第343話 コルディアン帝国軍の動き
アルペンディエス港の戦いはエリス・モール連合軍の砲台が壊滅したことにより防御力が極端に低下していた。水天による空からの援護もあってもはや港は占拠されたも同然であり、陸側も近郊にまでコルディアン帝国解放軍が迫っていた。
この港町は完全に包囲されていたのである。
取り戻されるのも時間の問題であった。
占領下にあった市民たちは家に籠り、爆発や銃弾の音に怯えながら時を待つ。エリス・モール連合軍も援軍を待って抵抗を続けたが、包囲は徐々に狭まっていた。
そして
◆◆◆
コルディアン帝国解放軍は華々しい勝利を飾り、皇帝を迎え入れるまでになった。この巨大な港町を拠点として帝国領土を取り戻すためである。そして破壊された港に停泊するグラールからも艦長ことグウェン・ライノールが出向して皇帝を出迎えた。
「よくぞ我が軍の助けとなってくれたな」
「はっ! 敵は神を恐れぬ蛮族でありますれば、当然の働きでございます。皇帝陛下の領土を侵す愚か者を征伐するのに何の躊躇いがありましょうか」
「うむ。よくやった。貴殿の行いは覚えておこう」
「ありがとうございます」
「これより我が軍は西へ進み、まずは交通の要所となるノルンクリフを取り戻す予定だ。グウェン・ライノール殿の活躍に期待する」
「はっ!」
コルディアン帝国解放軍はアルペンディエスを取り戻したことで自信を取り戻していた。水壺の援護を受けたというのもあるが、陸上戦力の強化も凄まじい。新兵器として術符を採用したこともあり、瞬間火力が向上したのだ。包囲さえしてしまえばあっという間に押し切れるようになった。
「陛下、残党狩りも完了しました。捕虜の人数は六百人ほどです」
「捕虜か……殺せ」
「は? しかし陛下。国際条項によれば捕虜の虐殺は……」
「我が軍に捕虜を養う余裕はない。殺せ」
「……かしこまりました」
今のコルディアン帝国に余裕はない。
戦力を集中運用しているためアルペンディエスを即座に解放出来たが、長期戦をするとなると難しい。兵器は勿論、食料や水の確保が最も困難だ。腹を空かせたまま兵士を戦わせるわけにはいかない。兵站確保のため真っ先に港を取り戻したとはいえ、作戦により港は無茶苦茶な状態だ。余計な食料を捕虜に与える余裕がないというのも解放軍の事実であった。
「陛下の仰せのままに」
人知れず、アルペンディエスの捕虜たちは皆殺しになった。
◆◆◆
コルディアン帝国軍が反攻作戦を開始したことはスバロキア大帝国でもすぐに共有された。陸軍は黄金要塞による被害の始末を続けているため、自然とその議題は空軍へと持ち込まれることになる。黒竜の巣と呼ばれる空軍基地にて、グレムリン空軍大将は幹部級を招集して会議を行っていた。
「――以上の戦況を鑑み、エリス・モール連合軍より空軍による援護要請が行われています。同盟規定に基づけば即座に支援するべきでしょう。大将、決断を」
「なるほど。それは確かにその通りだ。鹵獲した空母……水壺とやらの改修はどれほど進んでいる?」
「まだ数日はかかります」
「援軍はそれが終わってからだ。数日くらい、連合軍に持ちこたえさせろ」
グレムリンは冷徹な声で命じる。
コルディアン帝国を占領しているエリス・モール連合軍は、陸軍としてそこまで強いわけではない。装備こそハデスから購入しているので最新鋭で揃っているが、練度が足りないのだ。戦力の集中運用により押し切られる可能性が高い。
だがここでコルディアン帝国軍を撃破して降伏させることができれば、コルディアン帝国を敗戦国として如何様にも処理できる。おそらくは傀儡国として勢力下へ置くことになるだろう。エリス共和国やモール王国には広大な飛び地を管理できる能力がないためである。
「よろしいのですか大将。それでは同盟に亀裂が入りかねませんよ。黒竜は機動力が売りですから、時間がかかるという言い訳は使えません」
「奴らを内部に引き込み、包囲するためと言えばいいだろう」
「まぁ、それはそうですが」
「できないのか?」
