第360話 破壊魔法


 久遠の聖都エターナル・マギアは永久機関の無限魔力を利用して軍事要塞化したマギアだ。一部の禁呪クラスでなければ貫けない結界を七重にも展開し、無数の殲滅兵を操り、絶えることのない魔術砲撃を繰り返し、禁呪弾すら無限生成して放ち続ける。

 これを攻め落とそうとすれば、まさに地獄の戦場となるだろう。包囲している大帝国同盟圏連合軍の被害は甚大であり、すでに半数が死んでいた。

 だが、この凄惨な戦いは思わぬ形で終結する。

 突如として久遠の聖都エターナル・マギアが機能停止したのだ。

 これによって結界は消え去り、殲滅兵も止まり、魔術砲も停止する。逆に連合軍の攻撃はそのままだ。禁呪弾による応戦が結界のないマギア中央部へと放り込まれることになった。



「どうなっている!?」



 最前線で戦っていたギルバートは叫んだ。戦場の中心ゆえに答えてくれる者はいない。ただ視界の先にあるマギアでは水属性禁呪弾《気相転移フェイズシフト》、風属性禁呪弾《地滅風圧ダウンバースト》、錬金属性禁呪弾《質量爆光クライシス・レイ》が連続して炸裂した。

 空気が液体化するほど冷却され、次の瞬間には爆発する。

 暗雲が蠢き、渦巻く大気が落ちてくる。

 質量エネルギーが光エネルギーへと置き換わり、爆光と共に熱が焼き尽くす。

 ただでさえ一発で半径数キロを滅ぼす威力なのだ。それが次々と着弾すればどうなるか予想に難くない。また連合軍の攻撃はまだ終わっていない。禁呪級の召喚石により呼び出されていた召喚獣も残っている。二体にまで減った白騎士はマギア中央部の大聖堂へと一直線に向かい、大天使は天より光を撃ち下ろして薙ぎ払うように都市を破壊する。停止した殲滅兵は術符による攻撃や魔術砲攻撃により爆散した。



「ギル見て。マギアはもう何にも守られていないわ」

「ああ。このままだと制圧じゃなく虐殺になる」



 大帝国がここまで神聖グリニアを追い詰めたのは、あくまでも永久機関を手に入れるためだ。氷河期に備えて無限のエネルギー機関を手に入れる必要がある。そうしなければ氷河期によって神聖グリニアは世界の支配権を手に入れるからだ。

 氷河期の原因となったのが黄金要塞の浄化砲なので、初めからそれを狙ったマッチポンプだという説まである。

 つまり目的は神聖グリニアの殲滅ではなく、制圧。

 マギアにおいても虐殺は許されない。

 ギルバートは作戦指揮本部へ直通となる通信網を保有しているため、すぐに連絡を入れて攻撃を中止させた。それからおよそ一分後、攻撃が止まる。



「くそ。何人死んだ」

「百万どころじゃないわね。五百万……下手すれば一千万人は死んだわ」

「最悪だ。史上最悪の虐殺だ」



 古い定義で、禁呪とは一撃で一万人規模の殺害を引き起こすものを指す。だがこれは古い都市に対して放った場合の話だ。現代都市は非情に高密度であり、特に高層集合住宅の導入に伴って人口密度は跳ね上がっている。

 禁呪規模であれば直接的な範囲だけで三十万人近くが犠牲者となる。また禁呪の余波による死傷者も無視できるものではなく、実際は更に多いだろう。禁呪一つで百万人が犠牲になると見積もっても違和感がないほどだ。



「ともかく結界が解けたなら制圧作戦だ。それどころじゃないかもしれないがな」



 本来、都市制圧は大きな被害が出る前に終わることが多い。戦争は兵士によって行われるもので、一般市民を巻き込んで良いものではない。戦争なので完全には無理だが、意図的な虐殺は御法度だ。もしも破れば他国からの非難を集め、最悪は袋叩きにされる。全世界を敵に回しても圧倒できる武力でもない限りはあり得ない選択だ。

 守備軍も必要以上の被害が出ると分かった時点で撤退することが多く、市街地戦というのはよほど切羽詰まらなければ起こらない。複雑な地形で敵味方が入り乱れる乱戦をするくらいなら、後退して兵力集中させた方がマシだからだ。足止め以上の意味はないだろう。

 下がる場所のないマギア包囲戦では激しい抵抗も予想されていたが、連合軍としてもここまでの被害は望んでいなかった。ギルバートも制圧より市民救助を急ぐべきと考えていた。








