第371話 タマハミ村③


 時系列順に話を聞いたシュウは、ひとまずアイリスに謝った。



「悪かったな。まさかそれほど抵抗していたとは」

「酷いです」

「しかし気になるな。最低でも二つの魔装か」

「それと私の魔術が効かない瞬間がありましたね。雷とか表面で弾かれましたよ」



 シュウは今も眠る少女を見遣り、ジッと見透かすように観察する。今は力尽きたように眠っているためピクリとも動かない。



「……あー」

「どうしたのです?」

「この女、迷宮魔力を宿してる」

「へ?」

「間違いない」

「あー……だから私の魔術が効かなかったんですね」



 アイリスは自分の魔術が効かなかった時のことを思い出す。雷系魔術が少女の体表で弾かれていた。あれが迷宮魔法の力ならば納得できる。迷宮魔法は空間に作用する性質があり、それによって体を外界から独立させれば外界からの作用は通じない。



「それなら複数の魔装を使っていたのは実験体だからでしょうか?」

「可能性はあるが……」



 魂を見通す眼によって少女の内部を観測する。そこには確かに最近追っていた迷宮魔力がこびりついていた。そのせいか迷宮魔法によって守られており、普通の手段では殺すことができない。殺害するならば死魔法を用いる必要があるだろう。

 そして内部には魔力の渦のようなものがあり、外部には異物が張り付いている。それは迷宮魔法だけでなく別の何かも付随していた。そこにも渦のようなものがあり、とにかく魂が増設されている。明らかに通常の方法では誕生しないし、普通なら魂が崩壊しても不思議ではない。ひとえに迷宮魔法がこの異質な魂を維持していた。



「安易に殺すという手段を使いにくいな……」

「保護しますか?」

「殺せばそれで終わりだからな。ダンジョンコアと関わっている可能性が高いなら、確保する。けど流石に妖精郷まで連れていくつもりはないぞ?」

「それは私も賛成です。ならしばらくはこっちに留まりますか?」

「ああ。妖精郷の方はアレリアンヌに任せる。どうなるかは分からないが、しばらくはこいつの面倒を見ることになりそうだな」



 シュウは続いて少女の右腕を見る。

 禍々しい黒に染まっており、人間のパーツとは思えない。試しに触れてみたところ、普通の腕と変わらないように感じた。本当にただ黒いだけに見える。ただ明らかに異質な雰囲気を発していた。人体組成としてもおそらくまともではなく、魔力とも融合している。

 野に放てば迫害されること間違いなしだろう。

 迷宮魔力を宿すという特異性があると分かった今、放置する選択はない。事情を聞き、必要とあれば手を貸すことも吝かではない。



「なら今日はここで野宿ですか?」

「そうなりそうだな。よし、遺体を集めて埋葬の準備でもしておこう。心証がよくなればこっちの思う通りに動いてくれるかもしれないからな」

「分かりました。じゃあ私が探して転送します。さっき戦っちゃいましたし」



 シュウは分解魔術で大樹の幹を引き剥がし、脱水して乾燥させる。そうして薪を作っている間にアイリスは飛んでいった。








 ◆◆◆








 少女が目を覚ましたのは日も暮れてしばらく経った頃だった。シュウとアイリスは野宿の為に火を焚いて簡易的なテントまで作っていた。テントといっても木製の支柱に布を被せただけのものだが。



「あれ……?」

「目覚めたか」



 シュウは鍋をかき混ぜながら問いかける。

 鍋を近くの廃屋から拝借し、畑から野菜を取ってきて簡単なスープだ。少女はその匂いで覚醒し、自分に起こったことを思い出す。そして飛び上がってシュウから距離を取った。



「あんた、何者?」

「通りがかり、ということになるか。まぁこっちに来い。腹が減っているだろう」



 そう言われて少女は自分が空腹であることを思い出す。途端にお腹が鳴った。

 警戒しつつも鍋の側に寄る。シュウはこれまた拝借した陶器の器にスープを注ぎ、差し出す。受け取った少女は座って器の中身をじっと見つめていた。



「……食べないのか?」

「あたしは……あたしはこんなことをしている場合じゃない。あいつを追いかけないと」

「何にせよ体力が尽きているだろ」

「……それは……」



 正直なところ、少女にはほとんど体力が残っていなかった。少なくともこのまま歩き続ければ近い内に倒れると自覚できる。だから大人しくしていた。



「あれ? 目が覚めたのです?」



 そこにアイリスが戻ってくる。

 彼女は両手に干し肉を抱えていた。どうやら廃屋から見つけてきたらしい。一方で少女はアイリスを見た途端に警戒をさらに強めた。最後、アイリスと戦ったことは覚えていたようだ。

