこう。
◆◆◆
十六
久しく声が聞こえた。だから記録しておこうと思う。
今も興奮している。
まさに天啓だ。
私は魔石の作り方を知った。本来ならば聖堂で受けられる洗礼によって得られるのが魔石だ。私もエル・マギア神に魔装を返還し、代わりに魔石を得る儀式だと教わった。だが神などいない。正しさが失われた世界を是とする神がいるはずもないのだ。
魔石を作るのは簡単だ。
ただ魔術陣を使い、その術式を発動させるだけでいい。我ら追放者の中に魔装を持っている者は少ないが、それでも大きな戦力増強になる。
もう魔石とは呼ぶまい。
神はいなかった。
私は天啓に従って動くだけだ。これを聖石と呼ぼう。
◆◆◆
二十六
私たちは同志だ。
運命を共にする仲間となる。だからその名を記そう。
アズライール
エスティエ
パラネス
コルダート
セージュ
ファルケン
クライス
・
・
・
◆◆◆
二十八
監視員を始末し、聖石を奪い取ることに成功した。どうせやる気もない監視員だ。いなくなったところで誰も気にしないだろう。そのことを私たちは知っている。
しかし繰り返せば気付かれる可能性が高い。
そこで監視員に成り代わることを決めた。魔神教は腐敗している。追放者の監視員などそうそう報告を上げないし、上が報告をよく読まないことを私は知っている。
少しずつだ。
少しずつ、街を乗っ取ろう。
愚か者を演じるのは慣れたものだ。時は近い。
◆◆◆
三十
その時に備えて地図を作った。三十一に記録を残そう。
幸いにも知識を持っている人物は多い。それを繋ぎ合わせれば最低限のものはできる。所詮は昔の知識の繋ぎ合わせだから、偵察して確認する必要があるだろう。
最近はよく声が聞こえる。
あの声に従えば、私たちは自由になれる。
同志たちからは預言者などと呼ばれるようになってしまったが、私はそのような存在ではない。しかし皆の纏め役として必要な役職なら受け入れよう。
これは自由と真理のための戦いだ。
あの声に従って鉱山を掘ると、確かに迷宮にまで繋がった。
密かに遺物を手に入れ、戦力を整えよう。
あと一年の我慢だ。
◆◆◆
三十八
新しい同志が増えた。
彼女は皮膚病を患っている。夫にまで切り捨てられ、絶望していた。だが私たちには聖石がある。まだ数は少ないが、病を癒すくらいは簡単だろう。
聖堂は治癒の技術を独占し、裕福な者だけを優遇して癒している。
そのようなことをしておいて何が平等な神だろうか。万人に平等なのは力だけだ。だから私は力だけを信望する。必要なのは神ではなく秩序となる教えなのだ。
神はいない。
仮にいたとしても私たちには関心がない。
その証拠に全く信心のない私たちの中にも魔装使いはいるではないか。信じるべきは力だけだ。魔装など要らない。力たる聖石さえあれば……
監視員になり代わり、記録を細工して書面上の死亡者を増やした。
地下に潜み、力を蓄えるのだ。
彼らに鉱山奥の迷宮や、地下室の建造を頼もう。
◆◆◆
四十九
危なかった。
流石にやり過ぎたらしい。聖堂本部から調査が送り込まれた。
地下に気付かれることはなかったが警戒されてしまった。幸いにも成り代わった監視員に気付かれることはなかった。上層部の腐敗に助けられた形になったのは皮肉なことだが。
雑な仕事をしてくれたおかげで助かったが、今動けば計画に気付かれてしまうかもしれない。
しばらくは潜むとしよう。
実行はせず、計画だけは続ける。
◆◆◆
六十三
しくじった。
しくじったやらかしたわたしのせいだすべてわたしがわるいんだゆるしてくれどうかどうかどうかゆるしてくれそんなつもりじゃなかったんだすべてわたしがけいかくしたことなんだこんなつもりじゃなかったあのくそやろうどもぜったいにころすころすころすおぼえていろわたしのうらみをうらみうらみうらみころすころすころす
・
・
・
◆◆◆
六十四
エスティエが死んだ。
私の責任だ。あの記録に気付かれてしまった。エスティエは全ての罪を被って……
