第337話 大地の怒り


 スラダ大陸はディブロ大陸に比べればそれほど大きな陸ではない。現状で把握されているディブロ大陸と比較しても三分の一にすら到達しない程度の大きさだ。しかしながら四方は巨大な魔物が潜む海に囲まれているため、遠洋に出るのは難しい。東にディブロ大陸がある一方、海を越えた西側にも大陸があるとされているが、強大な海の魔物に阻まれて開拓は全く進んでいなかった。

 この厄介な海を航行できるのは限られた船だけとなる。

 その一つが水壺だった。



「艦長、まだ連絡ありません」

「もう四日になるぞ……どうなっている……」

「帰還しますか?」

「いや、命令もなく帰還するわけにはいかない。だが確かめることも必要か? とはいえ水天では辿り着く前に燃料切れとなる」

「我々のいる場所が場所ですからね」



 水壺四番艦グラディウスはスラダ大陸北部を航行し、陸を大きく回り込みながら西へと進んだ。最小限の通信で水上を進み続けたグラディウスは、スバロキア大帝国北西部の海にまで到達していたのだ。流石に神聖グリニアへと戻るには時間がかかるし、艦載機の水天ヘリコプターを飛ばしても燃料切れがオチだ。

 スバロキア大帝国が仕組んだ『嘆き計画』によりあらゆる通信網が機能停止し、本国から命令が届かなくなったというのが真相である。当然、グラディウスの船員は艦長を含め誰一人としてそれを知ることができないが。



「しかし命令がないと暇ですね。不謹慎ですが」

「電撃網があれば大抵の魔物は近づかん。海の魔物は強大だが、進んで電撃に引っかかりたがる奴はいないからな」

「ですね艦長」



 沿岸部で漁業するくらいならともかく、遠洋へ出ようとすれば電撃網は必須だ。かつてディブロ大陸へ上陸した調査船が航海中に船上で開発したという経緯がある。それは現代でも受け継がれ、改良されて大型船に搭載されていた。

 基本的に船に近づく魔物はおらず、海を漂っても全く問題ない。

 故にグラディウスは暇を持て余していた。船員の多くは休暇状態であり、特に水天のパイロットや整備士は九割以上が待機となっている。定期的に水天を飛ばして探索を続けているくらいだろう。

 そんな風に艦橋で雑談に興じていると、ブツリと電子音が鳴った。通信が繋がった音であることは明白である。遂に来たか、と彼らは応答する。



『グラディウス、グラディウス。いませんか?』

「こちら水壺四番艦グラディウス。私は艦長のジェノ・プリエンコだ。所属を明らかにせよ」

『私はマギア大聖堂所属Aランク聖騎士ホークアイです。伝令に参りました』

「何……しばらく待て。照会する」



 ジェノは部下に目配せする。

 すると彼は手元のキーボードを叩き、あっという間に照会を終わらせた。部下の男は通信機に声が混じらぬよう、小声で結果を伝える。



「実在する聖騎士です。珍しい転移使いですね」

「なるほど」

「通信を逆探知して場所も把握しています。海上ですね。おそらくは転移でここまで来たのかと。伝令というのも間違いないでしょう。飛行魔術で浮いているようですし、早めに迎えを出した方がいいと思います」



 少なくとも敵の密偵ではない。実在する聖騎士の名を出し、公表されていないグラディウスの近くにまで辿り着いたのだから。故にジェノは伝令というのも間違いないだろうと確信した。また外部からの情報に飢えていたということもある。



「ジェノだ。聞こえるか?」

『ええ』

「迎えの水天を寄こす。そこから動くな」

『お待ちしておりますよ』



 その判断が全くの誤りだということにも気づかず、彼らは獅子身中の虫を招き入れた。









 ◆◆◆









「ようこそグラディウスへ。艦長のジェノだ。歓迎しようホークアイ殿」

「あなたの勇名も伺っておりますよ。ディブロ大陸では第四都市で海上戦を経験し、虹鱗竜宮レガリカスすら追い払ったとか。かの災禍ディザスター級を相手にできる方は聖騎士でも珍しい」

