第346話 渡り鳥作戦
エリス・モール連合軍の援軍が訪れたことで、帝都近郊は激しく砲弾や魔術が飛び交う地域へと変貌してしまった。戦いが始まった直後はコルディアン帝国解放軍の術符による攻撃でエリス・モール連合軍を完全に抑え込み、また水天による上空からの援護もあってほぼ犠牲なく事を進めていた。
だが戦闘が始まって一時間と経たないうちに新たなる援軍が現れる。
突如として水天が空中で爆発し始めた。
「反応消失! これは……超長距離狙撃です!」
「なんだと!?」
真っ先に異変を察知した
「この速度は……スバロキア大帝国の超音速航空機です!」
「水爆弾で打ち落とせ!」
グウェン艦長は焦りと共に命令を出す。
水天と黒竜では性能差が明らかであり、まともにぶつかれば確実に敗北する。そもそも水天は黄金要塞の魔力無効化領域内でも運用できる航空兵器として開発されたのであり、超音速機を想定していない。兵装も対地攻撃に特化しているため、とてもではないが黒竜とは戦えないのだ。
それで下したのが、近づけないという判断である。
混合した液体水素と液体酸素を炸裂させる水爆弾は、広域に破壊を振りまく。水壺の主砲によって水爆弾を投射し、迫る黒竜を範囲攻撃で焼き払おうというのである。
「射角安定! 水爆弾を装填完了!」
「術式システム・オールグリーン。弾頭射出、いつでもいけます」
「うむ。発射!」
魔術投射による射出により、水爆弾は遥か西へと消えていった。グウェンはレーダーをじっと見つめ、砲弾と迫る黒竜の群れが交わるのを待つ。
「再装填。術式チェックを開始します」
「砲身の摩擦熱を冷却中。完了まで八、七……」
こうしている間にも二発目の水爆弾が装填され、次なる発射の準備が進められる。まだ黒竜との間にはかなりの距離が空いているので、発射から爆発までかなりの時間を要する。レーダー上では真っすぐ砲弾が進み続け、まもなく黒竜の一団を巻き込めるところまで来ていた。
だが、ここで黒竜が突如として散開する。
水爆弾は広範囲を焼き尽くす大爆発を引き起こしたものの、黒竜を一機も巻き込むことができなかった。
「くっ! やはり高性能レーダーを備えているか! 次弾発射はまだか!」
「いつでも可能です!」
「撃てェ!」
「敵機による反撃を確認! 水天の撃墜が止まりません!」
「観測魔術により敵機攻撃を分析し、水天各機に送信します。これで避けてくれるといいんだが……」
既に黒竜は水壺の最大観測範囲の中頃にまで迫っており、それでも一機すら落とせていない。元から
それだけは避けなければならない。
エリス・モール連合軍の地上軍撃破に貢献するだけかと思えば、ここに来て危機的な状況に陥ろうとしていた。
(くっ……スバロキア大帝国は黄金要塞を相手にしてまだ余裕があるというのか……)
まさか既に黄金要塞を撃破しているとは思いもしない。
グウェンの中では、スバロキア大帝国は黄金要塞との戦いに全戦力を集中させており、エリス・モール連合軍に援軍を送る余裕などないと考えていた。それが完全に崩れ去った今、彼は表面にこそ表さないが酷く焦っていた。
しかしそんな彼らに更なる絶望が襲いかかる。
「これは!」
観測魔術レーダーの担当官が悲鳴のような報告を上げた。
「識別……同型……そんな、水壺一番艦と四番艦が西方より迫ってきます! 敵航空機は両空母より発進しています!」
「馬鹿な!? それはつまりメイスとグラディウスが鹵獲されたとでもいうのか!」
「その通りです。信じたくはありませんが……」
グウェンの中であらゆる想定が崩れ去った瞬間であった。
黒竜という強大な空軍兵器を擁するスバロキア大帝国がある以上、コルディアン帝国を取り戻すにはそれらを封じる必要があった。黄金要塞と
あらゆる前提が無意味なものだったと知り、グウェンは紡ぐべき言の葉すら失う。
「艦長! 命令を!」
「私たちはどうすれば……」
「て、撤退した方が良いのでは?」
「馬鹿! 下で戦っている友軍を見捨てるというのか!」
動揺は艦橋全体に伝わり、まともに動くこともできなくなる。
偽の情報に踊らされた三番艦グラールは、どうしようもない局地へと追い詰められていた。その事実を、彼らは今理解した。
◆◆◆
渡り鳥作戦。
