第347話 虚構の黄金①


 突然だが黒猫は非常に古い組織だ。謎に包まれた組織体系を持ち、正体不明の情報網や伝手によってあらゆる時代のあらゆる場所に根を張っている。どれだけ駆除を試みようとも決して消えることがなく、暗躍を繰り返してきた。

 リーダーの『黒猫』。

 暗殺者の『死神』。

 情報担当の『鷹目』。

 金貸しの『天秤』。

 盗人の『灰鼠』。

 運び屋の『赤兎』。

 破壊者の『暴竜』。

 護衛の『黒鉄』。

 魔道具研究者の『白蛇』。

 薬物担当の『若枝』。

 魔術研究者の『幻書』。

 合計十一人の幹部たちこそが黒猫の構成員で、末端に属する者はそれぞれの幹部が自主的に配下としているに過ぎない。場合によっては知らずに黒猫幹部へと協力していることもあるだろう。

 構成員の数に対して世界への影響力は甚大であり、ひとたび黒猫が動けば世がひっくり返ることも珍しくない。その影響で滅んだ国は数知れず、逆に誕生した国家すらある。

 黒猫がその気になれば、できないことはほぼないのだ。



「や、来たね『死神』」

「お前に呼ばれたからな、『黒猫』。言われた通り、アイリスも連れてきた」

「お久しぶりなのですよ」

「二人とも、ボクの頼みを聞いてくれてありがとう」

「わざわざお前が本体・・で出張るほどの任務だからな」



 シュウはアイリスを連れてディブロ大陸を訪れていた。コルディアン帝国にとどめを刺した後、黒猫幹部のコインを通して『黒猫レイ』から連絡があったのだ。



「これから行く場所の守りを突破するだけならボク一人で充分だよ。傀儡の魔装もあるから人数は関係ないしね。でも、セキュリティシステムの封鎖は君たちの方が詳しいから」

「ま、もののついでだ。適度に体を動かさないと鈍るからな」

「頼もしい限りだよ」



 猫耳のフードを深く被った彼女は、ある場所を指さす。

 その先には山のような黄金の建造物が合計で三つ。ディブロ大陸北西海岸の断崖を削って作られた超大型建造ドックである。



「さぁ、これから黄金要塞を奪う手伝いをしてあげようじゃないか」



 コルディアン帝国とバロム共和国の件が片付いてからおよそ一か月。

 世界最悪の存在が三人、襲撃を開始した。








 ◆◆◆









「ん?」



 監視室でモニターを眺めていた男は、ふと違和感に気付いた。一瞬のことだったが、モニターの一つで映像が歪んだ気がしたのだ。

 彼は規定に従い、ログを遡って状況を確認する。

 ここは神聖グリニアにとって最も秘密にされるべき場所の一つだ。その理由は、黄金要塞という超兵器を建造しているからである。バロム上空決戦においてはスバロキア大帝国空軍すら完全に無力化し、コントリアスという国家を完全に消滅させた実績のある兵器である。僅かでも情報を漏らしてはならないし、テロ組織などに占拠されるようなことがあれば国家の危機となる。故に厳重な警備が敷かれていた。

 とはいえ情報危機管理の観点からここにいるのは限られた人間だけであったが。



「魔力観測装置に反応したと思ったんだが……誤作動か? いや、魔物が侵入した? それこそまさかだよなぁ。夥しい殲滅兵がここを守っているわけだし」



 第二都市を狙った事件も起こったばかりであり、少々神経質になっていた。普段ならば誤作動だろうと考える程度の違和感も、今日ばかりはしっかり厳密に調べようとしていた。複数の観測データを分析装置にかけ、更には現われたグラフを自らの目で確認して詳細まで探っていた。



「おかしいな。魔力反応は僅かにあるのに電磁波観測は――」



 だが彼は最後まで調査できず、前のめりに倒れる。その際に顔が手元のキーボードに触れ、余計なキーを押してしまったことで複数のエラーサインが表示された。突如として倒れてしまった彼はピクリとも動かず、その背に影が落ちる。

 影の正体はシュウであった。



「オンラインを利用した人工知能照合が使えない。それが弱点だ。覚えておく必要はないがな。さて、色々細工させてもらうぞ」



 サーバーポートの一つになっているこの場所ならば、遠隔ネットワークが閉鎖されているここでも攻撃・・できる。シュウは魔力接続によってシステムに死魔法を送り込んだ。シュウ・アークライトの魔力に抗えるはずもないため、あっという間にシステムは魔法に侵される。

