第359話 ラムザ王国滅亡
怠惰王ベルフェゴールは確認されている中で最強の『王』とされている。人類はかつてその正体を知り、大敗を喫し、いつか倒せることを夢見た。
力を付けた。
兵器を開発した。
仮に『王』の魔物だとしても容易く屠れる戦力を整えたと思った。
だが、現実は非情であった。
「くそ、くそ、くそ! どうやったら倒せるんだよ!」
「文句を言うな!」
樹海聖騎士団は怠惰王を目覚めさせてしまった。
その名の通り、かの存在は怠惰なまま放置するべきだったのだ。世界一巨大な地竜は歩くだけで災害となり、保有する支配魔法についてはどう対処していいのかもわからない。
黄金要塞でどれだけ攻撃しても全く揺らがず、西へ西へと進み続ける。既に人類の砦を幾つも踏み潰しており、ディブロ大陸第二都市も目前となっていた。
「間に合わない!」
その瞬間、司令室に悲鳴のようなものが上がった。それを防ぐべくアロマの樹海が前足を封じようとするが、一瞬で引き千切られてそのまま下ろされた。
土煙が上がり、爆発が起こる。
エリュト果樹園とその精製工場により成り立っている第二都市は、テロによって機能の多くが失われていた。それでも再建するべく人々は努力していたのだ。それがたった一歩で踏み潰された。
「あああああああああああああああああああああああ! どうやったら止まるんだ! 俺たちはいったい何と戦っているんだ!?」
「落ち着け! 第二都市だったのは幸いだ。あそこはほとんど人がいない。それに……住民も第一都市あたりに避難していると思う」
「絶対にここで食い止める! アロマ様も外で戦っておられる!」
唯一の覚醒魔装士であるアロマ・フィデアは司令室から出て直接戦っていた。魔力の限り種子を生成し、それを怠惰王の背に植え付けているのだ。魔力を吸収して成長するその能力により怠惰王の力を奪い去ろうと考えていた。
だが怠惰王もタダで魔力を奪われたりはしない。
植え付けられた木々を支配魔法で奪い去り、アロマの魔装から切り離してくる。
「悪夢だ。奴は俺たちを絶望させるためだけにこんなことを」
怠惰王は怒っていた。
静かに眠っていただけなのに叩き起こされ、理不尽に殺されそうになったからだ。故にあえて黄金要塞を破壊せず、絶望を見せつけるために人類の都市を破壊する。今も第二都市を入念に踏み潰し、更地だけを残している。
訓練を積んだ聖騎士でさえ、一部の者は発狂していた。
「禁呪弾! 禁呪弾の生成はまだか!」
撃ち尽くしても足りない禁呪弾が頼みだ。
だが、彼らは知ることになる。これは絶望の始まりでしかなかったと。
◆◆◆
樹海聖騎士団は一向に怠惰王の足止めすらできないまま、ずるずると引きずられていた。全速力で追いかけて砲身が焼け付くほど砲撃を繰り返している。それでも怠惰王は全く弱る様子がない。
そして彼らは絶望的な光景を目にする。
第一都市のあった場所が海になっているのだ。東から西にかけて大地が抉られ、そこに海水が侵入したことで完全に海となっている。憤怒王サタンが第四都市ごと吹き飛ばした際に生じたものだった。
「おい……なぁ……」
「終わりだ」
「嘘だろ。なぁ。地図のバグじゃなかったのかよ」
誰もが言語能力すら失った。
第二都市から第一都市へ続くはずだった幹線道路は完全に途切れており、そこには大量の人々が立ち往生している。そして背後からは怠惰王が迫る。
「あ、ああ……」
「止めてくれよ」
そう願って止まるはずもない。
怠惰王は山のような巨体を前へ前へと動かし、やがてその一歩へと至る。
「あ」
司令室にいたおよそ半数が目を背けた。
◆◆◆
その日、ラムザ王国は未曽有の災害に襲われた。
東海岸にあった街が全て津波によって水没したのである。突如として東の沖を震源とする激しい揺れに襲われ、続けて大量の津波がやってきた。津波は一度や二度ではなく、何度も何度もやってきた。湾岸都市が壊滅するには充分だった。
推定死者四十万人とも言われる大災害となったが、それは始まりに過ぎなかったのだ。
「陛下、早くお逃げに……」
「ふっ。どこへ逃げるというのだ?」
津波により東海岸の街が消滅したことで、発見が遅れてしまった。地震の元凶であり、災害の根源となった存在が上陸したことに気付けなかった。
「民は我先にと外に向かっている。その結果が交通の混乱、そして渋滞だ。交通事故も多発し、既に死者が生じているそうだな。さて、私はどうやって逃げるというのかね? 空でも飛べというのかね?」
王は自嘲するように呟く。
今も城は揺れており、見上げれば吊り照明が揺れていた。
既に王都からも見えるほどに怠惰王ベルフェゴールは迫っている。かつて南ディブロ大陸戦争で邂逅し、人類は一切の抵抗すらできずに敗北した。それがどういうわけか王都に迫ってきているというのだ。王も初めて聞いたときは耳を疑った。
