第345話 アルペンディエス消滅
コルディアン帝国解放軍はアルペンディエスを拠点とし、港を修復して次々と兵站となる物資を送り込んでいた。協力を得たラムザ王国からは船によって豊富な食料が送り込まれ、大ファロン工業地帯からは新しい兵器が続々と陸路で運ばれている。
戦時特需によりアルペンディエスの活気は類を見ないほどになっていた。
それを見下ろす人影が二つ。
「ほぼ物資、ってところか」
「兵士のほとんどが輸送部隊ですね。後は民間人です」
「一応、
神聖グリニアの兵器、水壺三番艦グラールの協力を得たコルディアン帝国軍は今や領土の三割を奪還している。その勢いは陸の要所であるノルンクリフを奪還してからさらに増しており、既に帝都を包囲しようとしていた。
豊富な食料により兵士の士気が途切れることはなく、支給される術符という新兵器のお蔭で凄まじい火力が継続的に叩きだされる。負けなしの
アイリスはワールドマップを開きながら、地上と見比べる。
「水壺も帝都の方に行っていますね。ここは護衛戦力だけです」
「主力がいないとはいえ、ここはコルディアン帝国軍にとっての心臓部。もう少し警備を厚くするべきだったな」
シュウは手元に立体魔術陣を浮かび上がらせる。
その中心部には反物質が生成されており、徐々に黒い魔力で覆われていく。凄まじい魔力圧によって黒いエネルギーが稲妻のように閃き、凄まじい魔力反応がアルペンディエス港周辺を包み込んだ。
「あーあ。慌ててますねぇ」
「今更こっちに気付いても遅い」
都市上空に出現した魔力反応に対抗するべく、港では慌てて対空砲を動かしている。しかしその動きはあまりにも遅く、シュウを止めることはできない。
「皇帝はここで終わりだ」
そう告げ、《
アルペンディエスは闇に覆われ、誰一人抵抗することすらできずに消滅した。
◆◆◆
コルディアン帝国解放軍は帝都奪還のために包囲網を構築していた。既に小競り合いは発生しており、いつ戦端が開かれてもおかしくはない状況になっていた。当然のように
アルペンディエスからノルンクリフを通じて全軍へと物資を補給し、戦力を整える。それによって短時間で帝都を取り戻すつもりだった。そして帝都さえ取り戻せば皇帝は入場を果たし、一気に各地へと浸透して完全に領土を取り戻す。
その、予定だった。
「何? アルペンディエスと連絡がつかない?」
「はっ! 御前戦略議会へこちらの状況を送信したのですが反応がなく……」
「分かった。通信を続けろ」
「かしこまりました」
ここにきてアルペンディエスと連絡が取れなくなり、コルディアン帝国軍は動きが取れなくなった。その場での戦術については裁量を与えられているが、帝都奪還のタイミングなどは皇帝の組織した戦略議会が決定する。
通信により連絡が取れないということは、軍を集めるだけ集めてそこから動かせないということである。
「くそ……どうする」
目的である帝都を目前にして動けないというのは歯痒いばかりだ。コルディアン帝国軍人は誰もが祖国の奪還を求め、士気を高揚させ、その時を今か今かと待っている。それは末端の兵士から将校クラスの人間まで変わらない。
これにより、電撃的に帝都へ集結したコルディアン帝国軍は停滞させられてしまった。
◆◆◆
コルディアン帝国解放軍が動きを止めたという情報は、すぐにエリス・モール連合軍に伝わった。またその情報は即座にスバロキア大帝国にも伝えられ、グレムリン空軍大将に届けられた。
「来たか!」
彼はその情報を黒竜の巣で受け取り、司令室兼オペレータールームの椅子を倒す勢いで立ち上がる。待ちに待っていた瞬間がついに訪れたからだ。
(流石です我らが神よ!)