 魔力コンピュータであろうと、電子コンピュータであろうと、問答無用で殺害する。ただの魔力構造物が死の魔法に敵うはずもない。

 次の瞬間、システムはダウンした。

 シュウはマザーデバイスを使って『黒猫』へと連絡する。浮かび上がった仮想ディスプレイに猫耳フードの少女が映った。



「こっちは終わった。外部に状況を知らせる手段はない」

『お疲れ様。早速だけどボクも動くとするよ。手筈通り、外側はボク。そして内側は君たちだ。そういえば相棒の魔女はどうしたんだい? 別行動?』

「あいつは迷子だ」

『……』

「迷子だ」

『ぷっ……』



 溜息を吐くシュウに対し、『黒猫』は思わず吹き出してしまった。








 ◆◆◆









 秘匿零號兵器工廠こと黄金要塞建造ドックはディブロ大陸北西海岸に存在する。断崖絶壁を削り取って作った自然の要塞にもなっており、周辺の荒野には無数の殲滅兵が配置されていた。半径十キロメートルに近づくことすら困難であり、不用意に侵入すれば警告される。それでも侵入を試みようとすれば殲滅へと移行する。

 『黒猫』はそんな領域に一人踏み込んだ。



『警告。警告。即時離れよ。これは最終警――』

「もういいよ。邪魔」



 彼女の前で壁のように立ち塞がる殲滅兵は、一斉に警告を発していた。だが『黒猫』は自らが持つ空間操作の魔装によってそれらを切り刻む。空間連続性を破断させることで物質を切り刻む防御不可能の攻撃である。

 これにより、近くにいた殲滅兵は壊滅した。



『殲滅へ移行。排除する』

「はいはい無駄だよ」



 彼女が腕を薙げば、それだけで殲滅兵は切断される。仮に遠距離から魔術攻撃しようとも、それらは空間の歪みに吸い込まれて消える。代わりに殲滅兵の上空に歪みが現れ、そこから吸い込まれたはずの魔術が飛び出していた。

 また『黒猫』の魔装はこれだけではない。

 額にある眼のような紋様が僅かに光を帯びる。後天的に植え付けられた第二の魔装が発動し、魔力の線が次々と放たれる。それらは蠢く殲滅兵へと接続され、システムを弄られた。傀儡の魔装によって殲滅兵の支配権を乗っ取ったのである。傀儡となった殲滅兵は、その矛先を別の殲滅兵へと向ける。『黒猫』にとって意思なき機械人形は敵ではないということだ。



「さて、久しぶりに本気で戦おうか。ボクもすっかり鈍っているからね。少しばかりリハビリが必要かもしれないけど……これだけ的があれば充分だ」



 そう告げた『黒猫』は左手を差し向け、殲滅兵の残骸に力を及ばせる。傀儡の覚醒魔装は万物の支配権を手に入れるという凶悪なもの。そこに意思があれば抵抗されやすいが、無機物など幾らでも操ることができてしまう。

 この能力によって残骸となった殲滅兵を巻き込みながら一つの傀儡を生み出した。外見は子供が廃材で作った人形のような継ぎ接ぎであり、如何にも形だけ整えましたと言わんばかりだ。しかしながら殲滅兵の内部にある魔晶が並列接続され、魔術的に人形として機能するように組み合わされている。

 塔のようにそびえる縦長の合成傀儡は、その側面に左右四本ずつの腕を備えている。またそれぞれの腕は掌に単眼モノアイが取り付けられており、ギョロギョロと不気味に蠢いていた。



「うーん。久しぶりにやると不格好だね」



 見た目ではない。

 内部の構造の話だ。

 だが『黒猫』が魔装を通じて殲滅命令を下すと、それは淀みなく応えた。八本の手には闇の第十階梯《黒浄原バルヘス・ドア》が宿る。そして次の瞬間、『黒猫』の眼前にある荒地が闇によって覆われた。元から枯れた大地だったが、その全てが闇の沼へと変貌する。

 《黒浄原バルヘス・ドア》という魔術は、均衡を崩す闇属性の特徴によって物質を腐蝕させる領域を展開するというものだ。沼のように広がった闇に落ちたが最後、物質はエネルギー均衡を失って自ら崩れていく。

 無数の殲滅兵が広大な闇の沼に飲み込まれて行き、為す術もなく溶けていく。

 しかしただで溶けていくわけではなく、最後の足搔きとばかりに単眼モノアイへと水素プラズマを収束し始めた。炎の第十階梯《火竜息吹ドラゴン・ブレス》を放とうというのである。数えるのも億劫な戦略級魔術が自分を狙っているという絶望的な状況の中、『黒猫』は笑みを浮かべた。



「そうこなくちゃね。これはどうかな?」



 次の瞬間、空が黒に染まった。

 まだ太陽が高く昇っているにもかかわらず、夜のようになったのだ。元から空は厚い雲に覆われていて暗かったが、今では全く光がない。殲滅兵が放とうとしている《火竜息吹ドラゴン・ブレス》の水素プラズマ光だけが強く輝いている。