「昔の話だ。今は歳だ。あの時のようには動けんよ」



 ジェノは機嫌よく笑いながら右手を差し出す。

 柔和な笑みを浮かべたホークアイもそれに応じ、互いに固く握った。



「さて、ここは私の部屋でね。防音も完璧だ。伝令を聞こう。正直なところ、不安に思っていた」

「まずは何があったのか簡潔に説明します。とはいえ予想はされているかもしれませんが」

「ということはやはり妨害かね?」

「はい。大規模通信妨害により神聖グリニアは通信網を麻痺させられています。特に無線による遠距離通信は壊滅状態でして、水壺に命令が届かなかったのはそういう理由です」

「そうか」



 ホークアイこと『鷹目』はさらりと嘘を吐く。ある程度は本当だが、実態は全くの嘘であった。だがデータベースにも載っている聖騎士ということもあり、ホークアイの情報は信用された。

 彼も転移の魔装使いである彼を連絡網として活用しているのだと勝手に解釈したのだ。



「では本題を聞こう」

「ええ。端的に申し上げるなら出撃命令です。これより水壺すいこ四番艦グラディウスは浮上し、スバロキア大帝国を目指してください。標的はヘルヘイム。ハデスの本社が存在する大都市です。エルドラード王国を攻めていた黄金要塞は彼の国を降伏させました。また地上部隊により大帝国の同盟国を次々と占拠しています。あとはスバロキア大帝国だけです。グラディウスには背後を取っていただくというわけですね。大帝国軍は黄金要塞を迎撃するべくほぼ全軍を出撃させていますから、容易に背後から不意打ちできるでしょう」

「それは朗報だ。戦争も終わる」

「ええ。この伝令は先に一番艦メイスにも伝えてあります。二隻で攻めればあっという間でしょう」



 一瞬だけ安堵のようなものを浮かべていたジェノはすぐに気を引き締める。まだ戦争は終わったわけではないし、これからすることは喜ぶべきことでもない。ヘルヘイムは大帝国の工業力を支えている心臓とも言える場所だ。大打撃を与えれば経済的混乱を引き起こし、これから起こるであろう氷河期を乗り切れる可能性が限りなく低下する。

 そして神聖グリニアの思惑も理解できるものだ。

 ハデスという圧倒的技術力を有する企業を潰し、願わくは吸収し、全世界が神聖グリニア……いや魔神教をなしにして生きていけない世界にするつもりなのだ。それは魔神教にとって都合がよく、困難ながらも人類統一が合法的に達成される。

 だが、それを知ってもジェノは口に出すことがない。

 水壺すいこという兵器を指揮する一人の聖騎士として、それが結果的に正しいと確信したからだ。



「ではこれよりグラディウスは一つの剣となり、彼らの喉元へと食い込んでみせよう。必ず任務を成し遂げるとマギア大聖堂にもお伝えくだされ」

「ええ。こちらも朗報を期待しています」

「もう出ていくのかね?」

「これが仕事ですので」

「ではここから転移していくと良い。甲板まで出るのは面倒だろう」

「感謝します」



 伝令は済んだ。

 ホークアイは一礼し、その場から消える。

 直後、ジェノは館内放送によりグラディウス全体へと通達した。



「各員に通達。本艦は本日一六〇〇より発進する。目標はスバロキア大帝国、ヘルヘイムだ。我々は神聖グリニアの命によりヘルヘイムを攻撃する」



 偽装された情報により、見事グラディウスは発進する。

 黄金要塞のスバロキア大帝国侵攻も、地上部隊による占拠も嘘だと知らず。ただ一つ、水壺一番艦メイスが共に戦うという真実だけを伴って。









 ◆◆◆








 召喚石を用いた総攻撃が始まって一日が経過した。

 黄金要塞はゆっくりと後退し、エルドラード王国とカイルアーザ国境付近にある山岳地帯にまで移動していた。このあたりは地形もあって地上部隊は動きが悪く、必然的に航空戦力による戦闘がメインとなる。無数の黒竜は絶えず爆撃を続けており、《七天聖騎士アルティマ・ナイツ》や《竜種使役コール・ドラゴン》による攻撃も止まることがない。

 しかし黄金要塞も奮戦しており、百機以上の黒竜、三百以上のドラゴン、そして白騎士も四体は既に排除していた。



「シュウさんシュウさん。そろそろ目的地ですよ」

「ああ。想定よりもかなり早い。もう少し抵抗してくると思ったが、案外あっさり誘導されてくれたな。指揮官は無能なのか? 明らかな釣りだろうに」

「ですよねぇ」



 少し離れた場所で状況観察を続けるシュウとアイリスは、順調すぎることを不審がっていた。まさか神子セシリアが乗っており、未来を視た上で決断しているとは知らない。二人からすれば愚かな指揮官が指示を出しているようにも見えた。