そう名付けられた戦略により、スバロキア大帝国空軍はコルディアン帝国最後の反攻を殲滅しようとしていた。この作戦は鹵獲した二隻の
鹵獲によって水壺の最大索敵範囲をあらかじめ知っていたからこそ成立した奇襲だ。索敵範囲外に留まらせた改造型水壺より大量の黒竜を解き放ち、奇襲によって殲滅する。
「勝ったな」
「ええ。グレムリン大将閣下の御采配です」
ただ今回の場合、奇襲の意味合いよりも敵の士気を挫く意味の方が強い。元からコルディアン帝国解放軍にはスバロキア大帝国軍の動きを察知できる力がない。スバロキア大帝国軍の動きを読むような勢力に対する奇襲というのが本来のやり方だ。
「明らかに精彩を欠いた動きです。もうあちらに反撃の余力はないでしょう。鹵獲しますか?」
「不要だ。落としてしまえ」
「はっ!」
水壺のデータは充分に取っているので、墜落させても問題ない。実質無限の水がある海ならばともかく、ここは水量の制限される陸地だ。黒竜の火力で絶え間なく爆撃すればあっという間に落とせるだろう。ここは手間をかけて鹵獲するより、豪快に墜落させて力を示すのが最適解だ。
グレムリンがそう命令を下してすぐ、モニターに映る黒竜の動きが変わった。次々と水天を墜落させていた黒竜は、続いてグラールを取り囲む。超音速の世界を飛ぶ黒竜はあらゆる攻撃をほぼ自動で回避し、慣性力を魔術で無視した機動により翻弄していく。放たれる爆撃魔術、雷撃魔術、貫通弾は頑丈な水壺の氷壁装甲すら砕き、徐々に徐々に削っていく。
とはいえ、全く落ちる様子はなかったが。
「ふっ。流石に頑丈だな」
「ですが作戦従事者には既に弱点を伝えてあります。最も装甲が薄いエレベータハッチを狙わせ、破壊しましょう」
「ああ。やれ」
「間もなく第一段階……主砲の破壊も完了するでしょう。そうすればこちらの水壺も投入し、超長距離からの砲撃も可能となります。第二段階もすぐに始まります」
黄金要塞は消し去り、神聖グリニアは動けず、コルディアン帝国皇帝はアルペンディエスごと消し去った。もはやコルディアン帝国解放軍を名乗る残党は狩られるだけの存在。援軍もなく、頭もない軍勢に勝ち目があるはずもない。
グレムリンの抱いた勝利の確信に間違いはなかった。
◆◆◆
バロム共和国は黄金要塞のお蔭でほぼ全ての領土を取り戻していたが、国力が回復していたわけではなかった。かつては大敗し、首都までも放棄することになったほどだ。そう簡単に取り戻せるはずもない。
それ故、二度目となる大侵攻に耐えられる道理はなかった。
「ギルバート・レイヴァン閣下。ドローレスも降伏を受け入れました」
「そうか」
覚醒魔装士ギルバートが率いるスバロキア大帝国陸軍によりバロム共和国は次々と都市を明け渡すことになった。流石に要所となる大都市は抵抗もあったが、ギルバートの力を見せるだけで士気は低下し、あっという間に降伏してしまったのだ。
スバロキア大帝国軍はほぼ止まることなく東へと進み続け、再び首都目前にまで迫っていた。
「後はブルメリ首相の返答待ちか」
そしてバロムの首都に対しても既に降伏勧告を発しており、今は待っている状況だ。とはいえ座して待つわけではなく、各方面の陸路を尽く塞ぐことで援軍の可能性を微塵すら残さず消し去り、首都の民の不安が爆発するのを待っている。
バロム共和国はあくまでも市民が政治の権利を有する国家であり、王家によって統治されている国とは事情が異なる。仮にブルメリ首相や閣僚が徹底抗戦を望んでいたとしても、市民がそれに反対すれば実行できない。
大衆の意見を誘導することこそ、民主国家に対する攻略法なのだ。
「閣下、ドローレスの陥落に伴い、南の陸路は完全に抑え込めました。余剰部隊を東にまわしては如何でしょうか?」
「それでいい。東側の調略も進めろ。戦いは少ない方がいい」
「はっ!」
「それと北西側からかなりの魔物が来ていたな……そっちの対応はどうなっている?」
「ブロッホ殿が機甲中隊を率いて防衛されています。定時連絡では問題ないようです」
「なら、いいがな」
バロム共和国平定戦においてギルバートが危惧しているのは旧コントリアス方面だ。黄金要塞の主砲、浄化砲によって膨大な魔力が爆発を起こし、危険濃度の魔力が嵐となって吹き荒れる地帯に変貌した。人間は生存が難しいその領域も、魔物にとっては温床となり得る。そこから現れる魔物は総じて強大な魔力を有することが分かっており、対応を間違えればスバロキア大帝国軍は背後を突かれることになる。