エリス・モール連合軍を撤退させることでコルディアン帝国解放軍を引き込み、その間にシュウがアルペンディエスを消滅させる。この作戦は決まっていたことだ。解放軍を生物の体に例えるなら、アルペンディエスは頭部であり、心臓であった。そこが潰されたのだから、もうまともに動けるはずがない。
「黒竜を出撃させよ! 予定通り三番ホールを解放し、第一波攻撃を開始する! ノルンクリフを破壊し、奴らの退路を断て!」
グレムリンの命令によりオペレータールームが騒がしくなる。モニターは次々と移り変わり、三番ホールからの発進シーケンスが実行されていく。あっという間に黒い影が東の空へと飛び立った。その数はホールに収容されている六十四機全てであり、操縦者はベテランばかりである。
「続く第二波攻撃の準備も始めよ。最終ブリーフィングを行う」
「かしこまりました。お任せください」
「うむ。また同時に『渡り鳥作戦』を開始する。幹部を集めろ」
「はっ!」
「この戦い。終わらせるぞ」
不敵に笑うグレムリンは頼もしく、皆が自信に満ちた表情でそれぞれの仕事をこなす。司令室は戦いの始まりに伴って騒がしくなった。
◆◆◆
《
『誰か! 誰か! 光が……光が降ってくる!』
『うわあああああああああああああ!』
『助けてくれ! この通信を聞いている誰、か……』
悲鳴の混じった通信が周囲に放たれるも、それはどこにも伝わらない。何故なら、シュウがマザーデバイスを使って通信封鎖を行っているからだ。魔晶技術である限り、あらゆるシステムの頂点に君臨するマザーデバイスに逆らうことはできない。彼らの悲鳴は誰にも届くことなく、冥王シュウ・アークライトの発動した禁呪級魔術《光の雨》によって船ごと沈められていった。
「これで八隻目ですね」
「かなりよく燃えるな。燃料を積んでいたか」
「石油ですか? ラムザ王国では幾つか油田があると聞きましたね」
「ああ。ラムザ王国とバロム共和国に大きな油田がある。コルディアン帝国はかなりの量を輸入しているから、その一隻だったんだろう」
シュウとアイリスの眼下では残骸となった船が燃え盛っており、鎮火する様子がない。よく見れば黒いドロドロとした液体が海に広がっていた。
「これでコルディアン帝国軍は動けない。アルペンディエスは破壊し、物資も途絶えた。陸路もグレムリンが消している頃だろうし」
「この後はどうしますか?」
「コルディアン帝国が片付いたら次はバロムだ。スバロキア大帝国も主力部隊を差し向けてバロムを再び攻略するつもりらしい。黄金要塞による損害でかなりの部隊が壊滅したから、同盟国は再編成に時間がかかるそうだ」
「あー。エルドラード王国とかロレア公国ですね」
「それとカイルアーザ、ロアザ皇国もな。コルディアン帝国の件でエリス共和国やモール王国は兵力を出せないだろうし、必然的にスバロキアが動くことになる。大きな勢力に見えて意外と手が足りないな」
「世界大戦ですからねー」
「まぁな。ただ世界大戦といっても――」
突如として強い風が吹き、シュウの言葉は掻き消された。また急激に空気が冷え始め、雪が降り始める。あっという間に大粒の雪になり、風も徐々に強まっていた。
「シュウさん、何言いました?」
「何でもない。それより戻るぞ。吹雪になる。俺たちの予想より早く氷河期が来るのかもしれん」
「急に寒くなりましたねー。早く妖精郷に戻りたいのですよー」
空を見上げれば、真っ白な雲に覆われている。塵の混じった陽の光を遮る厚い雲であり、最近はこの雲に空が覆われた日も増えてきた。徐々に氷河期が近づいているということだろう。世間では数年以内に氷河期が始まるとされているが、それよりも早く始まりそうな予感もあった。
一部地域では何十キロという厚さの雲のため、昼にもかかわらず夜のように暗かったりする。
「ルシフェルが空には水蒸気の結界があるといっていた。それが雲になっているから予想よりも早く気温が下がっているんだろうな」
人類にはほぼ知られていないが、この星の大気には水蒸気の層が存在する。ルシフェルが張っている水蒸気の結界だ。海の総量にも匹敵する水蒸気層のお蔭で温室効果がもたらされ、世界全土で温室な安定気候が保たれていた。
