第373話 アリエットの力
埋葬を終え、区切りを付けたアリエットは改めてシュウと向き合った。怒りは残っているものの、それに混じって別の強い意志を感じられる。
「私を強くしてほしい。あいつを殺すために」
「分かっている。付いてこい」
シュウはそれだけ言って歩き始めた。アイリスがその後に続き、アリエットは慌てて追いかける。てっきりこの場で鍛えてもらえると思っていたので、一瞬気が抜けてしまったのだ。
アリエットは追いかけながら問いかけた。
「どこに行くつもり?」
「迷宮だ。これから山水域に向かう」
「山水域?」
「ここから西に行った場所にある迷宮区域だ。地下一層と地表部分が特殊領域になっている。お前の村と同じで地表部も氷河期の影響を受けていない。そこで魔物と戦いながら実力を身に着けてもらう。覚醒しているなら、まずは自分の力を把握するべきだ」
「覚醒?」
「まずはそこからか……」
話を聞く限り、アリエットの覚醒経緯はかなり特殊だ。そもそも自分の魔装すら今まで発現していなかったように思われる。魔装はその知識が失われつつあり、自分がその力を持っていることすら知らない場合も増えている。また人間たちは保有する魔力量も終焉戦争以前と比べれば低下していた。それは魔力保有量の多い者たちが終焉戦争で多く失われてしまったからだろう。魔力量は遺伝するので、結果的に魔力量の低い者たちが多くなったのだ。
ただしアリエットはロカ族なので魔力量も多く、素質もあった。
なにせ超古代においては魔装実験体だった一族なのだから。
ただやはり知識の欠落は激しく、覚醒魔装の知識すら失われているとは思わなかった。ロカ族は血族として第二魔装『聖なる光』を継承する存在だったので、覚醒の知識も伝えているものと思っていたシュウからすれば拍子抜けである。
「まず魔装は知っているのか?」
「そのくらいは知っているわ」
「覚醒は魔装のレベルアップのようなものだと思え。今のお前は魔装を発現し、同時に次の段階にまで至っている。覚醒による魔装の強化は勿論だが、何より魔力が自動的に回復するようになる。それは何となく実感しているんじゃないか?」
「そういうことだったのね」
アリエットも戦いによって魔力を消耗した自覚はある。しかし今は魔力も回復しており、不思議に思っていた。魔力は食事や睡眠など充分な休息によってのみ回復する。これは常識で、魔術を扱えるアリエットも当然ながら知識にあった。
自分の中で矛盾が解決され、すっきりとした表情である。
「それともう一つ。これは副作用だが、覚醒した魔装使いは寿命に囚われない存在になる。つまり不老になるわけだ。そこのアイリスも覚醒している」
「まぁ私は魔装の力で元から不老不死ですけどね」
「こいつみたいな特殊な例を除けば、覚醒することで人を超えた存在になるわけだ。ただこれは成長上限が引き上げられただけに過ぎない。強くなるためには鍛える必要がある」
「……だから私を鍛えるということなのね」
「そういうことだ。そしてお前がスレイとやらに負けた理由でもある」
唇を噛み、思い出す。
手も足も出ずスレイに圧倒された記憶は鮮烈に刻み込まれていた。しかしだからこそ、アリエットは目標を見据えることができる。どれだけ強くなる必要があるのか、具体的に理解できた。
だがシュウの話はここで終わりではない。
「もう一つ、お前には別の力がある。感じられるか?」
「えっと」
そう言われたアリエットは歩きながらも意識を内部に集中させた。魔装士は自分の内部へと意識を向けることで力を自覚することができる。その理由は術式が魂に刻み込まれているからだ。精神が魂の表層である以上、同じ領域に存在する術式もほぼ無意識に理解できるのだ。
アリエットは体から青白く光る鎖を生み出した。
「それがお前の魔装か」
シュウは振り向くことなく問いかける。
