第355話 赤き滅びの竜
黄金要塞を奪い取った貧民たちは、『黒猫』の傀儡が中心となることで一つにまとまっていた。万単位の人間の内、技術を持っている者は司令室に入って黄金要塞の操作を行っている。とはいえ彼らも結局は素人であり、多くは人工知能による自動制御に任せていた。
この兵器に搭載されている人工知能は優秀で、取得した外部データを解析して最適解を導き出してくれる。大まかな命令さえ出しておけば、動かすこと自体は難しくない。ただ、細かい火器制御などは難しいと思われた。
「しかし楽だなぁ。楽園だ」
「こうして見ているだけで勝手に魔物を殲滅してくれるからね」
「だなぁ」
司令室にいる彼らは楽観的に仮想ディスプレイの光学映像や、中央の立体地図を眺める。黄金要塞は《
「楽園なんて探さずとも一生ここで暮らせるわ」
「働かなくても食べ物が出てくるし、着るものにも住む場所にも困らない。娯楽は……まぁ、仕方ねぇけどよ」
「何だ知らねぇの? 居住区の上にシアターとかあるんだぜ?」
「は? ホント?」
呑気に雑談する彼らは、何かを操作するということもない。
ただ念のために司令室に身を置いて、有事に備えるという以外に理由はない。魔物との戦闘でも黄金要塞が勝手に判断して迎撃してくれるので、本当にすることがない。彼らが楽園と称するのも無理はなかった。
「ん? なんかまたデカい竜が来たな」
「へぇ。赤い飛竜か。どんな種類なんだろ」
「参照して調べたらどうだ?」
「ん……ん? 合致するものがないな。新種か?」
竜系統の魔物はあまり解明されておらず、登録された魔物リストに載っていない種も多い。今回もその類だろうと、彼らは画面に注目した。
ただ巨大な飛竜といっても黄金要塞と比べれば大したものではない。
いつも通り討伐できると考えていた。
《
「おいおい。全然怯まねぇな」
「堅いんじゃない?」
「ぽいな」
「どうするよ」
「集中的に狙おう」
一人が画面を操作し、赤い竜を優先して狙うように設定する。すると人工知能が勝手に処理を実行し、赤い竜に火力の多くを向け始めた。禁呪弾のような兵器は使っていないが、多くの魔術砲台や実弾砲台が向けられる。
赤い竜はあっという間に煙に包まれた。
しかし次の瞬間、煙を突破して閃光が放たれる。それは黄金要塞が張る魔術結界を抵抗なく突破し、黄金要塞に直撃し、中層部を貫いて大きな穴をあけた。
「は?」
瞬時に無数のエラーサインが生じ、遅れて緊急連絡が大量に寄せられる。司令室にいた彼らも事の重大さを理解したのか、慌てて動き始めた。
「ブレス攻撃か!? オリハルコンを貫きやがった!」
「クソ。居住区の一部が……そこにいた奴らとは連絡が取れない」
「ヤバい! 二発目が来るぞ!」
赤い竜は再び魔力を圧縮し、ブレス攻撃を準備する。
仮に同じ威力だとすれば黄金要塞であろうと変わらず貫かれ、死傷者が出る。
彼らは知らなかった。ディブロ大陸の北の地に七大魔王の一角、憤怒王がいたことを。かつては
そして眷属たる飛竜を虐殺され、怒り狂っているとは思いもしなかった。
「緊急転移だ!」
ある男がそう判断を下し、術式変換炉から転移魔術を呼び出す。黄金要塞の転移は詳細に座標を設定する必要があるのだが、緊急時は転移コマンド一つでその場から消えることができる。その際に参照する座標は最も近い都市だ。
ワールドマップに搭載されている最も近い都市は、ディブロ大陸第三都市。かつて強欲王が治めていた黄金都市を改築し、現在は農耕地として利用されている都市だ。
黄金要塞は瞬時にその場から消え、憤怒王サタンの放つ凶悪なブレスは空を切った。
『ォォォオオオオオオ!』
だが憤怒王がその怒りを鎮めることはない。
執念深く追い詰め、その怒りを晴らすのだ。
先のブレス攻撃で黄金要塞にこびり付かせた自身の魔法魔力を感知し、転移先にまでも追いかける。憤怒王は自身の象徴たる破壊魔法を携え、力強く羽ばたいた。
◆◆◆
氷河期の兆候により最も被害を受けているのは何か。
そう問われた時、まず思い浮かぶのは農業だ。気温が低下するだけでなく、日照時間の減少により作物は大打撃を受ける。特に日照時間は問題で、光合成できなくなった作物は瘦せ細ってしまう。ディブロ大陸第三都市も農業の役割を与えられているということもあり、都市管理者たちは日々頭を悩ませていた。
だがその日、彼らをさらに悩ませるものが出現する。
「あれは……黄金要塞だと!?」
突如として都市上空に出現した黄金要塞に皆が驚いた。
住民は家や職場から出て空を見上げ、どこか不安そうにしている。神聖グリニアが開発した最新式の兵器という情報は知っているものの、理由も分からず強大な兵器が上空に現れれば恐怖を覚えても仕方ない。もし何かの間違いがあれば、都市は壊滅してしまうのだから。
そして恐怖を煽る理由は、黄金要塞の状態にもあった。
「どこかで戦闘を行っていたようですね」
「ここからも見えるあの穴……どうすればオリハルコンで守られたアレを貫通させられるのやら」
「噂にあった大帝国を攻撃するための兵器ですからね。よほど激しい戦いがあったのでしょう」
彼らの心配はボロボロの黄金要塞が落ちるのではないか、ということ。
事実、第三都市上空を浮いていながらかなりの煙を出しており、また火花も散っている。明らかに機械としては致命的な状態に思えるのだ。出現してすぐに魔術通信を試みているが、未だに返答がないことも不安材料の一つであった。
だが、その程度の心配は小さなことだと知ることになる。
北東の空に小さな点が現れた。
「なぁ、あれ」
誰かが気付き、その方向を指さす。
その頃には小さな点だったものも、はっきりと分かるシルエットになっていた。翼を広げ、超音速で飛翔する深紅のそれは明らかに第三都市を目指していた。更には口元に真っ黒な魔力を溜め込んでおり、今にも放とうとしている。
軽く上空で旋回した赤い飛竜は、ぴたりと止まって翼を広げ、眼下の黄金要塞に狙いを定めた。
「都市結界を発動しろ! 飛竜だ!」
そんな怒号が上がった。
永久機関から供給される無尽のエネルギーを魔術結界へと変換し、都市を丸ごと覆いつくす。一切の魔物の侵入を許さないその結界ならば、飛竜のブレス攻撃であろうと防げる。そう考えたからだ。
だが、相手が悪い。
憤怒王サタンを相手に防御は意味をなさない。
破壊魔法は森羅万象を問答無用で破壊する。ブレス攻撃に乗せられた破壊魔法が解き放たれ、煙を上げながら浮遊する黄金要塞に叩きつけられようとする。
「あ――――」
溶けていく。
消えていく。
滅びていく。
破滅の閃光は何の抵抗もなく魔術結界を破壊し、第三都市を破壊し、その周辺にある広大な農耕地帯をも破壊しつくす。その後には何一つ残らない。無常なる大地だけが広がる。
ディブロ大陸第三都市は、憤怒王の気まぐれにより滅ぼされた。
だが、これで終わりではない。
憤怒王は気付いていたのだ。
黄金要塞が再び転移し、消えてしまったことに。
執念深く怒りを溜め込むこの『王』は、再び自身の破壊魔力を感知する。そして南東を向き、勢いよく空気を叩いて飛び立った。
◆◆◆
「な、なんだよあれ……」
「ああ……ぁ」
多くの貧民を乗せた黄金要塞は、再度の転移によって第四都市へと辿り着いた。座標指定しない緊急転移なので、最も近い第四都市が自動的に選ばれたということである。港町でもある第四都市は、造船技術などが発展している。海の魔物に対抗するため港には電撃網が張り巡らされており、危険を遠ざけた生活が送られていた。