 ◆◆◆








『状況確認、マギア市民の救助を優先せよ』

『流石にあの状況だ。制圧は後回しでも構わん』

『了解で――』

『一部神官から保護を求める要請を確認しました』

『これより一切の戦闘行為を禁じる。弾の一発、攻撃魔術の一つも使うな』

『放射線で近づけない地域が――』

『黒竜より報告。座標――に救援を求める者たちを発見。救援要請信号を受信した』

『布を大量に用意しろ! 包帯も足りんぞ!』

『くそ。人が足りねぇ』

『おい見ろ! 魔物だ! 東の空!』

『はぁ? 今はそれどころじゃねぇんだ。適当に対処してくれ!』

『落ち着け。数は?』

『一体だけだ。赤い飛竜だと思う』

『さっさと始末しよう。俺は大帝国陸軍第六魔甲師団だ。ここからも見える』

『こちら黒竜連隊。俺たちも確認した。迎撃する』







 ◆◆◆








「おいジュディ。アレを見ろ!」

「竜、よね?」

「なんでこのタイミングで魔物が」

「気にすることないんじゃない? 結構大きいみたいだけど黒竜が向かっているわ」



 雷の鎧を纏うジュディスは、同時に生成した雷槍の穂先を向ける。確かに空中を戦場とする飛竜系魔物は厄介だが、同じく空を舞う黒竜ならば問題にならない。すぐに討伐されるだろうというのがジュディスの意見だった。

 確かに近年では魔物を脅威と感じることは滅多にない。

 だからこその反応だった。

 ギルバートも落ち着いたジュディスの返答に納得した。



「え、ああ。まぁ、そうか」



 納得してしまった。








 ◆◆◆








 憤怒王サタンは次なる怒りの放出先を発見した。

 そこは今までよりも遥かに多くの人類が密集しており、破壊し甲斐のある規模だ。赤く猛る激情を魔力に変換し、憤怒王は翼を広げて停止する。自身の周囲を飛び回る不快な黒い物体が邪魔だったので、破壊魔法で爆散させておいた。

 鬱陶しいものがなくなったところで、集中して破壊魔力を集めていく。漆黒の燃え上がるような魔力は一つに凝縮され、球体となって憤怒王の頭上に留まった。破壊魔力の球体は波打ち、脈動し、赤道部から波紋のような破壊力が広がって円環となる。円環は何重にも連なり、やがて天使の輪のように憤怒王の頭上で展開された。



『て、撤退ィィィィィィッ!』



 連合軍のオープン回線をそんな叫びが貫く。

 ここでようやく異常で異質で異形な魔力に気付いたのだ。黒い円環は何重にもなって空を覆いつくそうとしている。計測器の魔力反応は全てエラーを記録していた。赤い飛竜が何をしようとしているのか理解し、即座にこの領域から離れなければならないと悟ったのだ。

 だが遅い。

 その判断は憤怒王の姿が見えた時点でするべきだった。その時点で逃げていれば、ギリギリ破壊魔法の効果範囲から逃れていたかもしれない。運が良ければ生きていたかもしれない。

 全ての判断が手遅れだった。

 破壊魔法は死魔法とも似ている。あるいは暴食王の分解魔法にも似ている。その特徴は名の通り破壊であり、あらゆる事象を壊す。その本質は発散だ。この世を構成する方程式から収束値を消し去り、あらゆる解を発散へと変えてしまう。故に万物は定まらず、弾け飛ぶ。

 破壊の円環が落ちた。

 次々と落ちた。

 止めようもなく落ちた。

 まだ落ちる。

 とめどなく落ちる。

 そしてマギアという地は根こそぎ発散する。

 確固とした質量を有していた大地は安定を失い、それを司る方程式が発散の解を示す。物質は蒸発し、原子は崩壊し、電子は光となり、原子核はクォークとなる。

 だから大爆発が起こった。

 水蒸気爆発など比較にならない。マギアという世界最大級の都市だった場所は、地下・・ごと根こそぎ破壊されてしまった。発散方向に放出されたエネルギーが圧力や衝撃波を生み、周囲を吹き飛ばして破壊の惨状を広げていく。空気を押しのけ、地面を押し流し、人をゴミのように吹き飛ばす。



『応答しろ! 何があった? 今の音は何だ!』



 これほどの爆発でも壊れなかった魔晶製の魔術通信機からそんな声が聞こえる。しかしその通信に応答する者は一人としていない。マギアという戦場にいた者は一人残らず消し飛んだのだから。

 久遠の聖都エターナル・マギアとして改造されていたその場所は、底の見えない巨大な穴となっていた。クレーターと呼ぶのは難しいほどの深い穴だ。地獄に通じる世界の穴と言われた方がまだ真実味がある。

 この日、人類の歴史と共に歩んできたマギアは消滅した。

 何の感慨もなく、呆気なく。











 ◆◆◆










 世界中で異変が起こっている。

 錯綜する情報を収集し、分析し、そんな結論に至った。スバロキア大帝国の情報分析機関はその結果を元老院へと報告した。即座に元老貴族たちは御前会議にて報告し、大帝国上層部は事情を知るに至った。



