第363話 黄金の巨人


 マギアと呼ばれた都市は跡形もなく消滅した。その理由は憤怒王サタンが放った破壊魔法である。あらゆるものを発散させてしまう魔法により、マギアは地の底から吹き飛んだ。それとほぼ同時に恒王ダンジョンコアが迷宮魔法を発動しなければ、今頃はもっと被害が広がっていたことだろう。迷宮魔法によって隔離世界が誕生していたからこそ、あの程度の被害で済んだのだ。

 ただ、地上で戦っていた連合軍、そしてマギア大聖堂の聖騎士たち、またマギアの市民は例外なく消えていた。



『こちらアラディン分隊。空からは生存者確認できず』

『管制だ。そちらの映像は私たちで分析する。今はできるだけ広範囲を飛んで情報を集めてくれ』

『了解』



 破壊魔法により全てが消滅したので、連合軍の盟主として作戦本部にもなっていたスバロキア大帝国では混乱が生じた。いきなり通信すらできなくなったのだから当然である。竜が現れたという情報だけは掴んでいたが、その後のことは黒竜を派遣することでようやくわかった。

 現在は生存者の捜索が行われていた。



『どうだい? 大穴の方の映像は』

『凄いっすね分隊長……いや、酷いっすよこれは』

『繕う必要はねぇさ。俺だって同じ感想だ』

『不謹慎ですよ二人とも』



 派遣された黒竜は六十四機。

 黒竜の巣と呼ばれるターミナル一つで制御できる限界数である。現実味のない景色を見せられて操縦者たちは何を言えばいいのかすら分からなくなる。特にマギアだった場所に存在する大穴は凄いとしか言いようがない。

 観測によって直径が十キロ以上あることだけは分かっており、深さについては不明だ。

 そして戦場だった大穴の周辺には禁呪の跡と思われるものも残っており、別の意味で凄惨だ。ただ残念ながら連合軍は跡形もない。残っていたとしても遺体や残骸ばかりであった。

 いい加減うんざりし始めたころ、黒竜に搭載されている観測レーダーに魔力反応が生じる。



『これは……大穴上空ですね。飛行魔術でも使っているんでしょうか?』

『分からん。だが確かめるぞ』

『かなり大きい魔力です。お気を付けください』

『分かってるよ。管制はサポートを頼むぞ』



 近くにいた黒竜の分隊が急行し、出現した魔力反応の正体を確かめる。その反応は近づく内に二つ存在することが分かり、やがて光学映像でもはっきりわかる距離にまで接近できた。



『あれは……人? 男女の二人組です! 生き残りでしょうか?』

『分からん』



 ともかく貴重な情報源になり得る存在だ。

 魔術通信などで接触し、この陰鬱な仕事を終わらせようと誰もが思った。



『っ! 何ですかこの魔力反応……まさか、禁呪!?』



 だが黒竜管制員の悲鳴のような報告がそれを阻む。

 空に巨大な魔術陣が広がり、それはマギアだった場所を覆った。










 ◆◆◆










 マギア上空に転移したシュウとアイリスは、早速とばかりに再び大穴へと潜入し、今度こそダンジョンコアを仕留めようと考えた。

 だがそれよりも早く空を覆うほどの魔術陣が広がる。

 当然ながらシュウの仕業でも、アイリスの仕業でもない。ソーサラーリングなしにこの規模の魔術を発動できるとすれば、相手は一人しかない。



「これは錬金属性に近いな」



 アポプリス帝国の文献を読んだので、シュウも失われた禁呪についてはある程度認知している。その知識がこの大魔術陣を錬金属性だと決定づけた。

 ただ全ての禁呪を覚えているわけではないので、正確にどの禁呪かは分からない。

 調べるまでもなく、答えはすぐに現れた。

 大穴の底から手が伸びる。それはオリハルコンの金色であり、穴の淵をしっかり掴む。大きさは掌だけで百メートル近いが、穴が大きすぎるために遠近感が狂って実際より小さく見えた。



「ああ、あれか。《巨神招来ゴーレム・ファクトリー》だな。ちょっと改造してあるっぽいが」

「どんな魔術でしたっけ?」

「デカいゴーレムを錬成する魔術だ。それ自体がゴーレムを生成する能力も秘めている……とかだったはずだ。ただ本来はオリハルコン製じゃなかったし、改造してあるな」

「でも所詮はゴーレムですよね?」

「だと思うがな」



 大穴から出てきたこと、そして一般には失われた錬金禁呪であること。それらを考慮すれば恒王の仕業だと断定できる。

 だからこそ解せない。

 オリハルコン製の巨大ゴーレムとはいえ、それくらいでシュウとアイリスを止めることはできない。それこそ《巨神招来ゴーレム・ファクトリー》よりもっと攻撃力の高い禁呪だって存在する。シュウを倒すということなら攻撃力に特化した禁呪の方がまだマシだろう。



「警戒はしておくぞ」



 念のため、そう言いながら手を伸ばす。

 大穴から出現した黄金の巨人は既に上半身を露わにしていた。身長でいえば一キロ以上にもなるのではないかと思われた。

 シュウはその内部に感じ取れる動力源へと意識を集中し、死魔法で抜き取る。

 流石に禁呪を制御する魔力だけあって、それなりのものが流れ込んできた。だが、黄金の巨人は動きを止める様子がない。



「シュウさん?」

「死魔法は使った。だが魔力を抜き取った先から回復している。覚醒魔装士みたいだが……いや、違う」



 更に目を凝らし、巨人の奥底を見通した。



「あの中にアゲラ・ノーマンが、恒王がいる」

「え?」

「あの中に本体がある。間違いない。おそらく永久機関の能力を備えている。死魔法でエネルギーを奪いつくせないのはそのせいだな。元の量が多いってのもあるが」

「じゃあ、わざわざ出てきたってことですか? えぇ……」

「信じがたいことにな」



 シュウもアイリスも懐疑的だった。

 そもそも迷宮というものを使って二人を惑わそうとした時点で、直接戦闘が苦手ということだ。少なくとも魔法を手に入れてすぐの『王』に負けることはないだろう。高い知能を誇っていたアゲラ・ノーマンの人格がベースになっている以上、わざわざ負けるような戦いに挑むとは考えにくい。

 だからこその不可解さだ。



「何か策を持っている、ということか?」



 そうこうしている内に巨人は全容を露わにした。立ち上がると、丁度視線の位置が巨人の顔となる。つまりそれは黒竜が飛行する空域とほぼ同じ高さでもあった。

 黒竜の飛行にも動揺が見られ、距離を取っていた。

 おそらく管制室と連絡を取って命令を待っているのだろう。とはいえ、シュウからすれば気にする必要のない存在だ。

 手元に立体魔術陣を構築する。

 その中心に反物質を生成し、黒く染まるほど高密度な魔力で覆った。また同時に射出用の加速魔術陣を複数用意する。



「まぁいい。確かめれば済むことだ」



 そう言って圧縮型《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》を放った。初速度から音速を越えて放たれた黒い弾丸は、ほぼ一直線に黄金の巨人へと向かっていく。

 直撃と同時に反物質を覆う魔力が結界として機能し、その内部で対消滅反応が起こされた。反応促進と光エネルギー熱転換の効果で瞬時に膨大な熱エネルギーが生じ、内部を焼き焦がす。圧縮型は反応させる反物質の量を上げつつ、効果範囲はそのままになっている。そのため、相対的に威力が圧縮された状態になっている。ここから生じる熱量は瞬間的に太陽の中心温度を超え、たとえオリハルコンであろうとも蒸発させてしまう。

 そして全てを蒸発させた後は、死魔法のエネルギー吸収によって食い尽くされる。

 全長一キロ以上とはいえ、圧縮型《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》の消滅範囲はその数倍だ。黒い結界に包み込まれた黄金巨人は綺麗に消え去ると思われた。

 だが、その予想は外れる。



「何?」

「無傷ですね」

「確かに手応えを感じたんだが……」



 二人の驚きの通り、巨人は無傷であった。オリハルコンの輝きは健在で、傷一つ見られない。防御結界を張っていたとしても、圧縮型《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》の熱量ならば理論上焼き尽くせるはずだ。それでも無傷ということは考えられる答えは一つである。