当然ながら第四都市の市民たちは上空に出現した黄金要塞を見上げ、騒ぎ始めている。
しかし司令室の面々はそれどころではなく、中には床に座り込んでいる者もいた。
「……さっきの街はどうなったんだ?」
「ワールドマップから……消えている。消えてクレーターだけが残っている」
「冗談だよな?」
「この立体地図が間違っていない限り本当だ」
彼らもここでようやく自分たちの遭遇した存在が規格外であることに気付いた。ブレス攻撃一発で都市を消滅させるなどあり得ない。また黄金要塞の防御性能を容易く突破するのも異常だ。自動迎撃により撃ち落とせていた飛竜系魔物とは桁外れに違う。
「なぁ。あれが噂の七大魔王だったんじゃないか?」
ある者が正解を言い当てる。
だが多くの者はそれを否定し、現実逃避した。楽園を目指し、危険を冒して黄金要塞という終着点を見つけたのだ。それが魔王などに壊されると思いたくなかった。
彼らには魔王を倒すほどの力も信念もない。
ただあらゆる社会基盤が破壊された神聖グリニアから逃れ、氷河期が近づいているこの世で勝ち組になりたいと願っていただけなのだ。
「地図、見てみろよ。奴がこっちに向かってきている」
「なんで俺たちの場所が分かるんだよ!」
「知るかよそんなこと」
「それより早く逃げなきゃ! 殺される!」
「クソ。こんなことならマニュアル転移の方法を探っておくんだった」
座標を設定しての指定転移魔術は複雑な計算が必要で、あらかじめ設定されている緊急転移とはわけが違う。素人の彼らにもできなくはないが、理解するのに時間がかかるような代物だ。少なくとも憤怒王がここに辿り着くまでには間に合わないだろう。
その間にも憤怒王は凄まじい速度で迫っており、間もなくその姿を確認できるはずだ。
「選択肢は二つ。ここで迎撃するか、また緊急転移で第一都市に逃げるか」
「そんなの一択に決まってんだろ!」
「ああ。戦うのは賛成できないね。あの攻撃力を防ぐ手立てが俺たちにはない」
「私も戦うのは嫌ですよ! 勝てるわけないじゃないですか!」
「またあんな攻撃を食らったら何人死ぬか分からない。さっきの攻撃で少なくとも二千人が死んだそうだ。状況があれだから、まだ詳しいことが分かっていない」
たった二度の邂逅だったが、彼らは憤怒王の強さを正しく理解していた。あれはまさしく厄災であり、戦いの成り立つ存在ではない。
眷属を虐殺され、怒れる『王』はただ復讐を願う。
執念深くどこまでも追ってくる。
ならば彼らにできるのは諦めるまで逃げるという選択のみ。
「……わかった。次の転移先は第一都市だ。できるだけ引き付けるぞ」
緊急転移はワールドマップに登録されている都市への転移だ。その性質上、観測魔術に映る範囲でしか移動できない。ここから最寄りの都市となると、それは真西に位置する第一都市だ。ディブロ大陸開拓の始まりとなった歴史ある都市であり、最も防御が堅い。
最悪、第一都市に擦り付けることができるかもしれない。
そんな下種な考えも過りつつ、実行に移すタイミングを待つ。
「ひっ!」
「来たか」
「おい! 早く転移しろよ!」
「いや、まだだ」
モニターには小さな影がやっと見えたところだ。
もっと引き付け、可能な限り直前に緊急転移を実行したい。ほんの僅かでも憤怒王を翻弄するためだ。ただし、欲をかけば待っているのは死である。転移を実行する男の手に汗が滲む。
やがて真っ赤な竜鱗がハッキリとみえるほど近づき、その目に憎悪の炎が宿っていることまで分かるようになった。当然のようにブレス攻撃を準備しているため、牙の隙間からは圧縮された魔力の光が漏れ出ている。
(今だ!)