「いえ可能です」
空軍幹部たちはテーブルに広げられた立体地図を囲みながら戦略について語り始めた。スラダ大陸中央南部のコルディアン帝国領は平原が続いており、複雑に河川が絡み合っている。陸軍の運用には橋や道路が必須であり、兵站の輸送も考えるならば都市の占拠にも順番を付けなければならない。
そうなるとコルディアン帝国解放軍が真っ先に占拠しようとする都市も限られてくる。
「陸における交通の要所といえばここですね。ノルンクリフ」
「奴らは港を占拠したのだろう? なら運河を使う可能性はないか? バーメヤンだ」
「いえ、まずは陸の制圧を優先すると思います。私もノルンクリフだと予想します」
「引き込むとなると、各方面への道があるノルンクリフは不味いな。タイミングを間違えると包囲する瞬間を逃してしまう」
アルペンディエス港という海運の要所を奪われた今、コルディアン帝国解放軍は次々と占領軍を食い破って来るだろう。魔神教戦力である
まして陸上の交通要所となるノルンクリフまで奪われたら、電撃戦による包囲戦殲滅の繰り返しであっという間に領土を取り返されてしまう。
その理由は戦力差もあるが、士気にもあった。
エリス・モール連合軍の兵士たちは長期にわたって祖国を離れ、慣れない土地で厳しい任務を続けているのだ。精神的な疲れも溜まり、後ろ向きな気持ちが強く、帰国する理由を探しているものが多い。一方で解放軍の、特にコルディアン兵は祖国を取り戻すために全身全霊を懸けて戦う。兵士一人一人の質が全く違うのだから、今回の予測が大きく外れることはないだろう。
「引き込むのであれば一気に帝都まで進軍させるのが良いのではありませんか? 目の前に帝都があるとなれば、奴らも引けないでしょう。その状態で黒竜を使い、奴らの背後に伸びている補給線を分断してやれば我々の勝ちです」
「それを実行するなら迅速な撤退が必要です。撤退に失敗すれば被害は拡大しますよ」
「となると、明け渡すつもりで撤退するしかないな」
「だがそれでは引き込みに気付かれるのでは?」
「奴らはそれを承知で攻め込むしかないさ」
「いや、それはどうでしょう?」
「どういうことだ?」
「彼らが速攻戦術を採用し、一気に帝都まで進軍するというのは神聖グリニアの支援がない前提に基づいた予測です。こちらの予測よりも早く復興した場合、しっかりと地盤を固めながらじっくり攻めてくることも考えられます」
「む……」
比較的若い人材が揃っているということもあり、空軍幹部の戦略会議は積極的な討論が行われやすい。国家的議論は事前に根回しすることで『出来レース』のような会議となることも多い。一方で空軍はグレムリンが戦略上の方針を述べ、具体的な方策を幹部たちが議論するという方策を取っている。
利権や面子に縛られることなく、実利に即した策を生み出せるという点で優れている。正面から意見に反論できる下地も良い。グレムリンも満足気に議論の行く末を見守る。
「諜報部の予測データありますか?」
「見覚えがないですね。グレムリン大将」
「む? 少し待て……ああ、これだ。共有する」
それぞれの手元に仮想ディスプレイが表示され、神聖グリニアの内情をまとめた最新データが公開される。読み込むために少しの間沈黙が続き、やがて一人が口を開いた。
「……何と言いますか、これは随分酷い状況のようですね」
「この様子なら復興を考える必要はない」
「逆に言えばコルディアン帝国軍も神聖グリニアの援護を期待しないでしょう。集中運用、速攻、そして帝都奪還を行動指針にしているのでは?」
「やはりアルペンディエスを本陣として物資を集め、そこから戦線を広げていく……正確には帝都に向けて伸ばしていくというのが考えられる戦略ですね。神聖グリニアの援護なしに最速で帝都を取り戻すなら、そのように動くはずです」
「敵の補給線が東西にかけて帯状に延びるとすれば、分断は容易い」
「これはいけますね」
方針が決まれば後は早い。