「報告されたのは三体。水龍、地竜、そして飛竜です。この中で地竜は怠惰王ベルフェゴールであると確認できております。ラムザ王国を滅ぼしたのち、真っすぐ西へ進んでいます。水龍は見たこともないほど巨大で、睨みつけたものを水晶や塩に変えてしまうということでした。そして問題の飛竜ですが、この惨状を作り出した存在と目されています」



 その報告と共にそれぞれの手元にある仮想ディスプレイへとある画像が表示される。マギア包囲戦が行われていたハズの場所で撮った航空写真で、つい先ほど判明したものだ。

 栄華を極めた世界最大の都市は見る影もなくなり、底の見えない大穴になっている。また周囲にも大量の亀裂が走っており、大規模な地殻変動でも起こったかのようだ。添付されている魔力データでは汚染も確認されているため、生身の人間が近づけば健康に異変が生じると思われる。



「馬鹿な……」

「都市が丸ごと無くなっ……いや、それより連合軍すら消滅したというのか!?」

「いったいどれほどの犠牲者が」

「概算なら二千万人、ほどでしょうか?」

「はは。実感が湧きませんな」



 あまりにも現実離れしていた。

 それに被害はマギアだけではない。



「ラムザ王国は王都消滅を確認しています。怠惰王により踏み荒らされたようで、かなり悲惨な状態と言えるでしょう。こちらは生き残りを確認しましたので事情聴取も行っております。また同じくラムザ王国のドラディオンはマグマに覆われ消滅していました。目撃情報から水龍が元凶と思われます」

「消滅……」

「最低でも破滅ルイン級ですか」

「捕捉はできていますか」

「監視局を設立してリアルタイム監視体制を整えています。怠惰王は真っすぐこちらの方面に向かっています。また黄金要塞と思われるものも並んで飛んでいまして、攻撃しているようでした。三日もあればここまで辿り着くでしょう」

「状況が分からなすぎる……これは現実なのか?」



 理解の及ばない状況が連続して報告されているためか、現実感のない者も多い。満を持して送り込んだ連合軍が文字通り壊滅し、マギアに至っては深い大穴になっている。またラムザ王国も踏み荒らされ、その被害は徐々に西にまで及び始めている。

 どう対処すれば良いのか、誰も提案できなかった。

 ここでずっと報告を聞いていた皇帝アデルハイトが口を開く。



「ギルバートとジュディスはどうなった? 捜索はしているのだろうな?」

「申し訳ございません陛下。マギア付近はあの状況ですので、現在は黒竜を派遣し、空から調査に向かわせております。戦場に派遣していた黒竜、そして鹵獲した水壺すいこは全て撃墜されました」

「そうか」



 大帝国が正式に保有する三人の覚醒魔装士の内、ギルバートとジュディスは皇帝の身内でもある。彼の妃が二人の娘なのだ。そういう理由もあり気にかけていた。もし失ったとなれば戦力以上に損失だ。

 三体の竜がこのスラダ大陸に出現したにもかかわらず、人類の戦力は極端に低下している。スバロキア大帝国が一つ間違えれば人類は滅びるだろう。

 アデルハイトは震える声で告げた。



「黒竜をあるだけ出せ」



 遠隔操作兵器ならば死者は出ない。

 何としてでも竜を討たねば、やがてスバロキア大帝国にもやってくる。予想される被害は考えたくもないほどだ。マギア包囲戦のために敷いた輸送路も幾つか分断されており、既に孤立している都市も幾つか存在する。そして竜たちの通り道に都市があれば、間違いなく潰される。

 一刻も早く対処しなければならないし、近づかせてはならない。



「ハイレイン、行ってくれ。怠惰王を仕留められるな?」

「御意」



 護衛などと甘いことは言っていられない。アデルハイトは切り札としてハイレインの投入を決意する。その剣技は人外のそれであり、間違いなく大帝国の最高戦力だ。魔装の関係上、空を飛ぶ黒竜ですらハイレインには敵わない。

 この判断に元老貴族たちは皇帝の本気を理解する。

 背後に控えていたハイレインは粛々と、当然のように了解とした。



「ヘルヘイムに連絡し、召喚石の作成を急がせろ。それと黒竜の補充もだ。禁呪級召喚石は幾らあっても足りないだろう。それと対処法を協議させよ」

「陛下、ここはまず永久機関を手に入れてはいかがでしょう。マギアはあの惨事ですが、もしも残っていれば大きな力となります」

「確かに探す価値はありますな」

「ああ。そなたらの言う通りだ。調査に向かわせた黒竜に通達しておくべきだろう。ただ、確保するならば魔力汚染をどうにかする必要があるな。それもハデスに依頼するとしよう」



 ありとあらゆる面で時間がない。

 壊れゆく世界を許容できない彼らは最期まで抗う。本当の脅威は三体の竜王ではなく、新たに誕生した恒王であるとは誰も知らずに。







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