 一方でアイリスはテントの支柱に干し肉を吊るし、シュウの隣に腰を下ろしてから報告する。



「少し外を見てきましたけど、もう結界がないですよ。たぶん魔力が切れたからだと思います」

「術式の大元は分かったか?」

「魔力切れで解除されたということは設置型だと思います。だから結界の中心付近……あの大樹のあたりに隠されているかと。暗くなったので探索は諦めました。一応はしばらく探してみたんですけどねぇ」

「探して見つからないとなるとその辺に設置されているわけではなさそうだな」

「はい。あるとすれば地下室ですね」

「この時代に残っている空間魔術だ。調べてみたかったが……」



 少女は二人の会話を聞いてさらに警戒を強める。

 明らかに普通とは違う内容だったからだ。特に空間魔術など、その言葉を知る者すら少ないだろう。だから少女は問いかけた。



「あなた二人は……何者? ただの旅人だなんて言い訳は聞かないわよ」

「シュウさん、なんだか怪しまれていますよ?」

「そりゃそうだろ。自己紹介もしていないからな」

「あ、そうですね。私はアイリスなのですよ! よろしくなのです! 何て名前ですか?」

「……アリエット。アリエット・ロカよ」

「ロカ?」



 シュウは少女の名前を思わず繰り返した。そしてどこかで聞いたことがあると記憶を精査し、束の間に思い出す。



「ロカ族か。まさか生き残っていたとはな」

「あなた私たちを知っているの?」

「その名前を聞くのはかなり久しぶりだな。だが氷解した。この辺りに張っていた結界はロカ族の技術だったということか」



 千年以上前のことなので思い出すのに少し時間がかかったものの、感慨深さも一層だった。まさかあのロカ族が今も残っているとは思わなかったからである。一方で、終焉戦争があったあの時代においても特別な血族だったので納得もできた。

 逆にアリエットは驚きであった。

 村を守る結界の中に引きこもっていたロカ族が氷の世界となっている外界にまで知られていたことに驚愕しないはずがない。益々この二人が何者なのか疑問を深める結果となった。



「本当に何者……?」



 そう問われ、シュウはアイリスに目を向けた。

 するとアイリスは頷く。



(正気か?)

(酷いのです!?)



 念話で改めて確認をとってもアイリスは否定しない。予知に近い能力を有するアイリスが言うのであれば悪い方向には進まないだろう。

 故にシュウはアリエットの方を向き、真実を告げることにした。



「ロカ族のことは千年以上前から知っている。普通の人間とはかけ離れた長い寿命を持ち、空間魔術を継承する一族だ」

「千年って……冗談でしょ? 人間の寿命じゃ――」

「俺の名はシュウ・アークライト。それより冥王アークライトの方が聞き覚えがあるか?」

「っ! 六大魔王!」

「流石にまだ伝わっているか」

「当り前よ! 終焉戦争の際に現れ、世界を滅ぼし、この氷河時代を生み出した元凶でしょ! 知らないはずがないわ!」



 実際のところシュウを含む『王』たちが暴れたのは終焉戦争の最後の方だったし、そもそも氷河期については人間が引き起こしたものだ。かなり誇張が入って伝わっている。しかし修正するのも面倒なので特に何も言わない。

 根が素直なのか、アリエットもシュウの告白を疑っている様子はなかった。

 恐れや焦りのようなものが眼に見えて浮かび上がっている。



「別に見つけた人間を皆殺しにするほど暇じゃない。そう怖がるな。俺たちはここで何があったのか知りたいだけだ」

「どうしてそんなことを?」

「俺は冥王だ。死後の世界、冥界の管理者だ。この辺りに異常があったから見に来た。それだけだ」

「冥王ってそういう意味だったのね」



 本来は人間に明かすような話ではないのだが、アイリスが問題ないと言っていたのである程度は教えることにした。結果としてアリエットから関心を買ったらしく、少しばかり警戒が落ちる。

 それで今度はシュウが問うことにした。



「それで何があった? ただの火事ということじゃないだろう? 村にあった遺体は明らかに殺された痕跡があったし、家が破壊されたような痕もあった。特に背中から樹木で貫かれている遺体が多かった。魔術か何かで攻撃されたんだろ?」

「……そうよ。スレイ……あいつがやったのよ。あたしは結界守をしていたから地下にいて、だから何があったのか知らないわ。でも地上の騒ぎに気付いて外に出たらスレイが皆を殺していたのよ」

「そのスレイというのも村人なのか?」

「そうよ。でもあいつは外から来た人間なの。村の生まれじゃないわ。すました顔で……優しそうな態度で村に紛れ込んで……シェリアとレフを裏切って!」

「落ち着け。話が飛んでいる。つまりお前もスレイとやらが何者か知らないと?」

「知らないわ。でも不思議な力を持っていた。モノを浮かしたり、あと何もないところから武器を出したり、魔術も使わず火を起こしたりね」



 それを聞いてシュウは魔装だと当たりを付ける。

 しかし一方で不可解な話もあった。魔術陣もなしに複数の能力を使っているという点である。かつてハデスを通して世界中にばらまいたソーサラーリングは全て機能を停止させた。なので魔術陣もなしに魔術を使う方法はないハズだ。また魔装だとして複数の能力を扱える理由が分からない。仮に恒王ダンジョンコアの実験体だったとしても、モノを浮かしたり刀を出したり火を起こしたりと多彩過ぎるのだ。アリエットの言葉から伺うに、他の能力もあったと思われる。

 そこでアイリスに念話で相談した。



(どう思う?)

