第358話 《尸魂葬生》


 終焉アポカリプス級と言われる冥王と、伝説となっている時の魔女が二人揃って地下を進む。シュウは勿論だが、アイリスも《縮退結界》の維持で弱体化しているとはいえ無敵に近い能力者だ。世界で最も厳重な警備といえど、全く役に立たなかった。



「さっきから問答無用で死魔力使っていますけど……」

「ああ。何となく、時間稼ぎっぽい動きをしているからな。その対策だ」

「確かに不意打ちでランダムにやってきますからね。警戒させたいってことでしょうか?」

「多分な。それで俺たちが足を止めれば僥倖って考えているんじゃないか? それに人形を破壊して放置したら、それがトラップに早変わりってパターンもあり得る」

「ありそうですねー」

「それなら初めから根源量子に還元した方が早い」



 既に研究所の更に地下にまで侵入した二人は、様々な機器が露出した作業用通路を歩いていた。ここには無数のパイプや配線が張り巡らされている他、計算用コンピュータ、冷却器、核融合炉、術式炉など様々な機器が並んでいる。

 侵入を封じる隔壁も大量に存在しており、研究員であっても入ることができる人物は少ない。

 また以前に黒衣の男が侵入した事件の跡も少し残っていた。破壊された機器を撤去した後、まだ新しい機械を納入していない区画もある。そこだけ不自然に開いた空間になっていた。



「また隔壁か」



 シュウはその隔壁が魔術で封印されていることを確認した。たとえば分解魔術で破壊しようとすれば、封印の魔力が邪魔をして上手く発動しないようになっている。他にも力ずくで破壊しようとした場合、エネルギーに対する反発力が働いて打ち消してしまう。ノイズキャンセリングとも似た技術だ。

 つまり特定の鍵を持っていない限り解除が難しいということである。

 ハデスの魔晶技術ならばマザーデバイスのハッキングで容易く突破できるセキュリティだが、残念ながらここはアゲラ・ノーマンが組み上げた独自サイバー空間に支配されている。

 そこで仕方なく死魔法を使い、魔術封印を消し去った。

 こうすれば物質分解の魔術で隔壁を壊すことができる。



「シュウさん、何か奥にいますよ」

「また人形か? いや、機銃か!」



 分解した隔壁の粉塵が舞い、その奥から大量の砲身が覗く。小型殲滅兵に実弾兵器を搭載したものらしく、まっすぐシュウとアイリスを狙うのではなく面制圧のごとく掃射を開始した。

 そこでシュウは魔術結界を張るが、物陰に隠れていたアゲラ・ノーマンの人形が飛び出した。人形は集めた反魔力を凝縮して放ち、結界を分解しようとした。

 なのでアイリスが小型殲滅兵に《超越雷光オーバーライト》を放つ。これは過去に向けて雷撃を放つというものであり、それによって小型殲滅兵は過去の段階で壊れていたということになった。つまり無数の弾丸を発射した事実も消滅し、迫っていた実弾は幻影のように消え去る。

 一方で反魔力を放ってきた人形はシュウが死魔力で消し飛ばした。



「まだ来るぞアイリス。正面は任せる」

「分かりました」



 シュウの言った通り、上下左右から人形が現れ襲いかかってきた。突如として現れるこの感覚は間違いなく転移魔術だ。確かに《縮退結界》で外部との接続は遮断しているが、内部であれば自由に転移もできる。様々な機材の影から突如として現れ、反魔力を広範囲に展開しようとする。一つ一つは弱いが、こうして重ねればシュウの魔術ですら無効化してしまう。

 言い換えればアイリスは魔装を停止させられてしまう可能性が高い。

 彼女の不死性は時間操作の魔装によるものなので、魔装そのものを止められると普通に死んでしまう。そこでシュウは手元に魔晶を嵌め込んだナイフを召喚し、《死神グリムリーパー》を発動させた。世界全体の時が停止し、シュウ自身はそれを死魔法で無効化する。この空間で動けるのはシュウだけだ。正確には限りなく停止に近い減速なのだが、これで人形は動けなくなった。

 この間に死魔力を放出し、反魔力を発動する人形たちを包み込んだ。相変わらず制御が難しい魔法魔力だが、これだけ時間があれば充分扱える。その分魔力を大量消費してしまったものの、保有する魔力を考えれば大した量ではない。必要経費と割り切った。

