第377話 迷宮探索
花の街には三つの探索者ギルドが存在する。
一つが
二つ目はジェスター・ファミリー。一応は探索者であるものの、その仕事は迷宮における魔物の討伐に向けられている。元は自警団で、聖堂の手が及ばない人々を守っていた。探索者としての側面は財政確保のためであり、メインは今でも治安の維持にある。正義感溢れる者が多く、メンバーは家族同然だ。頭領のジェスターを筆頭に実力者が揃っているため、戦力で言えば最大級となる。
そして最後の一つが
「
三つのギルドは定期的に集まり、情報を共有している。もちろん打算的な意味合いが多い。紫水花は情報を集めたいし、ジェスター・ファミリーは魔物の動向をチェックしたいし、
こういった三者の合意によりギルド会合は最低でも十日に一度は開催されている。
「今回は大事ですねぇ。紫水花はいつも通り情報を購入します」
「ああ。契約金はいつも通りで構わない」
「助かりますよ」
「それはこちらも同じだ。紫水花がしっかり地盤を固めてくれるお蔭で俺たち赤猪は先へと進める。ジェスター・ファミリーはどうする?」
「そろそろ今までのエリアも持ち帰れそうな遺物が減ってきた。聖堂が対魔物防壁にオリハルコンを大量に欲しいと言っていてな。利権を売ってほしい」
「了解だ。そちらにも分配しよう」
花の街はこの三つのギルドが更に相互協力することで効率的に迷宮を探索している。そしてその間を取り持つのが魔神教だ。
このギルド会合には花の街を仕切る司祭も参加していた。
ずっと黙っていた司祭はここでようやく口を開く。
「では契約を交わします。私が証人です。神の前に契りを交わしたのですから、それは守られなければなりません」
書類による契約はない。
所詮は口約束だが、神に仕える神官の前で約束した以上、守らなければこの国で生きる道はない。西グリニアは魔神教の教えを引き継いでおり、その決まりは厳格だ。魔装を与えたエル・マギア神を崇めると同時に、人としての倫理を説いている。もしも契約を破れば、もう花の街で大きな顔はできなくなるだろう。
「西グリニアは恵まれています。しかし魔物の脅威も多い。花の街を、人々を守るため共に力を尽くしましょう」
司祭がそう締めくくった。
◆◆◆
花の街に来て二日目、アリエットは一人で迷宮に潜っていた。迷宮の入口は守りこそあれど開放されており、いつでも誰でも入ることができる。誰にも咎められることなく、一人地下通路を進んでいた。
「ギガアアアアアアッ!」
「悪いわね」
アリエットの剣が
強すぎる魔装があるとはいえ、短期間でかなり成長していた。
彼女は昨日通った通路をそのまま歩き、ある場所を目指す。それはフェイという少年と出会った場所であった。これでも彼女は記憶力に自信がある。普通は百年以上の修行を必要とするロカ族の秘技を十代にして一部習得しているくらいなのだ。結界守を任されるだけの実力もある。道を覚えるくらいなら呼吸するくらい簡単なことだった。
魔物に襲われた時以外は歩き続け、すぐに昨日も訪れた大部屋に到着する。相変わらず地下に森が生えている光景は違和感しかない。
「えっと、確かこっちね」
一人でいるため自然と独り言が増える。
思い出しながら森を進み、沢を渡り、草木を分け、岩場にまでやってきた。通路と違って思い出すのに時間がかかったものの、無事に見覚えのある場所まで到着して息を吐く。
「流石にいないわね」
また会う約束はしたが、いつ会うかまでは言っていない。アリエットは休憩がてらに平たい岩へと腰を下ろした。
ここに来たのはただフェイと会うためだけではない。
集中して修行できる場所が欲しかったのだ。魔力感知を全開で広げつつも自身の内部へと集中し、目を閉じて意識を沈める。両手は自然と印を組んでいた。ロカ族に伝わる特殊な術式発動法であり、アリエットにとってはすっかり染みついたもの。心がスッと落ち着いた。
(もっと強くなる。そのためにはロカの秘術を戦いに組み込むしかない。結界術や封印術を最も上手く使えるようになれば戦いの幅も広がるわ)
ロカ族としての修行はあくまでも務めのためだった。タマハミ大樹を祀り、繁栄を祈り、村を守ることこそが最も大切な仕事である。術を戦いに応用するという発想はなかった。完全に修行を終えたロカ族は手慰みに戦闘用魔術を覚える者もいたが、未だ一族の秘技に到達していなかったアリエットではその余裕もない。なので覚えているのはロカに伝わる術の一部と役に立たない弱い魔術だけ。
まずは三種の印を順番に組んだ。
それによって識を広げる。空間に干渉する魔術とは、固有時間によって特殊な慣性系を生み出す魔術といえる。そのためにはまず知覚能力を獲得しなければならない。
(ロカの秘術は儀式的な意味合いが強い。だから戦闘に生かすのは難しいわ)
修行中の身ではあれど、秘術の特性は理解している。ロカ族は戦う一族ではなく、役目を果たす一族だと教え続けられてきた。時空魔術はそう簡単に扱えるものではない。歴代の長老たちですら儀式なしに秘術を行使することはできていない。
終焉戦争以前は片手間に秘術を行使する使い手がゴロゴロいたともいわれているが、アリエットが知るところではなかった。