幸いというべきか、見つかった記録は魔神教を否定する文書だ。私がこの街にやってきた者たちを説得する材料として用意した様々な証言がある。計画には関係のないものだからと甘く扱った代償がこれである。私は間違っていた。
完璧でなければならない。
私の計画に最初期から賛同してくれた最高の相棒だった。
吹っ切れた訳ではないが、同志たちは私を慰めてくれた。最期にエスティエも言っていた。私がこの活動の代表なのだ。彼らを救い出す必要があるのだ。
今日も声は聞こえない。
◆◆◆
八十九
これが最後の記録になる。
昼の内にシュリッタットの街を制圧した。今夜からが勝負だ。
全ての計画は七十番台にまとめてある。
地下室も封印することになるだろう。仮にこの封印が解かれるときがくるとすれば、それは私たちが勝利した後だ。
そうだな。
最後の記録になる。
だから一つ我々の活動に名前でも付けよう。本当に今更だが、私たちの活動が後の歴史で評価されるときに名前がないと不便だろうから。
聖教会
単純だがこれがいい。
神などという曖昧で不確定なものには頼らない。聖教会が是とするのは『力』だ。
この石板を見つけた者に願う。
私、アズライール・ヨシュアは正義を為そうとした。この文書を読んだ者も、西グリニアに鉄槌を。どうか正常な国を取り戻してくれ。
◆◆◆
一通りを読み終えたシュウは、乾燥して石化した粘土板を元の位置に戻した。当時の計画書などは今見ても意味がないので読み飛ばしたが、当時シュリッタットで何が起こったのかは大まかに理解できた。
「この後、結局反乱は失敗した。そしてこの地下室は五十年以上も封印されたままってことか」
この街の規模からしてかなりの人口がいたらしい。その全てが反乱したとすると、西グリニアにとっては最悪の事態になったことだろう。
しかしだからこそ、この規模の大反乱は不自然さがある。
異質な部分は日記調の記録からも見出すことができた。
「声、か」
シュウが口にしたのは度々登場するフレーズであった。記録者のアズライールは何かしらの声を聴いて行動を起こしたという風に読み取れるのだ。この部分がどうしても気になった。
追放者の街は元々鉱山での強制労働を前提とした街だが、記録を見る限りは地下迷宮とも接続していることが分かる。山水域は地上にまで迷宮が侵食しているため、地下と接続するのは簡単なのだろう。『声』とやらの正体が仮にダンジョンコアだとして、アレも元は神聖グリニアで活動していたのだから、また似たような国家を操り人形にしようとしてもおかしくはない。
ただ証拠はなく、まだ想像の域を出ない。
ここに来ることで確信に近いものは得られたが、絶対ではない。
「千年以上ぶりに尻尾を出したんだ。必ず掴んでやる」
結界に隠されたロカ族の村然り、西グリニア然り、ダンジョンコアが再び表立って活動を開始した。ならば放置する理由などないし、そんなことをしてはならない。
一方でダンジョンコアにとってもシュウの死魔法は天敵だ。できる限り隠れ潜み、決して見つからないように立ち回らなければならない。これはまさに世界の奪い合いだ。ダンジョンコアは本体を見つけられる前に世界を掌握し、干渉不可能な世界として独立させなければならない。
時間はシュウの味方ではないが、ダンジョンコアも下手に行動すれば煉獄で察知される。
唯一、地上の煉獄すら押しのけている山水域だけがシュウの眼を誤魔化せる領域だったのだ。
出し抜かれたのだとすれば怠慢だったと言わざるを得ない。しかし誰が千三百年という時を越えてようやく活動を始めると思うだろうか。ただダンジョンコアが我慢強かったのだ。
(ならばこそ、執念深く追いかけてやる。必ず……冥府に堕とす)
記録はマザーデバイスに取った。
ならばもう不要。
そう言わんばかりに死魔法を発動し、地下室を崩壊させる。崩れて消えていく地下室に紛れ、冥王は目的地へと転移した。
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