限界ギリギリまで引き付け、再び黄金要塞は緊急転移を実行する。
不意に空間から消失したせいで空気が流れ込み、第四都市の一帯に暴風が吹き荒れる。だがその大風をも突っ切って憤怒王サタンが現れた。
そしてまた逃げられたことを悟ったのだった。
◆◆◆
何の連絡もなく上空に黄金要塞が出現したことで、第一都市は騒がしくなった。バロム上空決戦の立役者となったこの兵器がボロボロの姿で浮かんでいるのだから、それは当然である。
驚愕と不安が広がっている一方、黄金要塞指令室では再び安堵の一瞬が訪れていた。
「撒いた……?」
「どうだろ」
「立体地図を見る限りだとまだ動いていないな」
「もしかしたら第四都市に標的を変えたのかもしれねぇな」
意図せず擦り付けてしまう形になったのかもしれない。
そう思うと心が痛む。
しかし同時に自分たちが生き残るためには仕方なかったと思い直した。アレは厄災だ。決して人の抗えない自然災害のようなものだ。できることなら逃げ、それが不可能なら自分の命運を信じてやり過ごすしかない。
彼らの中で暫定七大魔王と位置付けられた憤怒王サタンはそれほどの恐怖をもたらした。
「余裕があるなら少し休みたいよ」
「私も」
「俺も」
「風呂入りてぇ。汗びっしょりだよ」
立体地図の上では第四都市付近から全く動かないので、今だけは安心できる。もしかしたら逃げ切ったのかもしれないと誰もが楽観的な方へ逃げていた。
それが誤りだと、あるいは用心するべきだと忠告する者がいれば未来は変わっていたのかもしれない。
だが、彼らは恐怖から目を背けてしまっていた。
◆◆◆
憤怒王はその名の通り怒る。
自身の眷属を勝手に殺したばかりか、破壊の王者たる自身から逃げてしまった存在にだ。破壊の法則を司る憤怒王サタンにとって、破壊とは絶対の命令である。壊れろと願い、命じたものは総じて破壊されなければならないと考えている。
だからこそ、勝手に逃げた黄金要塞に対して怒りを燃やしていた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
口腔にて溜めていた魔力を空に向かって放ち、怒りを発散する。
それでも収まらぬ怒りは、やはり破壊によって解消しなければならない。憤怒王は第四都市から少し東の海上で浮かびつつ、ピンと四肢や翼を広げた。そしてパックリと口を開き、無数に並ぶ鋭い牙を見せつける。
全身から破壊魔力が滲み出て、黒いオーラとなって少しずつ口の前に集まり始めた。
圧縮される魔法の力は漆黒のスパークを放ち、その権能によって空間エネルギーすら破壊されていく。徐々に憤怒王周囲の時空均衡が崩されていき、次元の穴が空こうとしていた。
第四都市ではこの異変に対抗するため、常駐する聖騎士が出動して迎撃準備を整えている。
だが、それは少し遅かった。
大量の破壊魔力を圧縮し、溜め込んだ憤怒王は力強く西の奥を睨みつける。遥か先より感じられる自身の魔力をマーキングとして、万象一切を消し飛ばすつもりなのだ。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
カッと光が放たれる。
破壊魔力はブレス攻撃となって憤怒王の眼前全てを消し飛ばし、あらゆるものを破壊してしまう。都市も、海も、空気も、大地も例外はない。広域に拡散した破壊ブレスはその効果が及ぶ限り破壊を続け、大地を抉って遥か先にまで到達する。
世界を滅ぼす
憤怒王の攻撃は第四都市から第一都市までを一瞬にして貫き、大地を深く抉ることで直線上に存在したものを一切残さなかった。
この日、ディブロ大陸に存在する巨大な塩の湖は西の海と接続してしまったのである。もとから北と南に分けられていたディブロ大陸を、本当の意味でぶった切ってしまったのだ。
当然ながら第四都市は跡形もなく、塵一つ残らない。
直線上にあった第一都市も結界ごと潰されて、滅びの訳すら理解できず消えた。
逃げ切ったと油断していた黄金要塞も、同じ末路を通った。
「グオオオオオオオオオオオオ! グオオオオオオオオオオオオ!」
怒りは収まらない。
破壊魔法が全身から放出され、周囲を次々と消し去っていく。
「グルオオオオオオオオオッ!」
そうだ、もっと破壊しよう。
眷属を殺した人間という種を破壊しよう。
憤怒王は怒りを携え、西へ西へと飛翔した。自身が作った破壊の跡を辿って。
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