しかし何も心当たりがないわけではない。
(魔女アイリス……ロカに近い力を持っているわ。アレをイメージすれば)
次々と印を結んでいき、少しずつ結界を構築していく。時空魔術の第一歩は固有時間の行使によって空間系を支配することだ。本来は魔力で術式を編みこむことで実行するのだが、ロカ族はこれを儀式的に段階的に達成することを目指す。
アイリスのような効率的運用を求めるならば、明らかに無駄が多い。
「まだ私は強くなれる。強くなって……あいつを……!」
術を解いたアリエットは目を開く。
落ち着いて瞑想することで自分に不足しているものを客観視することができた。余韻が抜けていくのを感じつつ、ぼうっと木々を眺める。後ろに目を向ければ倒壊した古代遺物があり、蔦が這って苔むしている。ふと目を凝らせば、遺物の隙間に白い毛玉を発見した。
「魔物?」
「キュ?」
アリエットがそう漏らすと同時に毛玉は顔を見せる。そして反射的に隠れてしまった。僅かに見えた小さな羽から
かなり弱い魔物なので襲ってこないなら殺すまでもない。
そう考えて放置することにした。
すると
「キュゥゥ」
「あんた呑気ね。私じゃなかったら殺されるんじゃないの?」
「キュ?」
「そういえばあんたフェイと遊んでた魔物?」
「キュキュ!」
「魔物って人に懐くのね」
事実は体験してみるまで分からない。
そう思わされたアリエットであった。
◆◆◆
探索者は休日も仕事の一部だ。長い時は数日にわたって迷宮に潜り、遺物を探索する彼らは休日の間に次の探索を準備する。体を休めるのもそうだが、食料を含む物資調達は決して怠るわけにはいかない。フェイは荷物持ちなので休日の間に不足している物資を補充することになる。
「フェイ、これでいいか?」
「はい。確認しました」
「おうよ。収めてくれ」
ギルド紫水花は探索者の手厚い保護と安全な探索を心がけており、物資調達もギルドがやってくれる。ギルドで一括購入することにより街中を回って物資を集める必要もないのだ。その分だけ少し高いが、手間を金で解決できるということで多くの探索者が利用している。
また買い逃しもないため安全という理由もあった。
フェイは容量が許す限り魔装の空間収納へと荷物を収め、それ以外はギルド倉庫に預ける手続きをする。
「よし、これで終わりだ。明日の荷物はこっちで預かっておく。番号札をなくすなよ」
「はい」
「じゃあなフェイ」
物資係受付を離れたフェイは、その足で街外れを目指す。この道は迷宮入口へと続いており、今日から活動するグループが幾人も向かっていた。子供が一人でということもあり普通なら不審な視線を向けられるものだが、探索者たちはフェイのことを気にする様子がない。フェイが休日に一人で迷宮に向かうのはよくあることと街の人間は知っていたのだ。
元々迷宮探索は自己責任なところもあるので、余計なお節介をかく者はそういない。
フェイはいつも通り一人で迷宮に入り、安全が確保されて魔物がほぼ出現しない通路を進む。魔物が出現したとしても
「なんだか今日は静かだな」
ある程度安全が確保されているとはいえ、一つ通路を間違えれば
「誰かが魔物を倒したのかな」
迷宮内は魔物が縄張りを持っており、それが乱れることを考慮して討伐が先送りされる場合もある。ただそれは安全があまり確保されていない最前線での話であり、花の街から比較的近いこのあたりではあまり気にされないことだった。
なので誰かが気まぐれに魔物を討伐したとしても不思議ではない。
またフェイからしても困る話ではないので、これ以上は考えなかった。いつも通りの通路を通り、自然あふれる大部屋へと出る。そしていつもの、遺物が崩れている場所へと移動した。そこでフェイは驚くべき光景を目にする。
「ルー?」
そう名付けた
「アリエット、さんですよね?」
「あんた来たのね。この魔物、あんたのでしょ?」
「えっと、はい。ルーです」
「キュ!」
ただフェイからすればそれどころではない。
また会えないかと考えていたアリエットと早速相見えたのだ。心の準備ができておらず、すっかり固まってしまう。
「キュ?」
フェイに気付いたルーが足元にやってきて首をかしげる。ほぼ無意識に抱きかかえると丸まってすっかり大人しくなった。
そこにアリエットもやってくる。
「あんたは」
「え?」
「あんたは強くなりたいと思う?」
ジッと覗き込むようにして尋ねる。
彼女の銀髪が影を作り、底なしの闇を彷彿とさせた。フェイはアリエットの目の奥に吸い込まれるような暗黒と炎を見つける。思わず息を呑み、呼吸を止め、瞬きすらせず見つめ返してしまう。
「ぼ、僕」
舌が渇き、上手く声にならない。
色々と言いたいことが喉奥で詰まり、激情をせき止めていた。
「強く、なりたい、です」
ただその一言だけでドッと疲れた気がした。
せき止められていた感情が溢れだし、なぜだか涙が伝う。
「そう。なら教えてあげる。あたしの持つ時空の秘術を」
同じ系統の魔装使いなら、きっと使いこなせる。
アリエットはそう続けた。
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