 『黒猫』は自身の周囲に多数の歪みを生み出す。離れた空間を接続することで、空間連続性を歪めるゲートの能力だ。これによって遥か上空……大気圏外で空間を歪め、回収した太陽光・・・を圧縮して転送してみせたのだ。

 空間の歪みは合計で三十。

 つまり三十もの太陽光収束レーザーが眼前で沈もうとしている殲滅兵を破壊していく。縦横無尽に光が煌めき、その度に閃光と爆発音が響き渡った。

 その間にも合成傀儡が《黒浄原バルヘス・ドア》を強化し、残る殲滅兵やその破片を沈める。

 二つの覚醒魔装を有する『黒猫』からすれば、地を覆いつくすほどの殲滅兵如きを脅威とは思わない。余裕からか、その途中で通信まで始めた。



「ああ『死神』かい? こっちはすぐに終わりそうだよ。愛しの魔女ちゃんは見つかったかな?」

『煩いぞ。黙って外を殲滅しろ』

「冗談さ。それより僕の傀儡魔装で殲滅兵のシステムに侵入したんだけど、そのまま中央システムまで到達したよ。その気になれば潰せるけど、どうする?」

『だったら潰した方がいい。どうせ殲滅兵の中央システムはここの警備システムとも一部リンクしている。潰すのが手っ取り早い』

「そうだね……監視カメラの機能はダウンさせられそうだよ」

『分かった。主導権を握って監視機能でアイリスを探してみる。システムを壊すだけならともかく、掌握は難しかったからな。助かった』

「そちらも頑張ってくれ。ボクは陸地の後、海も掃除するからさ」



 通信を切り、空間操作の魔装を解く。

 すると空は明るさを取り戻した。照らされた地上には殲滅兵の残骸が転がっており、四方数キロにわたって無が広がっている。

 そこで傀儡の魔装に力を集中し、そのシステムの奥深くへと潜り込む。殲滅兵を運用するための監視システムに侵入し、監視カメラ権限を奪い取った。するとすぐに権限が奪取される。シュウが上手くやったらしい。



(さて、ボクの仕事に戻ろうか)



 彼女は空間の歪みを生み出し、その奥へと消える。また殲滅兵を潰すために。









 ◆◆◆









 監視カメラの映像からアイリスの居場所を特定したシュウは、ひとまず彼女は措いてこの巨大ドック全体を見回していた。次々と映像を切り替え、状況を確認する。特によく見ていたのは建造中の黄金要塞であった。



「この規模で自動建築か。やはりアゲラ・ノーマンの持つ技術だけ桁外れ……完全にオーパーツだな。外装は総オリハルコン。永久機関がなければ到底建造不可能だ」



 危険だ、とシュウは思う。

 黄金要塞そのものは特に警戒する要素がない。シュウが冥王アークライトとして本気になれば、容易く破壊できる。問題はこの規模の兵器を自動で、しかも簡単に建造できてしまうことだ。この建造ドックにいるのは自動建造魔術の管理者と、警備員くらいなものだった。衣食住といった生活に必要な事情が完全自動になっているほどである。

 情報秘匿を徹底するため、この建造ドックには転移ゲートすら設置されていない。ここへ来るためには大量の殲滅兵が監視する陸路を通るか、空中適応型殲滅兵が飛び回る海を通るしかないということだ。普通ならば即座に接近を諦める防備である。



「さて、研究室は……ここか。それとこっちもだな。おいアイリス、聞こえるか?」

『あ、シュウさん。どこにいるんですか?』

「お前がいる場所から四階層上だ。それより近く……その通路をまっすぐ進んで突き当りに行け。そこに研究室らしき場所がある。こっちからじゃ研究室のコンピュータにアクセスできないから、お前がやれ」

『分かったのですよー。どうすればいいですか?』

「物理的に記録装置を抜き取れ」

『セキュリティが機能してデータが消えるかもしれませんよ?』

「それならそれでいい。最悪、お前が時間遡行で元に戻せばいいからな」

『あ、そうですね』

「俺は監視カメラで把握したここの警備員と研究員を皆殺しにする。データ採取は任せるからな」



 色々な場所を回らせてもどうせ迷子になる。

 そんなことを内心で思いつつ、シュウは通信を切った。



「さてと。俺たちが呼び寄せた奴らが来るまでに掃除だな」



 黒猫の目的はただ一つ。

 ここにある三機の黄金要塞を奪わせ、使わせることにある。



「道は整えてやる。精々、竜を目覚めさせてくれ」



 霊体化して、壁をすり抜ける。

 計画の邪魔になるここの警備員や研究員を始末するため、冥界の王が動き出した。





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