だが実際に目で見て全てを諦めた。
「テロを警戒して我が子を逃がしていたことだけが救いだな」
「陛下……」
「分かっているとも。《
そう告げる王はすっかり疲れ切っていた。
貴族の多くに裏切られ、スバロキア大帝国に侵略され、傀儡国にされた。民からは腰抜けだ、神への裏切りだと罵られ、貴族は保身のため誰一人として協力してくれない。そこに現れた国家滅亡の危機だ。もう何もかもを諦めてしまうには充分な理由だった。
「ラムザ王国の……いや、人の歴史がここで終わるのかもしれないな」
彼は最期の、王都蹂躙の時まで玉座から一切動かなかった。
◆◆◆
ディブロ大陸の東に広がる塩の湖は、憤怒王の破壊魔法によって本当に海となってしまった。とはいえ西のごく一部で海と繋がっているだけなので地形的には地中海となる。
エデ塩湖と呼ばれていたことから、今はエデ地中海とでも称すべきだろう。
その中央付近に存在する島国、アポプリス帝国でも世界の変遷は観測されていた。
「ふん。三つの『王』が動いたか」
「どうなされますか?」
「余興には丁度いい。抑止力として創造した竜たちが動く機会は滅多にないのだ。俺も暇をしていた」
アポプリスの帝王にして世界を創造した神、ルシフェル・マギアは手元に映像を出して眺める。力魔法という、この世界である限り万能の力を持つ彼に分からないことなどない。森羅万象のベクトルを操る彼は、たとえ遠方で起こった事象であってもリアルタイムに手元で観察することができる。
彼にとって世界とは暇つぶしの箱庭だ。
こんな面白い
「アスモデウス、近くに寄れ。お前も見るがいい」
「はい。では失礼ながら」
随分と機嫌がいいらしい。
色欲王であり、ルシフェルの妃でもある悪魔アスモデウスは声音からそう判断した。実際、三つの竜王が一度に動きだすなどほとんど見たことがない。虚飾王パンドラとの戦いが最後ではないだろうか。アスモデウスも同じく高揚していた。
「このまま人類の滅びを放置なさりますか?」
「いや、滅びそうなら手を差し伸べてやろう。あのような脆弱な存在であっても俺のものだ。この俺を楽しませる素養は充分にある。何せ
「それが本音でございましょう?」
「ふん。どうだろうな?」
「では
アスモデウスは精神魔法という力を持っている。
感情や記憶に干渉する彼女の力なら、竜王たちの心を鎮めることもできる。まさに適任だ。しかしルシフェルは首を横に振った。
「いや、俺も出よう」
「まぁ」
「偶には体を動かさねば鈍ってしまうからな」
彼はあまりにも万能過ぎた。
故に世界という箱庭を創り、観察し、行く末を見守ることを生き甲斐にした。とはいえずっと眺めているだけというのも面白くない。祭りは参加してこそ面白さを増す。
「人類は……あやつの子孫はどれほど抗うか。楽しみだ」
◆◆◆
マギア大聖堂地下研究所の最下層にまで到達したシュウとアイリスは、道なりに進んでいた。先程までの襲撃が嘘のように静かで、敵の気配も感じられない。監視カメラなどで観察はされているのかもしれないが、少なくとも襲ってくる様子はなかった。
「来たか」
だが、それは永久機関反応炉の直前までだった。
立ち塞がるようにしてアゲラ・ノーマン義体が一体だけ待っていた。二人は立ち止まり、何をしてくるのか警戒しつつ待つ。
するとスピーカーを通した声で話しかけてきた。
『ここまでよく来ましたね』
「ああ。お前を始末するためにな」
『あなたが冥王アークライトですね。随分と人に近しい。まるで魔王ルシフェルのようです。そして時の魔女アイリス・シルバーブレット。随分と過剰な戦力ですね』
「そうは思わないがな。逃げ回るお前を始末するために準備を整えたまでだ」
『買い被りですよ』
そう言って謙遜してみせるが、とても本音とは思えない。正式名称、トレスクレア
「悪いが俺の興味はお前の本体にある。さっさと殺す必要があるんでな」
『困りますね。私は確かに不死に近い存在でしょう。疑似的な魂という特殊な事情ゆえ、肉体に縛られませんから。しかしそんな私を殺せる存在がここに二人。殺されると分かって通すはずもありません』
「ならば押し通るまでだ」
『いえ、その前に少しお話でもいかがですか?』
「時間稼ぎのつもりか?」
シュウは問答無用で死魔力を解き放ち、義体の首を吹き飛ばした。
ふらふらと体を揺らし、倒れる。
「行くぞアイリス」
「容赦ないのですよ!?」
再び歩き出すシュウを慌ててアイリスが追いかける。
倒れる義体は死魔力に侵食されており、徐々にこの世から消えつつある。それを横目に先にある永久機関の元へと向かっていた。
だがここでどこからともなく声が聞こえ始める。
『いきなりですね』
義体以外にもスピーカーを仕込んでいたらしい。