「多分そうだと思う。けど」
一方でアリエットは更に意識を別の部分に向けた。もう一つ、この鎖の魔装とは別の力も感じられるのだ。そして右腕を適当な木々の密集地へと差し向け、力を発動する。
すると闇の球体が発生し、周囲の物質を破壊して飲み込み始めた。その闇は蒸発するように小さくなっていき、やがて消える。
「もう一つある。魔装は一人一つのはずだけど」
「ああ。それがお前に備わっているもう一つの魔装だ。おそらく外付けの力だな。タマハミを取り込んだことで手に入れたものになる」
「上手く使えないけど、これがタマハミ様の力……」
「いや、それは……まぁいいや」
真実を知るシュウは本当のことを言おうとして、止めた。本人が満足しているなら水を差すべきではないと考えたのだ。教えるとしても後でいいと判断した。
「使い方が分かるなら、あとは戦い方だ。地下迷宮は迷うと脱出困難だから、山水域の地表部を目的にしてこのまま移動する」
「方針は分かったわ。従う。それで強くなるなら、何だってやってやるわ」
シュウ、アイリス、アリエットの一行は徒歩移動で西へ西へと移動する。
厄災にも数えられる存在たちの移動は、世界が変わるきっかけとなる。しかしそれはまだ少し先のことで、人類たちは氷河期が終わるまでのわずかな時を平穏に過ごしていた。
◆◆◆
かつてエルドラード王国と呼ばれる国が存在したあたりには周辺に広く迷宮山水域が広がっている。山水域は非常に広く、スラダ大陸の北西部をほぼ全て占めていた。この領域は地下一層の迷路と地表部を合わせて迷宮としている。氷河期にあって世界は氷に包まれたが、この山水域は迷宮魔法によって守られ、今も緑や水が残っている。
千年前に起こった終焉戦争により人間たちは地下迷宮へと逃れたが、この地域にいた者たちは地上に残って国を作っていた。西グリニアと呼ばれる国家である。
魔神教という教えを伝えており、魔装や魔術の痕跡が強く残る地域でもあった。
「すごい。外界にこんな世界があったなんて」
「この辺りは特別だ。普通はお前も知る氷の世界が広がっている」
アリエットが冥王と魔女に教えを請い、旅を始めて十日ほどが経過した。山水域へと到達した三人は青い木々の生い茂る場所を適当に歩いていた。
「このあたりから魔物が増えてくる。ここに来るまでは速度を優先して俺が始末していたが、ここから出てくる魔物はアリエットに任せる」
世界はまだ凍りついているため、一部の地域以外はまともに住めない。人外のシュウや魔術でどうとでもなるアイリスはともかく、ほぼ素人のアリエットには辛い場所だ。村のあった場所から山水域まではそれなりの距離があったので、出現する魔物はシュウが瞬殺していた。お蔭でアリエットは無駄に体力を消耗することもなかった。
またタマハミと融合したことでどのような身体的変化があるのか確かめる意味もあった。いきなり魔物と戦わせるのではなく、ある程度基礎的な部分は把握してからの戦闘をシュウは命じたのである。
「気を抜くな。左を見ろ、そこから魔物がやってくる。アイリスは下がれ」
「分かったのですよ。頑張ってくださいねー」
「ええ、やってみるわ」
暴走気味だったスレイやアイリスとの戦いを除けば、アリエットが実戦に臨むのは初めてのことだ。緊張の色も見える。
木々で視界が隠されているので、まだ目視で魔物を確認できない。しかし音から何かが近づいていることはアリエットにも分かった。アリエットは周りを見渡し、戦場の確認をする。かなり狭く、戦いには向かないように思える。
そこでまだ魔物を確認できない内に闇の孔を発動させた。
あらゆる障害物が吸い込まれて消滅し、視界が開けた。
「え? いない!?」
視界さえはっきりすれば魔物を目視できると思っていたアリエットは驚かされた。木の葉が擦れて枝が折れる音を響かせていた魔物は忽然と姿を消した。
