第361話 『王』の降臨
憤怒王の破壊魔法によってマギアは消滅し、後には巨大な穴が残った。当然ながらその地下にある永久機関も綺麗に破壊されるはずだった。
だが永久機関に憑りついたアゲラ・ノーマンは黒衣の男が持っていた謎の魔力を取り込み、馴染むことで『王』の力に目覚める。獲得した迷宮魔法によって地下はマギア大聖堂ごと隔離され、破壊魔法による惨状からも免れた。
「燃え尽きろ」
シュウは外で何が起こっているのか全く知らず、ただ恒王を殺すために魔術を発動させる。エネルギー密度を極限まで高めた究極の炎を手元に召喚した。この魔術《神炎》はあまりも高いエネルギーのため、発する光は可視光を超越してしまう。透明な炎が周囲の光を捻じ曲げ、歪みだけが手元で揺らいでいた。
またこの魔術を発動すると同時にアイリスは《
これによって《神炎》の被害は防げた。
なのでシュウも容赦なく透明な炎を解き放ち、霊体化する。
《神炎》は超高熱によって原子を強制的に電離させ、プラズマ化させる。そればかりか原子崩壊すら引き起こし、それによって生じたエネルギーすら取り込んで炎を拡大する。つまり《神炎》は周囲が真空でない限り膨張し続けるという性質を持っているのだ。
(アイリス、ここから転移はできそうか?)
(だめですね。閉ざされているのですよ)
(やはり空間に干渉する魔法という考察は間違いじゃなかったか。だが黒衣の男は人間と魔物を融合する能力を使っていた。同じ魔法だとすれば、迷宮魔法は空間に干渉するだけじゃない。おそらく本質は別のところにある。早めに特徴を調べる必要があるな)
透明な炎が万象一切を蒸発させて崩壊させる中、シュウは死魔法により冥界へとアクセスしようとする。この世界を構築している魔力とは異なる死魔力によって構成された世界であり、シュウだけが接続できる特別な世界だ。
だが、何かに阻まれているのか冥界を感じることはできなかった。
別に疑っているわけではなかったが、確かにアゲラ・ノーマンはトレスクレアを超越し、魔法に目覚め、恒王ダンジョンコアとして目覚めたのだと分かった。死魔法を遮断できるなど同じ魔法以外に考えられないからだ。
(アイリス、念のために《
(分かりました。あと空間系なら私も色々調べてみるのですよ)
(ああ。俺は派手に動く……迷子になるなよ。なるなよ?)
シュウは念を押しつつ《神炎》のエネルギーを掌握する。魂を抜き取るように、その空間より熱エネルギーを抜き取る。死魔法によって空間中の熱エネルギーが殺され、原子が崩壊するほどの灼熱は消え去った。今回は全ての熱を奪うようなことはしていないので、おおよそ常温に戻る。
だが景色は大きく変わっていた。
複雑な迷路は消え去り、空洞だけが残る。質量すら光エネルギーにまで分解してしまったので、後には何も残っていない。
深い深い大穴だけが続いていた。
シュウは視線を上げる。
《神炎》により塞がれていた部分も綺麗に蒸発し、上からは淡い太陽光が注いでいた。相変わらず空は厚い雲に覆われているので、その光は非常に弱い。それでも十キロ以上という口を開く大穴なので、光が届かないわけではなかった。
「さて、降りるぞ」
「はい!」
実体化したシュウを先頭にして、二人はゆっくりと落下していく。光届かぬ地の底へ、恒王ダンジョンコアを見つけ、滅ぼすために。
◆◆◆
恒王にとって憤怒王の攻撃は予想外であった。
時間を稼ぎ、自分の命を狙う冥王さえ退ければそれで勝ちだと考えていたからだ。だが突如として
「ん、んー。あ、あー。さて、大まかには元通りですね」
トレスクレア
世界を思うがままに切り取り、紡ぎ合わせる。
それが迷宮魔法である。
魔法の力の一部を使えばかつての身体を取り戻すことも難しくない。また彼の本体はあくまでも永久機関であり、それが変質したダンジョンコアだ。この身体は動きやすくするための人形でしかない。つまり義体の延長線だ。
「まぁ、こんなものでしょう」
彼は迷宮魔法を使ってこの大穴全体を自分の領域にしてみせた。世界はすべからく魔神ルシフェルのものであり、その制御下にある。だが迷宮魔法は世界より部分ベクトル空間を切り取り、望むがままに紡ぎ合わせ、小さな自分の世界にできるのだ。
そうして大穴の底にマギア大聖堂を持ち込んでいる。
恒王は破壊魔法によって全てが消え去る直前に、迷宮魔法によって取り込んでいた。だから歴史あるマギア大聖堂は外観だけでなく、その内側に秘められたあらゆるものを回収している。後は取り込んだ
存外、彼もマギアという都市を気に入っていたのかもしれない。
「さて、ここからですよ。まずはこのスラダ大陸を、いずれは世界を。私の魔法で魔神ルシフェルより切り取りましょう」
魔法は広がる。
このマギアだった場所の地下を始まりとして。
恒王ダンジョンコアは野心を燃やす。
この世界を少しずつ切り取り、自分だけの世界を作り出すために。
スラダ大陸は着実に、恐ろしい速度で、その地下空間に大迷宮が広がっていた。
◆◆◆
憤怒王はマギアを滅ぼした後、西へと飛翔していた。適当な街を見つけたら怒りを発散させるべく破壊魔法で消滅させる。そんなことを繰り返していた。
だが、それは神聖グリニア西部国境付近で終わる。
「
赤い竜の前に立ちふさがったのは原初の『王』だった。
決して王座より動くことのないルシフェル・マギアが、また一つ都市を滅ぼそうとする憤怒王の前に立ち塞がったのである。天使系に属するルシフェルは、種としては
吼える憤怒王を前にしても全く揺らがなかった。
「俺の世界を破壊されるのは少々困るのでな。折角の
『―――ッ!』
「自身の在り方を邪魔するなと? 大きく出たものだな」
『―――』
「クク……試してやろうではないか」
ルシフェルは堕天使の黒い翼を広げる。それによって黒い羽が散り、同時に魔力が霧散した。彼の力魔法はこの世界を創造した原初の力である。ベクトルの操作という万能を誇るこの魔法にできないことは存在しない。
一方で憤怒王サタンは自身の創造者に対して遠慮なく牙を剥く。とはいえ憤怒王も魔法に覚醒し、ルシフェルの支配から脱却した存在だ。それだけでルシフェルに認められる価値がある。そして憤怒王は今、己の在り方を否定するルシフェルに反旗を翻した。
『―――ッ! ―――ッ!』
「ほう? この俺を滅ぼすと宣うか。愚かな」
『――――――』
「過剰な自信を肥大化させているらしい。ならば一つ、格の差というものを思い出すがいい……堕ちよ」
神が命じる。
それによって憤怒王は地に落とされた。力魔法によりあらゆる世界の法則が書き換えられ、ただ憤怒王を墜落させるためだけの空間ができあがったからだ。
地に落とされた赤き竜は、その下にあった国境沿いの街を巨体で圧し潰してしまう。幸いにも落下地点は街の郊外だったので、目立った被害はない。今のところは。
「久々の運動だ。俺を楽しませることができれば及第点だな」
突如として始まった超越者の戦い。
この街の人間たちにとってそれは人生最大の不幸であり、幸運でもあった。この世の頂点が織りなす戦いの目撃者となるのだから。神話の存在が作り出す伝説の証人となるのだから。
◆◆◆
かつて
だがこの感情は神に届かなかった。
神の寵愛を受けるのはただ一人の女悪魔だったからだ。
「久しぶりかしらレヴィ」
『貴様! どの面を下げて私の前に現れた!』
「ちょっと暴れすぎな水龍を止めるためにね。お仕事よ」
『黙れ毒婦が!』
激しく唸る嫉妬王は、念話によって色欲王アスモデウスを罵倒する。嫉妬王にとって彼女は不倶戴天の敵だ。目障りで、恨めしく、そして羨ましい相手だ。
問答無用で結晶魔法を放ち、塩の塊に変えようとする。睨みつけるだけで対象を結晶化させるこの能力はまさに初見殺しだ。対策していなければ為す術もなく終わる。
しかしアスモデウスは結晶魔法を知っていたので、既に策を講じていた。
「そこに私はいないわよ?」
美しき女悪魔は煙のように消えてしまう。
初めからその場にいなかったのだと、嫉妬王は理解した。アスモデウスが結晶魔法を知っているように、嫉妬王レヴィアタンも精神魔法を知っている。色欲を司る『王』と呼ばれる通り、アスモデウスは他者の精神に干渉し、感情や記憶を操作する。
『どこだ!』
嫉妬王は首を捻り、全方位を確認してアスモデウスの姿を探した。精神魔法の厄介さは身に染みて理解しており、同じく初見殺しである。
何度も苦汁を舐めさせられてきた。
全く以て不快だった。
『姿を見せろ
直後、嫉妬王は小さな違和感のようなものを覚える。何かを忘れているような、喉に小骨が引っかかっているような気持ち悪さだ。
だがすぐにそんなことはどうでもよくなった。
相手は確かに世話になっている姉貴分だ。恩を感じているし、流石に殺す気なんてない。だがこればかりは話が別で、白黒つけなければならない。
『隠れるなんて意地悪だ!』
敬愛するアスモデウスはすぐに意地悪をする。それは嫉妬王のこと愛らしく思い、可愛がってくれているからだ。嫉妬王はアスモデウスの思いをよく知っているので、強くは怒れない。今までに何度もこんなことがあったので慣れてしまったのかもしれない。
『一緒に遊んでくれるって約束したじゃないか!』
そうだ。
久しぶりに姉貴分が構ってくれるというから、わざわざ隣の大陸までやってきたのだ。確かに
嫉妬王はどこか拗ねたように、アスモデウスに呼びかける。
『
「ふふ。仕方ない
『べ、別に拗ねてなどいない!』
「はいはい」
精神魔法は対象の記憶や感情を操作する。
憎悪も、親愛も思いのままだ。
バロム共和国の都市上空で、二人の『王』がじゃれ合う。剣呑な雰囲気は消え去り、どこか和気藹々とした、それでいて人類にとっては絶望的な
後で正気に戻り、身悶えするまでのほんの短い間だが。
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