 現実時間で十万分の一秒が経過し、術式媒体のナイフが砕け散る。それにともなって《死神グリムリーパー》は解除され、時が正常に動き出す。

 死魔力に包まれたアゲラ・ノーマンの人形は全て根源量子へと還元され、この世から痕跡ごと消滅した。



「こっちも終わり、なのですよ!」



 一方でアイリスは正面に《時空乱流マーブル・テンプス》を発動していた。これは三次元空間を細かく分割し、そのセル一つ一つで時間の遅い領域と速い領域を生成する術式だ。これによって内部の時間が狂わされ、動く対象ならば物質のひずみが激しくなって爆散してしまう。

 小型殲滅兵は次々と爆発し、ガラクタに早変わりしていた。

 しかしここで再び異変が起こる。



「何だこの熱……?」

「あれです! 核融合炉!」

「ちっ! 暴走させたか」



 シュウは《冥府の凍息コキュートス》で強制的にエネルギーを奪い、設置されていた核融合炉の暴走を停止させる。

 これでひと段落かと思いきや、まだ終わらなかった。

 強い圧力によりシュウは吹き飛ばされてしまう。



「シュウさん!?」



 アイリスは慌てたが、彼女も同時に襲われた。

 下から熱を感じて目を向けると、大量のマグマがせり上がってきたのだ。ここはトラスで強度を確保した通路が巨大空間に設置されているだけの場所で、遥か下まで吹き抜けとなっている。大量のマグマが満たされていくことで痛いほどの熱を感じる。

 シュウならば《冥府の凍息コキュートス》で瞬時に冷やせるのだが、アイリスはそうもいかない。また《縮退結界》を維持しているので大規模な術式は使えない。



「仕方ないですね!」



 時間操作の魔装を発動し、加速時空へと突入する。これはアイリスが設定した通常よりも時間の進みが早い慣性系空間であり、これによって相対的に周囲の時間は遅くなる。この加速倍率を無制限に高めれば時間停止となる。

 そして移動魔術を放ち、下から迫るマグマをより分けて穴を空けた。普通ならばその穴も徐々に埋まってしまうが、時間が限りなく遅くなっているので問題ない。

 アイリスはその穴に向かって跳び込んでいく。



(きっとこの下に術者がいるのですよ!)



 その予想は実に鋭い。

 しかしマグマの対処をするだけなら、時間停止をした時点でシュウを回収すれば良かったのだ。それをせず勝手に移動してしまうからこそ迷子になるということを分かっていない。

 こうしてアイリスは更に地下へ行き、シュウはその階層に取り残されることになった。








 ◆◆◆








 不可視の力に吹き飛ばされたシュウは、加速魔術で逆向きの力を加え停止する。だが停まる頃には数フロアほど遠くまで移動させられていた。

 次の瞬間、シュウは背後に気配を感じる。

 咄嗟に頭を下げて回避すると、目の前にあった機材が真っ二つに裂けた。

 短距離転移でその場を離れ、自分の背後に回り込んだ人物の正体を目の当たりにする。そこにいた者の姿を確認してシュウも驚きを隠せなかった。



「お前は……確か『凶刃』の聖騎士」



 生まれつき両目が盲目でありながら、圧力を操る魔装によって常人より遥かに高い感知能力を誇り、Sランク聖騎士として名を馳せた男であった。

 だが彼はメンデルスという都市で聖杯教会が起こした事件に巻き込まれ死んだはずだった。正確にはシュウが殺した相手だ。既にその魂は冥府へと送られ、復活などできないはずである。だが、現に本人がシュウの目の前にいて、その特徴的な魔装まで使っていた。

 『凶刃』の聖騎士ガストレア・ローは薄く圧力を放つ不可視の斬撃によってシュウを攻撃する。見えず、速いこの攻撃がシュウの身体に傷をつける。パックリ裂けるような傷ではなかったが、久しぶりに明確なダメージを負った。



「鬱陶しい……」



 ガストレア・ローの魔装は圧力という不明確なものを操る。普通は物質を介して影響する力だが、彼は圧力という現象を魔装によって具現化できた。魔装としては厄介な部類だったこと間違いない。始末したはずの存在がこうして目の前に現れているということも含め、シュウは考察する。



(圧力攻撃は面倒だが、霊体化すれば問題ない。結局は物質に干渉する能力だから、少なくとも遠距離なら効かない。だがなぜ奴が生き返っている? 今は俺が冥界を設置した影響で蘇生魔術は使えないはず)



 ともかくシュウは霊体化することで物理現象としての圧力を透過する。とはいえ魔力に対する圧力を放たれると先程よりさらに大きなダメージを受けてしまう。故に攻撃される前に《斬空領域ディバイダー・ライン》で首を切り飛ばした。

 覚醒魔装士は死魔法で始末できないので、こうして物理的に殺害する必要がある。

 分解魔術で綺麗に切断された首が転がり、施設の下の方へと落下していく。また身体も金網の敷かれた床に倒れた。

 無差別に圧力の斬撃を放っていたこともあり、各所の配線が剥き出しになっていたり、切断されていたりで火花が散っている。また気体を輸送するパイプも破損しているせいか、ガスの抜ける音が鳴り響いてた。橋を渡すようにして張り巡らされている金属通路も一部が破れ、崩れている。



「さて、アイリスの方を――」



 吹き飛ばされる前にいたはずの数フロア向こうには真っ赤な光が見える。地下深くからせり上がってきたマグマのせいだ。そのマグマはこちらに押し寄せており、さっさと《冥府の凍息コキュートス》で止める必要がある。

 首無しの遺体をすり抜け、アイリスの方へ向かおうとして驚かされた。

 ガストレア・ローの遺体は首から一滴も血を流していなかったのである。



「まさか……人形か!?」



 シュウが真実へ至ると同時に、首へと青白い粒子が集まっていく。そして元のガストレア・ローの頭部となり、彼はゆっくりと立ち上がった。

 死者蘇生というには異常すぎる光景。

 これを見て蘇生以外のある魔術を思い浮かべる。



「魂属性の魔術か」



 魂属性は現代において廃れてしまった属性の一つだ。三百年前のスバロキア大帝国では万象真理フラロウスと呼ばれた覚醒魔装士が研究していた属性でもある。スバロキア大帝国が滅びた後、魔神教は万象真理フラロウスの研究所からそのデータを押収し、禁忌属性として秘匿してきた。

 その理由は魂属性が冒涜的な側面を持つからだ。

 黄金要塞に搭載されている《絶魔禁域ロスト・スペル》から分かる通り、全く研究されていないわけではない。またアゲラ・ノーマンが超古代の知識を持つということもあって知識自体は存在する。だが魂という未知の部分に直接干渉する魔術を恐れないはずがない。また悪用される可能性が高い魔術も多く含んでいるので、アポプリス式魂属性魔術はほぼ秘匿されてきた。

 シュウが知っているのはアポプリス帝国に赴き、そこの知識を得たからである。



「確か第九階梯《尸魂葬生アストラルリィン》。死者の遺物から魂魄記録を参照し、疑似的に蘇らせて操る魔術だったか。遺伝子でも確保していたか?」



 この《尸魂葬生アストラルリィン》という魔術は特に禁忌の傾向が強い。死者を蘇らせる際には核となるものが必要なのだが、それに最も適しているのが生きた人間の魂なのだ。生きた人間の魂を漂白し、そこに無理やり死者の情報を詰め込み、疑似的に生き返らせる。魂の魔術陣さえ保存できればいいので魔晶でも代用可能だが、精度は低下するだろう。

 またこの魔術は魂をこの世に縛り付ける呪いでもある。

 生き返らされた死者はこの世に縛り付けられているため、決して滅びることがない。仮に肉体が破壊されても、この世に縛り付けられているという呪いの修正力が機能する。ガストレア・ローが首を落とされて復活したのはその呪いによるものであった。



「なら、もう一度殺してやる」



 再生し、その強烈な魔装による攻撃を仕掛けようとする。『凶刃』という二つ名に偽りはなく、至近距離であればオリハルコンですら切り裂くほどの圧力を放てるのだ。まさに彼のそばを通り抜けようとしていたシュウは、ガストレア・ローの間合いであった。

 だが、届かない。

 シュウは全身から死魔力を解き放ち、周囲一帯を殺し尽くす。

 この世は魔力で作られている。根源量子という何物でもないエネルギーがベクトルを持つことで、魔力という最小単位の物質になる。そして魔力はあらゆる物質を形作り、同時に思考や精神を司る魂にもなり得る。死魔力はこのベクトルを殺し、一瞬にして根源量子へと還元してしまう法則だ。

 《尸魂葬生アストラルリィン》によって偽りの生を受けたガストレア・ローは、無に帰した。








 ◆◆◆








 地下深くより沸き上がるマグマに穴を空け、飛び込んだアイリスはその最下層まで辿り着いていた。マグマは研究所の外壁を突き破って噴き出ており、最下層にはそのマグマを操る魔装士がいた。《尸魂葬生アストラルリィン》によって蘇った元Sランク聖騎士、『赫煉』のオル・デモンズだ。

 だがそれだけではない。

 アゲラ・ノーマンが生み出した自らの義体が合計八体も揃っていた。義体はまずアイリスに向けて反魔力を放つ。その力を極めたセルアやシンクほどではないが、魔装を封じる程度の濃度はある結界だ。少なくとも一般人は魔力が使えないし、《縮退結界》を維持する必要のあるアイリスは普通より過剰に魔力を消費しなければ能力を使えない。



「あー……そう来るのですね」



 オルは溢れるマグマを操作し、アイリスを焼き尽くそうとする。それを簡易的未来予知で感じたアイリスは一歩速く動き出していた。通常では考えられないほど魔力を消費することで身体強化を発動し、オルの間合いへと踏み込む。

 それを邪魔するべく義体が割り込み、小型拳銃でアイリスを狙う。

 だが発射された弾丸はアイリスの体表で停止する。その間に義体へと近づき、直接手で触れた。時間操作により状態を過去へと巻き戻し、義体はドロリとした液体になった。またその流れでオルにも触れようとするが、オルは下がって回避する。

 またそこにマグマが流れ込んできたので飛行魔術で回避した。同時に《超越雷光オーバーライト》を発動し、過去に送り込んだ雷撃がオルを襲う。



「よし」



 心臓を止めるのに充分な電流を流したので、確実に倒した。アイリスはそう考える。そして加速時空へと入り込み、続いて残る七体の義体を狙う。

 通常より時の流れが速い慣性系に存在するアイリスは、不自然なほど速い。通常空間である外の慣性系から見ればコマ送りされているかのような、連続性の消失した移動にすら見えるはずだ。その加速率は驚異の十倍である。

 それによって最も近い場所にいる義体に触れ、状態遡行により有機無機混合液へと戻す。義体を減らす度に反魔力による妨害は密度を減らし、アイリスはより動きやすくなる。



「ギリギリですけど……《無間虚式むげんきょしき》、なのです!」



 その瞬間、空間のある一点が時間停止される。

 時間とは魔力の振動周期だ。

 魔力振動こそが物質の変化であり、それが見かけ上の時間である。通常、アイリスは時間の異なる慣性系に入り込むことで時間停止を行っている。なので時間停止といっても、正しくはアイリスが無限に加速している状態なのだ。

 だが今、アイリスは正しく時間を停止した。

 魔力振動を完全に止め、空間における連続性を完全遮断する。それによって空間を満たすエネルギーに歪みが生じ、その歪みによる力が一瞬で無制限に高まる。

 やがてその空間を維持するより、破棄してしまう方がエネルギー的に安上がりとなってしまうのだ。この臨界点を突破した空間は、周囲の空間歪みを巻き込んで爆縮する。まるでブラックホールのようにあらゆる物質を空間ごと飲み込み、どことも知れない時空へと放棄してしまう。

 オルと残る義体はまとめて爆縮によりこの世から消し去られた。当然、《尸魂葬生アストラルリィン》でこの世に呪縛されているオルも再生できない。



「お、とと」



 着地したアイリスは少し足をふらつかせる。《縮退結界》を維持したまま反魔力を浴びた状態での《無間虚式むげんきょしき》は無理があったらしい。少しばかり頭痛もした。

 オル・デモンズが残したマグマはまだ残っており、制御を失ったことでこの最下層に落ちてきている。不死とはいえマグマで燃やし続けられるのは苦痛だろう。

 だが、そのマグマは一瞬にして冷え固まり、黒い岩石となって固着した。



「おい、勝手に死にかけるな」

「私は死にませんよー。それにシュウさんが来るのは分かっていましたし」

「……まぁいい。ふらふらして迷子になるなよ」

「え? 迷子?」

「は?」



 そろそろ首輪でも付けようかと本気で考えたシュウであった。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る