しかしコントリアスを滅ぼした黄金要塞の主砲により大量の塵が舞い上がり、それが水蒸気層まで到達することで水分を凝着させ、分厚い雲を生み出してしまったのである。これが科学者たちの計算を狂わせた要因になっていた。
「妖精郷は環境システムがあるから無事ですけど……」
「ああ。意外と早く氷河期が始まるとすると、戦争も強制的に終わりになりかねない。俺たちも急ぐ必要がありそうだな」
「今を逃したら『鷹目』さんの願いが叶うのは何百年も後になりそうですからねー」
「氷河期で文明が消え去るとしても『鷹目』の望むものではないだろうからな」
「シュウさんはどんな結末を望んでいるのですか?」
アイリスは白い息を吐きだしながら訪ねる。
そろそろ寒くなってきたのか、声も震えている。シュウは無言で空気を温める魔術を発動し、周囲の冷たい風を押しのけた。
「さてな。俺が目指す先を叶えるなら、スラダ大陸を海の底に沈める必要があるかもしれん。ここで船を沈めるくらい、些細なことだな」
シュウの物言いに、冗談の色は見えない。
本気で為すつもりだと、アイリスは息を呑んだ。
◆◆◆
冥王アークライトの工作により、コルディアン帝国軍は完全に孤立していた。アルペンディエス港が消滅し、更にはコルディアン帝国軍へ渡るはずだった輸送船団の物資も海の底に沈んだ。またグレムリンが指揮するスバロキア大帝国空軍によって陸の要所ノルンクリフまでもが機能を停止したからである。
戦力を集中運用することで電撃的な作戦を為してきた解放軍も、ここで弱点を突かれてしまったのである。それはつまり、充分なバックアップが消えると孤立してしまうという弱点だった。
「もう三日か……」
「はい。相変わらずアルペンディエスとは連絡が取れません。技術班は妨害電波を疑っておりますが、今のところはノイズも観測されず……」
「分かっている。使いの者からはどうだ?」
「定時連絡ありません。途中で撃破されたと思われます」
「またか」
解放軍将校は自陣天幕の中で悔しそうに顔を歪める。
こうして帝都近郊に陣を敷いてから全く動けず、本拠地であり皇帝の待つアルペンディエスとも連絡が取れないのだ。苛立ち、焦り、不安が入り混じっても仕方がない。
「それとグラールからグウェン・ライノール艦長閣下が偵察を提案されております」
「分かった。そちらについては是非ともお任せしたいと返してくれ」
「はっ!」
今、コルディアン帝国軍にできることは少ない。
帝都を目前にしながら指を咥えて眺めるだけというのはもどかしくて仕方ない。流石に皇帝からの勅令もなく勝手に攻め込むわけにもいかず、今は帝都を囲むことでエリス・モール連合軍を孤立させることに留めている。帝都には東方各地から撤退したエリス・モール連合軍が大量に留まっているため、包囲撃破のチャンスでもあるのだ。
帝都の水源でもある河川には水壺三番艦グラールも停泊しており、航空兵器である水天を利用した偵察も依頼していた。
「くっ……陛下と連絡さえ……」
たった一言が足りない。
今すぐ帝都を取り返せというその命令が足りない。
彼が強く拳を握り締めたその時、解放軍陣地全域に騒がしいサイレンが鳴った。腹に響くようなその音は敵軍の接近を知らせる合図。つまり敵軍との衝突を示していた。
将校は慌てて情報管制へと通信を飛ばす。
「東方陣地統括のベルノ・メイボンだ。状況を説明せよ」
『西方陣地六十番が敵軍を観測しました。エリス・モール連合軍の援軍です。機械化歩兵、装甲車多数。西方陣地が迎撃されます。またグラールに援護要請を行いました』
「ふむ。では東方は少し前進する。帝都に対して圧力をかけ、西方陣地が挟み撃ちに遭わぬよう対処するとしよう」
『かしこまりました。西方にはそのように伝達いたします』
通信を切り、遂に援軍が来たかと気を引き締める。
孤立したエリス・モール連合軍を救出するため、いずれ援軍がやってくることは分かっていた。それまでに戦力を集中させて帝都を落としたかったのだが、間に合わなかったらしい。
まさか孤立しているのは自分たちだとも気付かず、コルディアン帝国軍は初動で間違えた戦略を採択してしまった。
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