シュウは舌打ちした。
『少しくらい私の話を聞いた方が良いと思いますよ。私は問いたいのです。あなたは以前、ここに侵入しましたね?』
「……あのよく分からん男に襲撃されていた時のことか?」
『ええ。いったい何者だったのでしょうね。黒衣の男、あるいは悪魔の男と我々は呼んでいます。尋常ならざる力の持ち主でした。聖なる刃を発動したばかりか、大量の悪魔を召喚し、あまつさえその悪魔と人間を融合させるという理解不能な業をみせつけました。魔装と思われる能力を多種多様に使っていましたね』
一度は立ち止まったシュウも、今度は無視して進む。
この会話すらアゲラ・ノーマンの策だとすれば聞く意味がない。目的さえ達すればその言葉に意味などないのだから。
『黒衣の男は最期、白い竜のような姿に転じました。あれには驚かされましたよ。反応炉で散々暴れまわった挙句、あのような変化ですからね。あの男がどうなったかご存じですか?』
最終的に黒衣の男は永久機関の中に落ちて消えた。
その瞬間にはシュウもかかわっているのでよく知っている。
『ご存じでしょう? ところで人と魔を融合させるあの異形な業はどのように行っていたのでしょうね? 魔術陣もなく、ただ謎の魔力で覆われた瞬間には人と魔物が融合していました。アレはまるで――』
「魔法、か」
シュウも覚えている。
黒衣の男は普通とは異なる魔力を発動していた。ただ『王』の魔物というわけでもなかった。魔装のような能力を使っていたし、傷を受ければ血を流していた。明らかに人間だった。聖杯教会によって召喚されたことは分かっているが、何者だったのかはシュウも知らない。
だが口調からしてアゲラ・ノーマンは何かを知っているらしかった。
『あなたの予想通り、アレは魔法を持っていましたよ。正確には普通とは異なる魔力、ですね。黒衣の男は永久機関反応炉へと落ちましたから、特殊魔力の抽出は難しくありませんでした。どういうわけか随分と私に馴染みましてね。魔力増殖も時間の問題だったのですよ』
饒舌に語るアゲラ・ノーマンの言葉を無視して、シュウは遂に一番奥の扉に手をかける。この奥は永久機関管理コンピュータが設置されており、魔術的にも電子的にも厳重な鍵がかけられている。しかし死魔法で消せば鍵など意味がない。物理的な鍵については分解魔術で壊し、ノブを回す。
「待て。問題
「シュウさん、これ」
余裕の正体が垣間見えた。
シュウもアイリスも途端に警戒を強め、頷きあってから一気に扉を押し込む。どんな不意打ちにも対応できるようにしていたが、踏み込んだその先で驚かされてしまった。
「これは……」
扉の先は迷路であった。
巨大な空洞になっており、その壁面には大量のトンネルがある。またトンネルとトンネルを繋ぐ橋が大空洞にかかっており、まるで蜘蛛の巣であった。時には梯子で繋がっている部分もあり、普通に進むのであれば面倒な手順を強いられる。
おそらく壁面のトンネルの奥も洞窟迷路となっており、他のトンネルに繋がっているのだろうと予想できた。
シュウは驚きを露わにしたのち、小さく舌打ちする。
明らかに異常な空間だと理解したからだ。また空気に混じって充満する魔力には嫌な気配を感じる。
「……アイリス。ここで確実に仕留める理由が増えた」
「じゃあ」
「もう《縮退結界》は無駄だ。解除していい」
「分かりましたよー」
淡々と、粛々と計画を進めていたシュウの表情が崩れた。明らかに苦々しく、内面からも苦渋のようなものが見える。アイリスは言われたとおりに《縮退結界》を解除し、彼女の魔装を最大限に発動できる状態を整えた。
シュウは振り返る。
すると先程まであった扉は消失していた。
完全に閉じ込められてしまったらしい。逃す気が無いのはアゲラ・ノーマンも同じようだ。
『ご理解いただけましたか? 目覚めたのですよ。私もね』
「これだけの地下空洞を作れば地盤沈下を起こしそうだが……それがないとすると魔法で法則を変えているな。空間に作用する魔法か」
『便宜上、迷宮魔法と呼ぶことにしていますよ。どうぞこの名称をお使いください』
「ここで殺せばその必要はない。アイリス!」
「なのですよ!」
『無駄ですよ。既にここは私の領域。私は一つの個体として存在を確立し、新たなる『王』となったのです。私は今や恒久の存在に至りました。恒王ダンジョンコアへと!』
自ら『王』を名乗るのは自信過剰だからではない。
事実として魔法へ至ったからだ。外部より偶然取り込んだ謎の魔力の残滓がきっかけだとしても、魔神ルシフェル・マギアが敷いた法を破ってみせた。正真正銘の『王』だ。
少しばかり饒舌になった元トレスクレアは、自身を恒久なる存在と宣言した。
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