場合によってはギルバート自ら出向することも厭わないつもりだった。
「それよりも閣下。今は冷え込みによる士気の低下が懸念されます。特に夜と朝方は皆、体を震わせて耐え忍んでいる状況です。暖を取る手段を確保するべきかと」
「分かった。兵站担当者に俺の名で話を通しておけ」
「かしこまりました」
「他に報告は?」
「以上であります」
「分かった。行け」
天幕を出ていく連絡役の兵士を眺めつつ、ギルバートは溜息を吐く。
すぐに訪れるという氷河期を思えば、戦争などしている場合ではない。だが一度始まった戦争を止めることはできない。特にスバロキア大帝国は永久機関を早急に手に入れる必要がある。止めたくても止められない戦争になってしまったのだ。
世界大戦の行く先に不安を感じていた。
◆◆◆
バロム首都で立てこもり、籠城の構えを見せるバロム軍は焦りを覚えていた。彼らにとって望みは援軍であり、時が経てば経つほど不利になることを理解している。
ブルメリ首相を始めとした首脳陣は、連日顔を合わせて会議を行っていた。
「首相、援軍の件ですが……その……」
「そうですか。最後の望みだったマリベルからも無理でしたか」
「とても余裕がないとのことです。ご存じの通り、我々は包囲されています。その陣は厚く、並大抵の軍では突破不可能でしょう。再び神聖グリニアから殲滅兵を借り受けることができれば話は別なのですが、今はこの状況ですから」
「外務省からも一つ報告があります。どうやらコルディアン帝国解放軍が帝都解放戦を始めたようです。大使館からの暗号通信で分かりました。アルペンディエスに留まっている使者からの連絡も待っているのですが、音沙汰ありません。南部からの協力要請は難しいでしょう」
バロム共和国は国土だけは大きい国だ。平原や資源地帯が多く、農作物や資源の輸出によって他国との付き合いを深めている。また人口も多いので近年は工業力も増しており、膨大な国土を管理しうるだけの経済力を有していた。
しかし魔物からの防衛を聖騎士に頼ってきた結果、軍事力は低いままだ。平和な世の中で発展してきたという経緯もあり、国家方針として軍事予算が低かった。つまり常備している軍は数も少なければ質も低いということであり、それが以前の侵略戦争で損耗している。どう考えても国内で援軍を捻出できる余裕などない。
仮に援軍を出したところで、各個撃破される程度のものでしかない。
「噂の術符とやらはどうなりました? 確か防衛省がファロンまで調べに行ったと聞きましたが」
「残念ながら術符は大軍で利用するからこそ効果を発揮します。充分な軍勢を集めることのできない現状で逆転の切り札にはなり得ないでしょう」
「やはり降伏しかないのでは……」
「市街地では暴動が起こる寸前という話も聞きますからね」
「ですが聖堂は神聖グリニアの救援を待つべきだと主張し、熱心な信者を煽動しています。降伏するとしても彼らによる暴動が起こりかねません」
「儘ならないものですね」
戦争するだけの余裕がないバロム共和国の選択肢は限られている。
降伏するか、神聖グリニアの援軍を待つかだ。それができなければ滅びるしかない。
絶望的な状況の中、神聖グリニアに頼るという選択肢はどうしても選べない。なぜなら賭けになってしまうからだ。その点、ここで降伏すれば少なくとも滅ぼされることはない。その代わり、この大戦が神聖グリニアの勝利で終わった時には痛手となる。黄金要塞や水壺という新兵器の投入もあって、今はどちらが勝利するのか予測できないのだ。
「……ここは降伏するべきです。我々バロムはこれ以上の戦争を望めません。条件の良いうちに降伏し、せめて強制徴兵のような理不尽を強いられないよう尽力するべきです」
この決断を愚かとするか、賢明とするか。それは後の歴史でしか分からない。だがブルメリは最善の判断だと信じ、降伏を決意した。
真っ白な雲が空を覆い、更には雪が降るような寒い日の昼、バロム共和国はスバロキア大帝国に対して降伏宣言を行う。神聖暦三百二十一年、八月十七日のことであった。
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