しかし当然ながら消滅したわけではない。
アリエットの攻撃に気付き、回避していたのだ。
まだ残っている左右の木々から同時に二つの影が現れる。魔力で強化されたアリエットの動体視力には真っ白な体毛を生やした人狼の姿が見えた。
「
シュウの呟きなど今のアリエットには届かない。混乱する彼女は両側から迫る
迷宮魔法によって守られているためだ。
「離れて!」
その意志の表出によって光る鎖が
「え? 倒せた?」
アリエットは引き千切られ、バラバラになって転がる
「倒せた……のね。ふぅ……」
ようやく勝ちを実感したのか、安堵の息を吐いた。
立ち上がり、服に付いた土を払う。後ろからシュウとアイリスが近づいてくるのを感じておそるおそる振り返った。どうやら無様な戦い方をした自覚はあるらしい。
「まぁ、こうなるだろうな。予想はしていたが基本性能でごり押しとは……」
「流石に差がありすぎますね。もう少し強い魔物を呼び寄せますか?」
「いや、それ以前の問題だな。戦い方を練習する必要がありそうだ。武器の使い方も教えよう。あまり変わった武器は難しいし、遠距離攻撃は魔装がある。剣が良さそうだな」
「妖精郷から適当な魔術剣を取り寄せましょうか?」
「こいつに持たせるにはもったいない。これで充分だ」
シュウは魔術を発動し、土を剣の形に固めた。これでは石剣と同じなので、魔力を含ませて内部で術式化させる。これによって原子結合に魔力が含まれ、オリハルコン化した。
勿体ないと言いつつ現代においては再現不可能な技術で作られた剣だった。
刀身から柄まで総オリハルコンであるため、雑なつくりであることは間違いないが。シュウは異空間から取り出した適当な布を魔術で切断して柄に巻き付け、滑り止めにする。
続けて分解魔術で近くの木を切り倒し、その切断面へと剣を突き立てる。本来なら木の繊維が抵抗となるはずだが、魔術のお蔭ですんなりと突き刺された。そのまま引き抜くと、刀身を覆うようにして木の繊維が巻き付き、鞘になっていく。全て引き抜くと継ぎ目のない綺麗な鞘となっていた。
マザーデバイスを使った繊細な魔術発動によるものなので、魔術陣は一切使っていない。
「ほら、これをやる」
「剣を教えてくれるの?」
「基本くらいになるがな。俺はそんなに得意じゃない。だが近接戦闘の心構えくらいは教えてやる」
差し出された剣にアリエットは両手を伸ばす。しかしその指先が触れた瞬間、止まった。初めて武器を触り緊張しているのが見て取れる。しかしもう戦う覚悟は決まっているのだ。止まったのは本当に一瞬のことで、力強く手に取った。
「何でもやると決めたのは私よ。絶対にものにしてみせるわ」
「戦えるようになればご褒美でもやるよ。そんな急造の雑な剣じゃなく、ちゃんとした剣をな」
シュウも同じく地面の物質を固めてオリハルコンの剣を生み出した。少し刀身は短めだが、シュウはこの長さが使いやすいということが分かっている。
「アイリスは食料調達を頼む。今日はこの辺りで野宿だ」
「分かったのですよ」
頼まれたアイリスは転移で妖精郷へと戻った。食料調達とは名ばかりで、彼女の役目は必要なものを持ってくるだけである。
そうして彼女が消えたのを見計らい、シュウは魔術でこの辺りを綺麗にした。魔術で地面を均し、邪魔な草を燃やし、倒木は吹き飛ばした。
ここまでしてアリエットへと告げる。
「剣を抜け。鞘はその辺に置いていい。まずは構えや持ち方、振り方から教えよう」
「分かったわ」
ぎこちない動きでゆっくりと剣を抜いた。アリエットはその重みを感じて上体が前に傾き、そのためか腰が引けて情けない格好である。
スペックのわりに戦いを知らな過ぎた。
教えることが多くなりそうだと、シュウはこれからのことを思案した。
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