「迷宮魔法か。仕組みを分析するぞ。無敵ということはないハズだ」

「《魔神化》で一気に仕留めたりはしないのです?」

「コントロールしきれないし、最終手段だ。仕組みを調べてからでも遅くない。アレは正真正銘の切り札だからな」

「分かったのですよ」



 シュウは手元に死魔力を集める。

 またアイリスは時間操作の魔装に集中し、《無間虚式むげんきょしき》の発動準備を始めた。








 ◆◆◆







 黒竜の巣ではマギアだった地より送られてきた映像のせいで大騒ぎとなっていた。突如として現れた黄金の巨人もそうだが、もう一つは冥王と魔女の出現である。

 《暴食黒晶ベルゼ・マテリアル》は冥王の能力として有名なので、すぐに正体が判明した。そして冥王の側にいる女となれば時の魔女アイリス以外にあり得ない。



「グレムリン大将、これは……」

「手を出すな。黒竜の大部分を引き上げさせろ。監視に留める他ない」

「しかし」

「異論は許さん。ただでさえ怠惰王に戦力を回す必要もあるのだ。冥王まで相手にしていられん」



 誰もが納得する論理を展開し、ひとまずこの場を収める。

 だがグレムリンの本音は違った。



(おそらくはあの方の策。であれば、私が邪魔するわけにはいかん)



 妖精郷を統治するシュウ・アークライトは彼にとっての神も同然だ。スバロキア大帝国空軍大将としての立場より優先される。それらしい理由を付けつつも、本音はシュウの邪魔をしないことだ。

 一応は立場もあるので監視を止めるわけにはいかないが、邪魔だけは絶対にさせない。



「マギアの監視は二分隊もあれば充分だろう。シャズに指揮を任せる」

「はっ!」

「私は怠惰王の方に集中する。各員も怠惰王討伐に注力せよ。また飛竜と堕天使、水龍と悪魔が戦っているという報告もあった。アレもディブロ大陸の魔王である可能性が高い。そちらにも監視を回せ」



 そして中央画面に映された山脈の如き存在に目を向けた。

 今も西へ向かってスラダ大陸を進むこの『王』は一筋縄ではいかない。スバロキア大帝国が今出せる最大戦力によって対処しなければならない。

 大陸各地で『王』が出現するという異常事態に、誰もが世界の終わりを感じていた。








 ◆◆◆








 怠惰王ベルフェゴールはスラダ大陸に上陸後、西へ西へと絶望を運んでいた。海を渡る際に無数の津波を起こしており、スラダ大陸東海岸は壊滅状態にある。怠惰王は一歩で大地を粉砕し、進路上の街はもれなく踏み潰される。

 大陸西方の国家は当然ながらそれを良しとしない。

 スバロキア大帝国を中心として対策が行われた。一つは黒竜をほぼ全機出撃させての総攻撃である。山脈にも見えてしまう巨体に対して空から激しい攻撃を浴びせ、撃破と時間稼ぎを狙う。また怠惰王の進路を挟み込むようにして陸軍の重火器を展開し、挟み撃ちの支援攻撃を行う。それによって足止めし、ヘルヘイムより兵器が送られてくるまで待つのだ。

 またスバロキア大帝国の切り札はもう一つある。



「あれが怠惰王ですか」



 小高い丘陵地から初老の男がの『王』を眺める。

 かつては秘奥剣聖ハイレインとしてスバロキア大帝国に仕え、そこが滅びた後は放浪し、『剣聖』シンクの師匠として陰に埋もれ、現在では黒猫の幹部『黒鉄』として再びスバロキア大帝国に仕えている男だった。



「ハイレイン様、アレを倒すと……?」

「まぁ、やってみましょう。他ならぬアデル様の勅令ですから」



 心配する親衛隊兵士に対し、ハイレインは余裕の態度だ。

 しかし見た目ほど余裕というわけでもない。剣の修行は心の修行でもあるため、あらゆる状況で冷静さを失わないだけの精神的強さは備えているというだけのことだ。



「私の直線上に立ち入らないよう、警告をお願いします」

「は、はいっ! 緊急連絡! 座標ラインを設定しました。これよりハイレイン様の斬撃が行われます。直線上の地上部隊、および黒竜は退避してください!」



 オープン回線で全軍に通達がなされる中、ハイレインは自身の魔装を発動させる。彼の魔装は一般に、どこまでも伸びる刀とされている。自由自在に間合いを変化させる彼の剣術は無敵を誇り、一対一であればどんな相手でも敵わない。