(今のところは魔装を工夫して使っていたというのが納得のいく説明ですね)

(ああ。汎用性の高い能力ならあり得そうだ。だが……木々に貫かれていた遺体が気になる。おそらくあれもスレイとやらの能力だろう。そうなると多彩過ぎる。汎用性じゃ説明できない)

(それがなければ説明のやりようもあるんですけどね)



 どちらにせよ、スレイという人物が現代では考えにくい能力を持っていることは間違いない。異質な魂となっているアリエットもそうだが、スレイという人物にも興味が湧いた。



「村に来たあいつはすぐに馴染んだわ。魔術はロカ族しか使えなかったけど、あいつは一人で色々出来たし、村の人も頼りにしていた。稀に紛れ込んでくる魔物も倒してくれた。そのうち私の友達と惹かれ合って、結婚したのよ。それがシェリア」



 アリエットは揺れる炎をじっと見つめる。

 まるで思い出すことすら苦痛と言わんばかりの表情だった。そのシェリアとよほど仲が良かったのだろうということが伺える。



「シェリアには身体が弱い弟がいたの。レフといって、両親を亡くしていたから凄く仲のいい姉弟だった。レフはシェリアと結婚したスレイのことも慕っていたわ。よく面倒も見てくれたし、あいつの使う回復の術でレフを治療してくれたし」

「それを聞く限り良い人ですねぇ」

「……だから騙されたのよ。あいつは悪魔の本性を隠していたの。あいつはあたしのお父様やお爺様、それに一族の人たちを捕まえて斬り殺したわ。すぐ側にはシェリアとレフの遺体もあった。初めは気絶しているだけかと思って近づいたけど、息をしていなかった。何でこんなことをしたのって聞いたわ。それで右手を向けて魔術を使おうとした。でも気づいたら腕が切り落とされて、胸を貫かれていた」



 そう言いながら黒く染まった右腕をさすり、また胸のあたりを抑える。腕はともかく、胸の傷は致命傷になり得るものだ。現時点で腕が存在し、彼女が生きているということはここから何かあったのだろう。そう考えたシュウとアイリスは疑問を挟むことなく、ただ耳を傾ける。

 アリエットはぱちぱちと弾ける炎を見つめたまま話を続けた。



「その後……たぶん、蹴られたんだと思う。凄い衝撃を受けて、胸から刃が抜けていく感触があったわ。あたしは大樹のすぐ側まで転がった。その後は……記憶が曖昧ね」



 そこで一旦言葉が止まる。

 親しい身内が殺されていく光景が脳内で再生されているのだろう。嫌な光景は思い出すだけで心に負担をかけるものだ。自然と手に力が入り、アリエットは無意識に両の手で拳を作っていた。

 もしも体力が残っていれば、発狂して暴れていたかもしれない。

 それほどの怒りと絶望があった。



「あいつを殺したい。そう思った。その時……声が聞こえたの。たぶん幻聴じゃない。『あいつを殺したいか?』って問われた。だからあたしは殺したいって答えた。そうしたら……どうなったのか分からない。たぶん地面が崩れたんだと思う。あたしは大樹の下に飲み込まれた。もう動けなかったあたしは流されるままに任せていたわ。すごく痛くて、どっちが上なのかもわからなかった。でも気づいたら、空洞にいた。壁の表面に植物の根みたいなのがびっしり張り付いてて、空洞全体が淡く照らされていたの。明かりの正体は空洞の中央にあった結界よ。たぶん魔力の光」

「結界が空洞に? 何かを守っていたのか? 位置的にはあの大樹の真下だろ」

「たぶんロカの伝承にあるタマハミ様だと思う。この村の守り神よ。あの大樹の名前にもなっていて、村を豊かにしてくれている。外界があんな状況なのにこの村が豊かなのはタマハミ様のお蔭よ」

「ん?」

「ん?」



 シュウとアイリスが同時に反応した。

 千年の間に古い記憶は薄れつつあったが、別に忘れたわけではない。単に記憶の底へと沈んでいただけのことだ。単語を聞けばそれに関連した出来事は思い出すことができる。



「なるほど。暴食タマハミか」

「シュウさん、スレイって」

「可能性は薄いが、あるかもしれないな。魔装も一致する」



 おかしなことになっているかもしれない。

 ただダンジョンコアが暗躍しているだけの事件ではないと思い始めた。






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