「まぁあの規模の兵器だ。無能でも務まるということか?」

「もしかして巨大すぎて使いこなせていないんじゃないですか?」

「その線もあるか」

「白騎士を四体も倒していますし、無能ということはないと思うのですよ」

「地上部隊を引き離すという意味では間違いじゃないからな。黒竜はともかく、召喚石は地上部隊の支援がないと落とされやすい。罠にかかる可能性を見据えてもこちらを優先したか」



 そのように誘導したとはいえ、中々に意地悪な包囲であった。

 この山岳地帯に逃げなければ激しい攻撃に晒され、そしてここまで逃げると罠が待っている。黄金要塞は既に装甲の二割ほどが破壊されており、対空砲台や魔術砲台も多くが壊されている。オリハルコン装甲が剥がされた部分は応急処置が施されつつ、空中適応型殲滅兵で防いでいる。

 シュウはワールドマップを開き、それに表示されている大帝国同盟圏連合軍地上部隊の配置を眺めた。通常は機密であるため隠されているはずだが、シュウは立場上閲覧できた。



「一応は地上部隊も範囲外か。範囲内にいるのは俺たちと使い捨てて良い兵器だけ。予定通り、禁呪と拡張術式を使う」



 シュウは空間魔術を使って亜空間から一つの指輪を取り出した。今回の作戦のために作り上げた術式の込められたソーサラーリングであり、魔力を注ぎ込んで発動意志を見せるだけで禁呪を顕現させられる。シュウはそれをアイリスへと渡した。



「そこには《大噴火イラプション》が入っている。少し改変してあるがな」

「炎の第十三階梯ですよね」

「ああ。そしてこの山岳地帯の地下にはマグマ溜まりもあってな。《大噴火イラプション》で起爆させればこの辺り一帯ごと黄金要塞を吹き飛ばせる。理論上は可能なはずだ」

「お任せなのですよ!」



 地質調査により、エルドラード王国からカイルアーザにかけて地下に巨大なマグマだまりが存在することは分かっていた。また黄金要塞を誘い込んだこの山岳地帯も古代において地殻変動があり、マグマが隆起してでき上ったものであると地層から分かっている。また現在でも少しずつ隆起しており、僅かではあるが年々山脈の標高は高くなっていた。

 このマグマだまりは南北に向かって縦長に続いており、禁呪で爆破すれば連動して地殻変動を起こし、巨大な渓谷を生み出すのではないかとも予測されていた。しかし、それを見過ごしても黄金要塞を撃退することは必須だった。



「じゃあ、いきますよー」



 アイリスは指輪を嵌め、覚醒魔装士としての魔力を注ぎ込む。常に魔力が自動回復する彼女ならば、禁呪級の魔術でも問題なく放つことができるからだ。ただ、アイリスは炎の魔術をあまり得意としないため、ソーサラーリングとして術式を用意した。

 魔晶内部で術式が処理され、特徴的な巨大魔術陣が浮かぶこともなく炎の第十三階梯大噴火《イラプション》が発動する。

 大地が激しく振動し、亀裂が走った。

 勢いよく断層を引き起こし、一段と揺れる。

 深い亀裂からは大量の蒸気が立ち昇り、その底からは真っ赤な光が覗いていた。まるで大地が呼吸しているかの如く膨れ上がり、あるいは縮み、内部に圧力を溜めていく。《大噴火イラプション》は意図的に地中の圧力を高め、そこで物質を昇華させることで爆発を引き起こす。今回は地中のホットスポットも刺激することで本来の《大噴火イラプション》よりも威力を高めている。

 狙いは黄金要塞の真下。

 丁度、巨大なマグマだまりが停滞しているこの場所まで黄金要塞を引き寄せるのが今回の最も重要な作戦であった。



「《大噴火イラプション》なのですよ!」



 アイリスが術式を発動すると同時に、シュウは空間遮断の結界を張った。

 大地が真っ赤に染まって破裂し、視界が真っ白に染まる。爆破による衝撃は周囲の木々をなぎ倒し、山岳を吹き飛ばし、大量の塵を巻き上げる。

 その衝撃は当然ながら真上に浮遊する黄金要塞に直撃し、大質量のそれを上空へと押し上げた。この爆発一つで星を氷河期にしてしまうほどの塵を噴出してしまう。それを直接浴びたのだ。

 巻き上がる大量の塵とマグマの直撃を受け、黄金要塞はその威容を隠された。









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