超音速航空機であり遠隔操作魔術兵器でもある黒竜による戦略爆撃を敢行すれば、容易く補給線は途絶えることだろう。補給の途絶えた軍勢なら、包囲殲滅でどうとでもなる。その決戦の場が帝都となるよう戦略を組み立てるのが彼らの仕事というわけだ。
議論は日が暮れて、夜の
◆◆◆
アロマ・フィデアの無罪を証明するため動く者たちはひたすら情報を集め、分析と調査を行っていた。たった一人のためにかなりの人数が動いており、それだけアロマが信頼を集めているということが分かる。しかし、彼らの表情は暗かった。
「これは……」
「はい。完璧すぎる証拠です。全ての証拠がアロマ様を有罪だと――」
「くそ!」
「落ち着け!」
これらの完璧な隙のない証拠は彼らにとって都合の悪いものだった。彼らは皆、アロマが無罪だと信じている。そして同時に、これらの証拠がアロマを嵌めるために偽装されたものという噂もある。残念ながらあくまでも噂でしかなく、表向きに動けない。だからこそ悔しさを滲ませていた。
「どうしますか? このままでは異端審問が……」
「分かっています」
「どうにか証拠が偽物だということを証明できればいいんですけど」
「そもそも誰が流した噂なんだ。それを辿れば……」
「実はよく分かっていなくて」
「何だそれは……」
ともかく樹海聖騎士団には時間がなかった。
明日には異端審問が始まり、このままではアロマが有罪判決されてしまう。彼らにそれが認められるはずもない。
副長は苦々しい声で告げた。
「このままでは……何とか交渉できる材料を見つけないと」
彼らの中に焦りが募っていた。
◆◆◆
魔晶技術が使えなくなったことでマギアを含めた神聖グリニアが大混乱に陥り、様々な部分で影響が出ていた。特に流通がほぼ止まっているため、あらゆる都市が物資不足になっている。特に食料は致命的で、マギアでは買い占めも起こり、治安は悪くなる一方である。
飲食店は休業状態であった。
「流石にここも無人ですか」
「ああ。だからここも閉めている。来るのは黒猫の奴らだけさ」
黒猫の酒場も例外ではなく、マスターは暇そうに雑誌を読んでいる。カウンターに座る『鷹目』は水を飲んでいた。
「で、上手くいったのか?」
「ええ。お陰様でアロマ・フィデアの有罪はほぼ確定でしょう。リーダーがあの女を傀儡で操り、ブランネット・ファミリーと取引している場を演出してくれましたからね。証拠写真があれば冤罪も事実になります。薬物を打たせたのも事実ですから、血液検査に間違いもありません」
「ふむ。その割にアンタは冤罪という噂も流しているようだがな」
「だから良いのですよ。最古の聖騎士が犯罪行為に手を染めている証拠がある。そして証拠は捏造されたという噂もある。これが分裂を生みます」
マギア大聖堂を騒がせているアロマの異端審問は、全て『黒猫』と『鷹目』が仕組んだことであった。かつて緋王の封印から解放されたアロマは、解放された際に『黒猫』の魔装を施された。『黒猫』の有する第二魔装により、アロマはずっと傀儡の術をかけられている。知らず知らずのうちに操られていることをアロマ・フィデアは知る由もない。
『樹海』の魔装士を完全に操ることはできない。
しかしある瞬間だけ肉体と精神の主導権を握り、好きなように操って記憶すら差し替える。それを使ってアロマを異端者に仕立て上げた。
「後は誘導だけです。『樹海』の聖騎士を使って竜の『王』たちを刺激し、終焉を引き寄せる。他の勢力も続々とディブロ大陸に集まっているようですからね。計画は順調ですよ」
「ま、アンタの好きにするといい」
「上手くいけば神話の存在を見ることができます。少し楽しみですよ。それともう一つ、最も信頼厚い聖騎士の不祥事を民が知った時の反応もね」
『鷹目』は戦争をスラダ大陸だけで終結させるつもりはない。
ディブロ大陸までも巻き込んで、本当に今の文明を終わらせるつもりでいる。世界を統治し、歴史そのものとなった魔神教を終わらせるため、『鷹目』は画策していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます