第374話 花の街


 森の中で金属を打ち合う音が響く。

 ある時は規則正しく、ある時は不規則に、その音は止むことがない。正体はシュウとアリエットが切り結ぶことで生じる音であった。



「視野が狭い」



 アリエットは足を引っかけられ、転がされた。そこにシュウが逆手に持った剣を突き立てようとするが、アリエットは転がって躱す。そのまま手首を使って跳ねるように起き上がり、また剣を構えた。しかしその時にはシュウが目の前まで迫っており、慌てて迎撃する。



「得意な間合いに持ち込め。剣は腕の延長だ」

「わかっ――」

「いいや。分かっていない」



 踏み込まれたアリエットは体勢を崩しながらの迎撃をするしかなく、あっという間に防御も崩されていく。手首の構造上無理のある剣の使い方を強いられ、上手く力が入らなくなっていった。



「あっ」



 アリエットの剣は弾かれ、何度か回転して地面に転がった。その衝撃で彼女は尻もちをつく。シュウも剣を降ろして少し下がり、総評を述べた。



「体幹に難ありだな。少しバランスが悪い。剣の長さを調整するか?」

「このまま行くわ」

「分かった。ならもう少し腰を落とせ、剣を前に出すな。手元で構えろ。俺が怖くて剣を壁にしようとしているのが見てわかるぞ」

「分かっている。頭では分かっているのよ」

「こればかりは練習するしかない。立て」



 復讐を誓う少女の鍛練は少しずつだが、前に進んでいた。









 ◆◆◆







 妖精郷は氷河期にあっても最適な環境が維持されている。賢者の石を利用した環境システム、また妖精アレリアンヌの力があるからだ。

 そして千年の間に科学力や魔術力は向上し続けており、衰退した人類とは比べ物にならないほど発展している。近年ではその発展速度も低下しつつあるが、それでも少しずつ研究は進んでいた。



「こんばんは。どうですか?」



 研究室の一つに訪れたアイリスは、そこで働く地大妖精ハイドワーフたちに尋ねる。同じ妖精系の中でもドワーフと呼ばれる者たちは手先が器用だ。背丈が小さく、それでいて体格は良い。人間で言うところの子供ほどしかなかった。しかし彼らはこれでも成体である。

 彼らは一本の剣を囲んで何かを話し合っており、アイリスが入ってきたのを見て挨拶した。



「アイリス様ですか。ええ、頼まれたものの試作品は完成間近です。魔晶の中にこれだけの術式を込めるのは苦労しましたが、どうにか。ただ剣の耐久性に問題がありまして、そちらについて話し合っている所です」

「オリハルコン化しても、ということですよね?」

「勿論試しました。ですのでもう少し術式を圧縮してみようと思います。術式研究室のエルフたちに依頼を回そうと話していたところです」

「見せてもらえますか?」

「どうぞ」



 ドワーフの男が手元にある画面をアイリスへと送る。

 現在作成中の剣について経過と実験結果が記されたものだ。アイリスは受け取ってすぐに読み始める。専門ではないが、浅い知識は持っているので理解するのに苦労はなかった。



「質問ですが魔晶の容量は最大級のものですよね?」

「ええ」

「それで術式容量が限界なら、複数の魔晶を取り付けてはどうですか?」

「実は剣としての耐久力低下は魔晶を取り付けたことが原因でして、魔術金属と魔晶を癒着させると干渉で脆化が発生するのです。魔晶を複数付けるとその分だけ回路が増えまして、干渉が増し、脆化が激しくなってしまって。魔術発動媒体として使うなら気にする必要のない項目ですが、武器として打ち合うことを前提とすると心もとないのです」

「あー、うーん……やっぱり剣にソーサラーデバイスの機能を付与するのは難しいですか」

「本来は無駄な行為ですからね」



 そもそも魔術機能のある剣というのは非効率極まりない。近接攻撃しながら魔術を使いたいなら、素直にオリハルコンの剣とソーサラーリングをそれぞれ使えば良いのだ。これらを一つに融合する必要など全くない。

 強いて言うなら技術的価値に特化した芸術品だ。

 ただ、実利の上で無駄と分かっていながら限界に挑戦するというのは研究者のさがである。何の役に立つのか、ではなく何ができるのかを追求できるこの環境は悪くない。魔術機能のある剣の研究もその一つだった。



「それならいっそ魔晶を剣の形に加工するとかはどうですか?」

「は? いや、しかし相当な魔力を使うことになります」

「多分シュウさんに頼めば融通してくれると思いますよ。これならできそうですか?」

「やってみないことには分かりません。それに現在の魔晶積層生成機を流用するのは難しそうですし、新しい機械を自前で用意しないと。ですがやる価値はあります。刀身が魔晶ならば術式干渉も起こりませんし、容量も充分です。いっそ、積層型三次元プリント機として作ってみるのも……」

「じゃあ私がシュウさんに相談しておきますから、計画書の提出をお願いします。通ると思うので期待しておいてください」

「分かりましたアイリス様。ありがとうございます」

「いえいえー」



 研究室が慌しくなり、早速とばかりにアイリスの提案を現実的な計画として落とし込む会議が始まる。通信によって他の研究室とも連絡を取っているらしく、モニターが複数立ち上がっていた。

 アイリスもシュウの許可を貰うため、その場で転移する。

 妖精郷は無駄に大量の魔力と高度な技術を投入したロマン枠の研究がブームとなった。







 ◆◆◆







 山水域へと戻ってきたアイリスは、早速とばかりにシュウへと相談した。既に夜になっており、アリエットは疲れて熟睡している。暴食タマハミに加えて迷宮魔力とも融合した彼女が疲れ切っていることから、修行の密度が窺えた。



「なるほどな。いいと思う。かなり魔力を使うことになるけどな」

「でも大した量じゃないですよね。冥界のお蔭で魔力には余裕がありますし」

「魂の浄化だけで相当量の魔力を獲得できたからな。別に構わない」



 ここ千年で煉獄はスラダ大陸へと完全に広がった。ただし、迷宮領域については迷宮魔法が邪魔をして煉獄を展開できないでいる。それでも死した魂から記憶や感情といったものを剥がすだけでかなりの魔力が確保できるため、今は魔力を無駄にしても余裕があった。



「一応はアリエットのための剣だ。ダンジョンコアに繋がるなら、多少の出費は問題ない」

「結構肩入れしますねー。修行の方はどうですか?」

「素人すぎて話にならん。それに教えるのが俺だから、限界もある。どこかで剣の使い手を見つけるべきなんだがな」

「そこは妥協するしかないですよ。妖精郷にも剣士はいませんし」

「こうなると、人間の中にでも放り込むしかなさそうだな。それか実戦」

「人間の国ですか。まだ地表の国はほとんどありませんよね。村レベルならともかくとして」

「西側で国家として成り立っているのは三つだな。西グリニアとシュリット神聖王国とプラハ王国。この中だと西グリニアが一番近い」

「山水域北部でしたっけ。まだ魔神教が残っているんですよね」

「ああ」



 西グリニアは氷河期が始まってからも地表にあり続けた国だ。山水域北部を国土としており、迷宮化のお蔭で寒さの影響をほとんど受けていない。終焉戦争を生き残った魔神教信者の国で、氷河期から守られたことを神の加護だと宣っている。

 実際は恒王ダンジョンコアの力なのだが。



「じゃあ明日から北に移動しますか?」

「まぁ……そうだな」

「久しぶりにまともな生活ができそうですよ」

「妖精郷に比べれば貧しすぎて涙が出ると思うけどな」



 終焉戦争による文明の退化は凄まじい。

 古代文明に類するものは迷宮に飲み込まれている。人々は迷宮から古代遺産を発掘してどうにか生活してる状況だ。



「ダンジョン探索が仕事になっているみたいだからな。それで日銭を稼ぎながらアリエットを鍛えるのもいいだろう」

「アリエットさんの服もそろそろ買ってあげないとですねー」



 ここ数日は我慢していたが、シュウもアイリスも野宿が面倒になっていた。冥王と魔女も文明には抗えない、ということである。









 ◆◆◆








 翌朝からシュウ、アイリス、アリエットの三人は山水域を北に向けて歩き出した。今の世界からすればありえないほど自然に満ち溢れており、木々には果実まで実っている。世界を切り取る迷宮魔法の力で、この領域に限っては緑あふれる世界になっていたのだ。

 山を越え、川を越え、平野を越え、花畑を越え、三日が経った頃には人工物が見え始めた。つたないながら道路が整備されており、馬車のわだちも残されている。



「おや、旅の方々ですか?」



 検問と思しき場所で、三人は槍を持った男に呼び止められた。丸太を組んだ両開きの柵の他、小屋のようなものが建てられている。すぐ近くでは焚火を囲む男たちが料理をしていた。丁度昼食時だったので良い香りが漂っている。

 柔和な態度で声をかけてきたので、本当にただの挨拶なのだろう。

 シュウが対応することにした。



「ああ。この先の街に行きたい」

「失礼ながら目的は?」

「迷宮でひと稼ぎしようと思っている」

「やっぱりですか。最近そういう方が結構いるんですよ。古代遺物で一儲けしようって人が。気を付けてくださいね。通行税は――」

「物品でも構わないか? 岩塩を持っている」

「構いませんよ」



 塩は一応貴重品なので、通行税に使えたようだ。シュウはアイリスに目を向けると、肩に下げていたカバンから塩の袋を取り出した。男は紐を緩めて中身を確認し、道を開く。



「どうぞ。この先に花の街があります」

「ああ。感謝する」



 検問を通ると先程よりも道が綺麗になった。雑草は全て刈り取られており、目立つ穴もなく、石が転がっているようなこともない。街が近い証拠だろう。

 稀に前から来る旅人とすれ違ったり、後ろから馬車に追い抜かれたりしながらシュウたちは歩き続けた。そうしてまた幾度か検問を抜け、その度に通行税を支払い、ようやく向こうに街が見えてくる。検問ではこの先に花の街があると言われた。その名の通り、色とりどりな花が咲いている。赤、青、黄、紫、白と見ているだけで楽しい。アリエットは珍しいものを見たからか、キョロキョロと首を回していた。

 また花の街はこれまで道路の脇に立っていた小屋と違い、しっかりとした建造物ばかりである。石やレンガを積み上げ、漆喰で補強した二階建てのものも多い。中には三階以上に見える建物もあった。自然ばかりの村で過ごしてきたアリエットからすれば大都会である。



「すごい……」



 街の内部に入ると道も石で舗装されており、道行く人々も見るからに豊かであった。また稀にすれ違う武装した人々はアリエットが見たこともない武器を装備している。



「ここに山水域迷宮の入口がある。たくさんある内の一つだけどな」

「どうして迷宮に潜るの?」

「迷宮の中には古代の遺物が大量に眠っている。それを探し当て、持ち帰ることができればお金になる。よく分からない機械ですら研究目的で高く買う奴がいるらしい。そうして迷宮を攻略し、古代遺物を持ち帰る仕事をする者たちを探索者という」

「じゃあ武器を持っている人たちが探索者なのね」

「ああ。彼らはギルドという集団を組織し、迷宮に挑んでいる。他にもギルドは依頼で魔物を討伐することもあるらしい」



 探索者たちは思想や手法が似通った者たちで集団となり、それはやがてギルドとして認識されるようになった。いつうっかり死ぬかもわからない職の者たちだ。それを相互にサポートし、場合によってはパーティを組んで迷宮に挑むのが当たり前になっていた。それを秩序として成り立たせているのがギルドだ。

 この花の街にも中小規模のギルドが幾つか存在する。

 大抵の場合、探索者は自分の思想に合ったギルドへと所属することになるのだ。



「あたしたちもギルドに入るの? 迷宮に行くって言っていたわよね」

「必要ない。俺たちは相互の助けを必要としないからな」

「大丈夫なのですよ! 私とシュウさんがいるから安全なのです」

「そこは心配していないわよ……」

「目的を考えればギルドに所属する利点はない。あくまでもアリエットの実戦経験を増やすために迷宮にいくんだ。余計なしがらみを増やすのは下策。それだけのことだ」

「分かったわ。文句はない。それでこれから迷宮に行くの?」

「その前に行く場所がある」



 シュウは立ち止まり、アリエットを指さした。

 首をかしげる彼女に対して、声静かに告げる。



「新しい服を買うぞ」

「……そうね」



 思い返せばアリエットの服はボロボロだ。みすぼらしいというほどではないが、破れた部分も多い。チラチラと視線を集めていることに気付き、目を伏せて顔を赤くするのであった。






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