 ゆっくりと上段に振り上げられ、そこでぴたりと止まった。

 引き込まれるほどの集中により誰もが息を呑む。



「え?」



 誰も目を離してはいなかった。

 だが気づけばハイレインは剣を振り下ろしていた。

 遅れて空が裂け、厚い雲が左右に分かれていく。彼の刃は直線上を全て切り裂いたが、世界が『切り裂かれた』と気付くのにワンテンポ遅れた。

 そのわざの名は星喰そらぐい

 斬撃の瞬間に刃を伸ばすことで、切先の速度が瞬間的に光速を越える。それはつまり時間を飛び越えるということであり、斬撃の後に世界が追いついてくる。それによって『切られた』という事象が先に発生するのだ。

 防御も回避も不可能。

 因果関係が入れ替わってしまう。元は魔装士ですらなかったハイレインが、剣を極めた先に会得した奥義である。



「凄い……」

「ホントに人間なのか?」

「見えたか?」

「いや」



 驚くのはまだ早い。

 ハイレインの星喰そらぐいはどれだけ砲撃してもノーダメージだった怠惰王ベルフェゴールに確かな傷を与えたのだ。未来に設置された斬撃へと踏み込んだ怠惰王は、その側面に大きな傷を受ける。その衝撃で初めて怠惰王の足を完全に止めた。

 それにより一斉攻撃が始まる。

 黒竜の爆撃が怠惰王頭部に集中し、地上部隊は足を狙ってとにかく足止めする。今の星喰そらぐいを見てハイレインこそが鍵だと理解したのだ。

 それは後ろから追随する黄金要塞も同じだった。



『我々は魔神教所属樹海聖騎士団! スバロキア大帝国、および同盟国の軍とお見受けします。どうか我々にご協力ください! 我々の団長……『樹海』の聖騎士には怠惰王ベルフェゴールを封印する手段があります!』



 オープン回線で言い放たれた言葉は衝撃であった。

 元より後ろから黄金要塞が追従し、怠惰王を討伐せんとしていたのは彼ら樹海聖騎士団だ。彼らは自分たちだけで討伐するつもりだったのか、連合軍と歩調を合わせず独自に攻撃を仕掛けていた。大帝国を含めた連合軍も共通の敵を倒すということで黙認しており、また彼らも樹海聖騎士団と共に戦うという選択肢を考慮しなかった。

 互いの確執を考えて、暗黙の了解を保つべきという方針だったのだ。

 まさか魔神教勢力である黄金要塞側から協力を持ちかけてくるとは予想外で、連合軍の通信も少しばかり騒がしくなる。

 だがそれも一瞬のことで、連合軍側からも返答が行われた。



『私は怠惰王討伐連合軍指揮官、スバロキア大帝国陸軍のソール・カリヤドネ中将だ。現在は我が軍は陸軍と空軍による連携で足止めを行い、切り札による攻撃での討伐を目指している。そちらに封印手段があると伺ったが、それはかの緋王を封印した手段と同等のものだろうか?』

『はい。私どもの団長は現在魔力を練り上げ、特別な封印術を構築しています。しかしこの封印術は対象に定着するまで時間がかかり、完成するまでに振り払われる可能性があります。故に一度弱らせる必要があるのです』

『確かに怠惰王の再生能力は群を抜いているようだ』


 

 この通信の間にもハイレインが着けた傷は完全に塞がっていた。

 元から強大な力を持つ魔物は高い再生能力を保有している。これは魔力の多寡というより、魔物の自我に起因する。強い自我を持っている魔物は、肉体が破損しても保有する魔力を使って自身の肉体を再構築してしまうのだ。勿論、魔力量が多い魔物であるほど自我が強くなる傾向にあるので、ランクの高い魔物であれば大抵が再生を可能とする。

 七大魔王とも称されるほどの存在ならば、討伐を実質不可能にするほどの再生能力になるだろう。

 カリヤドネ中将も現時点で倒し切るのは不可能と考えていた。



『アロマ・フィデア殿の封印術は魔物を弱体化させる効果もあると聞いた。そうだな?』

『事実です。封印術を完成さえさせてしまえば……』

『了解した。協力を約束しよう』



 本来は敵同士だが、今はそれどころではない。

 ここに大帝国同盟圏連合軍怠惰王討伐戦線に樹海聖騎士団の操る黄金要塞が加わる。



「なるほど。責任重大、ということですか」



 通信を聞いていたハイレインは再び刃を振り上げた。



「ならば私も消えない傷を刻みましょう」



 二度目の星喰そらぐいが、先よりも更に力強く放たれる。

 それは怠惰王の首へと深く刻まれ、そこから魔力が漏れ出した。それはハイレインの宣言した通り、再生する様子がない。まるで呪いのような傷口だった。








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